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2020年8月11日 (火)

私の平野貞夫論(78)

 『わが輩は保守本流である』を

            読んで〔11〕

 

  第一期、および第二期「劣化」とは?

 

 平野氏は、「過去」から学ぶことの重要性を訴える。

そのために、人は、「歴史」を学ばなければならない。

 平野氏の博識の背景には、同氏が、様々な「歴史」について、

徹底的に学んだ事実があると思うのだ。

 

 真実の「過去」を知らない人に、未来への展望は開けない。

ましてや、現在の諸問題への対応も、甚だおぼつかないものとなる。

 私を含め、現代人の知的弱点の第一は、余りにも、過去の”真実”

や歴史を知らないことなのではあるまいか。

 

 「私が、国家だ」と豪語した安倍首相が、野党の議員に、

「まるで、(フランスの)ルイ14世(下の人物画)のようだ」と

批判された時、彼は、何を取り違えたか、「私は、ルイ16世(下の、

下方の人物画)ではない!」と語ったと聞く。

 「朕は、国家なり」と語ったルイ14世と、断頭台の露と消えた

ルイ16世を混同するとは、余りにも歴史を知らなさすぎると言える。

 だが、もしかして、安倍氏が、フランス革命に散ったルイ16世の

ことを熟知していて、ギロチンなどに掛かりたくないという意味で、

そう語ったのならば、彼は案外、歴史通なのかもしれない。

 しかし、残念なことに、”真実”は、それほどのことではなさそうだ。

 

   14_20200808142001

                          (ルイ14世)

 

    16_20200808142101  

          (ルイ16世と、マリー・アントワネット王妃)

 

 ところで、平野氏の語る「第一期劣化」の時期に関して言えば、

明治生まれの政治家には、与野党の対立を超える共通の思想が

あったという。

 同氏によれば、それは、「人間平等論による公正な分配要求

だった。

 

 例えば、中小企業や農家の支援を受けた自民党衆院議員が、質疑の

冒頭に、「天は貧きを憂わず、等しからざるを憂う」と始めると、

野党席から拍手が起こったと言う。

 まことに、今日では考えられない、政治家のレベルの高い時代だ。

 中でも、貧しさの苦労や社会へ感謝する気持ちを持っていたのが

明治生まれの政治家で、その代表に、前尾繁三郎氏や保利茂氏

(1901~79:下の写真)などがいた。

 

    Photo_20200808143601

 

 そういった明治生まれの政治家たちが、こう語っていたと

言う。

「これからは、大正生まれの中曽根・宮沢・竹下たちの時代

となる。本流の発想がなく心配だ。

 君(平野氏)たちがしっかり支えないと、日本の国会は、

どうなるかわからなくなる」と。

 事実、彼らが去った後の国会は、彼らの予言通りとなった。

 

 ここで、平野氏は、ひじょうに意義深いことを語っている。

 それは、次の言葉だ。

「政治家は、『自分の知らないことを自覚すれば、早く成長する』

といわれています。

 一人の人間が世の中の全部を知ることは不可能です。

知らないことを知ること』が、政治にとっても大切です。

教えてもらえば、知ることができますから」と。

 

 まさに、ソクラテス(下の写真)の「無知の知」を彷彿と

させる言葉だ。

 単に、政治家だけでなく、人間全体について言える名言では

なかろうか。

 

     Photo_20200808144901

 

 ”自分の知らないことは、元々、存在しないのだ”と

考えるような無知・狭隘な政治家が圧倒的な今日、

彼らに、”自分のこと”として、肝に銘じてほしいと願う

のは、決して、私だけではないと思う。

 

 次に、「第二期劣化」と言われるのは、先述した、「異常

バブル経済時代に発覚した金権政治」のことである。

 この異常バブル経済のきっかけとなったのは、周知のように、

プラザ合意(1985年9月)である。

 この時期、最も責任の重い政治家は、中曽根康弘氏(首相)と

竹下登氏(大蔵大臣)だった。

 この両者が、当時、世間を騒がした「リクルート事件」に、

深く関与するのである。

 そして、金権腐敗政治そのものに、最も責めを負うべき政治家

も、この両者だった。

 

 だが、この二人は共に、自らの腹心である藤波孝生議員や青木

伊平氏(竹下氏の金庫番)を犠牲にして、自らは、官憲の手から

逃げ切った。

 まさに、今日の安倍政権の先例のような事象が、すでに30年

以上も前に存在した。

 小沢一郎氏や平野貞夫氏による「政治改革」は、このような

政治腐敗を少しでも解決すべく、試みられたのである。 【つづく】

 

 

 

 

 

 

 

 

                 

 

 

 

 

 

 

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