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日記・コラム・つぶやき

2019年11月18日 (月)

地獄をさ迷う亡者たち(40)

(第一話)太(ター)坊も晋ちゃんも、

     地獄の鬼には、食えない代物?【3】

 

 そこで、青鬼が言います。

「では、これは、どうだ?」と。

 それには、「背後」とありました。

晋ちゃんが、勇んで答えます。「せご」と。

 いささか呆れ顔の青鬼が、もう一枚の紙切れを出します。

それには、余りにも有名な伝説的言葉、「云々」とありました。

 晋ちゃんが、嬉々として答えます。「でんでん」と。ー

 

 この光景を見ていた赤鬼が、思わず怒りを爆発させて、大声で、

こう叫びました。「オマエは、本当にニッポンジンか!?」と。

 続けて、赤鬼が問います。「オマエは、本当に大学を卒業した

のか?」と。

 実は、激した赤鬼は、怒りの余り、こうも問いました。

「オマエは、本当に、小学校を卒業できたのか!?」と。

 

 この光景を、ニヤニヤ顔で見ていた、ひょっとこ顔の太(ター)坊

は、あの口を独特に曲げながら、こう言い放ちました。

「ボクは、晋ちゃんよりは、漢字ができるよ」と。

そして、彼は、こう続けました。

「だって、僕は、セイケイ(成蹊)じゃなくて、天下のガクシュウイン

(学習院)卒なんだもーん!」と。

    Photo_20191114063301 

                 (学習院大学の正門:ネットより拝借)

 

 それで今度は、赤鬼が、太坊の前に、同じような紙切れを見せて、

こう詰問しました。「これを、オマエは、何と読む?」と。

 それには、「怪我」という字が書いてありました。

太坊は、”そんなの、簡単だい!”と言わんばかりに、自信を持って答え

ました。「かいが」と。

 次に、赤鬼は、別の紙切れを見せました。

それには、こうありました。「頻繁」と。

 太坊は、これまた、”そんなの、分かってらー”とばかり、思わず顔を紅潮

させて答えます。「はんざつ」と。

 

 さらに、赤鬼が見せた紙片には、こうありました。「詳細」と。

これに対して、太坊が、嬉々として答えます。「ようさい」と。

 堪忍袋の緒が切れたのか、赤鬼が、思わず言い放ちました。

「もう、いい!」と。

 

 この後、両鬼は、互いに顔を見合わせながら、語り合いました。

 青鬼が、大きな声で言います。

「オレタチ、ずいぶんと長い間、地獄に居るが、こんな新種というか、

珍種は、初めてだな」と。

 これに対して、赤鬼が、ため息混じりに応じます。

「こんなのが、娑婆世界・日本の、総理大臣と財務大臣なのかい。

日本人って、ずいぶんと不幸な国民だな。

 それに、こんなのを食っても、ちっとも美味しくはないだろうな」と。

 

 両鬼を余りにも呆れさせたお蔭で、二人共、無事、食われずに済み

ました。

 人間(いや、すでに亡者ですが)、何が幸いするか知れません。

 何事も、最後まで諦めないことが、肝心なようです。

何が起こるか、分からないのですから。

 私は思わず、平櫛田中の『転生(てんしょう:下の写真)』を、

思い出しておりました。             

 

     Photo_20191105143301  

                               【つづく】

2019年11月17日 (日)

地獄をさ迷う亡者たち(39)

第一話)太(ター)坊も晋ちゃんも、地獄の鬼には、

     食えない代物【2】

 

 生前、二人連んで「暴政」を極めた、このデコボコ・コンビは、実は、

その誕生日が、一日違いなのです。

 つまり、太坊が、9月20日(1940年)で、晋ちゃんが、9月21日

(1954年)です。

 それに、二人共、『乙女座』といいますから、これほど気味の悪い

ことはありません。

 

 といいますのも、「乙女座の基本的な性格は?」というブログの一文に、

次のようにあります。

「乙女座の人は、社会通念や道徳心を重んじていて、気遣いができて、

責任感があります。また、周りの人に迷惑をかけることを嫌がります。

 几帳面なところがあり、神経質と言われることもあるでしょう」と。

 この文章を読んでいて、このデコボコ・コンビに関しては、「一体、

どこが?」と、心の中で、思わず、突っ込みを入れていました。

 

 しかし、よく見てみますと、この二人共、乙女座といっても、かなり

終わりの方なので、極めて、『天秤座』に近いことが分かります。

 それで、『天秤座』の箇所を読んでみますと、それには、こうあり

ました。

「天秤座の人は、調和を大事にし、衝突や矛盾のない関係を望みます。

 バランスを表わす天秤は、性格にも現れていて、争いを好まず、感情を

表情や態度に出さない平和主義者です。

 穏やかで安全な生活を望みます」と。

 これを読んで、思わず、「ウッソー!」と叫びたくなりましたが、

みっともないので止めました。

 

 私事ですが、私には、数人の乙女座や天秤座の友人・知人がおります。

確かに、彼らの場合は、「そうだなぁ~」と納得できます。

 でも、このデコボコ・コンビは、まったく間尺に合わないのです。

両人共、たいへんな大物(?)ゆえ、あるいは、「星占い」自体を、

遙かに超越しているのかもしれません。

 

 さて、この二人は今、地獄に到着したばかりで、中の様子が、全く

つかめないようです。

 その二人のところに、地獄の青鬼と赤鬼が近づいて来ました。

彼らは各々、東大寺南大門の「阿行像」と「吽(うん)行像」を

思わせるような屈強な大男たちです。

 両鬼は、この新しい二人の亡者が、殊の外、美味しそうに見えた

ので、いっそのこと、食べてしまおうと考えていました。

 

    Photo_20191103191001

    (阿行像:ライフスタイルマガジン『趣味時間』さん

                       より拝借)

 

 唯、単に食べるだけでは、余り面白くありませんので、

娑婆世界(とりわけ、日本)で、あの”もっぱらの噂”を

確かめたくなって、この二人の新米亡者に近づいて来たの

でした。

 この”もっぱらの噂”というのは、直ぐに判明します。

両鬼は、暇で退屈なせいでしょうか、少しばかりの

からかい心がありました。

 

 それで、地獄の中でも、とりわけ冷酷さで定評のある青鬼が、

晋ちゃんの前に、一枚の紙切れを見せて、こう問いました。

「この字を、オマエは、一体、何と読む?」と。

それには、「画一的」と書いてありました。

 カピバラ顔の晋ちゃんが、”そんなの知っているよ!”といった

風情で、こう即答しました。「がいちてき」と。  【つづく】

 

(追記: 皆さん、今日は。ー

    昨日は、告知なしに休筆してしまい、まことに申し訳

    ございませんでした。

     実は、一昨日夜、詐欺を伴うネット荒しに遭遇しました。

    それで、先程まで、その対応と問題解決に終始していた

    次第です。

     たいへんご心配をお掛けいたしました。

    尚、本日の拙稿を、昨日の分に、充当させて頂きます。

     今後共、どうか、よろしくご高読を賜りますよう、

    心より御願い申し上げます。     渡邉良明 拝) 

 

2019年11月15日 (金)

これより、太(ター)坊の巻【前に同じ(38)】

 第四章 太(ター)坊の巻

 

       Photo_20191103125801

(第一話)太(ター)坊も晋ちゃんも、地獄の鬼には、

     食えない代物?

(第二話)太坊、閻魔大王の前に立つ

(第三話)太坊は、『名ばかりのカトリック』?

(第四話)権力濫用は、隔世遺伝?

(第五話)「無恥の時代」の申し子たち

(第六話)「権力」という名の魔物を、弄んだ男

(第七話)日本の「水」を、外資に売り飛ばす売国奴

 

(第一話)太(ター)坊も晋ちゃんも、

     地獄の鬼には、食えない代物?【1】

 

 日本の誇る彫刻家に、平櫛田中(ひたくしでんちゅう・1872~1979:

下の写真:*本名は、平櫛倬〔たく〕太郎:尚、「田中」は、彼の本名です)

がいます。

 彼は、107歳で死を迎えるまで、精力的に創作活動を続けた、天才的な

稀代の彫刻家です。

 

      Photo_20191103204701

     

 彼の有名な言葉が残っています。「六十七十は、はなたれ小僧。

男ざかりは、百から百から」というものです。

 これからの超高齢化社会におきまして、きっと高齢者への偉大なる

応援歌になるかもしれません。

 

 田中の作品には、代表的な「鏡獅子」があります。同作品の完成

には、22年間の歳月を要したといいます。

 この他、「岡倉天心胸像」、「良寛和尚燈下万葉」、「楠公」、

「上宮聖徳太子尊像」など、数多くの名作があります。

 その一つひとつが、まるで国宝級の傑作揃いです。

 

 そんな名作の中に、『転生(てんしょう)』という作品があります。

 これは、生ぬるい人間を食べた地獄の鬼が、その余りのまずさに、

思わず吐き出した様を表現したものです。

 とてもリアルで、たいへんな傑作だと思います。

 

 東京都下の小平市内にあります平櫛田中の美術館の解説には、

田中自身が、「自らの生ぬるい仕事を戒める思いを込めて制作した

ものと考えられる」とあります。

 しかし、直に同作品を見た私には、まるで、地獄の鬼が、食えない

「亡者」を吐き出している姿のように見えました。

 

 さて、本章で紹介します二人も、まだ存命です。

存命どころか、二人共、今日の日本政治で、最も重要な地位を占めて

います。

 一人は、総理大臣、もう一人は、財務大臣、兼副総理として。ー

 

 唯、私が今、最も関心を寄せていますのは、この二人の没後の行き末

なのです。正直、ただでは済まないと思います。

 腹蔵なく申しますなら、両人共、死後、「無間地獄行き」間違いなし

思うのです。

 なぜなら、二人共、生前の行いが、余りにも悪すぎるからです。

 

 実は、私は幼い頃から、そのような人々を、何人も見て来ました。

そのような方々の死後は、実に哀れでした。本当に、冥界で、”迷う”の

です。

 事実、彼らは、今でも迷っています。その霊障が、様々な形で顕れる

のです。それほどに、「生も死」も、決して軽んじられないのです。

 この「生死」の重みを、この世の、多くの人々が知りません。

 むしろ、彼らは、目に見えるものしか信じず、(時には、それさえも

信じられず)、他者への感謝と報恩、それに慈悲心が、全くありません。

 そのような人々の死後は、実に”悲惨”です。

 

 今日の日本には、そのような人々が、ウヨウヨしているように思うの

です。

 本章、並びに次章で取り扱う二人も、まさに、そのような人々だと感じ

ます。

 その一人は、ひょっとこ顔の太(ター)坊です。また、もう一人が、

カピバラ顔(カピバラに悪いかな?)の晋ちゃんです。

   

      Photo_20191103135601

               (カピバラ:ネットより拝借)

                               【つづく】 

 

     

 

 

 

    

 

 

2019年11月14日 (木)

地獄をさ迷う亡者たち(37)

(第七話)二人の信(のぶ)ちゃんは、共にサイコパス【2】

 

 大王が、話を続けます。

 

「ノブは、その笑顔や親しみ安さで、一見、オブラートに包み隠しては

おるが、それは、きっと、『内なるサイコパス』を、人に悟られないが

ためのカモフラージュだったのではないか。

 オヌシの、あの孫などは、まるで、『サイコパスの申し子』のような人物

ではないか。

 事実、サイコパスは、8割方、遺伝すると言われておる。

シゲルの孫も、そうじゃ。先代が持つ、”根源的な邪悪さ”は、子孫にまで、

脈々と生き続け、受け継がれるもんじゃ」と。

 

 信(のぶ)ちゃんは、正直、開いた口がふさがりませんでした。

そこで、大王が続けます。

「サイコパスとは、罪を犯しても、自らの罪を認識できないものじゃ。

 それと同様に、自ら『売国』行為を犯していても、その行為を、

『売国』などとは理解できないものじゃ。

 

 オヌシが、CIAの工作員になった後も、オヌシは、それを嫌々やって

いたのではなく、むしろ、嬉々としてやっておったことだろう。

 実際、自分の裏切り行為に、誇りや使命感さえ感じていたのでは

ないか。

 ノブは、CIAからの巨額の資金援助の見返りに、数多くの国家機密とか

政敵の弱みやスキャンダルを、先方に、つぶさに密告していたようだな。

 

     Photo_20191102153001

 

    Photo_20191102153201

 

 オヌシにとっては、『権力(=カネ)』が、すべてだったからな。

CIAへの情報提供などは、そのための、単なる手段に過ぎなかった

のじゃ。

 まさに、『売国』とは、自らの利得だけのために、国家・国民を

裏切り、両者に多大の損害を与えることだ。

 

 これに対して、『愛国』とは、そこに住む一人ひとりの同胞を、

心から慈しむことだ。

 だが、ノブの、その官僚主義的な『上から目線』では、そのような

慈愛は、殆ど感じられぬ。

 それは、あの、オヌシの孫を見ても分かることじゃ。

 あの者は、本来、国民が主権者であるべき『政治』を、

自分と自分の仲間だけのためのオモチャにしておる。

 まさに、幼児以下じゃ。

 その売国を、『売国』とも思わないDNAが、オヌシの孫にも、

脈々と流れておるのじゃ」と。

 

 そして、ひと息入れて、大王は、次のように続けます。

「ノブ、オヌシは結局、政治家というよりも、あくまで『官僚』

だったな。

 官僚というのは結局、上から言われるがまま、『ご無理、

ご最も』じゃ。

 それゆえ、人生において、ちゃぶ台返しをするような勇気も

無ければ、自分の生き様を、根源的に問い直すこともできない。

 第一、オヌシのような、民衆への同情心も共感も無き者に、

元々、政治家になる資格などなかったのじゃ」と。

 

 信ちゃんの胸中には、生前犯した様々な売国行為が、まるで、

走馬燈のように映し出されておりました。

 そこで、大王は、峻厳に、次のように宣告します。

「ノブ、オヌシには、無間地獄での修練を命ずる。

その期間は、6百億年とする。

 これをもって、ノブスケの審問を終了する」と。【第三章 了】

 

 

 

2019年11月13日 (水)

地獄をさ迷う亡者たち(36)

(第七話)二人の信(のぶ)ちゃんは、共にサイコパス【1】

 

 「さて、・・・」と、大王が、次のように切り出します。

「ノブは、織田信長(1534~82)が好きなようだな」と。

「ハイ、その通りです」と、信ちゃんが、身を乗り出して答えます。

 そして、彼は、こう続けました。

「戦国の世に、誰よりも早く、国家統一の旗頭を掲げたのは彼ですし、

それを実践したのも、信長公です。(下の肖像画)

 

   Photo_20191101194601

 

 私は、彼の決断力、果敢な行動力、指導力、情報収集能力、

先見力、統率力、構想力、それに、あの無上のカリスマが好きです。

 私も、彼のようでありたいと願いました。

 私自身、平和で安定した世の中で生きるよりも、むしろ

乱世の中で生きる方が、自分の性に合っています」と。

 

 そこで、大王が、答えます。

「ノブの思いは、よく分かった。だがオヌシは、信長なる者の長所

しか見ていないようだな。

 あの者にも、多くの欠点や過ちがあったぞ。決して、いい面ばかり

ではなかったはずだ。

 例えば、今、娑婆世界では、サイコパス(精神病質の人間)のことが

云々(*うんぬん 決して「でんでん」ではないぞ)されているが、

あの者にも、そのような傾向が多々見られたようじゃ」と。

 

「それは、意外でした。私自身、そんなことまで考えられませんでした」

と、信(のぶ)ちゃんが、至って正直な感想を述べます。

 そこで、大王が、次のように付言しました。

「周知のように、サイコパスには、次のような特徴があるようじゃ。

例えば、『良心が欠落している』、『他者への共感力がない』、

『嘘をつくことに抵抗がない』、『責任感がない』、『罪悪を感じない』、

『利己的・自己中心的である』、『自分の非を認めない』、『他人を

操ろうとする』などじゃ。

 確かに、戦国時代においては、単に信長だけでなく、他にも、

このような人物が多かっただろうな」と。

 

 ところで、信ちゃんには、少し気になることがありました。

そこで、彼は、そのことを、思い切って、大王に尋ねました。

「大王サマ、信長公は今、どこにおられますか?」と。

 大王が、即座に答えます。

「無間地獄じゃ。あの者は、自ら好んで、無間地獄へ落ちたのじゃ。

『無間地獄が、自分の性に合っている』と、申しておった。

なかなか面白い男じゃ。それに、実に正直な男よのう~」と。

 

 信ちゃんの額に、少し冷や汗が、したたり落ちました。

 そこで、おもむろに、大王が、こう語ります。

「ノブ、オヌシも、実際のところ、この『サイコパス』なのでは

ないか!」と。                   【つづく】

 

2019年11月12日 (火)

地獄をさ迷う亡者たち(35)

(第六話)飽くなき権力欲【2】

 

 信(のぶ)ちゃんが語ります。

 

「私は、人生の後半期においてだけでなく、特に満州時代あたり

から、権力を得るためには、何よりも、『カネ』が必要だと

考えておりました。

 正直申しまして、満州時代に、『阿片王』と呼ばれた里見甫

(さとみ はじめ:1896~1965:下の写真)と結託して、

数多くのアヘン密売に関わり、巨万の富を築きましたのも、

そのような思いからでした。

   

        Photo_20191101102401

 

 事実、東条英機(1884~1948)を首相の座に就けましたのも、

当時、私が生み出しました巨額の資金力によるものでした。

             (下は、岸信介と東条英機)

 

 Photo_20191101103001

 

 戦時中はアヘン、戦後は、アメリカのCIAからの資金供与

(15年間で、150億円)というのは、紛れもない事実です。

 しかし、これも偏に、自らの権力を、より強固にするため、

そして、それによって、日本の自民党を盤石にして、ゆくゆくは、

戦後の『憲法改正』を実現するためでした」と。

 

 ここで、信ちゃんの思わぬ本音が出て来ました。

 これも、一種の誘導尋問という、大王の高等戦術だったのかも

しれません。

 おもむろに、大王が語ります。

「ノブ、オヌシが実践してきた行為を、『清濁併せ飲む』と言えば、

聞こえは良いが、結局、オヌシは、権力を握るためなら、全く手段を

選ばなかったのではないか。

 つまり、オヌシは終生、『飽くなき権力欲』を堅持していたと見える。

 

 例えば、ノブは生前、長男(信和)の嫁(伸子)に対して、こう語って

いたそうだな。

 つまり、『どんなによい人物でも、何もしないのでは仕方がない。

ワルでも使い道によっては役に立つ』と(原彬久氏のインタビューより)。

 言うなれば、オヌシの言う『政治』には結局、人間の徳や道義など要らぬ

のではないか。むしろ、それは、邪魔でさえある。

 それは、今日の日本の政治状況と、全く同じではないか。

むしろ、オヌシの孫が、その思いを、遺憾なく発揮している」と。

 

 これに対して、信(のぶ)ちゃんが、次のように反論します。

「大王サマ、お言葉ですが、正直、私は、次のように考えます。

人間は誰しも、欲の皮が突っ張っております。

 権力欲、名誉欲、金銭欲、支配欲、色欲など、われわれは、

様々な欲望の虜(とりこ)になっております。

 

 それゆえ、そのような人間の弱みにつけこみ、それを最大限に

利用して、権力を奪取し、それを維持し続けることは、私には、

決して悪い事とは思えません。

 むしろ、娑婆では、誰もが、大なり小なり、そうしているのです。

それが、『現実の政治』というものです。

 私は、人間の善意や理想などで、他の者どもが動くなどとは考えて

おりません。人を動かすのは、結局、『カネ』なのです」と。

 

 これを静かに聞いていた大王が、語ります。

「ノブ、オヌシの真意は、よく分かった。

その正直な思いを、ワシは、無碍に否定はしない。

 だが、その考えによって、オヌシは生前、どれ程の者たちを傷つけ、

踏み台にし、時には、実に隠微な形で殺害してきたか、考えたことは

あるか?」と。

 この言葉に対して、信ちゃんは、次のように述べました。

「いーえ、そんなことを自省したことは、今まで、一度も、ございません

でした」と。

 

 そこで、大王が、改めて、信ちゃんに語ります。

「ノブ、オヌシは終生、権力を求め続けたが、それは唯、自らの我欲を

求め続けただけではなかったのか。

 オヌシは、権力を操りながら、結局、反対に、権力に操られたのでは

ないか。

 政治とは、万民の幸せのためにあるものであって、決して、オヌシ一人

の欲望を満足させるためにあるものではないぞ」と。

 

 それは、余りにも素朴な言葉でした。

しかし、それだけに、何か心に迫る「力」を宿していました。

 信(のぶ)ちゃんは、その言葉を、唯、うなだれながら聞いて

おりました。

 そこには、不思議なほどの静寂がありました。     【つづく】

2019年11月11日 (月)

地獄をさ迷う亡者たち(34)

(第六話)飽くなき権力欲【1】

 

 次の審問が、始まりました。

大王が言います。

「ノブ、オヌシは生前、『それでですよ』とか『ナンだな』と言う

口癖があったそうだな」と。

 信ちゃんが言います。

「大王サマ、よくご存知ですね。全く、仰る通りです」と。

 これに対して、大王が続けます。

「聞くところによると、オヌシが満州にいた頃は、料亭で軍部や

アヘン業者と気さくに付き合える剛胆さがあったそうだな」と。

 

 信(のぶ)ちゃんが、いささか呆れたような口ぶりで答えます。

「大王サマは、そんな事までご存知なのですか?」と。

 これを聞いた大王が言います。

「だが、当時、オヌシに接した者に言わせると、ノブには、

明るい感じで人付き合いの良い面があった反面、同時に、

得も言われぬ『怖さ』があったようだ」と。

「さあ、それは一体、どうだったか、私には、分かり兼ねます」と、

信ちゃんが、至って正直に答えます。

 

 それに続く、大王の言葉は、こうでした。

それは、「その怖さ、あるいは、ある種の『冷たさ』の元は、

一体何だったのだろうな?」という問い掛けでした。

 しかし、信ちゃんも、その答えには窮したようです。

 正直なところ、彼は、「さあ、それは、一体何でしょうか?

私にも、よく分かりませんが」と言うのが、関の山でした。

 

 これに対して、大王が答えます。

「きっと、オヌシに接した者たちは、ノブの中に、ふつふつと

湧き上がる『権力欲』を見たのではないか。

 言い換えるなら、オヌシは常に、『権力者』としての自信と

傲慢さで、他者(ひと)を、心理的に圧倒していたのでは

あるまいか」と(*下の写真は、満州時代の岸信介と、

彼の腹心だった椎名悦三郎:1898~1979 です)。

 

      Photo_20191022211601      Kisi

 

 そこで、信ちゃんが突然、その大王の言葉を遮ります。

そして彼は、次のように語りました。

「大王サマのお言葉ですが、私は、決して、そのような思いで、

人生を生きてきたわけではございません。

 むしろ、出会う人々に対して、平等に接してきたと確信いたして

おります」と。

 

 そこで、大王が言います。

「ノブ、ワシは、オヌシの表面的な行動についてのみ言っている

のではないのだ。

 むしろ、その心の奥深くに存する”本音の部分”について語って

いるのだよ」と。

 この言葉に対して、信ちゃんが、正直に答えます。

「その深い部分につきましては、私にも、よく分かりません」と。

 

 そこで、大王は、ひと息ついて、こう続けました。

「ノブ、オヌシに接した者たちが、なぜ、オヌシに『怖さ』を

感じたのかと言えば、それは、オヌシが、どんなに気安く接して

いても、常に、『権力者』としての片鱗を見せていたからだと

思うのだ。

 そして、オヌシ自身が、いつ如何なる場合でも、常に『権力』を

求めていたからだと思うのだよ」と。

 これに対して、信ちゃんが言います。

「強く意識したことはございませんが、確かに、そうだったかも

知れません」と。

 そして、彼は、こう続けました。         【つづく】

2019年11月 9日 (土)

地獄をさ迷う亡者たち(33)

(第五話)明治維新の後継者として【3】

 

 信ちゃんの言葉が続きます。

 

「高杉晋作は、訪問先の上海で、中国民衆の惨状をつぶさに見て、

『維新』の必要性を痛感したわけです。

 維新の推進者たちは、日本の民衆に、中国の人々と同じ苦しみを

与えてはいけないと考えました。

 ですから、初めから、膨張主義だったわけではないのです」と。

 流石、戦前・戦中・戦後における最高頭脳の一人、信ちゃんの

言葉には、なかなかの説得力がありました。

 

 そこで、大王が言います。

「とはいえ、オヌシらの言う大日本帝国も結局、アジアの民衆に対して、

欧米列強と全く同じことをしたではないか。

 つまり、その武力によって制圧・支配した異民族を、劣等民族として

差別し、かつ苛酷に扱いはしなかったか?」と。

 

 この言葉に対して、信ちゃんが言います。

「大王サマのお言葉ですが、例えば、私共が満州国の建国に際して

唱えました『五族協和』の精神は、欧米列強の不当な侵略行為に対して、

アジア諸国が、互いに協力し合おうというものでした(この場合の

『五族』とは、漢人、朝鮮人、満州人、蒙古人、日本人を指します。)」

と。

 

 これに対して、大王が言います。

「しかし、それは同時に、決して五民族が対等ということではなく、

あくまで日本民族を最高位に置き、昭和天皇の下にまとまろうという

ことではなかったか」と。

 

 これに対する信ちゃんの言葉です。

「確かに、五族協和と同時に唱えました『王道楽土』は、武力による

覇道政治ではなく、むしろ、皇帝(日本の場合は、『天皇』)による

仁政によって、異なる民族の人々を共に幸せにするという理念です。

 

 しかしながら、それは、現実的には、決して相互に平等なものでは

なく、むしろ、上下的な階層性を伴っていたことは、決して否めません。

 しかし、そうでもしなければ、互いに異なる民族の者たちを、新国家の

草創期において、それなりにまとめ上げることなどできませんでした。

 そのジレンマは、異民族との戦いや和合に腐心した中国の歴代王朝の

歴史が、雄弁に物語っております」と。

 

 それを聞いた大王が言います。

「ノブは、若き日に、大川周明(1886~1957)や北一輝(1883~1937

:下の写真)らと出会い、アジアの統合と『国家社会主義』に目覚めたわけ

だ。だが、そこには、確かに思想的な一貫性があったかも知れんな。

 

      Photo_20191021150201

 

 とりわけ、若き日のノブは、北一輝の国家社会主義に、強く

共鳴したようだな。

 北は、明治維新の歴史的な意義は認めつつも、思想的には、

財閥や官僚制、それに皇族・華族制度に対しては否定的だった。

 それゆえ、彼は、皇族・華族制度を廃止し、財閥と地主を

解体して、富を平等に国民に分け与える必要性を強調した。

 加えて、男女差別のない国家を、まさに天皇の権力によって

実現すべきだということを、その著『日本改造法案大綱』で

書いたわけじゃ。

 

 彼は、実に思い切った思想の持ち主だった。それゆえ、北は、

当時の権力者たちによって、極度に危険視され、一民間人に

過ぎないのに、何と秘密裡に軍法会議にかけられて、銃殺刑に

処せられた。

 それは、北自身の”革命性”の証しでもあった。

若き日のノブは、その北に、傾倒していたわけだな」と。

 

 これに対して、信ちゃんが、正直に答えます。

「誠に、大王サマの仰せの通りです」と。

 この言葉を聞いた大王が、悠然と語ります。

「かつてのノブが、北の影響を多分に受けたことは、

察するに余りある。

 だが、そのことは、同時に、明治維新の現実の姿を

否定することになるのではないか!」と。

 

 そこで、信(のぶ)ちゃんが言います。

「大王サマ、確かに、その点が、私自身の思想的な矛盾点

かと存じます。

 しかし、私は同時に、政治的には、全くのリアリスト

(現実主義者)でもありました。

 それゆえ、あくまで、現実に見合った生き方や思想を

心がけて参りました」と。

 

 そう語りつつ、信ちゃんは、北一輝を尊敬しつつも、

人生での、一つの”確信”が芽生えました。

 それは、自分の生涯の枢要な部分が、『明治維新の

後継者』としての生き様だったということでした。

 いつの間にか、閻魔庁の辺りは、すっかり暗くなって

おりました。             【つづく】

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、彼によれば、天皇は、国民にとって、決して雲の上の存在

ではなく、むしろ、国民と共に生きる対等な存在で、天皇と国民との

互いの協力で形成される「公民国家」が建設されるべきだ、と説いた。

 

 無論、これは、一種の観念論なのかも知れぬ。だが、当時としては、

極めて大胆不敵な思想だった。

 

 

 

 

2019年11月 8日 (金)

地獄をさ迷う亡者たち(32)

(第五話)明治維新の後継者として【2】

 

 大王の言葉が続きます。

 

「つまり、欧米列強に対抗する独立自尊の精神を持った秀逸な人材が、

明治の前半、次々と倒されていったわけじゃ。

 残ったのは、腑抜けの石ころばかり。

今日の政治状況と、全く同じではないか。

 言うなれば、長州人は、長い間、そのような世界権力の策謀に、

まんまと乗せられて、上手く利用されてきたのじゃ」と。

 

 この言葉を聞いた信(のぶ)ちゃん、血相を変えて反論します。

「いいえ、大王サマ、決してそんなことはありません。

 なぜなら、長州人は、薩摩の人々を、手厚く遇してきたからです。

『陸軍の長州、海軍の薩摩』と言われたように、薩摩とわれわれは、

ほどよく棲み分けをしてきました。

 

 また、吉田松陰先生(下の肖像画)の『一君万民論』に従い、

日本全国の官民が一体となって、日清・日露の戦役を戦い抜いた

のでございます。

 

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 私共は、決して、世界権力などのためにではなく、あくまで、天皇陛下と

大日本帝国のために戦ってきたのであります」と。

 

 これに対して、大王が言います。

「松陰なる者の『一君万民論』は、皇帝(日本の場合は、「天皇」)にのみ、

権利、権力を認め、既存の特権的な身分制を否定することで、国民を平等

とみなす革命的な思想だったな。

 この考えは、確かに国民や国家をまとめるのには、甚だ効果的だった

だろうが、それは結局、『強者の論理』ではなかったか。

 

 なぜなら、松陰の他の著『幽囚録』には、次のように書かれているという。

つまり、『北海道を開拓し、カムチャッカからオホーツク一帯を占拠し、

琉球を日本領とし、朝鮮を属国とし、満州、台湾、フィリピンを領有

すべきだ』というものだ(Wikipedia  参照)。

 

 無論、幕末期の松陰は、日本を防衛する観点から、このように論じた

のであろう。だが、他国からすると、これは、明らかな侵略行為だ。

 日本が、彼らの立場になれば、彼らの気持ちが分かろうというものだ。

 事実、この松陰の考えに沿って、その後、大日本帝国による無謀な

大陸侵略がなされたのではないか!」と。

 

 これに対して、信ちゃんが、こう反論します。

「確かに、大筋は、大王サマの仰せの通りです。

しかし、松陰先生の時代は、まさに帝国主義の時代でした。

 欧米列強によるアジア侵略は、たいへん苛酷なものでした。

まさに食うか、食われるかの厳しい時代だったのです。

 アヘン戦争(1840~42)が、その好例です。

この戦争によって、大英帝国に敗北した清国の民衆は、

長きに亘って、塗炭の苦しみを味わいました。 【つづく】

 

 

 

 

 

2019年11月 7日 (木)

地獄をさ迷う亡者たち(31)

(第五話)明治維新の後継者として【1】

 

 次の審問が始まります。大王が、こう切り出します。

「ノブ、オヌシの名前は、曾祖父の佐藤信寛(さとう のぶひろ:1816~

1900)が命名したというが、それは、まことか?」と。

「ハイ、その通りです」と、信ちゃんが、素直に答えます。

 続く大王の言葉です。

「信寛(のぶひろ)の一字をとって、『信介(のぶすけ)』と、

なったわけだな」と。

 

「ハイ、仰る通りです」と、信ちゃんが言います。

 大王の言葉が続きます。

「オヌシは、後に島根県令となった佐藤信寛を、たいそう敬愛していた

ようだな。

 信寛は、木戸孝允(1833~77)とも親しかったと聞く。

彼はまた、吉田松陰(1830~59)に、『兵要録』を授けたとも

言われておる。

 オヌシの胸中には、明治維新の精神が、脈々と流れているように

感じるが、どうだ?」と。

 

 これに対して、信ちゃんが答えます。「まことに、仰る通りです」と。

信ちゃんは、自分の”心の原点”を認めてもらったようで、

心なしか嬉しく感じました。

 そこで、大王が、こう語ります。

「ノブには、自らが、明治維新の後継者である、という強い自負心が

あったのではないか?」と。

 信ちゃんが、勇んで答えます。

「全く、その通りです」と。

 

 これに対して、大王が言います。

「つまり、ノブの場合、オヌシの政治思想とその行動には、”長州人

としての独自性”があったようだな。

 言うなれば、日本の近代をリードしてきたのは、長州の先達や、

それに続く自分たちだという自負や誇りがあったように思うのだ。

違うか?」と。

 

 まさに、我が意を得たりという思いで、信ちゃんが頷きます。

そして、彼は、こう申しました。

「まさに、大王サマの仰せの通りです。そのようなお言葉を、ここで、

耳にできるとは、思いもよりませんでした」と。

 信ちゃんは心底、嬉しいようでした。

 

 「だが、しかし・・・」と、大王が、言います。

そして、大王は、こう続けます。

「確かに、長州人脈が、近代日本政治の”覇者”だったわけだが、同時に、

彼らは、多くの裏切りやライバル潰しをやって来なかったか?

 徳川幕府や会津藩を始めとする奥州雄藩は言うに及ばず、真に

日本の行く末を案じた愛国の士・肥前(佐賀)の江藤新平(1834~

74:下の写真)や薩摩の西郷南州(1828~74)なども結局、

世界権力の手先となった長州人脈による陰謀と策動によって倒されて

いった。

 

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                        【つづく】                                                                                                                                                                                                                                                                                                      

                                             

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