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2020年8月 7日 (金)

私の平野貞夫論(75)

 『わが輩は保守本流である』を

               読んで〔8〕

 

 平野氏の貴重な提言

   ー「新しい生活様式」より

            「新しい文明」を!

 

 龍馬の「四観三元論」について書きながら、私は、この認識論

を実践している、もう一人の人物について、思い至った。

 それは、平野貞夫氏その人である。

思うに、同氏の「認識」は高く、広く、かつ深い。

 

 しかし、「高い」とはいえ、同氏は、世事にも詳しく、かつ人情

にも厚い。

 また、「広い」とはいえ、ただ意味のない広漠なだけの似非知識

ではなく、万事が、非常に丁寧で、常に理路整然としている。

 さらに、「深い」とはいえ、まるで、タコ壺のタコのような、単なる

専門バカではない。

 この認識の「高さ・広さ・深さ」が、時に、彼独自の「文明観」や

「文明論」にまで及ぶ。これについては、後述したい。

 

 とりわけ、彼の認識の「深さ」の内実は、同氏が、常に”Something

Great(偉大なる存在)”を意識する点にあると思う。

 実は、坂本龍馬も、そうだったのではあるまいか。

 彼の同時代人としては、「敬天愛人」を説いた西郷南州がそうであるし、

妙見星信仰を理解していた勝海舟などが挙げられる。

 龍馬は、よく部屋の床柱の前で、座禅を組んで、瞑想したと言われて

いる。

 

 そこでは、単に目に見える人間界(=娑婆世界)だけでなく、むしろ、

時空を超えた世界に、彼の魂は誘われていたのではあるまいか。

 そして、龍馬は、そのSomething Great の導きに、常に従った

のではないかと思うのだ。 

 

 Photo_20200805202801

            (どことなく穏やかな龍馬の面影)

 

    Photo_20200805203101

           (彼が創設した、日本最初の「商社」跡)

 

 ところで、平野氏の『わが輩は保守本流である』から、少し

話がずれて恐縮だが、先月4日、『日刊ゲンダイ』の紙面に、

平野氏の「特別寄稿」として、「新型コロナウィルスが解体する

限界の資本主義」、並びに「新しい生活様式」より「新しい文明」

と題する記事が掲載された。

 実は、私の無二の親友が、その記事を送信してくれたし、また、

ブロガーの「94288421ca」さんが、この記事について、非常に

有益な論を展開しておられる。    

 

 平野氏によれば、

「新型コロナウィルスの出現は、歴史の教訓から考えれば、資本主義

を解体すると認識すべきだ。

 安倍首相が唱える『新しい生活様式』で対応できるものではない。

『Something Great』が『人と自然の共生』を迫り、新しい文明

をつくるよう警告しているのだ。」

 

 この記事は、東京理科大学の「科学文化概論講義」(オンライン授業)

の「ジョン万次郎に学ぶ」の中で説かれたものだ。

 そこで、平野氏は、その「結び」で、「万次郎なら、新型コロナ

ウィルス禍と21世紀現代をどう考えたか?」と問題提起をし、万次郎は、

「中世を解体したペスト禍に学べ」と言うであろう、と語る。

 

 ここで、注目すべき人物が、アイザック・ニュートン(下の人物画)で

ある。

 平野氏は、記す。

「ニュートンはこのペスト禍で、万有引力・光の分析・微分積分を着想した

のだ。

 この時期のペスト禍が、ヨーロッパの中世を解体し、ニュートンの3大

発見は、近代科学技術の礎となる」と。

 

    Photo_20200805212101

                  (若き日のニュートン)

 

 そして、同氏によれば、「ニュートンは、人間キリストを

神とする正統派教会の不合理さを納得しない思想を持っていた

『Something Great(偉大なる存在)』としての神は、

信じていた。」

 

 そして、彼の言に従えば、確かに、その(あるいは、ニュートンの)

合理主義精神が、近代科学を発展させた。

 (しかし、ニュートンは)同時に、合理主義の”危険さ”も理解し、

晩年は、神学研究者となり、万有引力の発見を、神からの授かり物

した。

 西欧で発展した近代科学技術は、自然の脅威との闘いから自然の

征服手段となる。

 それは、人間の『Something Great』に対する感性を失わしめ

たのだ。

 

 この着想が、「新型コロナウィルスが解体する限界の資本主義」と

なり、それゆえに、資本主義の在り方を根本的に問い直す、「新しい

文明」の創造が必要となる。

 平野氏の認識の高さ、広さ、そして深さが、まさに、その「新しい

文明」の創造につながり、そこでは、古来の東洋文明、とりわけ、

日本の縄文文明の存在が、その創造のための大きなヒントになると

思えるのだ。                              【つづく】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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