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2020年8月13日 (木)

私の平野貞夫論(80)

 『わが輩は保守本流である』を

             読んで〔13〕

 

  小沢氏の変わらぬ国家・国民愛

 

「保守したければ、改革せよ!」と、平野氏は言う。

半世紀以上、この言葉に従って、「政治改革」に邁進する政治家

がいる。小沢一郎氏(78)である。

 1989年8月、小沢氏は、47歳で、自民党幹事長に就任した。

これは、当時、破格の出世で、多くの自民党議員の羨望嫉視の的

なった。

 

 この話題から始まる平野、小沢両氏の対話が、非常に興味深い。

 小沢氏が言う。

「私が幹事長になったのは、ポストを求めたのではない。

竹下さんは反対したが、金丸さん(下の写真)から強く言われた

からだ。

 国際情勢も変化し、自社55年体制で政治をやれなくなった。

大変化の時代だから、よろしく頼む」と。

 

    Photo_20200810201201

 

    Photo_20200810201301

 

 これに対して、平野氏が、答える。

「これまで吉田首相やお父さん(小沢佐重喜氏)の関係で、

個人的に意見を言ってきたが、これからは与党の幹事長だ。

 衆院事務局職員としての限界がある」と。

 これを聞いた小沢氏(下の写真)の言葉だ。

「自民党には、僕の考えをわかる人は少ない。

なんとしても自民党を改革したい。

 言いたいことがあれば、言ってくれ。」

 

    Photo_20200810202001

 

 そこで、平野氏が、こう語る。

「政治改革が大事だといって『政治改革大綱』をつくっても

放りっぱなし、解党的改革をしないと、国民から見捨てられ

ます」と。

 この、歯に衣着せぬ平野氏の言葉は、さぞかし、小沢氏の

胸を射貫いたことだろう。

 それに対する、小沢氏の答えは、こうだ。

「このままなら、2年に一度、派閥のボスは捕まるだろう。

 僕は総理になるためのカネ集めをする能力はない。

総理になるつもりもない。

 自民党の解党的出直しをしたいのだ。

もしそれができないなら、自民党(下の写真)を潰す。

 国家国民のために必要なのだ。

ぜひこれからも相談にのってくれ」と。

 

   Photo_20200810203101

 

   Photo_20200810203201

 

 このエピソードの中に、小沢氏が、どれ程、平野氏を

信頼し、かつ頼りにしていたかが分かる。

 また、小沢氏の視点は一貫して、単に自民党だけの

ためにあったのではなく、むしろ、国家・国民の為だった。

 この彼の熱情は、今も、全く変わらない。

 

 今日の日本の悲劇は、このような素晴らしい政治家を

誤解し、時には曲解して、小沢氏に活躍の機会を与えな

かったことだ。

 それも、単に自民党議員だけでなく、民主党議員も、

全く同じだった。いや、むしろ、より悪質だった。

 そのことが、日本にとって、どれほどマイナスに作用して

いるのか、心ある日本人以外、多くの国民は知らない。

 その点、小沢氏の政治的熱意や国家・国民愛を最も深く

知悉しているのが、まさに、平野貞夫氏なのである。

                               【つづく】

 

 

    

 

 

  

 

 

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