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2020年6月10日 (水)

私の平野貞夫論(52)

 安倍総理「内乱予備罪」

        告発報告街宣【7】

 

 次も、平野氏の言葉です。

 

 この満州事変の問題というのは、何かと言いますと、

満州で事件が起こって、関東軍(下の写真)が、不利に

なりました。

 そこで、当時、朝鮮は日本の植民地だったものですから、

ここに居た日本軍に、満州の国境を越えさせたのです。

 

  Photo_20200608144201

                        (新京の関東軍司令部)

 

 しかし、天皇陛下の統帥権、いわゆる軍を動かし、戦争する、その

元は、明治憲法の11条に、「天皇は、陸・海軍の統帥権を持つ」と

いうことを書いています。

 けれども、この天皇の許可を得ずに、了解を取らずに、事実関係だけ

で、軍を動かしたわけです。

 

 この時の責任者が、本庄さん(本庄繁:下の写真)という大将で、

この時に問題となったのが、「統帥権の干犯」問題です。

 つまり、天皇の下にある統帥権を、陸軍は、勝手に干犯した、

言うなれば、壊したわけです。

 

      Photo_20200608145101

 

 ですから、私は、明治憲法の下でも、陸軍を内乱罪で訴える

ことができた、処分することができた、少なくとも、議論する

ことができたと思います。

 と言いますのは、明治憲法の刑法の中にも、「政府を転覆する、

または、朝憲(つまり、天皇の持っている憲法上の権限)を紊乱、

つまり打ち壊すようなことは、内乱罪の対象にしていたわけです。

 それこそ、明治時代の憲法下でも。ー

  だから、本来、ここで、陸軍は、内乱罪を犯したという議論を

やっておけば、私は、戦前の軍部も、相当、大人しくなったと

思います。

 

 これを、事実関係が先行して、後で本庄大将が、侍従武官長

申しまして、軍人出身で、陛下お付きの、最高の職に就いた時に、

昭和天皇が、彼を「叱責された」のです。

 それは、本庄大将の『日記』にあるようでございます。

 ですから、これを、政府も、あるいは一般の世論も見逃した、

または、そのままにしたことが、戦争国家への大きな歩みじゃ

なかったかと思います。

 

 その時、一番悪かったのは、新聞でございます。

新聞が、事実関係、まあ、不況ですから、不景気で、満州の

利権が、いろいろ欲しかったのでしょう。

 その陸軍の”暴行”を、あらゆる日本の新聞が、こぞって”諒”と

したわけです。

 この頃から、新聞が、戦争へと向かいます。

これは、朝日新聞も讀賣新聞も、毎日新聞も同様です。

 当時は、テレビはありませんからね。NHKは、ラジオです。

 

   Photo_20200608193901

            (国際連盟からの脱退を報じた新聞)

 

 この、天皇陛下の統帥権の干犯を批判しないマスコミが、

日本を、大きな戦争国家にした原因、同時に、彼らの社会的

責任だと思っています。

 現在と、そっくりじゃないですか!?

 まあ、頑張っている新聞もありますけどね(東京新聞?)。

 私は、これほど、世の中が悪くなる、あるいは、その成り方の

重なり合い、歴史の不思議というものを感じるわけでございます。

 

 そして、憲法違反の安保法制、要するに、自衛隊をアメリカ軍に

追従させて、どこにでも行ける体制を作っていくわけでしょう。

 

   Photo_20200608200401

 

 今のところ、動きは無いですが、今後、何が起こるか、

分からんということを考えますと、満州事変の「統帥権

干犯の問題」は、たいへん大きかったと思います。

 それには、憲法学者や政治学者が、もっと検証して、現代と

比較すべき課題だと思っています。          【つづく】

 

 

 

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