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2020年8月 4日 (火)

私の平野貞夫論(72)

 

 『わが輩は保守本流である』を

                   読んで【5】

 

 平野氏の「坂本龍馬」考〔2〕

 

 平野氏によれば、龍馬は、佐那から伝授された「妙見法力」

から、その時代の認識や人間への対応を見出したという。

  ところで、龍馬が修業した千葉道場は、北辰一刀流で有名だ。

「北辰」とは、北極星、あるいは北斗七星(下の写真)のこと

で、それは、”妙見信仰”の象徴とされる。

 これは、明らかに「星信仰」だ。

 

    Photo_20200802225401

 

 そして、この妙見信仰に基づく妙見法力は、千葉家に

とって、門外不出の秘伝だった。

 だが、佐那は、龍馬への愛と信頼ゆえに、この秘伝を、

龍馬に伝えたと言われる

 

 しかし、果たして、もし龍馬に、一片の信仰心や理解力など

無かったとしても、この伝授は、可能だっただろうか?

 私には、決してそうは思えない。

むしろ、龍馬に、非凡なまでの理解力と信仰心や想像力が

あったがゆえに、この「妙見法力」を理解できたと思うのだ。

 

 それに、彼は元々、この”妙見信仰”と、決して無縁ではなかった。

平野氏の考察によれば、土佐には、妙見神社と言われるものが、

140ヶ所もあったという。

 事実、龍馬の生家に近い潮江(うしおえ)天満宮(下の写真)は、

思想を全く同じくする”星信仰”の神社でもあった。

 

    Photo_20200803133201

 

     Photo_20200803133401

     

 この妙見信仰は、黒潮の力で、日本国内に広く伝わっている。

実は、私の母方の祖父母(若い頃、熊本県八代市に在住)も、同様の

信仰を抱いていた。

 八代市自体が、妙見信仰で有名である。

 

 このような次第で、龍馬は、千葉佐那から、極秘に伝えられた「妙見

法力」を、思いの外、容易に理解、かつ咀嚼できたと思う。

 これに加えて、この時代に、龍馬に多大な影響を与えたのが、帰郷

したジョン万次郎(下の写真)との出会いである。

 この万次郎との邂逅と、龍馬独特の時代認識によって、龍馬にとって、

国家を鎮護するために是非とも必要だったのが、「開国と大政奉還」

だったのである。

 

    Photo_20200803133801

                  (侍姿のジョン万次郎)

                                【つづく】

 

 

 

 

 

 

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