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2020年3月

2020年3月31日 (火)

地獄をさ迷う亡者たち(151)

(終章)「津波から生還したドイツ人

     名もなき日本人善意のリレー」【4】

 

(ナレーション)「震災から5日目。小湊は、仙台(下の写真)

から東京へ運ぶバスを見つける。

 だが、電車は止まり、ガソリン不足で、仙台へ行く車もない。

今日が、バスの出発日なのに、・・・

 

    Photo_20200329132501

 

     Photo_20200329132601 

 

 小湊は、避難所の外へ飛び出した。

彼が、車の運転手に言います。

『すみません、仙台まで人を送ってもらいたいんですが。・・・』

 他の運転手にも言います。

『すみません、ガソリンがなくて、・・・』。

 今日しかない。東京行きのバスは、この日だけ・・・。

小湊は、手当たり次第に車を止めては、頭を下げる。

 10台、20台、30台。・・・

ようやく、ガソリンがある車を見つけた。

 小湊は、その人に懇願する。

『何とか、お願いします、お願いします』」と。

 

 ヨハンナの言葉です。

「彼は、笑顔で現れ、こう言ったんです。

『大丈夫! 車、見つかりました。仙台まで行きましょう!』と。

 彼に連れられ、乗り込んだ車、何が何だか分かりませんでした。

そして、彼は、父の手に、封筒を握らせたのです。

 中には、日本のお金、3万円が入っていました」と。

 

(彼らを見送りながら、小湊さんが言います。

「どうか、気を付けて!」と。)

 ヨハンナが、その時のことを思い出しながら、語ります。

「とても、びっくりしました」と。

 父ユンゲル氏の言葉です。

「後で、お金を返そうとしたのですが、彼は、全く受け取り

ませんでした。」

 

 その後の、小湊氏の言葉です。

「(公務員の立場として)これでいいのかって、自問自答しま

したよ。正直言って。

 でも、そんなこと、言っていられないですよね。

外国の方ですし、友達から借りるとか何とか、一切できない

わけですから。・・・」

 

(ナレーション)「車で1時間をかけ、ヨハンナさんの家族は、

仙台にある、バスの出発場所(仙台国際センター:下の写真)に

到着。

 しかし、バスは、もう出発していた。

 ヨハンナの言葉です。

「私たちは、再び見放された気持ちになりました。」

 

   Photo_20200329134901

                                                 【つづく】

 

 

 

2020年3月30日 (月)

地獄をさ迷う亡者たち(150)

終章)「津波から生還したドイツ人

     名もなき日本人善意のリレー」【3】

 

 庄司が、言います。

「寒くねえか? 助けが来るからな、頑張れ!」と。

 ヨハンナは、言います。

「彼は、お婆さんにも、声を掛けます。寒くねえか?』と。

時折、聞こえて来る庄司の声に、私たちは、励まされ続け

ました。

 その時、私は、初めて気付いたのです。

”彼が、一度も水から出ていないことに”」と。

 ヨハンナの言葉です。

「彼は、『頑張れ!』って、言い続けていました。

そして、一晩中、私たちの面倒を見てくれました。」

 

(ナレーション)「庄司の足には、今も、その時負ったがれきの

傷痕(きずあと)が残っている。」

 母のアンゲラさんが、問います。

「彼は、怪我をしていたんですか?」と。

父ユンゲルさんが感嘆します。「何てことだ!」と。

 アンゲラさんの言葉です。

「そんなこと、ひと言も、言っていなかったわ。」

 

(ナレーション)「翌朝、自衛隊に救出された一家は、臨時の

避難所となった大学の礼拝堂(東北学院大学多賀城キャンパス

礼拝堂)へと移り、ここで、4日間を過ごすことになる。

 当時の写真には、三人のドイツ人が、見よう見真似で、

給水車(下の写真は、イメージ)に並ぶ姿が残っている。」

 

   Photo_20200323193501

 

 ヨハンナの言葉です。

「パスポートも携帯電話も、津波に流されました。

何もありません。

 ラジオから聞こえて来る日本語も、分かりません。

 外国人の私たちにとって、それは、地獄のような時間

でした。」

 

    Photo_20200323193901

                   (ドイツのパスポート)

 

(ナレーション)「しかし、その時、またしても、一人の

ニッポン人が現れたのです。

 その人は、問います。

『大丈夫ですか?』と。

 ヨハンナは、振り返って、言います。

「私は、必死に訴えました。ドイツに帰りたい。

でも、パスポートもお金も無い」と。

 

(ナレーション)「その人は、市役所の職員として、避難所に

いた小湊忠さん(当時、56)。

 一家にとって、信じ難い、二人目のニッポン人だった。」

 当時を振り返って、小湊さんは、言います。

「こんな感じで、寝ていたと思います。

孤立していたと思うんです。

 ドイツの方には、誰も友達はできませんし、言葉が通じないので、

誰も話しかけなかったと思うんです」と。

 ヨハンナの言葉です。

「あなたたちは、自分の国に帰らなきゃいけない。

(小湊さんは、)そう言ってくれたんです」と。      【つづく】

 

 

 

 

    

 

 

 

2020年3月28日 (土)

地獄をさ迷う亡者たち(149)

(終章)「津波から生還したドイツ人 

     名もなき日本人善意のリレー」【2】

 

 ヨハンナの言葉です。

「ゴーッって、地鳴りがしたら、突然、水が襲って来たの。」

(ナレーション)「流される車から外へ出たヨハンナの家族は、

濁流に呑まれながら、何とか外へ脱出。

 そして、アパートのフェンスにしがみついたと言う。

しかし、その凄まじい水の勢いに、母アンゲラさんの手が。・・・

 その瞬間だった。」

 

    Photo_20200323160601

 

 母アンゲラさんの言葉です。

「彼が助けてくれたんです。

私は、もう力尽き、フェンスを越えることなど無理でした。」

(ナレーション)「その彼こそ、庄司武志さんだった。

 彼の車も近くまで流され、外灯にぶっかり、止まっていた。

彼こそ、家族が出会った一人目の信じがたいニッポン人だった。」

 ヨハンナの言葉です。

「庄司の助けで、バルコニーに上がった私たちは、少しでも

高い場所に逃げようと、アパートに入りました。

 

    Photo_20200323161301

 

 すると、そこには、逃げ場を失い、裸足でテーブルの上に

立ったお婆さんがいました。

 庄司さんが、お婆さんに声を掛けます。

『大丈夫か?』と。

 これに対して、お婆さんが答えます。

『隣(の部屋)に、お爺ちゃんが、・・・』と。

 庄司さんが、言います。

『爺ちゃん?・・・』と。

 

 庄司は、直ぐに、お婆さんを棚の上に上げ、寝ていた

お爺さんを、テレビ台の上に避難させました。

 水が、どんどん部屋に入って来ます。

私たちも、急いで、キッチン台の上に上がりました。

 けれど、庄司は、全身ずぶ濡れの私たちに、布団を渡して

くれたのです。

 

 庄司が言います。

『寒いだろう。でも、大丈夫だからな、みんな頑張れ!』と。

彼も、ずぶ濡れだったのに。・・・

 静まり返った部屋に、濁流の音が響いていました。

水は、私たちがいるキッチン台の高さまで上がって来たのです。

 逃げ場なんてありません。私たちは、唯々、恐怖に震えて

いました」と。

 

(ナレーション)「おびえる一家を安心させるため、庄司が

とった行動とは?」

 ヨハンナの言葉です。

「庄司は、窓に『印』を付け、何かを叫んでいました。

 庄司が言います。

「ここを見ていれば、水が増えているか、減っているか分かる

から」と。

 ヨハンナが、言います。

「その一本の『線』のお蔭で、私たちは、取り乱すことなく、

恐怖を乗り越えることができたのです。

 直ぐに日が暮れ、辺りは真っ暗になりました」と。    【つづく】

 

 

 

 

2020年3月27日 (金)

地獄をさ迷う亡者たち(148)

終章)「津波から生還したドイツ人 

              名もなき日本人善意のリレー」

        (「たけしの日本人白書」より)【1】

 

  2012年「津波から生還したドイツ人 名もなき日本人善意の

リレー」というテレビ番組がありました。

 そのナレーションは、次のように始まります。

「私たちが訪ねたのは、ドイツのデュッセルドルフ(下の写真)に

住む、ヨハンナ・シュピールベルクさん(当時、34)。

 彼女は、去年の3月、両親と日本を旅行中に、東日本大震災に

遭い、津波に流された」と。

 

   Photo_20200322190101

 

 当時を振り返って、ヨハンナさんは、こう語ります。

「あの瞬間、もう助からない、そう思いました」と。

(ナレーション)「ベルリンの情報誌に、ヨハンナさん家族を

救った日本人の行動が載り、後に大反響を呼んだ。

 その記事には、こうある。

『日本人が救ってくれたからこそ、ドイツに帰ることができた』と。

 

 記事にあった日本人の一人、庄司武志さん(当時、38)。

ドイツで、大きな話題になりながら、これまで、殆ど日本の取材に

応えなかったのには、ワケがあった。」

 当時を振り返りながら、庄司さんが語ります。

「(人を助けるのは、)普通じゃないですか。

(助けに)働ける人が動くのが、当たり前ですよね」と。

 

(ナレーション)「『当たり前』と、彼は言う。

しかし、世界は、その行動を、『当たり前』とは、思わなかった。

 これは、あるドイツ人一家が見た、名もなきニッポン人たちの

記録である。」

 

 ヨハンナの言葉です。

「結婚を控えていた私が、独身最後の家族旅行で、日本を訪ねたのは、

去年3月のことでした。

 東北の名勝、松島を選んだのは、父の愛する歌川広重(1797~

1858: 下の写真、因みにその下は、彼の作品の一つ)が描く

浮世絵の世界を、この目で見るためでした。

 

        Photo_20200322191901

 

   Photo_20200322192001

 

 ところが、〔2011年3月11日午後2時46分〕地震が発生

したのです。

 その時、私たち家族は、緊急停止した電車の中でした。

ここがどこかも分からないまま、電車を降ろされ、地震の経験

なんてない私たちは、どうしていいのか、全く分かりません。

 見よう見真似で、タクシーに乗り、仙台を目指すことに

しました。

(ナレーション)「しかし、走り出して10分、タクシーは、

津波に呑まれてしまう。」

 

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                                    【つづく】

 

 

 

 

 

 

 

2020年3月26日 (木)

地獄をさ迷う亡者たち(147)

(終章)  「一隅」を照らす人々

 

 最澄(767~822:下の写真)の言葉に、「一隅を照らす、

これすなわち国宝なり」というものがあります。

 この祖師の言葉を、心の拠り所として、今日でも、天台宗の

寺院では、「一隅を照らす運動」が、実践されています。

 

   Photo_20200321191101

 

  その「実践三つの柱」の中にあるのが、次のような言葉です。

 つまり、「生命 あらゆる命を大切にしよう」、

奉仕 みんなのために行動しよう」、

共生 自然の恵みに感謝しよう」というものです。

 「生命」、「奉仕」、「共生」、そして「感謝」こそが、

今日の私たちに、真に求められるものかと思います。

 

 次にご紹介しますエピソードは、まさに、そのような「生命の

大切さ」、「奉仕の心の尊さ」、「共生の素晴らしさ」、そして、

「感謝の心」が、如何に大事かということを、雄弁に物語って

います。

 

 今まで話を展開してきました、七人の「亡者」たちに共通して

欠落した心があるとしますなら、それらは、謙遜な心、反省の心、

そして感謝の心なのではないでしょうか。

 とりわけ、彼らには、「感謝の心」が、決定的に欠落していると

思うのです。

 もし彼らに、一毫もの感謝の心がありましたならば、彼らは、

決して地獄に落ちることはなかったでしょう。

 

 本ブログでは、彼らは、閻魔大王の裁きによって、「無間地獄に

落ちた」と表現しましたが、実際は、自ら進んで、その道を選んだ

(あるいは、目下、選びつつある)のではないかと思います。

 なぜなら、閻魔大王は、決して、酷薄な存在ではありません。

むしろ、心温かい存在です。

 一説に依りますと、彼の化身が、「地蔵菩薩」(下の写真)である

ことが、それを、物語っているのではないでしょうか。

 

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 ところで、若い頃、私は、真言宗(豊山派)の著名な

高僧とお話をさせて頂く機会がありました。

 その御方は、自分の着た寝間着や、これから乗る車にも、

丁重に合掌なさるような方でした。

 当時、すでに90歳近い御方でしたが、まるで少年のような、

美しい瞳をしていらっしゃいました。

 その高僧に、私は、思い切って、こう尋ねました。

「人間は、死ねば、一体、どうなるのでしょうか?」と。

 

 その高僧は、即座に答えてくださいました。

「自分の好きな所に行けます」と。

 その御言葉を聴いた瞬間、私は、たいへん嬉しい気分に

なりました。

 でも、その頃は未だ、その深い意味は理解できませんでした。

 しかし、長ずるに及んで考えますと、きっと、”人は、何者かに

裁かれるのではなく、むしろ、自分自身で、『自ら』を裁くのでは

ないか”と感じるようになりました。

 つまり、人は死後、自ら進んで、自分に合うと思う所へ飛んで

いくのだと思うのです。

 

 そう考えますと、「良く死ぬことは、良く生きること」に

繋がります。

 そこでは、生きることや、自らの身の処し方を、決して軽々には

考えられなくなります。

 端的に申しますなら、自らの『善意志』に目覚め、それを遺憾なく

発現できるところに、人間の生きる意味や幸せがあるのではないか

と思うのです。

 

 因みに、イマヌエル・カント(1724~1804:  下の絵)の説く

善意志』なるものは、有名な人々よりも、むしろ名も無き市井の

人々にこそ、息づいてるのかもしれません。

 

     Photo_20200322133301

 

 また、その『善意志』は、決して、世間的な名誉や

他者からの好意的な評価を求めるものではありません。

 言うなれば、無心・無欲な「惻隠の情」から発するもの

です。

 次にご紹介しますエピソードが、それを、如実に物語って

います。

 つまり、彼らの一人ひとりは、決して有名人ではありません

でした。

 しかし、彼らは、実に心の優しい、”真心の人々”でした。

 それこそ、まさに、最澄の言う「一隅」を照らす、『国の宝』

だったのです。

 次に、その彼らについて述べたいと思います。   【つづく】

 

 

 

 

 

 

                                                                         

2020年3月25日 (水)

今日の特別篇(3)

          魂に響く言葉

 

 「森友事件」における犠牲者の御令室が、この度、

次のような文章を書かれた。

 

 安倍首相は、2017年2月17日の国会の発言で

改ざんが始まる原因をつくりました。

 

 麻生大臣は墓参に来てほしいと伝えたのに

国会で私の言葉をねじ曲げました。

 

 この2人は調査される側で、再調査しないと

発言する立場ではないと思います。

                               赤木

 

 まことに、その通りだ。

これ程、明瞭にして、人の魂をゆさぶる言葉は、

昨今、極めて珍しいと感じる。

 まさに、人々の魂に響く言葉だ。

 なぜ、人々の魂に響くかと言えば、それは、

書き手の、”魂からの叫び”だからだ。

 

 人の心を打つ文章とは、まことに、このような

文章のことをいうのだと思う。

 これは、後世に残る文章だと感じる。

いや、より厳密に言えば、後世に残すべき名文だ。

 

 もし、読み手に、心あれば、きっと、書き手の

真実の叫びと、その腹をくくった不屈の勇気に、

心から脱帽するはずだ。

 正直、私などは、真っ先に脱帽した一人である。

 

 如何なる名文家が、一万語を用いても、これほど、

迫力のある文章は書けないと思う。

 とりわけ、最後の部分の言葉など、今日の日本の

政治家(与党であれ、野党であれ)が、たとえ百人、

束になろうと、いや千人、束になろうとも、全く

歯が立たない程の、勇気ある、真実を突いた発言だ。

 私は、人生、70年を生きてきて、これ程、気風のいい、

勇気ある言葉を、今まで、読んだ覚えがない。

 まさに、目の覚めるような確言である。

 

 まことに、”真実の夫”を知る妻は、強い。

夫の誠(まこと)を信じる妻は、強い。

また、夫の無念に、心底、思いを致す妻は、強い。

 この世の”地獄”を見た女性は、強い。

世の(とりわけ、男社会の)不正・不義・不条理に

立ち向かおうとする女性は、強い。

 最早、何も失う物は無いと観念した女性は、強い。

この手記の書き手は、そのような妻であり、かつ

女性だと思うのだ。

 

 だが、不世出(?)の二人のアンポンタンにとって、

この手記は、それこそ、馬耳東風かもしれない。

 また、"荒野に叫ぶ声”かもしれない。

 

   Photo_20200324124301

 

 しかし、もし、あなたに、心あれば、この手記を、

決して、そのようなものにしてはならない。

 むしろ、この勇気ある確言を、自らの思いにし、

より多くの人々に伝えなければならないと思う。

 

 もし、あなたが、日本に生まれ、日本に感謝し、

かつ、心から日本を愛するのであれば、神武以来、

最狂、最悪の、この二人の犯罪者たちを、これ以上、

のさばらせ、大きな顔をさせることを、自らの恥辱

だと感じるべきなのではないか!

 

 私は、後世の日本人に対して、この二人の、日本、

および日本国民を、限りなく汚す輩と同時代人である

ことを、心の底から、恥じ入る次第である。   【了】

 

 

 

2020年3月24日 (火)

地獄をさ迷う亡者たち(146)

(第九章)亡者たちの秘かな狂宴【10】

 

  さらに、人生には、表面的に見ただけでは分からない、

深い”叡慮”が存在するように感じられます。

 すべては、”何か”に導かれているようにさえ感じます。

 そして、その私たちを導く、見えざる、何か偉大なる存在

(Something  Great)は、私たち一人ひとりを、ひたすら

幸せにしようとしているように思うのです。

 唯、その計らいを、私たちが、感知できないだけなのかも

しれません。

 

 とはいえ、私たち日本人の感性には、西行法師(1118~90:

下の写真は、彼の終焉の地:弘川寺)が、「何事のおはしますをば

しらねどもかたじけなさに涙こぼるる」と詠んだ心性に共感できる

心情があります。

 因みに、この歌は、同師が、伊勢神宮(下の写真の2枚目)を

参拝した時に詠んだものと言われています。

 まさに、見えないものを見、聞こえないものを聞く豊かな感性が、

われわれ日本人にはあると思います。

 

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    Photo_20200321141601 

 

 とりわけ、古代の日本人は、自然万物に、”見えざる存在”を

感知し、それを、心から敬ってきました。

 これは、万葉人の心にも通じるものがあったのではないで

しょうか。

 実は、この”研ぎ澄まされた感性”こそが、今でも大事なのだと

思います。

 

 それゆえ、私たちは、何ゆえ、人間に生まれたのか、とりわけ、

何ゆえ、日本人に生まれたのかを、じっくりと問い直す必要がある

のではないかと思うのです。

 それを、真剣に問い直すところに、私たちの存在理由と、生きる

上での「使命」があると思えるのです。

 私事ですが、母が亡くなる前、よく、次のように語ってくれました。

「私は、日本に生まれて、本当に良かったよ。

生まれ変われるなら、また、日本に、生まれ変わりたい」と。

 母は、心底、日本を愛していたと思います。

 

 森の国であり、かつ山の国でもある日本には、水や森林など、まだ

豊かな自然が残っています。 

 また、そのような自然や里山に生きる日本人の心性には、本来、

弱きを助ける、「協力」、「共助」の精神があります。

 加えて、この豊かな大自然の中で、自らの”内的自然(=豊かな

感性や創造力)”を大事にすることもできます。

 

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 しかし、私たちが、その生き方を問う前に、『自分とは何か?』

について考える時、共通して、一つの間違いを犯し易いことを

忘れてはなりません。

 と言いますのも、それは、「自分の肉体だけが、自分なのだ」

という錯覚のことです。

 果たして、目に見える肉体だけが、”私たちそのもの”なので

しょうか?

 むしろ、人間には、もっと深い精神性があるのではないでしょうか。

換言すれば、人間誰しもが、”魂の存在”なのだと思います。

 

  端的に言って、私は、人間とは、”光そのもの”だと考えています。

この世に生きる人、一人ひとりが、私は、この世で輝ける『光』

なのだと思います。

 より腹蔵なく申しますなら、私は、すべての人々が愛であり、

光であり、そして、この世のすべては、『一つ』なのだと考えています。

 

    Photo_20200321145801

 

 実際、現代ドイツの生物物理学者フィリッツ・アルバート・

ポップ(1938~2018)は、こう語っています。

「実質的に、(人間の)あらゆる組織体が、光を発している。

それらは、その機能に欠かせない電磁気信号の発信機であり、

受信機である。

 これらのバイオフォトン(=光子)は、全てをうまく機能させる

責任を担っている」と。(アルシオン・プレヤデス No. 86 より)

 

 因みに、「世の光、地の塩たれ」という聖言があります。

実は、この世には、それを実践している人々がいます。

 次に、そのような人々について、語りたいと思うのです。

                           【第九章 了】

(追記:明日は、今日の特別編【3】を、書かせて頂きます。)

 

 

 

 

 

 

2020年3月23日 (月)

地獄をさ迷う亡者たち(145)

(第九章)亡者たちの秘かな狂宴【9】

 

 そうしましたら、何ということでしょう。

赤鬼が、私の方を目指して突進して来るではありませんか。

私は、逃げようとしましたが、金縛りにあって、足の自由が

利きません。

 赤鬼の荒い吐息が聞こえる近さになりました。私は、

思わず目を閉じました。

 すると、赤鬼は、さも私をいたぶるように、その熱い舌で、

私の顔を舐めるのです。ペロリ、ペロリと。・・・

 私は、思わず、大きな声を上げてしまいました。「ア~」と。

 

 それから一体、どれほどの時間が経ったでしょうか?

私は、そのペロリ、ペロリと、私の顔を舐める存在に、ふと

気が付きました。

 午睡をしていた私に、『もう、時間だよ』と言わんばかりに、

一緒にベッドで寝ていた愛犬(ホワイトテリア)のタロー(下の

写真)が、私の頬を舐めていたのです。

 今までのすべては、まさに、”一睡の夢”でした。

 

   Photo_20200321091201

                       (ネットより、拝借)

 

 あの茂ちゃんも、信(のぶ)ちゃんも、康(やっ)ちゃんも

純ちゃんも、太坊も晋ちゃんも、それに、あの超臭かった

屁~ちゃん(もとい、平ちゃん)も、青空の彼方に、みんな

消えて行ってしまいました。

 同時に、あの大きな声の閻魔大王や青鬼も赤鬼も共に、

私の夢の記憶の中で、雲散霧消してしまったのです。

 

 ふと、寝室の窓の外に目をやると、そこには、美しい虹が

架かっていました。

 七色の虹、それに七人の人々(ここでは、「亡者」と書き

ましたが)、それらが一つとなって、われわれを、見下ろして

いました。

 さも、「さあ君たち、これからの人生を、一体、どう生きる

つもりだい?」と言わんばかりに。・・・

 

   Photo_20200321092201

 

 さあ、私たちは、自らの人生を、一体、どう生きればいい

のでしょうか?

 例えば、「人の一生は、重荷を負うて、遠き道を行くがごとし。

急ぐべからず」という、有名な徳川家康(下の写真)の遺訓が

あります。

 確かに、人生に、平易な道などありません。

それこそ、日々、歯を食いしばる思いで、生きておられる方々も

いましょう。

     

         Photo_20200321092801

 

 私自身、今まで”歯を食いしばる瞬間”が、幾度か

ありました。

 でも、今考えますなら、そのような瞬間も、実に貴重、

かつ必要だったのです。

 実際、この極めて厳しいご時世、日々の生活や健康の面で、

”生き抜く”ことの辛さを、強く感じておられる方々も、決して

少なくはないでしょう。

 

 でも、『人生、苦あれば、楽あり、楽あれば、苦あり』で、

すべては、表裏(=両面)が、平等に存在します。

 それに、人の人生を、幸・不幸の側面から、プラスとマイナスで

表現しますなら、それこそ、どんな形であれ、プラ・マイ・ゼロ

の結果になりますので、実に不思議です。

 それは、まるで、精巧に仕組まれたパズルのような感じです。

                                【つづく】

 

 

 

 

 

 

2020年3月21日 (土)

地獄をさ迷う亡者たち(144)

(第九章)亡者たちの秘かな狂宴【8】

 

 平ちゃんの言葉です。

 

「一億二千六百万人が住む日本には、色々な人々がいます。

最近は、多くの外国人が居住するようになりました。

 それは、まるで、小さいけれど、『多民族国家』のような

雰囲気です。

 その外国人に対して、日本人は、欧米人よりも寛容だと

思われています。

 でも、果たして、そうでしょうか?

 

 中国人や朝鮮民族に対する『優越意識』は、ないでしょうか?

とりわけ、文禄の役(1592~93)と慶長の役(1597~98)以来、

日本に連れて来られた朝鮮人の子孫、あるいは、日韓併合(1910:

下の写真)以来、生地で生活が成り立たなくて、やむなく日本に

渡って来た朝鮮人の一世や二世、さらには三世など、未だに、

日本人からの差別の対象になってはいないでしょうか?

 

   Photo_20200317203601

      (初代朝鮮総督の伊藤博文と、

       当時の李朝皇太子、李垠〔リ・ギン〕)

 

 その他、古来より、同胞から、いわれのない差別を

受ける日本人もいます。

 そのような人々にとって、日本を、『わが祖国』と

思えるでしょうか?

 正直、”思えない”と思うのです。

 むしろ、反発こそすれ、到底、”同一の感覚”は持てないと

思います。

 ここに集う私たちの中には、そのような人々がいます。

 私を含め、そのような人々が、心底、日本を愛せないからと

言って、日本人に、私たちを責める権利が有るでしょうか?

 ましてや、私たちを、『売国奴』と言って、ののしる権利が

あるでしょうか?

 今まで、私たちを差別し、仲間はじきしてきたのは、そういった

一般の日本人なのです。

 

 そのような人たちに、私たちや私たちの先祖が、今まで受けて

来た屈辱や、それに伴う疎外感を理解することなど、到底、

できないと思います。

 すべてを正当化するつもりなんて、さらさらありませんが、人を

裁くなど、そう簡単にできることではないと思うのです」と。

 流石、われらが平ちゃん、言うことだけは、実にしっかりしています。

平ちゃんの思わぬ「大演説」に、それぞれが、たいへん感じ入って

おりました。

 

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 そこでまた、純ちゃんが、嬉しそうな面持ちで、口を差し

はさみました。

「いやー、オレ、正直、感動したよ! 横綱貴乃花の表彰式以来

だね。

 特に、文禄・慶長の役の話では、父方の先祖のことを思って、

思わず涙が出たよ。

 

 オレは、竹中君を見直した! 君が生前、こんな本音を、正直に

語っていたら、あれ程までに、人に憎まれることはなかっただろうね」

と、いささか皮肉交じりの褒め言葉です。

 でも、これがまた、純ちゃんらしいところです。

このようにして、その場が、たいへん盛り上がっておりました。

 

 すると、そこへ、地獄の青鬼と赤鬼がやって来ました。

「おお、宴(うたげ)もたけなわだな」と、青鬼が言います。

その言葉に、赤鬼が続きます。

「みんな、なかなか楽しそうじゃないか」と。

 実はその時、『私』は、その秘やかな光景を、こっそりと

物陰から見ておりました。

 すると、赤鬼が突然、後ろを振り向きざま、私の姿に気づいた

のです。

「うーむ? あそこに誰かが居るぞ!」と、赤鬼が叫びます。

                               【つづく】

 

 

 

 

 

2020年3月20日 (金)

地獄をさ迷う亡者たち(143)

第九章)亡者たちの秘かな狂宴【7】

 

 さらに、信ちゃんの言葉が続きます。

 

「だから、私にとっては、日本よりもアメリカが、そして

日本人よりも、アメリカ人の方が、大事だったんだよ。

 その思いの、一体、どこが悪いと言うんだい?

アメリカの恩に報いたいと願った、私の、どこが悪かった

と言うんだい?

 私を、悪い男と言うんだったら、どこが悪かったのか、

教えてくれよ。

 

 それに、戦後間もない頃は、共産主義が、今以上に強力

だったんだよ。

 今も昔も、『共産党独裁』は、絶対的な”悪”だよ。

 それを潰すことに使命感を感じて、一体、何が悪かったと

言うんだい?

 一体、何が悪かったのか、教えてくれよ!」と。

 そう訴える信ちゃんの目に、何か光るものがありました。

 

 そんな雰囲気の中、それまで大人しく聞いていた康(やっ)

ちゃんが、こう語り始めました。

「確かに、岸さんの仰ること、私には、理解できるよ。

 戦時中、私は、海軍士官(終戦時の階級は、海軍主計少佐)

だったが、私たちは、戦争の初めから、アメリカと戦うなんて、

まさに狂気の沙汰だと考えていたよ。

 

 だから、われわれは、陸軍の連中とは違って、アメリカと一戦を

交えるにしろ、どうせ負けるのだから、先方(アメリカ)に心証よく

負けるには、一体どうすべきかを考えていたようなヤツも、少なから

いたんだ。

 

 それに、海軍には、アメリカと気脈を通じる者が、少なからずいた。

戦時中、国葬になった山本五十六太平洋艦隊司令長官(下の写真)は、

『真珠湾攻撃』が、だまし討ちににならないよう、随分と気をもんだ

けれど、結局、アメリカに、『だまし討ち』として、上手く利用されて

しまった。こちらの読みが甘かったね。

 

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 長官死後の、源田実(下の写真)なんて、まさに、隠れ親米派

の一人だったんじゃないか。

 なぜって、アイツなんか、当時、最も大事だったハワイ・

ミッドウェイ海戦では、体よく逃げ廻っていたじゃないか。

 戦後は、そんなヤツラ(私も含めて)が幅を利かしたのだから、

日本の自衛隊が、まさに米軍の『下部組織』に成り下がったのも、

必定だったよ。

 

      Photo_20200317142901

 

 それに、このような日本の『属国化』は、何も、

戦後に始まったんじゃない。

 戦前、戦中から、あったのさ。

 いや、もっと端的に言えば、明治維新そのものが、まさに

英、仏、米の掌(たなごころ)の上で、体よく転がされて

いたんだよ。

 それは、戦後75年といった問題ではなく、むしろ、150年

以上も前の明治維新からの問題なのさ」と。

 康ちゃんが語っている間、辺りに不思議な沈黙が流れました。

 これで、まさに、「妖怪連合」の成立です。

「昭和」と「平成」という時代を超えて、この二人の妖怪が、

まさに、一体化(?)したのでした。

 

 この信ちゃんと康(やっ)ちゃんの話を、側で聞いていた

平ちゃんが、急に、みんなに向かって言いました。

「ボクも、少し喋っていいですか?」と。

 すると、みんなが、口々に言います。「勿論!」と。

 そこで、平ちゃんが、おもむろに、こう語り始めました。

                            【つづく】

 

 

 

 

2020年3月19日 (木)

地獄をさ迷う亡者たち(142)

第九章)亡者たちの秘かな狂宴【6】

 

  信(のぶ)ちゃんの言葉が続きます。

 

「戦後の日本人なんて、3S(スクリーン、スポーツ、セックス)で

堕落するだけの、まるでブタみたいな惨めな存在だったよ。

 ほら、見てご覧、アメリカ様(=ユダヤ様)の施策は、

まんまと成功しているじゃないか」と。

 この手厳しくも、まさに、本音を縷々語る信ちゃんの言葉に、

一同、しばし、開いた口がふさがりませんでした。

 でも、一同全員が感じた、この得も言われぬ”共感”は、一体、

何だったのでしょうか?

 

 この亡者たちは共通して、コンサーバティブ(体制派)です。

とりわけ、国家の権力者たちでした。

 それゆえ、彼らにとって、日本の民衆(太坊の言う「下々の者

たち」)など、全く無知蒙昧の徒に過ぎません。

 それに、何よりも、「寄らば大樹の陰」です。

 

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 『アメリカ様』が突きつける無理難題を、進んで受け入れこそ

すれ、それに刃向かうなど、彼らにとっては、まさに自殺行為

以外の何物でありませんでした。

 

 そんな共通の思いゆえに、この時の信ちゃんの言葉に、一同は、

しばし絶句したのでした。

 そんな不思議な沈黙の中、信ちゃんは、話を続けます。

「ところで、例の巣鴨プリズン(下の写真)での話をしても

いいかい?」と。

 これに対して、一同が、「どうぞ!」と、快く応えます。

信ちゃんが、少しリラックスした感じで、また語り始めました。

「みんなに聞くけど、生前私は、巣鴨プリズンに、一体、何年、

入っていたと思う?」と。

 これに対して、一同は、全く答えられず、思わず沈黙したまま

でした。

 そこで、信ちゃんが、おもむろに言います。

「実は、3年4ヶ月なんだよ」と。

 

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 一口に、3年4ヶ月と言うけれど、結構長くてね。

正直、私は、3年4ヶ月もの獄中生活で、”自分は、もう

ここを生きて出られない”と、内心、諦めていたよ。

 1年や2年じゃない。ましてや、3ヶ月や半年じゃないんだ。

くどいようだけど、3年4ヶ月だよ。

 この年月の重みは、入獄体験の無いみんなには、多分、

分からないだろうな。

 いい加減、私は、死を覚悟したよ。(*下の写真は、獄中の

岸信介)

 

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 もし、これが、4年、5年と続いた日には、如何なる私でも、

多分、気が狂っていただろうな。

 そんな中、刑期が4年目に入る前に、アメリカは突然、

私を赦免してくれたんだ。

 あの時は、正直、嬉しかったね。

まるで、天にも昇る思いだったよ。

 そして、私は、アメリカに、『恩』を感じたね。

それで心底、その恩に報いたいと思ったね。

 なぜって、アメリカが私を、絶望の淵から救ってくれた

んだよ(*でも、そう感じさせるところが、狡猾なユダヤ・

アメリカの狙いだったのでは。・・・)。      【つづく】

 

 

 

 

2020年3月18日 (水)

地獄をさ迷う亡者たち(141)

(第九章)亡者たちの秘かな狂宴【5】

 

 「コイズミ」という名前を耳にして、その場にいた信(のぶ)

ちゃんが、懐かしそうに尋ねました。

「もしかして、キミは、小泉純也(1904~69)のセガレかい?」

と。

 これに対して、「はい、そうです」と、純ちゃんが、丁重に

答えます。

 そして、彼は、こう続けました。

「ああ、岸さん! オヤジは生前、あなたに、たいへん可愛がって

頂きました。

 そのことを、オヤジは、いつも感謝していましたよ」と

 

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 「そうかい、そうかい」と、信ちゃんも、まんざらでも

なさそうです。

 そして、彼は、こう付言しました。

「確かに、アンタのオヤジさんは、私の弟分だったからね。

われわれは、まさに、『義兄弟』だったよ。

 お互いに、心を一つにして、アメリカ様のために、粉骨砕身

したんだ」と。

 今まで、いささか険しい表情だった信ちゃんの細長い顔に、

久し振りに微笑が浮かびました。

 

 その信ちゃんが続けます。

「アンタのオヤジさんが、弟の佐藤栄作や源田実と一緒に、

アメリカのカーチス・E・ルメイ将軍(1906~90:下の写真)に、

『勲一等旭日大綬章』を授けた時でも、色々と批判も有ったけれど、

それを蔭から支援していたのは、この私だよ。

 陛下(昭和天皇)は、いささかご不満だったようだがね。

 

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  それに、1960年の日米安保協定は、私と、アンタのオヤジさん

との合作だったんだよ」と、思わぬ自慢話に、話が弾みました。

 

「ああ、そうでしたか」と、純ちゃん。

そして、彼は、こう続けました。

「オヤジが、池田内閣(第三次)と佐藤内閣(第一次)で、防衛

長官になり、政界の『安保男』として、勇名を馳せたのも、やはり

岸さんのお蔭でしたか。

 考えて見れば、コイズミ家の権力基盤を、それまで以上に強固

にしてくださったのは、実は、岸さん、あなただったのですね。

 本当に、有難うございます」と。

 今日の純ちゃんは、往年の大先輩を前にして、いつになく神妙

です。

 

 これに対して、信(のぶ)ちゃんが答えます。

「いやー、ワシは、それほど大したことはしていないよ。

でも何故か、アンタのオヤジさんとは、ウマが合ってね。

きっと、”同じ血”が流れていたからかもしれないな。

 

 それに、われわれにとって、当時の強大なアメリカは、まさに、

『救世主』そのものだったよ。

 だから、彼らのために尽くすことは、われわれにとっては、

無上の喜びでね。

 それはまた、われわれの生き甲斐でもあった。

 そんなわけで、われわれの頭の中には、”日本の民衆のために”

なんて考えは、微塵も無かったんだ」と。          【つづく】

 

 

 

2020年3月17日 (火)

地獄をさ迷う亡者たち(140)

(第九章)亡者たちの秘かな狂宴【4】

 

 六人の亡者たちが、互いに顔を合わせたところで、いつも、

人が集うと仕切りたがる純ちゃんが、口火を切りました。

「ヨー、竹中君、久し振りだね」と。

 すると、平ちゃんも、「お久し振りです」と、至って

従順に答えます。

 

 そこで、純ちゃんが続けます。

「いつか、君も、ここ(地獄)へ来てくれるものと、私は、

確信していたよ!」と、ずいぶんと自信たっぷりの口調です。

 平ちゃんは、相手の真意を測りかねたのか、多少、皮肉を

込めて、こう切り返しました。

「いやー、ボクは、まさか、こんな酷い世界に来るなんて、

夢にも思いませんでしたよ」と。

 

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 すると、他の亡者たちの間から、軽い失笑が漏れました。

 その笑いに、いくぶん気分を害したのか、平ちゃんは、

猛然と、言葉を続けます。

「いやー、ホントですよ。ボクは、何一つ、やましい事は、

していないんですから。

 それこそ、すべて、アメリカ様と、その命令に従ったコイズミ

さんのお言い付け通りに振る舞っただけですよ」と。(下の絵は、

アメリカの国会議事堂)

 

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 ここで、忘れかけていた、「コイズミ」という懐かしい名前を

聞いた純ちゃん、自分の名誉を回復しなければと考えたのか、

こう口を差し挟みました。

「いやー、オレ(興奮したのか、いつの間にか、「私」が、「オレ」に

変わっていました)だって、何も好き好んで、悪い事をやったわけじゃ

ないんだ。

 だって、そうしないと、オレも、他の犠牲者と同様、簡単に

殺されていたよ。

 誰だって、殺されたくないよ、そうだろう?

 死んで、花実が咲くものか。人間、生き抜くためには、どんな

悪い事でもやらなくっちゃならないんだ。

 

 結局、『長いものには巻かれろ』なのさ。

そうやって、みんな、生き延びてきたんだ。

 誰一人、それを、笑えるものか。

 『強い者、とりわけアメリカ様』に睨まれない生き方こそ、

オレは、長生きの秘訣だと思うよ。

 ナカソネさんが、それを、実証しているじゃないか」と。

 他の亡者たちも、我が意を得たりとばかり、「そうだ!、

そうだ!」と、手を叩く始末です。

 その中で、康(やっ)ちゃんだけが、少し照れくさそうです。

 

 この賛同に気を良くしたのか、純ちゃんは、こう続けます。

「だって、あの時代、どうして、アメリカ様に楯突けたと思う?

 楯突いたヤツラはみんな、殺されるか社会的に抹殺されたん

だよ。

 現代なんて言ったって、ちっとも、時代は進んじゃいない。

戦国時代と、全く同じじゃないか!

 だから、オレは、織田信長(下の写真)を手本にしたんだよ」と。

 

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 最後は、ちょっと妙な繋ぎ方でしたが、久し振りの

力のこもった演説に、他の亡者たちも、かなり感じ入った

様子です。

 このくらいのスピーチは、自分にでもできるんだがと

思いつつも、今日は、純ちゃんに花を持たせたのでした。

                            【つづく】

 

 

 

 

 

 

 

2020年3月16日 (月)

地獄をさ迷う亡者たち(139)

(第九章)亡者たちの秘かな狂宴【3】

 

 すると、また、あの強烈な悪臭です。

最初に、それに気づいたのは、何事にも鋭敏な信(のぶ)ちゃん

でした。

 彼は、出っ歯の上にある長い鼻をクンクンさせながら、

問います。

「何だ、この尋常じゃない悪臭は?」と。

 それは、まるで、犬も顔負けの、異常なほどの嗅覚です。

 康(やっ)ちゃん始め、他のみんなも、我慢がならず、

口々に言います。

「防御マスクを付けよう!」と。

 それで、みんなが口に装着したのが、あのフクシマ原発の

爆発後、使用されるようになった、特殊な防御マスクです。

 

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 しかし、それを口に付けて間もなく、今度は、最年長の茂ちゃんが、

急に苦しみ出しました。

 というのも、思わず、息ができなくなったからです。

(*実は、犬を旅客機に乗せることはできますが、特殊な鼻孔の

せいでしょうか、残念ながら、ブルドックは、乗せることが出来ません。

 

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 それと似た原理で、茂ちゃんには、新式の防御マスクは、

無理だったようです。)

 そのため、彼は、その場を離れ、少し息のできそうな場所

目がけて退散しました。

 

 みんなの前に登場した平ちゃんは、ちょっとバツが悪そうです。

自分は、決してそうは思わないのだけれど、周りは、自分を、

”臭い”と言うのです。

 また、この地獄でも差別されるのかと、彼は内心、憤懣やるかた

ない思いです。

 

 それで、平ちゃんは、持ち前の魔力で、みんなが、防御マスクを

付けなくても話せるように、彼独特のおまじないをしました。

 すると、どうでしょう?

 みんなの防御マスクが自然に取れ、普通に語り合えるようになったの

です。

 流石、平ちゃんの『魔力』は、地獄においても絶大です。 

                                                                                  【つづく】

 

 

 

 

2020年3月14日 (土)

地獄をさ迷う亡者たち(138)

(第九章)亡者たちの秘かな狂宴【2】

 

 すると、また、あの太坊が、横から口を差し挟みます。

彼の言葉は、こうでした。

「オジちゃん、大丈夫だよ。

総理なんて仕事、とても簡単だよ。

このボクにだって、できたんだから。・・・」と。

 

 そして、太坊は、ひと息入れて、得意げに、こう続けます。

「だって、すべて、周りの者たちがやってくれるから、ボクたちは、

何も、考えなくたっていいんだ。

 ボクたちは、ただ、息をしているだけでいいんだよ!

(*この言葉、妙にリアルです。)

 こんな簡単な仕事は無いよ。

だから、晋ちゃんにもボクにもできたのさ!」と。

 太坊は、いつもの調子で、実に自慢げです。

 こんな時の彼は、口を微妙に曲げるだけでなく、左の眉毛が、

ピクピクと上下に動きます。

 

「でも、そうは言ってもね。・・・」と、信(のぶ)ちゃん(下の写真)。

「オジちゃん、『でも』って、何?」と、太坊が、不満そうに尋ねます。

 信ちゃんが、いつになく、眉間にシワを寄せながら、こう答えます。

「それじゃ、ずいぶんと長い間、日本国民が、苦しい思いをしただろうね」

と。

 流石、信ちゃん、色ボケでこそありますが、物事の本質を見る目は

確かです。

 

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 そこで、太坊が、持ち前の自説を述べます。

「オジちゃん、”下々の者”たちのことなんて、どうでもいいんだよ。

(*太坊は、この地獄でも、相変わらず、年長者に対して、タメ口を

叩きます。)

 ボクたちが、安楽に、人生を謳歌できれば、それでいいんじゃないの!」

と、一端の演説家気取りです。

(*因みに、太坊が1979年に、初めて衆院選に出馬した際、彼は、

並み居る聴衆に向かって、こう切り出しました。「下々の皆さん!」と。)

 

 この二人のやりとりを聞いていた茂ちゃんが言います。

「タローも、ずいぶんと偉くなったもんだな。

このワシでさえ、”下々の皆さん”なんて言葉、使わなかったぞ」と。

 これを聞いた太坊、思わず舌をペロリと出して、ちょっとバツが

悪そうです。

 

 事実、太坊は、政治家になど、なるべき人間ではなかったのかも知れ

ません。

 実際、彼が政治家になろうとした時、彼の関係者が、茂ちゃんに繋がる

宏池会の大物議員たちに、「麻生太郎を衆議院に出したいが、どう

だろう?」と、お伺いを立てないといけないような人物でした。

(*平野貞夫氏の言。同氏と佐髙信氏の共著『自民党という病』より)

 

 事実、ある人が、前尾繁三郎氏(当時の衆議院議長:下の写真)に、

「麻生太郎はどうか」と聞いた時、同氏は即座に、「やめておけ」と

答えたとのことです(同上)。

 それ程に、人物眼の確かな人々には、太坊の酷さ、お粗末さは、深く

認識済みだったのです。

 この貴重な忠告を、関係者が遵守していれば、日本も、これほど悪くは

ならなかったことでしょう。

 

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 でも、これは、晋ちゃんも、全く同様です。

 しかし、茂ちゃんも、信(のぶ)ちゃんも生前、

孫をずいぶんと可愛がったようです。

  (*下の写真は、幼少期の安倍晋三と、岸信介。)

 平野氏と対談した佐髙信氏が、しみじみと語ります。

「バカな孫ほどかわいい」と。

 確かに、それは、そうでしょうけど、それでは、われわれ

日本国民が堪ったものではありません。

 

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 それに、太坊の生前、こんな事もありました。

2014年、御嶽山の噴火(下の写真)で、突然の被害に見舞われた

犠牲者に対して、彼は、臆面もなく、こう申しました。

「激励申し上げます」と。

 

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 こんな「脳天パー」が、長い間、わが国の枢要な財務大臣だった

のです。

 それこそ、まことに古い言葉ですが、「天は、われらを見放したか!」

とでも、叫びたくなります。

 

 そんな中、にわかに一陣の嵐が巻き起こりました。

風の又三郎ならぬ、われらの平ちゃんが、急に登場したのです。

                                   【つづく】

 

 

 

2020年3月13日 (金)

地獄をさ迷う亡者たち(137)

第九章)亡者たちの秘かな狂宴【1】

 

 今日は、亡者たちの同窓会です。

 

 各々、無間地獄での滞在期間、いわゆる、「刑期」は、

まちまちですが、それでも、不思議な共感のもと、みんなで、

集い合うことに決めました。

 唯、平ちゃんだけが、自ら放つ匂いを気にしてか、まだ

参加を見合わせています。

 その他の面々が、一同に会します。

 

 久し振りのことで、それぞれが、とても懐かしそうです。

各自、閻魔庁での審問を終えて、ひと安心といったところです。

 そこで、口火を切ったのは、最長老の茂ちゃんでした。

 

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「オー、タロー、おまえも、ここに来たのか? やっぱり」と。

 すると、太坊が、いささか不服そうに、口をへの字に曲げて、

こう訊ねます。

「おじいちゃん、『やっぱり』って、どういう意味?」と。

 これに対して、茂ちゃんが、フランクに答えます。

「ワシの子孫で、いい事ができるヤツなんて、いないだろう?!」

と。

 それを聞いた一同、妙に納得した様子です。

誰からともなく、軽く頷き始めました。

 

 でも、太坊は、ちょっと不満顔です。

それで、彼は、こう語り始めました。

「でも、ボクは、おじいちゃんを見習っただけだよ。

 それに、自慢じゃないけど、ボク、一生に一度だって、

自分で考えたことなんてないんだ。

 だって、すべて、周りの者が、用意してくれるからね。

 それに、読んだ本だって、さいとうたかをの『ゴルド13』(下の

写真)だけ。

 アレ、字数が少ないからね。

 それって、おじいちゃんの岡本綺堂と同じだよ。

おじいちゃんの愛読書って、綺堂の『半七捕物帖』だもんね。

 おじいちゃんも、哲学書なんて、一冊も読んだことないよね。

 それに第一、ボク、下手に考えたりしたら、アタマ、ぶっ飛んじゃう

からね」と。

 今日の太坊は、とても雄弁です。

 

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 太坊の雄弁さに少し刺激されたのか、晋ちゃんも、自分の自慢話

をしたくなりました。

 そこで、晋ちゃんが、カツゼツよろしく、次のように語ります。

「自慢じゃないけど、ボク、生まれてこの方、本なんて一冊も読んだ

ことがないんだよ」と。

 これを聞いた信(のぶ)ちゃんが言います。

「確かに、シンゾウの知力では、難しい本は無理だろうな」と。

 

 これを、小耳にはさんだ太坊が、例のダミ声で語ります。

「オジちゃん、お言葉だけど、晋ちゃんは、易しい本だって

無理だよ!」と。

 一同、今度も、妙に納得した様子で、各々が軽く頷いていました。

しかし、太坊は、晋ちゃんを、或る事で誉めるのです。

 彼は、言います。

「でも、晋ちゃんはエライよ。だって、8年以上も、総理をしたんだよ」

と。

 

「シンゾウ、それは、本当か?」と、信ちゃん、とても意外な面持ちです。

「それは、ずいぶんと心臓だな!(と、超インテリの信ちゃんにしては珍しい、

おやじギャグ)。

 オマエの知力で、よく総理が務まったな!」と、いささか呆れ顔の

信ちゃん。

「このワシでさえ、2期で、3年だったぞ。

それを、シンゾウ、オマエは、その3倍近くもやったと言うのかい。

驚いたね-!」と、いささか嫌味な口ぶりです。

 権力者というのは、死んでも、実に嫉妬深い人種のようです。

                                 【つづく】

 

 

 

2020年3月12日 (木)

地獄をさ迷う亡者たち(136)

(第七話)君よ、どれほど国を売れば、

            気が済むのか!【3】

 

 大王の言葉です。

 

「イヤ、そんなことはあるまい。

とりわけ、オマエによる『日本売り』は、何と言っても、

小泉とのコンビの時が、最も顕著だったな

 当時、オマエたちは、まさに、”何でも有り”で、『怖い物知らず

だった。

 国民が、『小泉劇場』に酔いしれていた間に、オマエたちは、

やりたい放題のことをした。

 その意味では、今日のシンゾーとタローが、オマエたちと、

全く同じことをしている」と。

 

 それを聞いた平ちゃんが、こう抗弁します。

「私は唯、小泉さんが”丸投げ”された事を、それこそ、テキパキ

と遂行したまでです。

 でも、何も悪いことは、しておりません」と。

 

 これに対して、大王が、こう切り出します。

「しかし、当時の著名な政治経済学者(=植草一秀氏)によると、

オマエたちは、『りそな銀行』を標的に選び、大銀行破綻の風説

を流布して株価暴落を誘導し、監査法人を誘導して預金保険法の

『抜け穴規定』適用を指揮し、それによって、巨大なインサイダー

取引を実行したわけだ」と。

 この言葉を聞いた平ちゃんは、両耳を真っ赤にして、血相を変えて、

こう叫びました。

「一体、誰が、そんな有りもしない戯れ言を言うのですか?!」と。

 

 そこで、大王が、話を続けます。

「その学者に言わせると、もし、外資系ファンドが、事前に、この

一連の『シナリオ』を知っていたら、おそらく莫大な利益を得た

はずだ、とのことだ。

 事実、その通りだった。

 つまり、オマエたちは、見え見えで、『日本を売る』行為をした

わけだ」と。

 平ちゃんは唯、顔を真っ赤にして、その場に立ち尽くすのみでした。

 

 そこで、大王が、平ちゃんを真正面から見据えて、こう語ります。

「今日、アベ政権下では、日本の豊かな水資源の管理を、ロスチャイルド

系の外資に、全面的に委託しようとする動きがある。

 そもそも、2013年の産業会議で、水道コンセッションの資料を作った

のは、ヘイゾー、オマエだったな。

 無論、オマエに、細かいことが分かろうはずがない。

誰か、専門の者に書かせたのであろう。

 同年の、麻生太郎による『水道事業の民営化』宣言も、この動きの結果

じゃ。

 だが、オマエは、日本の貴重な水資源だけでなく、何と森林資源まで、

外資に安く投げ売りしようとしている!」

 

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 そして、大王は、次のように、強い口調で難じました。

「ヘイゾー、オマエは、どれほど国を売れば、気が済むのだ!?」

と。

 平ちゃんは唯、大王の怒りの声を、恐縮しながら聞くだけでした。

 そこで、大王が、恭しく宣告します。

「タケナカ・ヘイゾー、オマエの生前での『国を売りし罪』は、

甚だしく重い。

 よって、無間地獄での刑期を、3000億年とする。

そこで、じっくりと反省するがよい。

 それでは、タケナカ・ヘイゾーの審問は、これにて終了する」と。

 

 「3000億年」という宣告を聞いたはずの平ちゃん、来年の

おひな様の日には、古希を迎える高齢のせいか、耳の聞こえが、

余りよくありません。

 それに、相変わらず、欲の皮が突っ張っている平ちゃんのこと、

何と、「3000億年」を、「3000億円」と聞き間違える始末です。

 それで、ここで、3000億円のボーナスが貰えるのかと勘違いして

しまい、いつものように、両眉を8時20分にして、ニヤニヤと笑い

出す有り様です。

 事実、これが、3000億年の刑期だと分かるまで、かなりの時間を

要しました。                     

 

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                                                                          【第八章 了】

 

 

 

 

 

2020年3月11日 (水)

地獄をさ迷う亡者たち(135)

(第七話)君よ、どれほど国を売れば、

            気が済むのか!【2】

 

 それを聞いた平ちゃん、そんな事を、少しも考えたことは

ありませんでした。

 何せ、自分は、当代一流の経済学者なのだという誇りがあった

ものですから。

 

 そこで、大王が、次のように付言します。

「元々、オマエは、学問的な経済理論などには、余り興味がなかった

のではないか!

 むしろ、政府の経済政策に直接関わることに関心を持ち、『政策

コンサルタント』として活躍することを目指していたようだ。

  その理由は、至って簡単だ。なぜなら、巨額のカネと権力を、我が

手中に収められるからだ。

 

 その点、大蔵省財政金融研究室(のちの『財政金融研究所』で、

長富祐一郎との出会いや、留学先であるハーバード大学での

ローレンス・サマーズ(下の写真の上)やジェフリー・サックスらとの

邂逅は、オマエのキャリア・アップに大いに貢献したな」と。

 平ちゃんは、若き日の自分の野望の一端が、まるで手に取るように

把握されたようで、一瞬、息を止めてしまいました。

 

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          Photo_20200302205701

 

  大王の話は、もう少し続きます。

「その政策コンサルタントなるものは、与党と野党のどちらにも

応用できたようだ。

 確かに、この抜け目のなさは、ユダヤ系経済学者や政策

コンサルタントを手本にしただけのことはあるな。

 オマエの場合、すべては、『ニューヨークでの体験』から

始まったようだ。

 つまり、かなり早い時期から、日本、及び世界の富の一部を、

オマエと、ウォール街の金融資本家や政策コンサルタントたちとが、

『分け合う仕組み』が整っていたわけだ。

 後は、時流に乗るだけだったな。

 

 とりわけ、1998年の日本長期信用銀行の経営破綻と、リップル

ウッド社(ゴールドマンサックス系)の暗躍辺りから、すでに、

オマエは、果敢に活動していたのではないか。

 というのも、オマエは、1998年(平成10年)7月、小渕内閣の

経済戦略会議の委員に就任した。

 議長代理の中谷巌(下の写真)を中心とした学者グループの一員と

して、戦略会議の理論的支柱となったようだな。

 

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  事実、その頃、オマエは、すでに慶應大学教授であり、同時に、

国際研究奨学財団(のちの東京財団)の常務理事でもあったのだから、

その肩書きに不足はなかったわけだ。

 とりわけ、同財団に設けられた『インテレクチュアル・キャビネット

政策会議』では、オマエは、その『影の内閣』の、『影の官房長官』

だったようだな。

 これは、実質的に、オマエが企画した政策会議で、まさに、小泉構造

改革の『青写真』だったわけだ。

 

 つまり、この1998年こそ、オマエの政界デビューの年だったと言える

かもしれんな」と。

 平ちゃんは唯、茫然自失として、黙って大王の言葉を聞くだけでした。

しかし、大王は、少し顔をしかめながら、次のように語り始めます。

「だが、問題なのは、それから20年以上に亘る、オマエの政治・経済的

な行動の内容じゃ」と。

 そこで、平ちゃんが、大王に尋ねます。

「『内容』と申されますと?」と。

 

 この問いに対して、大王が、毅然として言い放ちます。

「簡単に言えば、あからさまな、『日本売り』だ。

言い換えるなら、ウォール街の連中による『日本買い』の手引きという

ことじゃ」と。

 そこで、驚いたように、平ちゃんが言います、「私は決して、そんな

酷いことは、しておりません」と。

 これに対して、大王が、次のように語ります。       【つづく】

 

 

 

2020年3月10日 (火)

地獄をさ迷う亡者たち(134)

(第七話)君よ、どれほど国を売れば、

            気が済むのか!【1】

 

 今日の審問は、大王の次の言葉から始まりました。

「誰にでも、『好きな言葉』というものがある。

ヘイゾーは、どうかな? オマエの好きな言葉を

当ててみようか」と。

 これを聞いた平ちゃん、何かしら興味を覚えました。

それで、彼が言います。

「大王サマ、なかなか面白い趣向ですね。

それでは、私の好きな言葉は、一体、何だと思われますか?」と。

 

 そこで、大王が、あっさりと言ってのけます。

「それは、『戦略は、細部に宿る』という言葉ではないか。

 オマエの言によれば、何か物事を成そうとする人間にとって、

逃してはならないキーポイントが、実は、小さな問題の中に

ある。

 だからこそ、細部(小さなこと)から万全にしていく気持ちが

重要なのだ、と。

 つまり、小事を疎かにする者は、大事を成し遂げることは

できない、という意味かな?

 これは、幼い頃から身に付いた信念だと思える。

 ご両親が陰に陽に、オマエに教えていた教訓かもしれんな」と。

 

 これを聞いた平ちゃん、ただ口をポカーンと開けて、おもむろに

言います。

「大王サマは、何でもご存知なのですね。

実は、他にも好きな言葉がありますが、確かに、この言葉は、私の

十八番で、よく口にした言葉です」と。

 

 そこで、大王が、次のように語ります。

「他の好きな言葉とは、『夢見ながら、耕す人になれ!』という

言葉ではないか。

 希望を持つことも大事だが、日々の努力も忘れるな、という

意味かと思う。

 確かに、ヘイゾーは生前、『努力』ということを、人一倍、

大切にしてきたようだな」と。

 平ちゃん、この言葉を聞いて、我が意を得たり、と思いました。

そして、そのことが、何となく嬉しく感じられました。

                             (下の写真は、「努力」のイメージ)

 

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 心なしか、嬉しくなった平ちゃんが、次のように語ります。

「生前、私の最初のキャリアは、政府系の銀行(=日本開発

銀行)でした。

 そこで、多くの企業の審査をして、一つだけ学んだことが

あります。

 それは、いい企業というのは、社長から末端の従業員まで、

同じことを言うのです。

 同じ問題意識を持っており、お互いのコミュニケーションが

図られています」と。

 

 そこで、大王が言います。

「オマエは元々、『組織論』に興味があったのではないか。

その話術の巧みさは、学者というよりも、むしろ、やり手の

営業マンのようだ。

 端的に言えば、あらゆる面での『コーディネーター』という

のが、オマエが最も本領を発揮する場だったのではないか。

 

 それに、オマエは生前、経済学者という触れ込みだったが、

ワシには、どうも、そうには思えん。

 オマエは、決して、経済学のプロパー(専門家)ではないな。

むしろ、オマエには、経営学の方が向いていたのではないか。

 その辺の微妙な曖昧さが、オマエが、真の経済学者として

認められなかった原因の一つだったように思うのだ」と。

                             【つづく】

 

 

 

    

 

 

2020年3月 9日 (月)

今日の特別篇(2)

     =闇夜に、一つの光明を見る=

 

 映画「新聞記者」が、日本アカデミー賞最優秀賞

を受賞

 

    Photo_20200307131201

                 (同映画のプロモーション写真)

 

 新型コロナウィルスの事で、人々の心と身体が萎縮する

中、思いがけない”朗報”が飛び込んできた。

 映画「新聞記者」が、日本アカデミー賞最優秀賞を

受賞したのだ。

 国内の良心的なWEBメディア「リテラ」は、これを、

”快挙”と報じた。

 まことに同感だ。映画好きな私は、心底、嬉しい気分に

なった。

 

 日本近代政治史上、最凶・最悪なアベ政権に阿る記者クラブ

に対して腹立たしい思いを抱いていた人々も、”日本の映画界は、

未だ健全だ!”という確信を新たにしたことだろう。

 

 同映画の主人公である女性記者を演じた韓国個性派女優シム・

ウンギョンさんと、内閣情報調査室のエリート官僚を演じた

松坂桃李氏が共に、最優秀主演女優賞と同男優賞を獲得したことも、

まさに、この上ない吉事だと思う。

 

 テレビ朝日の玉川徹氏の「(出演、及び公開が)怖くなかった?」

という質問に対して、松坂氏は、こう答えた。

「この作品を通して、ちゃんと伝えたいな、という思いがあったので

出ました。

 周りの情報などに惑わされずに、ちゃんと自分の目で、自分の判断

で選択できる意思を持とうよっていうメッセージを込めた作品なので」

と(本田コッペ氏、並びに赤カブ氏の記事、参照)。

 

 この松坂氏の忌憚の無い言葉は、国民一人ひとりが肝に銘ずべきもの

ではなかろうか。

 日本人の誰もが本来持っている勇気と良識が、この何気ない言葉に

凝縮されていると思うのだ。

 このような言葉を、正直に語れる役者さんがいるところに、私は、

日本映画界の健全さを感じる。

 

 拙論の冒頭、「人々の心と身体(からだ)が萎縮する(世の)中」

と記したが、このような閉塞した社会状況の中で、自らの本音を、

ちゃんと吐露できる役者さんが居て、加えて、彼の演技や人間性全体を

高く評価できる映画界が、未だ、日本には存在している。

 

 私は、この事実に「闇夜に、一つの光明を見る」思いがする。

換言すれば、松坂氏を始めとするキャストや、藤井道人監督(下の

写真)などの映画関係者全員が、闇夜の日本を照らす、一条の光と

なった。

 関係者各位の益々のご活躍を期待したい。

 

          Photo_20200308135801

 

 だが実は、単に彼らだけでなく、われわれ国民の一人ひとりが、

自ら目覚めるならば、闇夜を照らす光となることができると

思うのだ。                              【了】

 

 

2020年3月 7日 (土)

地獄をさ迷う亡者たち(133)

第六話)「真実」に殉じた者の無念【3】

 

 平ちゃんの言葉です。

 

「何を仰います、大王サマ。ー 私などが、知ろうはずがありません。

 第一、その種のことは、小泉さんと、彼を取り巻く暴力団関係者

のオシゴトですから、私など、一切関知しておりません」と。

 その平ちゃんの顔の急変を見た大王が言います。

「ヘイゾー、オマエは、ずいぶんと正直なオトコよのう~。

何か痛い所を突かれると、急に顔が赤くなる。

 オマエは、子供の頃から、いつも、そうだったな」と。

 

 これを聞いた平ちゃん、益々、顔が赤くなっておりました。

 そこで、大王が、こう切り出しました。

「ある著名な学者(=植草一秀氏)によると、小泉とオマエに

よる意図的な画策によって、国内の企業の株価が暴落した。

 加えて、銀行の貸し渋りなどで、資本が枯渇する結果となった。

 

 そんな中、オマエらは、海外諸国に、『対日投資倍増計画』を

約束し、政府による100%出資の株式会社、日本政策投資銀行

(下の写真)が、外資系ファンドに資金援助までして、

外国資本による『日本買い取り』を促進したという。

 何という売国行為をしたのじゃ! 2003年の『りそな国有化』も、

それに至る、一つの重要なプロセスだったというわけだな」と。

 

    Photo_20200229191801

    (目下、同銀行は、この高層ビル〔大手町フィナンシャル

     シティサウスタワー〕の一角にて、営業中)

 

 この大王の言葉に対して、平ちゃんが、まるで他人事の

ように、平然と言います。

「しかし、これも、ある種の”計画(アジェンダ)通り”だった

と考えています」と。

 そこで、大王が、次のように話を戻します。

「簡単に言えば、先程述べたように、りそな国有化は、オマエらが、

日本の貴重な富を、『アメリカ金融資本』に安価で売り渡した、

売国的インサイダー取引だったということだ」と。

 

 そして、大王は、こう続けました。

「件の平田は、誰よりも、りそな銀行の経営状態を熟知しておった。

 それゆえ、困難な中にも、同行を、どうにか生かす道を模索して

いたのではないか。

 しかし、オマエや木村剛、それに奥山章雄(当時、公認会計士協会

会長)らは、全く別の”策謀”を練っておった。

 

 端的に言えば、それは、りそなの国有化による、体のいい

『乗っ取り』じゃ。

 だが、りそなの内情を知る賢明な平田は、その策謀さえも、

ある程度、把握していたのではないか。

 それゆえに、あの者は、りそなの為に、オマエらに抵抗したのだ。

それが、何としても邪魔だった。違うか、ヘイゾー!」と。

 

 平ちゃんは、唯、呆然自失として、全く返事ができませんでした。

 そこで、大王は、話を続けます。

「実は、この過程で、一人の愛国的な有識者(=植草一秀氏)に

煮え湯を飲ませた木村剛(下の写真)は、オマエに尻尾を振った

ものの、結局、オマエに裏切られた。

 オマエにとっては、まさに『裏切りだけが、人生よ!』

なのだ。

 そんなオマエに、『真実』に殉じた者の無念さなど、到底、

想像もつかぬことだろう!」と。

 平ちゃんは唯、虚空の一点を見据えて、この大王の言葉を、

黙って聞いておりました。

 

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                                 【つづく】

 

 

 

 

 

 

2020年3月 6日 (金)

地獄をさ迷う亡者たち(132)

(第六話)「真実」に殉じた者の無念【2】

 

 平ちゃんの言葉です。

 

「勿論、心の底から、そう思っています」と。

 流石、いつでも、どこでも、『平気の平ちゃん』です。

 そこで、大王が、次のように語りかけます。

「そもそも、オマエはなぜ、アメリカのニューズウィーク誌上で、

日本の四つのメガバンク(下の写真)に関して、『大きすぎて

潰せないとは思わない』などと、余りにも刺激的な言葉を発した

のじゃ?!

 政府の経済政策責任者の持つ”言葉の重み”というものを知らない

わけではなかろうに」と。

 

    Photo_20200228205501

                                 (PAKUTASOより、拝借)

 

 これに対して、平ちゃんが答えます。

「あれは、記者からの具体的な質問に対して、成り行き上、あのように

答えたまでのことです。

 決して、特定の銀行(=りそな)を”狙い撃ち”したものでは

ありません」と。

 しかし、この返答は、過剰防衛のための”やぶ蛇”のようなものでした。

なぜなら、平ちゃんは、見え見えで、りそなを”狙い撃ち”したのです

から。

 

 そこで、大王が、苦笑しながら、こう述べます。

「ヘイゾー、オマエは、ずいぶんと正直な男よのう~。

『狙い撃ちしました』と、オマエの顔に書いてあるぞ。

 事実、オマエの”あの言葉”が狼煙となって、りそなの株は、どん底

まで落ちたな。

 投機筋や株主たちは、りそなが潰れると思ったわけじゃ。

 だが、そんな中、なぜか外資だけが、底値のりそな株だけでなく、

落ち目の日本の銀行株を買い漁った。

 それらが、後で上がると知っていたからな。 

 まさに、オマエこそが、この国家ぐるみのインサイダー取引の

『スターター』だったわけだ」と。

 

 この言葉を聞いた平ちゃん、右目の辺りの筋肉が、急にピクピク

と痙攣するのを覚えました。

 これは、真実を突かれた時に出る、平ちゃんのいつもの癖でした。

 そこで、大王が改めて、こう問い掛けます。

「ところで、ヘイゾー、オマエは、平田聡という者の名前を覚えて

いるか?」と。

 そこで、平ちゃんが答えます。

「ヒラタ サトシ? 平田満(みつる)という役者さんの名前なら

覚えていますが、平田聡などという名前は、生憎、覚えておりません」

と。

 

 そこで、大王が言います。

「その平田とは、りそな銀行を監査中だった朝日監査法人(下の写真)

の公認会計士の名前じゃ」と。

 そこで、今度は、平ちゃんが問います。

「その平田さんが、どうかしたのですか?」と。

 そこで、大王が告げます。

「りそな国有化の直前に、その者は、不審死を遂げた。

自殺として処理されたようだが、どうも、何者かによって殺された

ようじゃ。

 ヘイゾー、オマエ、何か、身に覚えはないか?!」と。

 これを聞いた平ちゃん、急に両耳を真っ赤にして、こう述べます。

 

       Photo_20200228215901

        (現在は、合併後、あずさ監査法人として活動)

 

                                 【つづく】

 

 

 

 

 

 

2020年3月 5日 (木)

地獄をさ迷う亡者たち(131)

(第六話)「真実」に殉じた者の無念【1】

 

 「成仏」という言葉があります。

多くの人々は、死ねば、それで成仏できるのだと考えている

ようです。

 しかし、死んだだけで、決して、「成仏」できるものでは

ありません。

 むしろ、成仏できないばかりに、「死霊」としてさ迷い続けて

いる霊魂は、決して、少なくはないのです。

 

 現代人は、そのようなことに対して、余りにも無知であり、かつ

無関心です。

 昔、「馬鹿は、死ななきゃ直らない」という言葉がありました。

でも、本当は、”死んでも直らない”というのが真実ではないで

しょうか。

 しかし、「馬鹿」という言葉自体、不穏当なのかもしれません。

むしろ、『愚か者』という言葉の方が、しっくりきます。

 

 私を含め、人間は、愚かさの塊です。

  でも生前、自らの『愚かさ』を、深く認識できるかできないかで、

人間の違いが出てくるのではないでしょうか。

 つまり、そこに、「成仏できる人」と「成仏できない人」の差も

出てくるように思います。

 

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      (「極楽と地獄」の絵・・・今ひとつ不鮮明ですが、

        仏の周りに、多くの子供たちの姿が見られます。

           極楽は、子供のように純真で、素直な心の持ち主

        でないと行けない所なのかも知れません。)

 

 人間、自分の愚かさを深く認識できる人ほど、真に賢いのだと

思います。

 そして、真に「成仏できる」のだと思うのです。

できれば、そうありたいものです。

 

 ところで、最近、強く感じますのは、自ら「真実」を世間に訴えた

ばかりに、あるいは、それを試みようとしたばかりに、「犯罪者」たち

によって殺されてしまった有為の人の”無念の死”についてなのです。

 実際、今日の日本では、そのような方々は、決して少なくないと

思うのです。

 

 さて、舞台を、また閻魔庁に移します。そこで、大王が、口火を

切ります。

 

  大王の、平ちゃんに対する言葉です。

 

「アメリカ・ウォール街(下の写真の上)の連中は、小泉にすべてを

任されたオマエの手引きによって、日本国内の銀行や企業を、法外に

安く手に入れた。

 その総決算とも言えたのが、りそな銀行(下の写真の下)の作られた

経営危機と実質国有化だったわけだな」と。

 

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 この大王の言葉に対して、平ちゃんが、血相を変えて

反論します。

「いえ、大王サマ、決して、そんなことはありません。

あれは、当時のりそな銀行の経営状態が、余りにも悪かった

だけの話です。

 私たちは、その破綻寸前だった同銀行を救い、国民の

財産を守ったのですから、むしろ感謝こそされ、非難される

筋合いではございません」と。

 そこで、大王が尋ねます。

「ヘイゾー、オマエは、心の底から、そう思っているのか?!」

と。

 これに対して、平ちゃんが、こう即答します。      【つづく】

 

 

 

 

 

    

 

 

 

    

 

2020年3月 4日 (水)

地獄をさ迷う亡者たち(130)

(第五話)パクリと搾取だけが、君の人生か?【3】

 

 大王の言葉です。

 

「人間の生涯とは、なかなか複雑なものじゃ。

それだけに、ひと言で、表現できるものではない。

 しかし、『自己反省』に至る手立てとして、自分の生涯を

総括することはできよう。

 その際、自分の生涯を、ごく単純な言葉で表現することは

可能じゃ。ヘイゾーの場合は、どうかな?」と。

 これに対して、平ちゃんが答えます。

「正直申しまして、私には、よく分かりません」と。

 

 これを聞いた大王が、こう答えます。

「ごく単純に、オマエの生涯を言い表すと、それは、『パクリと

搾取の人生!』だったのではないか。

 『パクリ』も一度やると、つい二度、三度と続くものじゃ。

オマエにも、きっと身に覚えがあろう」と。

 これまた、平ちゃんにとって、ずいぶんと耳の痛い言葉でした。

そこで、大王が、次のように言葉を繋ぎます。

「次に、『搾取』についてだが、オマエが生前、パソナ(下の写真)

なる大手人材派遣会社の会長だった頃、どれほど多くの労働者が、

その傘下で、懸命に働いていたことだろう。

 

    Photo_20200228101501

 

 だが、オマエときたら、週に何度か、会長室に入り、部下の報告

を聞き、適当な指示を与えるだけだ。

 そして、必要に応じて、関係者と面談し、次の金儲けの算段を

講じるだけだった」と。

 そして、大王は、こう続けます。

「第一、パソナは、まるで、『羊頭狗肉』を絵に画いたような

会社だな」と。

 そこで、平ちゃんが尋ねます。

「大王サマ、それは、一体、どういう意味でしょうか?」と。

 

 これに対して、大王が、毅然として言い放ちます。

「つまり、表向きは、社会的役割や貢献を強調しつつも、その

実態は、政・官・財と癒着し、不当に暴利を貪っているという

意味じゃ。

 とりわけ、社内の女性たちを差別し、酷使し、そして搾取して

いる姿は、実に目に余る」と。

 これに対して、平ちゃんが、こう抗弁します。

「いえ、決して、そんなことはありません。

みんな、明るい社内環境の下で、やり甲斐を持って仕事をして

います」と。

 

 それに対する、大王の言葉です。

「ヘイゾー、オマエは、一体、どこを見ているのじゃ。

もし、すべてを知っていて、それでも知らぬ振りをしているのなら、

その罪は重いぞ。

 パソナは、南部代表以下、すべての幹部が、まるでセクハラの塊

のような者たちではないか。

『かつて楼蘭、今は仁風林』と言うことか。

 政・官・財の腐敗も極まれりだな」と。

 

      5_20200228131301

 

 そして、大王は、こう続けます。

「ヘイゾー、オマエは、かつてテレビの討論会で、

『正社員をなくしましょう』と語ったそうだな。

 だが、ある記者に言わせると、『竹中氏は、”正社員”

ではなく、自らの社内に、”性社員”をなくす努力をすべき

ではないか』(小石川シンイチ氏の記事より)とのことだ。

まさに、言い得て妙だ」と。

 

 しかし、平ちゃんは、激しく食い下がります。

「大王サマ、決して、社内で、そんな破廉恥な事はありません。

むしろ、みんな、真面目に仕事をしているのですから」と。

 この言葉に対して、大王が、毅然として言います。

「ヘイゾー、決して、そうではない。パソナの『真実』から、

決して目を背けるべきではないぞ。

 パシナは、まさに、『白く塗りたる墓』じゃ。

 ヘイゾー、結局、『パクリと搾取』が、オマエの人生だった

のではないか。

 その点を、ここ(地獄)で、じっくりと反省するがよい」と。

 平ちゃんの頭は混乱し、彼は唯、虚空の一点を見つめるだけ

でした。                               【つづく】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     

2020年3月 3日 (火)

地獄をさ迷う亡者たち(129)

(第五話)パクリと搾取だけが、君の人生か?【2】

 

 大王の言葉です。

 

「このことに関しては、オマエが一番、知っているのではないか。

 生涯を通して、オマエは、『これは、自分のアイデアだ!』と言える

ものが、一つでもあったか?」と。

 そして、大王は、こう続けました。

「例えば、若い頃、オマエは、研究仲間だった鈴木和志や髙橋伸彰たち

の『知の結晶』とも言えた実証分析の結果を、無断で、”我が物”とした。

 また、小泉改革の際には、部下だった髙橋洋一(下の写真の上)や

岸博幸(同、下)らの助言なしには、自分の職務を遂行できなかった。

  つまり、オマエは、自分一人では、何もできなかったのだ。

唯、他人の力を利用するのが、人一倍上手なだけだったのではない

か!」と。

 

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    Photo_20200227193901

 

 平ちゃん、痛いところを突かれたと思いましたが、

彼も、決して負けてはいません。

 そこで、彼は、次のように抗弁します。

「確かに、様々なスタッフの力を借りましたが、私自身も、

それなりに努力いたしました。

 それらの努力なしには、生前の地位も名誉も、さらには

財力さえもありませんでした」と。

 平ちゃん、少し自慢げな様子です。

 

 そこには、国内の平凡な者たちとは異なる、『選ばれし者』と

しての自負と誇りがみなぎっていました。

 それを観た大王が言います。

「ヘイゾー、なかなか自慢げだな。

 だが、オマエは今まで、己がやってきた事について、じっくりと

考え抜いたことはあるか?

 端的に言えば、今まで、『反省』したことはあるか?」と。

 

 平ちゃん、このような問い掛けは、生前、一度も受けたことが

ありませんでした。

 事実、彼の辞書には、『反省』という言葉はなかったのです。

 そこで、彼は、自分の気持ちについて、至って正直に述べました。

「生前、私は唯、がむしゃらに、前だけを向いて生きてきました。

その間、立ち止まったり、後ろを振り返ったりしたことは、一度も

ありません。

 とりわけ、『反省』したことなど、今まで、全く経験のないこと

でした」と。

 

 この言葉を静かに聞いていた大王は、半ば感心したように語ります。

「ヘイゾー、なかなか腹蔵のない思いを吐露してくれたな。

しかし、真に『反省』を知らぬ人間ほど、不幸な者はいないぞ。

オマエに最も欠けたものは、この『反省心』ではないか」と。

 それは、平ちゃんにとって、これまた生前、全く耳にしたことの

ない言葉でした。

 

 そこで、彼は、次のように思いました。

”自分は今まで、前しか向いてこなかった。

自分の人生とは、一体、何だったのだろう?

 私は、単に、目に見える物しか求めてこなかったのではないだ

ろうか?

 精神的なこと、ましてや霊的なことなど、私には、さっぱり

分からない。

 分からないから、それを、求めようがない。

 唯、カネ、カネ、カネ。・・・それが、自分のすべてだった。

 その結果、私には、何も残らなかった。

唯、残ったのは、空虚な寂寥感だけだった”と。

 そこで、大王が言います。

 

    Photo_20200227202601

                                    【つづく】

 

  (追記:今日3月3日は、平ちゃんの69回目の誕生日です。

     私事ですが、私の父方の祖父も、今日が誕生日でした。

      平ちゃん、今日の誕生日を、一体、どんな思いで

     迎えているのでしょうか?・・・)

 

2020年3月 2日 (月)

地獄をさ迷う亡者たち(128)

(第五話)パクリと搾取だけが、君の人生か?【1】

 

 大王がふと、次のように語り始めました。

 

「人間の人生に、本物と偽物があるように、学者の中にも、本物の

学者と偽物の学者がいるようじゃ」と。

 そこで、平ちゃんが尋ねます。

「大王サマ、本物の人生とは、一体、どのような人生のことですか?」

と。

 そこで、大王が言います。

「何よりも、肩肘を張らずに、あくまで自然体で生きる人生のことでは

ないかな。

 それに、何事も常に自分で考え抜き、充分、納得のゆく人生のこと

ではないか。

 とはいえ、納得がゆくからと言って、決して、法に反するようなことを

すべきではない。

 つまり、そうすることによって、時折、自己省察や自己反省を忘れない

生き方のことだと思うぞ」と。

 

「それでは、偽物の人生とは、一体、何でしょうか?」と、平ちゃんが、

畳みかけるように訊ねます。

 そこで、大王が、次のように答えます。

「それは、簡単に言えば、『自分』の無い、無責任な生き方のことじゃ。

 つまり、常に他人の考えや周囲の常識とやらに左右され、独立・自尊的

な『根』を持たない生き方のことではないか。

 

 殆どの現代人が、そういう生き方をしているようじゃ。

かつて、デイヴィッド・リースマン(1909~2002)というアメリカの

社会学者が、名著『孤独な群衆』(下の写真)の中で、”他人指向型”と

名づけた生き方のことじゃ」と。

 

      Photo_20200227143001

 

 そこで、平ちゃんが、再度尋ねます。

「大王サマ、それでは、本物の学者と偽物の学者の違いは、一体何なの

でしょうか?」と。

 この問いに対して、大王が答えます。

「本物の学者とは、一途に真理の探究に努め、真にオリジナリティー

(独創性)やクリエティビティ(創造力)を有する者のことじゃ。

 これに対して、偽物の学者とは、安直に他者のアイデアや着想

盗み取り、さも自分の発案だと吹聴する者のことじゃ」と。

 

 これを聞いた平ちゃんは、顔の側面に、何かしら冷や汗がしたたり

落ちるのを感じました。

「その点、ヘイゾーは、どうだったのか?!」と、大王が、平ちゃんに

問い掛けます。

 これに対して、平ちゃんが答えます。

「さあ、それは、どうでしょう?

自分のことは、余り良く分かりません」と。

 

 これを聞いた大王が、忌憚のない思いを述べます。

「ヘイゾーは、後者の方ではないか」と。

 この言葉を耳にした平ちゃん、少し取り乱した感じで、

こう訊ねます。

「大王サマ、それは、一体、どういう意味でしょうか?」と。

 これに対して、大王が、次のように語ります。    【つづく】

 

 

 

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