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2020年8月 1日 (土)

私の平野貞夫論(70)

 『わが輩は保守本流である』を

            読んで【3】

 

  このコロナ禍の中、人は、思うかもしれない、「今、日本は、

政治どころではない。

 森友問題など、すでに過去の問題だ」と。

 だが、果たして、そうだろうか?

むしろ、今日のコロナ問題の深刻化は、旧態依然たる安倍政権の

無為・無策に起因しているのではあるまいか。

 加えて、多くの国民による政治的無関心や社会的モラルの喪失

に基づいているのではなかろうか。

 

 平野氏は、本書の中の”「森友公文書改竄事件」の反省”という

項目で、次のような、実に有益な論を展開している。

 彼は、記す。

「安倍首相や麻生財務相の謀略による『佐川前理財局長のスケープ

ゴート化』は、事態を闇に葬るどころか、日本の非近代国家性を

世界に露呈することになりました。

 自民党がいかに堕落と劣化の政党かを証明するものです。

 

 かつて保守本流が仕切っていた時代と異なり、国家や国民に

誠実に対応する気持ちも能力もありません。

 自民党は保守本流の政治家がいなくなり、利権政治マフィア集団

となりました。

 四半世紀(25年)前、小沢一郎という政治家が私に語った

自民党を改革しないと、日本が危うくなる』ことが、

現実になりました。

 

 『憲政の常道』という議会民主政治の原理、すなわち保守本流の

原理からいえば、安倍首相は虚言を重ねることをやめ、総辞職をして、

野党と政権交代すべきです。

 安倍首相夫妻が、仮にこの事件に直接関係がないとしても、

国会に虚偽言動を続け、行政行為の正当性を失った憲政上の責任は

重大です。

 

 各野党は、連立政権の協議を始めるべきです。

その動きが見えないことが問題といえます。

 これが我が国の議会民主政治に機能障害がある証拠です。

この事件への反省は野党もなすべきです。

 問題が発覚してから3月24日までに、野党の党首会談が開かれて

いません。

 事態の重大さを国民に表明すべきではなかったでしょうか。

直ちに政権交代できる野党が存在していれば、このような議会政治

を否定し国家の権威を冒涜する政治は行えなかったと思います」と。

 

 まことに、その通りだと思う。

安倍の暴政の最大の原因は、野党の体たらくと、国民の無関心である。

 これが改善されない限り、早晩、日本は滅びると思う。

識者の中には、”すでに滅んでいる”と言う方もいる(例:適菜収氏)。

 正直、亡国の度合いが、どの程度のものかは分からないが、今日の

日本は、敗戦直後の日本の様相になりつつあるのは確かなようだ。

 

 ところで、私事だが、この名著『わが輩は保守本流である』の存在を、

私は、今年になるまで知らなかった。

 ということは、その「書評」についても、知る由もない。

 というのも、本書が出版された一昨年の4月、私は、熊本市から、

伊豆(伊東市)への引っ越しの準備で、まさに大童だった。

 

 それゆえ、今年、この本の存在を知った時は、実に新鮮な感動が

あった。

 同様の感動を、私は、本書に対する、或る一つの「書評」にも

見出した。

 その「書評」は、植草一秀氏(下の写真)の手によるものだった。

 

    Photo_20200731141201

 

 すでに、植草氏も言及しておられるが、平野氏は、「保守主義」

を論じる際に、エドマンド・バーク(1729~97:下の写真)に

注目する。

 

    Photo_20200731223101

 

 バークによれば、「人間とは矛盾した存在である。

人間とは、変化を嫌う自然的保守性を持つ半面で、新奇な

ものを求め、変化を好み、古いものに飽きる自然的進歩性

を持っている。」

 それゆえ、「保守したければ、革新せよ」ということに

なる。

 

 しかし、保守本流と言われるに値するのは、前尾氏の言に

あるように、「嘘をつかず、事実を大事にする」政治姿勢だ。

 今日、これに値する政治家は、殆ど皆無と言える。

しかし、平野氏にとって、一人の例外的な人物がいるのでは

なかろうか。

 それが、「小沢一郎氏」である。

 私は、日本政治の刷新の緒(いとぐち)は、この小沢氏を、どう

再認識し、彼に教えを請うつもりで、日本国民の安寧と幸福に、

どう寄与するかにあると思うのだ。             【つづく】

 

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