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2020年6月11日 (木)

私の平野貞夫論(53)

 安倍総理「内乱予備罪」

           告発報告街宣【8】

 

 平野氏は、次のように語ります。

 

 そして、若槻内閣が、閣内不一致(「政友会」との連立政権

構想に対する賛成と反対に分裂)で倒れて、犬養長老(犬養毅:

1855~1932:下の写真)が、政友会内閣を組閣します。

 しかし、昭和7年5月15日に、「五一五事件」で、射殺される

わけです。

 

    Photo_20200609162801

 

 浜口総理といい、犬養総理といい、彼らは、良識のある、

戦争を止めさせようという人で、当時の軍部の犠牲になり

ました。

 

 犬養毅と言えば、明治時代から活躍した、「民権」を拡張

するという政治家です。

 ”これ(暗殺事件)は、エライ事だ”ということで、実は、

それを反省して、昭和7年に、衆議院は、「議会振興要綱」、

つまり、軍部の横暴を止める議会改革をやろうとするんです。

 その要綱がまとまるんですが、軍部に押し切られて、改革に

失敗します。 

 それも、議会が、非常に弱くなった原因です。

 

 実は、昨年、モリカケ問題、南スーダンに関する防衛省の問題など、

様々な問題で、安倍政権は、政治家の国政調査権や国会の審議権を、

ことごとく翻弄しましたね。

 それで、7月の31日に、大島衆議院議長が怒って、異例の訴え

を行います。

 つまり、「国会は、何をやっているのか!?

政府は、国政調査権を邪魔し、公文書の改竄などをやって、

けしからん。

 キチンとした民主主義を回復しろ!」という書簡を出しますね。

  ところが、何の対応もしてないでしょう!

こういう重大な時には、そういうことが起こるんですよね。

 これも、ひじょうにピッタリしてるんですよ。

 

 そして、この頃(昭和7年)、どういうことが起こったかと

言いますと、吉野作造さん(1878~1933:下の写真)という、

たいへん立派な、美濃部達吉先生よりか偉い政治学の先生がいて、

「民主主義」という言葉よりか、「民本主義」という、”国民が、

本だ”という考えを唱えた頃、その吉野作造さんが、「党利、党略、

党派を超えて、戦争に反対する」人民統一戦線を作ろうとするんです。

そういう運動をしました。

 しかし、これが、失敗します。

 

      Photo_20200609201001

 

 反対したのは、「革新」なんですよ。

山川均(ひとし:1880~1958:下の写真:上は、壮年期、

下は、老年期の同氏)という人がいましてね。

 この山川均という人が、「人民統一戦線と言うのならば、

やっぱり、革新勢力一本にせないかん」と言いました。

 今と、似ているでしょう。

 主義・主張を超えた人間が、戦争を阻止するために、一致

団結して、ファシズムを阻止しよう、軍部と対決しようという

吉野作造さんの意見を排撃したのは、「革新」なんですよ。

 本当に、これも、似てますね。

 

    Photo_20200609201701  

 

    Photo_20200609203501  

 

 そして、吉野作造さんは、翌年の昭和8年に亡くなります。

もう、こうなると、グワッ!と始まるわけですね。

 そして、昭和8年に、何が起こったかと言いますと、実は、

この年に、「児童虐待防止法」というのができるんですよ。

                               【つづく】

 

 

 

 

 

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