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2020年8月 6日 (木)

私の平野貞夫論(74)

 『わが輩は保守本流である』を

                読んで〔7〕

 

 歴史変化の原動力としての「妙見星信仰」

 

 私事だが、私は二年間、ホノルルで、ハワイ州立大学マツナガ平和研究

(スパーク・マツナガ元上院議員の名を冠した研究所)の客員研究員と

て過ごした。すでに、四半世紀前のことである。

 

 だが、実は、最初に足を踏み入れた外国は、今、注目の、中国だった。

それも、今から40年も前のことだ。丁度、毛沢東が鬼籍に入って、4年後

のことだった。

 当時の北京は、多くの乗用車ではなく、まだ、驚くほど多数の銀輪

(自転車)が、人々の貴重な「足」だった。

 まさに、今日とは、隔世の感がある。

 広大な天安門広場や万里の長城に立った時、私は、中国の人々の

おおらかさや懐の深さと同時に、彼らの粘り腰や健(したた)かさを

感じた。

 

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   Photo_20200804151001

 

 当時の中国の印象について、私は、こう記した。

「中国は、まさに『肉と石の文化』だと思った。

『米と木の文化』である日本とは、似て非なるものを感じた。

同じ東洋や東アジアとはいえ、日本と中国は、やはり違うと思う。

 彼らはむしろ、同じ『肉と石の文化』である欧米とこそ近しい

のではないかというのが、私の正直な感想だった。

 この思いは、今も変わらない」と。

 

  日本の文化や文明は、中国文明の一部、あるいは亜流、若しくは

亜種と考える人は、案外、多いかもしれない。

 だが、両者は、明らかに異なると思う。

事実、日本人はともかく、欧米の研究者などには、「一衣帯水」と

言われる日中の歴史や文明に異を唱え、『日本文明』の独自性を

強調する人は、決して少なくない。

 評価の分かれるサミュエル・ハンチントン(1927~2008:

『文明の衝突』の著者:下の写真)でさえ、明らかに、日本文明

の独自性、あるいは特殊性を強調している。

 

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 では、日本文明の独自性や特殊性は、一体、どこに存在する

のだろうか?

 私は、それは、1万年以上に及ぶ縄文の文化、文明にあると思う。

 

 平野氏は、この縄文文明に、人一倍、強い関心を抱いている。

同氏によれば、縄文人を含め人類は古代、太陽と月と星を、

”三位一体”として信仰していた。

 それぞれに差は無く、総じて”一体”だったと言えよう。

 

 「太陽」は、繁栄を祈るシンボルで、「月」は、変化と無情という

人間の心情のシンボルだと言う。

 その点、「星」は、平等と安らぎのシンボルだと言える。

 平野氏の考察によれば、古代の人々は、この「太陽」と「月」と

「星」をバランスよく宇宙観とする信仰で、自然と、うまく"共生”

していたのである。

 

 日本は弥生時代に移る頃、「太陽信仰」による政治支配が強まる

が、人類の長い「星信仰」の伝統は、現在の皇室行事にも生かされて

いると、平野氏は解説する。

 彼によれば、わが国で時代を区分する歴史変化の原動力となったの

が、実は、「妙見星信仰」だった。

 

 例えば、鎌倉幕府による武家政治の確立には、平将門の血を受け継ぐ

妙見星信仰の集団の力が欠かせなかった。

 つまり、それは、貴族政治の”不平等を改革するために”と、

平野氏は力説する。

それに、戦国時代の幕を閉めた徳川家康の思想は、天台宗の天海僧正

(1536?~1643:下の人物画)と側室・お万の方の法華経の影響があった

ことは、既述した通りだ。

 因みに、「天台」とは、北極星の別称だ。

 とりわけ、法華経は、「人間の生命」を最上とする戦争放棄の思想

あると、平野氏は強調する。

 

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 同氏の考えでは、江戸文化とは、太陽も月も、「星」の

一つだという宇宙観で構成されていた。

 明らかに、崩壊しかけた幕藩体制を改革した思想的基層は、

人間の平等と民衆の幸せを願う「妙見信仰」だった。

 

 しかし、明治維新以後、薩長両藩の藩閥官僚は、廃仏毀釈で、

「星信仰」を否定し、天皇を利用して、軍事独裁国家を創った。

 だが、その結果が、敗戦による亡国である。

この認識は、まさに、衆目の一致するところだ。

 

 平野氏によれば、小沢一郎氏が、「縄文の心に立ち返る」と

叫んでいる意味は、小沢氏にとって、「太陽」と「月」と「星」の

三位一体の信仰心に立ち返り、「星」の平等と安らぎを、人類社会の

本流だとする考えに戻る意味だと理解される。

 言うなれば、坂本龍馬の革命の原動力だった「妙見星信仰」は、

今も健在なのである。                       【つづく】

 

 

 

 

    

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