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2019年10月

2019年10月31日 (木)

地獄をさ迷う亡者たち(25)

(第二話)信(のぶ)ちゃん、閻魔大王と初対面

 

 閻魔庁内に、閻魔大王の雷鳴のような声が響き渡ります。

威厳を持って、大王が語ります。

「ノブスケ、オヌシが、剣ヶ峰で追いかけた女は、実は、ワシの娘じゃ。

ワシの娘に興味を示すとは、オヌシも、なかなかの好きモノよのう~」と。

 

 信(のぶ)ちゃん、いささか不満そうな面持ちです。

そこで、大王は、こう続けます。

「だが、娘が、『とても面白かった』と、言っておったぞ。

そして、オヌシのような一途な男は、『決して、嫌いじゃない』とも、

語っておった」と。

 そこで、大王が、こう付言します。

「女心とは、ずいぶんと不思議ものよのう~」と。

 

 信ちゃんも、決して悪い気はしなかったようです。

それなりに、自分の努力が認められたのですから。・・・

 そのせいでしょうか、その長い鼻の、それよりももっと長い鼻の下を、

ずいぶんと長く伸ばしておりました。

 彼は内心、嬉しかったようです。

 

 でも、閻魔サマに、「家族」がいたなんて、皆さん、初耳でしょう?

実は、書いている私も、まったく初耳です。

たぶん、閻魔庁にも、欧米化の波がやって来たのかもしれません。

 それに、その方が、いくぶん情味豊かな感じがしますね。

それで、どうか、大目に見て下さいませ。

 

 ところで、大王が、こう切り出します。

「ノブスケ、オヌシは確か、1896年(明治29年)の生まれだったな」と。

信(のぶ)ちゃんが言います。「ハイ、その通りです」と。

 そこで、大王が続けます。

「確か、あの年に、大きな津波と地震があったな。

6月15日の明治三陸大津波と、8月31日の陸羽地震じゃ。

 大津波では、2万人もの人々が犠牲となった。

8月の地震でも、209名の死者が出た。

 なかなか厳しい年だったようじゃ」と。

 

 信ちゃんが言います。

「私が生まれた年に、そのような大災害が起こっていたとは、

まったく知りませんでした」と。

 そこで、大王が、言います。

「ところで、ノブスケ、オヌシは、次のような者たちと同年の生まれだ

いうことを知っておるか?

 例えば、宮沢賢治(詩人、児童文学者、農学者)、芹沢光治良(小説家)、

林達夫(思想家)、林武(画家)、正木ひろし(弁護士)、土光敏夫(経団連

会長)、横田喜三郎(最高裁長官)、それに、犬養健(たける:政治家)

などじゃ。」

 

 信ちゃんが、正直に答えます。

「いやー、全く知りませんでした。犬養とも、同年だったとは・・・」と。

 そこで、大王が、忌憚なく言います。

「とりわけ、宮沢賢治(1896~1933:下の写真)と同年だったとは、

たいへん意外だったことだろう。

 

      Photo_20191017144001

 

 オヌシと宮沢とでは、その考え方や生き方が、全く正反対だからな。

この世に、一人でも不幸な人がいる限り、私は、決して幸福になれ

ない』と言った宮沢の思い、オヌシには、理解できるか?」と。

 これに対して、信ちゃんが、きっぱりと答えます。

「いーえ、全く理解できません!」

 

 大王が、快活に笑いながら、言います。

「ノブスケ、オヌシは、なかなか正直な男だ。

自分の心に、あくまで忠実に生きることが、オヌシの生涯のモットー

だったようだな。

 それに、オヌシは、なかなか気風(きっぷ)のいい男だ。

きっと、信奉者も、多くいたことだろう。

 加えて、オヌシは、各界で、豊富な人脈を形成するのが得意だった

ようだな」と。

 

 ちょうど、そこへ、信ちゃんの性格などを書いた報告書が届きました。

それには、こうありました。

「緻密な思考能力、独善的、自信家、マキャベリスト、頭脳

明晰、卓越した組織力、オプチュニスト、明治維新の志士たち

を崇拝、好色、独り善がり、権勢家、信長びいき、革命志向、

国家社会主義者、大アジア主義者」、そして「CIAの工作員」

と。                             【つづく】

 

 

2019年10月30日 (水)

地獄をさ迷う亡者たち(24)

 

第三章 信(のぶ)ちゃんの巻

 

    Photo_20191016130501

 

第一話)人間、断ちがたきは、「色恋の道」

(第二話)信(のぶ)ちゃん、閻魔大王と初対面

(第三話)「満州国」は、信(のぶ)ちゃんの作品?

(第四話)信ちゃんの弁明

(第五話)明治維新の後継者として

(第六話)飽くなき権力欲

(第七話)二人の信(のぶ)ちゃんは、共にサイコパス

 

(第一話)人間、断ちがたきは、「色恋の道」

 

 生前、その卓越した頭脳明晰さで、他者を圧倒していた信(のぶ)ちゃん

も、その最晩年には、次第に老耄の度合いを深めていきました。

 しかし、一つだけ、終生変わらぬものがありました。それは、「色欲」です。

何せ、目下、世間を騒がせていますK・K氏や、かつて、その不思議な美貌

一世を風靡した女性M・Hさんが、信(のぶ)ちゃんの御落胤だという、

もっぱらの噂ですから、彼の艶福ぶりには、他人(ひと)事ながら、舌を

巻きます。

 

 「男の性欲は、灰になるまで無くならない」と言います。

でも、すでに灰になっても変わらぬのが、男の色欲のようです。

 実は、この地獄での信(のぶ)ちゃんが、そうでした。

ある日、茂ちゃんと信ちゃんが、何やら話しながら歩いていますと、

一人の妙齢の美女が、まるで、”こちらへいらっしゃい”とばかりに、

手招きをしているではありませんか。

 それが、何と、剣が峰の頂きからなんです。

(下は、イメージです。:ネットから拝借しました。)

Photo_20191016141201

   Photo_20191025143601

 

 よく見ますと、それは、まるで、富士の白雪のような美しい

肌をした美女でした。

 目鼻立ちが、とてもよく整っていて、その白くて美しい長い脚が、

衣の隙間から、チラリ、チラリとのぞいていました。

 ブルの茂ちゃんは、全く関心を示しませんでしたが、彼女を見た

信(のぶ)ちゃんの方は、もうたまりません。

 

 彼女を目がけて、剣が峰を、よじ登り始めました。

茂ちゃんが、それを止めようとしましたが、信ちゃんは、

全く聞く耳を持ちません。

 その出っ歯を天に向けながら、果敢に登り始めました。

すると、何せ剣が峰ですから、その尖った剣先で、信ちゃんの脇腹や

手足から、血がにじみ出ます。その鮮血が、彼の顔一面を覆う始末です。

 それでも、信ちゃんは、ひたすら登り続けます。

 

 こうして、やっとの思いで、その美女の足許まで到達したかと思うと、

今度は、彼女は、まるで天女のように舞い上がり、剣が峰の麓に降り

立ちました。

 そして、信ちゃんの方を見て、”ほら、私は、ここよ”とばかりに、

また、手招きをするのです。

 今度は、信ちゃんは、剣が峰を懸命に降り始めます。

そして、やっと、美女の足下に着いたかと思うと、今度はまた、彼女は、

峰の頂上まで舞い上がり、最初のように、手招きをするのです。

 

 さて、彼はこれを、一体、何回繰り返したことでしょう?

信ちゃんの最終地点が、無間(ムゲン)地獄だから無限に、というのは

下手なシャレですが、この絶えざる繰り返しが、実は、地獄の妙味なの

です。

 しかし、よく見ますと、われらが信(のぶ)ちゃんは、それを飽きずに

やっていました。

 とはいえ、特に男は、この彼の姿を、決して笑えるものではありません。

 人間、断ちがたきは、「色恋の道」といったところです。 【つづく】

 

 

 

 

 

 

 

2019年10月29日 (火)

地獄をさ迷う亡者たち(23)

(第七話)「指揮権発動」は、一体、誰のため?【3】

 

 茂ちゃんが、思わず言います。

 

「そのような事まで、ご存知だったのですか?」と。

 これに対して、大王が言います。

「シゲル、あの時のオヌシの愚行が、確かに、苦境の佐藤栄作を生き

返らせたな。つまり、明らかに不正のあった人物を、オヌシは、不当に

温存したわけじゃ」と。

 

 ここで、茂ちゃんが、口を差し挟みます。

「確か、あの時の裁判では、『証拠不十分』だったと記憶していますが」

と。

 これに対して、大王は、毅然として答えます。

「それは、当時の公権力であったオヌシの立場上、どのようにでも出来た

はずだ。

 しかし、もっと大事なことは、次のことじゃ」と。

 

 そして、大王は、こう続けました。

「つまり、この出来事(=指揮権発動による保身)こそが、その後の

7年8ヶ月にも及ぶ佐藤長期政権の原点となったということだ」と。

 これに対して、茂ちゃんが、至って正直な思いを述べます。

「長いこと自体は、決して悪い事だとは思いません。

それに、この長期政権は、私にもできなかった偉業だと思います」と。

 

 この言葉を聞いた大王が言います。

「しかし、国民の立場からすると、それは、どうかな?

オヌシの政権の終末期同様、長期の佐藤政権に、当時の国民は、辟易

していたのではないか!」と。

 この言葉に対して、茂ちゃんが、不満そうに、こう語ります。

「さあ、それは、どうでしょうか? 私には、そうは思えないのですが」

と。

 茂ちゃんが、こう反論した背景には、これが、ひとえに佐藤だけの問題

ではなく、むしろ、自分自身の問題でもあったからです。

 

 そこで、大王が言います。

「確かに、オヌシにとっては、この政治行動で、保守政権の確かな継承

という恩典は得られたわけだ。

 だが、あの佐藤の長期政権で、国民が、本当に幸せだったのかどうか

は、甚だ疑問じゃ。

 それは、今日のアベ政権についても、全く同じことが言えよう。

 

 特に、佐藤政権当時、最も悲惨だったのは、沖縄県民じゃ。

確かに、名目的な『自立』は、勝ち得たかもしれぬ。

 だが、実際は、その負担と抑圧は、それまで以上に厳しくなった。

(下の写真:沖縄県民の正直な思い、「辺野古基地反対運動」)

 

  Photo_20191016101901

 

 この問題の淵源は、シゲル、オヌシの判断と政治行動にあった

とは思わないか!」と。

 この言葉に対して、茂ちゃんは言います。

「そこまでは考えませんでした」と。

 そこで、大王が言います。

「シゲル、ワシの今までの言葉はすべて、オヌシの『良心』に 

問うているのだよ」と。

 

 これに対して、茂ちゃんが、正直に答えます。

「大王サマ、私は、一生に一度たりとも、『良心』などという

ものに、思いを馳せたことはございません」と。

 

 それを聞いた大王が、峻厳に命じます。

「シゲル、オヌシには、刑期は定めない。

だが、しばらく、無間地獄にて、修練するがよい。

先ずは、『良心』とは何か?について、じっくりと、考えてみる

ことじゃ。

 ところで、ここでの『しばらく』とは、娑婆世界で言えば、

五百億年のことじゃ。

 ここで、生前の行いを思い返してみるがよい。

それでは、シゲルの審問は、これにて終了する」と。【第二章 了】

 

 

 

2019年10月28日 (月)

地獄をさ迷う亡者たち(22)

(第七話)「指揮権発動」は、一体、誰のため?【2】

 

 茂ちゃんは、次のように語りました。

 

「断じて、一個人を救済するのが、目的ではありませんでした」と。

 そこで、大王が、再度問います。

「では、一体、何のためじゃ?

単に、オヌシの政権の延命が、目的だったのではないか!」と。

 この言葉に対して、茂ちゃんが、こう抗弁します。

「とんでもありません。

 あの当時は、重要法案(防衛庁設置法案と自衛隊法)の審議の

真っ最中でした。そのため、審議に遅滞があってはなりませんでした。

 私は、あくまで、『政治の空白』を避けたかったのです。

つまり、すべては、国事のためでした」と。

 

「さて、それは、どうかな?」と、大王が、疑問を呈します。

そして、彼は、こう付言します。

「本来、『指揮権』とは、起訴する権限を持つ検事たちの行き過ぎを

防ぐために、国民に選ばれた議員側(法務大臣)が監督するために

あるもんじゃ。

 言うなれば、この権限は、決して、内閣の安泰を画するものではない。

オヌシは、それを、内閣の味方(=党幹事長だった佐藤栄作)を擁護

するために悪用した。

 これは、まさに、民主主義の根幹を揺るがす蛮行ではなかったか!」

と。

 

 この言葉に対して、茂ちゃんが言います。

「当時の私には、そのような大それた思いはございませんでした。

唯、切迫した事態の収拾を、あくまで穏便に図ろうとしたまでです」

と。

 これに対して、大王が、沈着冷静に応じます。

「そのために、オヌシは、当時の副総理だった緒方竹虎(1888~1956)

と一緒に、検察側のトップ(東京地検検事正)馬場義統(よしつぐ:1902

~77)なる者と、度々、密談したというのか?」と。

 

 すると、茂ちゃんが慌てて問います。「なぜ、そんなことまで、ご存知

なのですか?」と。

 大王が、悠然と答えます。「すべては、この閻魔帳に書いてあるのだ」

と。そして、大王は、こう続けます。

「どうも、当時の『指揮権発動』の実態について調べてみると、当時の

政府と、検察庁の上層部の利害が一致して、互いの利得だけのために、

『指揮権』が発動されたようだな。

 その実情は、検察側から、発動を要請したようだ。

 

 加えて、佐藤栄作自身が、当時の法相、犬養健(いぬかい たける:

1896~1960:下の写真:因みに、女優の安藤和津さんのお父上です)を

罷免して、新しい法相の下で、一刻も早く『指揮権』を発動して欲しい

と、オヌシに強く懇請していたようだな。

 きっと、アノ者にとっては、波が自分の足許まで、ヒタヒタと押し寄せて

来ているような思いだったのだろうな。随分と、焦っていたようだ」と。

 茂ちゃんは唯、呆然として、ため息まじりに、大王の言葉を聞いて

いました。

 そして、彼は思わず、こう語りました。

 

         Photo_20191015181801         

                       【つづく】

 

 

 

 

2019年10月26日 (土)

地獄をさ迷う亡者たち(21)

(第七話)「指揮権発動」は、一体、誰のため?

 

 戦後の日本史で、最も画期的なことは、1952年の4月に、GHQ(連合軍

総司令部)が、廃止されたことでしょう。

 しかし、戦争で、汽船は破壊され、当時、船が、たいへん不足して

いました。

 でも、船が無いと貿易ができません。その絶対数を増やす必要があり

ました。

 そこで、当時の吉田内閣(第五次)は、銀行が造船業界に貸し付ける際に

発生する利息の支払いを援助すべく、国の資金を投入するという方針を

打ち出します。

 そのような状況下、その方針を推進したい造船業界と国会議員の間で、

賄賂が、からみました(司法書士 山添健志の『歴史と法律のブログ』

参照)。

 

 この「造船疑獄事件」での逮捕者は、71人に及び、その内、35人が起訴

されました。

 疑獄の中心部分に関わったのは、23人です。その内、7人が無罪、

12人が、執行猶予付きの懲役刑、2人が、罰金刑を受けました。

 その他、不幸なことに、2人の自殺者が出ました。

 しかし、ただ一人だけ、この苦境を運良く逃れた政治家がいました。

彼は、その後、総理大臣になり、7年8ヶ月もの長期政権を担当しました。

 まさに、不条理を、絵に画いたような『大疑獄事件』だったのです。

 

 舞台を、「地獄」の閻魔庁へと移します。

大王が、目前にたたずむ茂ちゃんに尋ねます。

「シゲル、オヌシが政権を担当していた7年余りにおいて、最も理不尽な

所業は、一体、何だったと思うか?」と。

 この問い掛けに対して、茂ちゃんが、あっさりと答えます。

「分かりません」と。

 

 これに対して、大王が言います。

「それは、例の造船疑獄事件(1954年)での『指揮権発動』ではないか!」と。

 そして、大王は、こう付言します。

「この時の政治行動は、オヌシの内閣の最大の”汚点”とも言うべきもの

ではなかったか!」と。

「同時に、この不当な行動が、オヌシの長期政権の命取りにもなったな。

それも、自業自得だったかもしれんな」と、大王は、茂ちゃんに畳みかけ

ました。

 

 そこで、大王は、改めて、茂ちゃんに問い直します。

「シゲル、オヌシは、あの指揮権発動を、一体、誰のために指示した

のじゃ?」と。

 この問いに対して、茂ちゃんは、少し口ごもります。

「誰のためにと言われましても・・・」。

 

 そこで、大王が、端的に言います。

「巷間言われているように、当時の自由党幹事長だった佐藤栄作

(1901~75:下の写真)を守るためだったのか?」と。

 茂ちゃんは、返事に窮しました。図星だったからです。

 彼は、苦し紛れに、こう答えます。

 

     Photo_20191015150101

                             【つづく】

   (追記)明日、日曜日は、休筆いたします。

        尚、次回からは、この記述を、省略させて

       戴きます。

        どうか、ご了承ください。

 

 

 

2019年10月25日 (金)

地獄をさ迷う亡者たち(20)

(第六話)茂ちゃんに支配されたNHK【2】 

 

 大王の言葉が続きます。

 

「シゲル、『世界の権力者』なる者たちは、オヌシたち資本主義者ばかりか、

共産主義者たちにも巨額の資金を与えて、両者を互いに戦わせ、結果、

同時に衰退させようとしているのを、オヌシは、知らなかったのか? 

 その意味で、彼らにとっては、ソ連も中共も、『噛ませ犬』のような

ものじゃ。

 オヌシは、むしろ、その世界権力者たちの狡知と策謀にこそ、もっと目を

向けるべきだったのじゃ。

 それとも、オヌシ自身が、その世界権力者たちの手先なのか?

その可能性は、限りなく大きいようじゃな。

 

 事実、フランクリン・D・ルーズベルト(1882~1945:下の写真)も、

スターリン(1878~1953)も、チャーチルも、毛沢東(1893~1976)も、

勿論トルーマン(1884~1972)もみんな、世界権力者の手先だったのじゃ。

オヌシも、彼らと同類だというのなら、話は簡単じゃ。

 

   Photo_20191014122201

 

 確かに、オヌシにも、あの者たちと、全く同じ”匂い”がするの~。

しかし、もし、そうなら、今日の、オヌシの孫たちの政治行動の意味や

目的は、おおよそ察しがつくというものじゃ。

 

 それゆえ、もし、『敵』がいるとするなら、それは、ソ連でも中共でもなく、

むしろ、彼らを、背後(決して、「せご」ではないぞ)で操る政治権力なの

じゃ」と。

 これを聞いた茂ちゃんが、半ば驚嘆しつつ言います。

「大王サマ、正直申しまして、そんな背後関係は、全く知りませんでした。

私は、単に中共やソ連だけが敵だと思っていました。

 それゆえ、共産主義を怖れ、その信奉者たちを、心底憎んでいたの

です」と。

 

(*ここで、大王は、もう一つの問題点を指摘しました。

それは、茂ちゃんの時代にも見られた、「マスメディアの私物化」

問題です。)

 そこで、大王が言います。

「あくまで、天皇制を守らんがために、共産主義を怖れ、その信奉者

たちを、心底憎む心があったことは、事実だったようだな。

 

 それゆえ、オヌシは、先ほども述べたように、明仁親王の立太子礼の

際に、『臣 茂』と書いた。

 これには、自らが、昭和天皇の忠実なる臣下という自負があった

ようだ。

 だが、オヌシは終生、『大日本帝国の臣民』という意識はあっても、

一人の『日本国民』という意識は無かったのかもしれないな。

 しかし、実際のところ、『反共』という、オヌシなりの大義のために、

オヌシには、マスメディアを私物化したという後悔の念はなかったか?

 

 つまり、あくまでも、オヌシの心には、国民のためという視点はなく、

あくまでも、政府を守るための『公共放送』という方向づけをした。

 いや、そればかりか、それを、自らの(あるいは、保守政党の)

権力基盤を盤石にするために、私的に悪用したのではないか!

 

 それは、今日のシンゾーも、さらには、オヌシの孫も、全く同じだ。

実際、子孫などは、先祖の真似しかできないものじゃ。

 とりわけ、今日のシンゾーによる暴政のレールは、すでにオヌシの手に

よって、ちゃんと敷かれていたというわけじゃ」と。

 

 これを聞く茂ちゃんの声が、次第に小さくなり、彼は、次のように

弁明するだけでした。

「確かに、その通りかと思います。

 権力を失う時の私の、あの往生際の悪さを今、思い出しますなら、

単に、自らの権力保持のために、公共放送を私物化したというご指摘は、

決して否定はできません。

 

 当時、私はNHKに、ある程度の自由は、認めておりました。

しかし、その根幹におきまして、明らかに彼らを、政府の足下に

置きました。

 それが、自分たちにとって最も都合が良かったからです。

また、それは同時に、戦後、日本を自分の手足として活用しようとしていた

米国(とりわけ、CIAと、彼らを背後で操る戦争屋たち)が、最も望む

ところでもありました。

 私の政治の主軸は、あくまでも、『アメリカ様』でした。

 

 さらには、石橋湛山の、あの潔い引き際に比べますなら、私のそれは、

全く醜い限りです。

 その意味で、私も、一人の権力亡者だったと思います」と。

 大王は、茂ちゃんの言葉に、静かに耳を傾けていました。

すでに、閻魔庁周辺の帳(とばり)が、刻一刻と降りて行きました。

                            【つづく】

 

 

 

 

2019年10月24日 (木)

地獄をさ迷う亡者たち(19)

(第六話)茂ちゃんに支配されたNHK

 

 次の審問に移ります。大王が、大きな声で、厳粛に切り出します。

「今日、日本の『公共放送』を自負するNHKの政府追従は、まことに

目に余る。

 だが、その原点は、シゲル、オヌシによる『電波監理委員会の廃止

(1952年)』にあるようじゃな。

 つまり、オヌシの不当・不法なる作為によって、公共放送の、政治

からの独立という、『放送の公共性』を維持できなくなったわけじゃ。

 

 言うなれば、今日のNHKの国民離れ(=まやかしの『公共放送』の

淵源)は、オヌシの独善的な政治行動の中にあった。

 シゲル、そうは、思わぬか?

 だが、そればかりか、オヌシが、『公安調査庁』や『内閣調査室』を、

発足させたのも、同じ1952年じゃ。

 つまり、この三者は、緊密にリンクしていたわけだ。

 シゲル、オヌシは、一見、豪放磊落に見えても、その権力保持への臭覚

だけは凄かったようじゃな。 シゲル、違うか?」と。

 

 この指摘に対して、一瞬ひるみつつも、茂ちゃんが、こう抗弁します。

「確かに、大王サマのご指摘の通りです。しかし、戦後の政治状況は、

1946年のチャーチル(1874~1965)による『鉄のカーテン演説』と、

1947年の『トルーマン・ドクトリン』によって、激変したのです。

 当時の日本は、あくまでも反共、アメリカ追従、天皇制の護持、それに、

『半独立』の道を選択しました。

 

 より厳密に申しますなら、私が、その方向で、戦後の政策を進めて

参りました。

 とりわけ、すべては、『反共』の姿勢を貫くためにやったことなのです。

 しかし、その点で、私の判断は、決して間違ってはいなかったと

思います」と。

 

 この言葉を受けて、大王が言います。

「シゲル、たいへんな自信だな。

 ところで、聞くところによると、終戦直前に、近衛文麿(1891~1945:

下の写真)が、昭和天皇に献じた『近衛上奏文』なるものは、実際は、

オヌシが書いたもののようだな。

 

       Photo_20191013143701

 

 それには、当時の陸軍軍部内に台頭した共産主義者のことが書かれて

おり、敗戦の受諾が遅れれば、それだけ、日本で共産主義革命が起こる

可能性が高まると書かれていたという。

 オヌシは、余程、共産主義者たちを怖れていたようじゃな。

彼らを、全くの『敵』だと思っていたのか?」と。

 

 これに対して、茂ちゃんが、即座に抗弁します。

「勿論です。大王サマ!

 なぜなら、彼らは、天皇制を全面的に否定し、公然と、天皇制打倒を、

党是にしているのですから。・・・

 彼らと同じ天を仰ぐことなどできません。

私のすべての政治行動は、まさに、この『反共』を貫くためにあったの

です」と。

 この言葉を、冷静に聞きながら、大王が、こう語ります。 【つづく】

 

 

 

 

 

 

 

2019年10月23日 (水)

地獄をさ迷う亡者たち(18)

(第五話)道義なき「自民党・無責任政治」の原点【3】

 

 大王の言葉です。

 

「シゲル、ワシは、オヌシの考えも、よく理解できる。

確かに、冷静に考え抜いた上での『結論』だったと思う。

 だが、オヌシの判断と行動によって、昭和天皇の道義的、かつ政治的

責任が不問に付され、自ら国民に歩み寄ろうとした道も、固く閉ざされて

しまった。

 また、このことについて、国民の誰一人として知らないのだ。

その悪しき影響は、決して小さなものではない。

 シゲル、そうは思わないか?」と。

 

 茂ちゃんが、渋々と答えます。

「確かに、大王サマの仰せの通りかもしれません」と。

 これを聞いた大王が、こう付言します。

「シゲル、オヌシは特に戦後、昭和天皇の『黒衣(くろこ)』のような

存在だったな」と。

 この言葉に対して、茂ちゃんが、にわかに反論します。

「『黒衣』だなどと、とんでもありません。

まことに、畏れ多いことです」と。

 

 これに対する大王の言葉です。

「しかし、昭和天皇より23歳も年長だったオヌシは、ひと世代ほど、

年が離れておる。まるで、年齢的には、父子のような間柄じゃ。

(下の写真:吉田茂と昭和天皇)

 

   Photo_20191012125001

 

 オヌシは、昭和天皇の皇太子時代より身近に接し、天皇は、

おオヌシにとって、人生で、最も気になる”存在”だったことだろう」と。

「確かに、仰る通りです」と、茂ちゃんが、正直に答えます。

 

 大王の言葉が続きます。

「しかし、同時に、オヌシは、昭和天皇を、”無責任な存在”にもしたな。

 この影響力は、限りなく大きいと思うぞ。

まさに、日本における『無責任の体系』の頂点に、天皇が存在する

わけじゃ」と。

 茂ちゃんが、至って正直に答えます。

「私は、そんなことまでは、思い至りませんでした」と。

 

 これに対する大王の言葉です。

「日本国民にとって、精神的に、天皇の存在は、限りなく大きい。

確かに、オヌシら明治人の『至高・至尊・不可侵なる天皇観』からすれば、

天皇は、人間の道義や責任を、遙かに超越する存在なのかもしれぬ。

 だが、如何なる理由であれ、『道義』や『責任』を蔑ろにするところに、

人間社会の真の公平さや秩序は生まれない。

 

 まさに、今日の日本政治の秩序や責任感の無さは、戦後のオヌシらの

偏った『価値判断』の中に存在したのだ。

 その意味で、シゲルの為した判断と行動が、『道義なき自民党・

無責任政治の原点』と言われても、仕方がないのではないか」と。

 

 茂ちゃんは、こうべを深く垂れて、その大王の言葉に聞き入っていました。

彼には、まだ反論したいことも、幾つかありましたが、最も本質的な点で、

なぜか反論できない思いでした。

 閻魔庁の辺りは、いつの間にか、暗くなっておりました。  【つづく】

 

 

 

 

2019年10月22日 (火)

地獄をさ迷う亡者たち(17)

(第五話)道義なき「自民党・無責任政治」の原点【2】

 

 この大王の言葉に対して、茂ちゃんが、こう抗弁します。

「勿論、私は、全く無関係だと言っているわけではございません。

 しかし、私の時代の政治家や官僚たちは、今の者たちに比べて、

もう少しはマシだったと思っております」と。

 そこで、大王が、より具体的な話題へと、話の内容を変えます。

 

 彼は、威厳を持って、こう切り出しました。

「ところで、『責任』ということで、日本人に最も刺激的な話題の一つに、

『天皇の戦争責任』というものがあるな。

 これについて、シゲルは、どう考える?」と。

 この問いに対して、茂ちゃんが答えます。

「大王サマより、『どう考える?』と、御下問がありましても、

軽々にお答えできるような問題ではございません」と。

 

  この彼の考えを聞いた、大王の言葉です。

「多くの日本人は戦後、昭和天皇(下の写真)は、自らの責任を全く感じる

ことなく、平然と、天皇の地位に居座ったと理解しているようだな」と。

 

       Photo_20191012101201

 

 茂ちゃんは、少し顔を歪めながら、返答に窮します。

「天皇陛下の御心は、私ごときには分かりません」と。

 そこで、大王が続けます。

「しかし、戦後の歴史学者の考察によると、昭和天皇は、戦争責任を、

たいへん重く受け止め、自ら退位しようとまで考えていたようだな」と。

「そうですか?」と、茂ちゃんが答えます。

 

 これを聞いた大王が言います。

「ところが、その退位の意思を思い留まらせ、天皇が望んだ国民への

『謝罪表明』さえも阻止した大物政治家がいたようだ」と。

「それは、もしかして・・・」と、茂ちゃんが、口ごもります。

 そこで、大王が、毅然として明言します。

「そう、その『大物政治家』とは、シゲル、オヌシのことだよ」と。

 

 そこで、茂ちゃんが、慌てて自己弁護を始めます。

「戦後、まだ間もない頃で、陛下のご退位など、全く無理なことでした。

 明仁親王(のちの皇太子)も、まだお若く(*当時、中学生になられた

ばかり)、昭和天皇がご退位ともなれば、国論が賛成と反対に二分され、

内乱さえ起こりかねない厳しい状況でした。

 

 私は、熟慮に熟慮を重ねた上で、天皇陛下に、ご退位を思い留まって

いただきました。

 それが、当時、最も賢明で現実主義的な判断だったと考えております」

と。

 これに対して、大王は、次のように答えました。     【つづく】

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年10月21日 (月)

地獄をさ迷う亡者たち(16)

(第五話)道義なき「自民党・無責任政治」の原点

 

 大王が、茂ちゃんの方を向いて、こう語り始めます。

「今日の日本政治の無責任さ、道義の無さは、まさに底を着いた感じだな。

この現状について、シゲルは、どう思うか?」と。

 この問いに対して、茂ちゃんが、恭しく答えます。

「まことに、大王サマの仰せの通りです。

 戦後間もない頃の日本の政治状況は、極度の混乱の中にありました。

しかし、みんなそれぞれが、一日も早く日本を復興しようという意気に

燃えておりました。

 それゆえ、われわれは、もっと真剣で、それなりの責任感を保持して

いました」と。

 これに対して、大王が答えます。「それは、ワシも、よく知っておるぞ」と。

 

 この大王の同意に気を良くしたのか、茂ちゃんは、嬉々として続けます。

「ところが、今の政治は、一体何ですか!

岸クンの孫が、まるで幼児のママゴト遊びのようなことをやっている。

 まあ、私のノウタリン(脳足りん)の孫も同罪ですけどね」と。

 大王が、笑みを浮かべて答えます。

「シゲルも、よく分かっているではないか」と。

 

 そこで、茂ちゃんが、続けます。

「それに、今の官僚たちの態度や行動は、全くなっていません。

不道徳、無責任にも、ほどがある。

 つまりは、彼らの上に立つ総理が、余りにも酷すぎるからです」と。

 生前、かなりの癇癪持ちで知られた茂ちゃん、久し振りに、持ち前の

癇癪玉を、大王の面前で爆発させました。

 それを、大王は、悠然として聞いています。

 

 そこで、茂ちゃんが、こう続けます。

「昔の官僚は、私を含め、それなりの矜持がございました。

しかし、今の官僚は、まさに自己保身にのみ汲々とし、道義心も責任感も、

何もありません。

 まさに、不道徳・無責任の極致です」と。

 これに対して、大王が言います。

「かつて、日本の戦時中の政府や軍部の在り方を、『無責任の体系』と

批判した政治学者(=丸山眞男:1914~96:下の写真)がいたが、

今日では、もっと酷くなったようだな」と。

 

      Photo_20191012072701

 

 そこで、茂ちゃんが言います。

「確かに、仰せの通りです。誰も責任をとりません。

まるで、芯の無い”らっきょう”のようなものです。

 今日の官僚主義は、『無責任主義』と言っても、決して過言では

ありません」と。

 そこで、大王が言います。

「今日のシゲルは、ずいぶんと雄弁だな。

まるで、今の官僚の無責任ぶりとオヌシは、全く無関係だという口ぶり

だな」と。                          【つづく】

 

2019年10月19日 (土)

地獄をさ迷う亡者たち(15)

 茂ちゃんの言葉が続きます。

 

 そこで、茂ちゃんが言います。「そう! 全く、その通りです。

生前、私は常に、『欲求不満』でした。それも、単に性的にということでは

なく、むしろ、生きていること自体に対して、常に『不満』だったのです。

 

 不満ゆえに、私は、常に不機嫌でした。

また、不機嫌ゆえに、私が、たとえ笑ったとしましても、それは、決して

会心の笑顔ではありませんでした。

 生涯、私は、たった一度も、心の奥底から笑ったことは無かったと思い

ます。

 そんな、いじけた心ゆえに、私は心底、『他者に感謝すること』を知りま

せんでした。

 

 でもそれは、私の孫も、全く同じではないでしょうか。

アイツの顔をご覧なさい。いつも不機嫌で、怒ったような顔つきです。

 まるで、ひしゃげたガマガエルのような顔をしています。

 

 しかし、あれは、自ら「怒った顔」と言いますよりも、むしろ自分が、

他者(ヒト)を、心底、”怖れている顔”なのです。

 それに、本当に自分に”自信”が有るなら、何も、あんなに深刻ぶる必要

など、全く有りません。

 確かに時々、ヤツは、満面の笑みを見せる時があります。

しかし、なぜか、目は笑っていません。いつも、下手な役者のような

ツクリ顔です」と。

 

       Photo_20191011144801

 

 そこで、大王が言います。

「確かに、オヌシとタローとの間には、強いDNAの繋がりがあるな」と。

 そこで、茂ちゃんが、自らの思いを、有り体に語ります。

「私は、日本で、戦後、最も影響力のあった総理大臣だと思われている

ようです。

 しかし、私には、決定的に欠けたものがありました。

 それは『心』です。私は、人間の心を信じて政治に関わったことが、

唯の一度もありませんでした。

 

 結局、私と私の仲間は、『カネとモノ(権力や地位も含めて)』に

よってしか、繋がっておりませんでした。

 しかし、この点では、私の孫も、全く同様でしょう。

アイツの行う政治にも、全く、『心』が有りません。

 

 心が有りませんから、ヤツの部下たちは、表面的には従順に振る舞う

でしょうが、裏では、『アカンベー』をしています。

いわゆる、”面従腹背”というやつです。

 それは、シンゾー君も、全く同じでしょう。

彼の祖父の岸クンにも、元々、『心』など、微塵も有りませんでした。

有ったのは、権力欲と金銭欲だけです。

 しかし、これは、私とて、全く同様です。

 

 しかし、孫もシンゾー君も、『権力』を握っていると思われるから、

周囲の者たちから、徒に畏怖されるのです。

 もし、それが無ければ、孫もシンゾー君も、唯の「案山子」です。

案山子さえ、野鳥を追い払う役目を持っていますが、この二人は、

その案山子にさえも、及びません。

 

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 この『心なき政治』は、早晩、国民から見放されるでしょう。

正直、日本国民は、この二人には、もう辟易しているのです。

  それに、今の自・公政治には、多くの国民は、反吐が出ているのです。

 

 国民が求めているものは、決して、『カネやモノ』ではありません。

 ”みんなで、一緒に生きて行こう、一緒に苦しみを乗り越えて行こう”

という、政治家の純粋な”心意気”なのです。

 つまり国民は、その胸底で、政治家の無私なる『真心』を求めて

いるのです。

 しかし、今の自・公政治は結局、『カネとモノ』の繋がりだけです。

けれども、その淵源は、実は、私の政治にありました。

 戦後、私が蒔いた『心なき政治』が今も、日本国民を苦しめて

いるのです」と。

 

 こう語った後、茂ちゃんは、ふと次のような疑問を呈します。

「結局、その『心』の中でも、私に最も欠けていたものは、

一体、何だったのでしょうか?」と。

 

 その言葉を聞いた大王が、即座に答えます。

「シゲルに欠けていたものは、まことの『信仰心』ではないかな」と。

 それを聞いた茂ちゃんが、ため息まじりに言います。

「信仰心ですか?」と。

 

 これに対して、大王が、こう語ります。

「もしオヌシに、それこそ、からし種ほどの、まことの信仰心が

有ったならば、きっとオヌシの政治も、全く違ったものになっていた

と思うぞ。

 それに、もっと血の通った、はるかに国民のことを重んじた政治が

できていたと思うのだ」と。

 

 この大王の言葉を聞いた茂ちゃんは、表面的には、多少の疑問を

感じつつも、その心の奥深い所では、正直、何か腑に落ちるものが

ありました。

 閻魔庁の外では、夜明けに昇り始めた太陽が今、中天に昇ろうと

していました。                   【つづく】

 

(追記:明日・日曜日は、休筆いたします。)

 

2019年10月18日 (金)

地獄をさ迷う亡者たち(14)

(第四話)吉田政治の根源は、結局、「カネとモノ」?

 

 地獄では珍しく、今日の茂ちゃんの審問は、夜明けから始まりました。

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                (ネットから、拝借しました。)

 

 そこで、大王が尋ねます。

「シゲル、今日は、オヌシの心の中について尋ねたい」と。

 そこで、茂ちゃんが、たいへん怪訝そうに問います。

「大王サマ、『心の中』と申しますと?」と。

 

 すると、大王が、穏やかな微笑を浮かべながら、こう語ります。

「シゲル、何か、不安なのかな? 別段、難しいことではない。

 オヌシの最も正直な心の『内奥』にあるものが、一体何なのか?という

ことを、今日は、問うてみたいのじゃ」と。

 聡明な茂ちゃんでも、この種の、いささか哲学的な話題は、かなり

苦手なようです。

 

 これが、もし、彼の生涯のライバル石橋湛山だったならば、きっと

身を乗り出して、大王の質問に答えたことでしょう。

 しかし、万事、即物的な茂ちゃんは違います。

むしろ、彼は、偉大なる俗物でしたので、この種の精神的な話を、

今まで、誰ともしたことがありません。

 

 彼の苦衷を察した大王は、茂ちゃんに、こう尋ねます。

「シゲル、色々と思案しているようだな。

 ところで、生前、オヌシは、自分の『心』について、じっくりと考えた

ことはあったか?」と。

 

 そこで、茂ちゃんが、至って正直に答えます。

「大王サマ、私は今まで、自分の『心』などについて考えたことなど、

一度もございません。

 正直申しまして、『私の心』は、全くの暗闇で、全然、光が見えないのです。

 赤児の頃より、私には、実母の手に抱かれたという記憶がございません。

それゆえ、母親の肌の温もりというものを、全く知りません。

 また、二歳の時に、養子に出されたものですから、父親の顔も、

定かではありません。

 まるで、私は生来、根無し草のような存在でした。

唯、私に遺されましたのは、法外な遺産のみでした」と。

 

 これを聞いた大王が、いくぶん感心したように語ります。

「シゲル、たいへん正直に語ってくれた。

非常に胸を打たれるものがあったぞ」と。

 そこで、大王が問います。

「シゲル、では、オマエの心は、一体、どんなイメージなのだ?」と。

 

 これに対して、茂ちゃんが、思いのままに答えます。

「イメージですか? それは、全くの『空虚』そのものです。

そこには、何ら、充実したものを感じることができません。

 心の中に、まるで、大きなブラックホールがあるような感じです。

そこには、色も匂いも何もなく、重量そのものも感じられず、

すべてが、『無』になっていくような感じなのです」と。

 

 そこで、大王が、こう語ります。

「つまり、生前のオヌシには、何ら充実したものが感じられなかった

ということだな。勿論、真の『満足感』もなかった。

 むしろ、有るのは、絶えざる不充足感、つまり欲求不満を感じる

だけだったのだな」と。            【つづく】

 

2019年10月17日 (木)

地獄をさ迷う亡者たち(13)

 茂ちゃんの言葉が続きます。

 

 事実、その洞察力の無さが、私が終生、石橋にコンプレックスを

抱いた理由でした。

 いや、より厳密に申しますなら、「日米安保条約の本質」を、薄々

知りつつも、結局、私は、その厳しい現実から逃げてしまっていたように

思うのです。

 とにかく、私の本質は、人間が浅く、かつ”軽い”のです。

私の孫を見れば、分かるでしょう。

 

 アイツなどは、一端の大物ぶっていますが、その中身は、全くの

”がらんどう”です。何も有りません。

まるで、湯船に浮かんだ屁のような男です。

 言い換えますなら、ヘリウムガスを入れた風船のような男です。

放っておけば、大気圏外まで飛んでいくことでしょう。

 

 最近、娑婆世界では、『A・I(人工知能)』ばやりです。

その点、アイツは、それとは、まったく真逆です。言うなれば、『I・A』です。

 つまり、『いつまで経っても、阿呆。あるいは、幾つになっても、

アホまま』なのですから(すると、それを傍で聞いていた両鬼が、

思わず吹き出してしまいました)。

 

 しかし、ここで、出来の悪い孫の悪口を言っても始まりません。

本題に戻らなければなりません。

 確かに、”これからの日本は、一体どうあるべきか!"などといった

哲学的な視点は、あの石橋湛山とは違って、当時の私には、

全くありませんでした。

 

 私は、大日本帝国の外務官僚として、常に『上から目線』でしたので、

そんな国民的な視座に立った発想など、生涯、一度もしたことが

ありませんでした。

 それに、私に、石橋ほどの勇気と胆力がありましたなら、たとえ拳銃で

脅され、万が一、それで撃ち殺されるようなことがありましても、

『日米安保条約』や『日米行政協定』には、決してサインなどは

しなかったことでしょう

(*事実、吉田は、その時、数人の米海軍兵士の持つ銃で脅されて

いました。その場所は、プレシディオ国立公園内にある海軍下士官用

クラブハウスの一室でした)。

 

 もし、当時の私の立場に、石橋や、インドのマハトマ・ガンディー(1869~

1948:下の写真)でも立てば、きっと、彼らは、米軍に殺される道を選んだ

ことでしょう。

 しかし、多分、アメリカは、彼らを殺せなかったことでしょう。

それに、世界が、そんなことを、許すわけがありません。

 

      Photo_20191010133701

 

 第一、彼らは、私などとは、人間としての、『格』が違うのです。

 しかし、先ほども申しましたように、その後の日本国民の窮状を、

じゅうぶん予知しつつ、私は結局、両協定に、サインをしました。

『対米隷属の父』と呼ばれても、反論の仕様がありません」と。

 

 これに対して、大王が、ひと息入れて、次のように語りました。

「シゲル、オヌシは、ワシが思っていたよりも、はるかに正直な男だな。

 それに、なかなか面白い男でもあるな」と。     【つづく】

 

 

2019年10月16日 (水)

地獄をさ迷う亡者たち(12)

(第三話)茂ちゃん、「日米安保条約」について語る

 

 ここで、茂ちゃんへの審問は、本題へと移ります。

 大王が、辺りに轟く大きな声で、威厳を持って語ります。

「シゲル、オヌシは、確かに、軍事面においては、アメリカに日本の

軽装備を主張した。

 だが、惜しむらくは、その政策全体では、あくまで、『対米隷属』を

貫いたことだ」と。

 

 そして、大王は、こう続けます。

「ある高名な学者が言う通り、オヌシが、政策全般で、『対米隷属』を、

その基本に据えたからこそ、日本は、不平等極まりない日米安保条約

(「米軍が使いたいだけの基地を、使いたい期間、使いたい場所に置く」

という理不尽な条約)を、有無を言わさず強制されてしまったわけだ。

 無論、日米行政協定(その後、1960年、岸内閣の時に、「日米地位協定」

改称)も含めてだ。シゲル、違うか?」と。

 

 これに対して、茂ちゃんが、こう抗弁します。

「確かに、実態は、大王サマの仰せの通りです。

しかし、当時の日本は、あくまでも敗戦国でした。

 つまり、米国と対等に口を利ける立場ではなかったのです。

それゆえ、当時の私の腹づもりとしましては、軍事面は、すべてアメリカに

任せるから、日本には、経済面で、自由にやらせてくれ!というもの

でした。

 それゆえ、それなりに、『ギブ・アンド・テイク』だったわけです。

その私の思惑通り、戦後の日本は、急速に復興することができました」と。

 

 この言葉に対して、大王が言います。

「しかし、その戦後復興とやらは、朝鮮戦争での、隣国民の多大なる

犠牲によって贖われたものではなかったか」と。

 これに対して、茂ちゃんが答えます。

「無論、それもありました。しかし、その基本は、勤勉・実直なる大日本

帝国臣民、もとい日本国民の絶えざる努力の結果が、戦後の復興を

早めたのだと考えます」と。

 大王が、これに応じます。

「シゲル、少し、話がズレたように思うぞ。

ワシは、オヌシの『対米隷属』の是非を問うているのだ」と。

 

 これに対して、茂ちゃんが答えます。

「戦後、私を、『対米隷属の父』とみなす識者のことは、先ほど、

大王サマから伺って、初めて知りました。

 しかし、正直なところ、当時の私には、それ程の深い政治認識は

ございませんでした。

 実際のところ、『木を見て森を見ず、森を見て山を見ず』といった

ところだったのかもしれません。

 

 確かに、石橋湛山(1884~1973:下の写真)のように、深い思想や

哲学を持った人物なら、当時の『日米安保条約の本質』を、冷静に

見抜けたかもしれません。

 しかし、正直申しまして、当時の私には、彼のような眼力はありません

でした。   

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                         【つづく】

                         

 

 

 

 

 

 【つづく】

 

 

 

 

 

2019年10月15日 (火)

地獄をさ迷う亡者たち(11)

 大王の言葉が、続きます。

 

 そのせいか、オヌシのやることは、実に陰険で、暗い。

 オヌシが創設した『公安調査庁』や『内閣調査室』などは、

明治6年以来のオオクボによる有司専制の焼き直しではないか!

まるで、先祖返りだな。

 この悪辣な両組織によって、多くの有為な政治家や有識者が

犠牲となった。その弊害は、今日まで続いている。

 このことは、日本の見えざる『富』を、不当に簒奪した行為に等しい。

 それも、『公』のためと自負しながら、実際は、『私』の権力基盤を

盤石にするために悪用した。その罪は、限りなく大きい。

 オヌシが、『対米隷属の父』と呼ばれるゆえんじゃ」と。

 

 これを聞いた茂ちゃん、腹立ち紛れに、こう答えます。

「後世の者たちは、何とでも申します。

 第一、私を、『護憲を貫く非戦主義者』(保坂正康)とか、『尊皇の政治家』

(原彬久)と評する者もいるくらいです」と。

 流石、どこに行ってもツラの皮の厚い茂ちゃん、大王を相手に、一歩も

引きません(*生前も、この根性で、アメリカに抵抗してくれれば良かった

のですが)。

 大王も、いささか苦笑気味です。そうして、彼は内心、こう思いました。

”コイツは、なかなか食えんのう!”と。

 

 しかし、大王は、沈着冷静に、話を進めます。

そこで、彼は、こう切り出しました。

「ところで、シゲル、オヌシは、竹内綱(1834~1922:下の写真)の五男として

生まれたわけだが、二歳で、吉田健三(1849~89)の養子となったな。

 

       Photo_20191009122801

   

 福井藩士の流れをくむ吉田は若い頃、イギリスへの密航体験のある、

なかなかの傑物だったようだ。

 だが、吉田は後年、ジャーディン・マセソン商会の横浜支店長だった

わけだが、同商会は、名うての武器商人として有名だな。

 勿論、武器の他、戦艦や生糸なども手広く商っていたようだ。

 

 

 その吉田が、40歳の若さで亡くなったゆえに、オヌシは、幼くして

巨万の富(*当時の40万円。今日の4億円ぐらいだと言われる)を得たわけだ。

 だが、その金の大半は、アジアやアメリカ大陸の多くの戦場で命を

落としたたちの血によってあがなわれたものだ。

 多分、オヌシは、そのようなことに、思いを巡らしたことはないであろう」と。

 

 この言葉に対して、茂ちゃんが、正直に答えます。

「確かに、生涯において、そのようなことを考えたことは、一度もござい

ません。

 唯、ひたすら、私は、カネ(金)のことしか考えて来ませんでした」と。

 これを聞いた大王は、茂ちゃんの目を、じっと見て、快く笑いながら応え

ます。「なかなか正直でよろしい!」と。

 閻魔庁の辺りでは、すでに、刻一刻と、日が暮れようとしていました。 

                                              【つづく】

 

 

  

   

 

 

 

2019年10月14日 (月)

地獄をさ迷う亡者たち(10)

(第二話)茂ちゃん、閻魔大王の前に立つ

 

 ここで言う茂ちゃん(=吉田茂)は戦後、国葬にされた

唯一の人物です。

 その日は、1967年(昭和42年)の10月31日のことでした。

しかし、果たして、彼は、国葬に価するほどの人物だったの

でしょうか?

 彼の生前の政治行動について知れば知るほど、その疑問は、

膨らみます。

 

 1952年(昭和27年)、明仁親王の立太子礼に臨んだ彼は、

昭和天皇(1901~89)に対して、「臣 茂」と称しました。

 今、考えますなら、正直、彼の眼中には、「昭和天皇」しか

なかったのではないかとさえ思えるのです。

 しかし、彼にとって、天皇陛下以上に大切な存在がいるとすれば、

それこそ、本著で言うところの「アメリカ様」でした。

 とはいえ、本書は、あくまで、一冊の『戯作本』ですので、

どうか、そのつもりで、ご高読ください。

 

 さて、その茂ちゃんが、閻魔大王の前に立ちました。

大王の所には、すでに、閻魔帳の中に、彼の「性格」や行動に

ついての報告がなされていました。

 それには、こうありました。

「自己保身、権謀術数、異常な権力欲、傲慢不遜、他者を

平気で裏切る冷酷さ、軽薄、権威主義、根っからの嘘つき、

貴族趣味、薄情、信念・哲学・思想の無さ、自己中心主義、

常に上から目線、本質的な無信心等々」と。

 

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 閻魔大王は、人間の3~4倍もあるかと思えるほどの大男です。

そして、その発する声や、まるで、天空にまで轟く雷鳴のような

大音声(だいおんじょう)なのです。

 その大王が、威厳を持って、茂ちゃんに語りかけます。

シゲル(*最近の閻魔サマは、至ってハイカラなようで、被告を、

欧米風に、ファーストネームで呼びます)、オヌシは生前、ずいぶんと

人を裏切って来たな。

 平気で、人を裏切るのが、オヌシの趣味のようだな」と。

 

 これに対して、茂ちゃんが、謹んで答えます。

「いえ、大王サマ、彼らは、"危険人物"だったので、それも、仕方

ありません」と。

 しかし、大王は、「鳩山一郎がソ連に対して、また、石橋湛山が中共に

対して融和的であったからと言うのか?」と、毅然として答えます。

 そして、大王は、こう付け加えました。

「オヌシが危険人物というのは、当時のアメリカにとって危険人物

だったということだな」と。

 茂ちゃんの本音を見透かしたような大王の言葉に、茂ちゃん、

しばし絶句。ー 思わず、顔面に、冷や汗を走らせました。

 大王が、こう続けます。

「オヌシには、血のつながりこそ無いが、どうも大久保利通

(1830~78:下の写真)なる者の霊が取り憑いているようだな。

 

      Photo_20191013021001

 

(追記:今回の考察を通じて、この大久保利通と吉田松陰が、同年の

生まれであることを、初めて知りました。

 実は、松陰が、大久保より6日早く、この世に生を享けています。

イメージ的には、松陰の方が、遙かに年長のように思えたのですが、

決して、そうではありませんでした。西郷隆盛などは、この両者より、

二歳年長なのです。

 つまり、明治維新を牽引した薩長両藩の志士たちの中で、世代的には、

長州の方が、いくぶん若かったことが窺えます。

 無論、薩摩にも、大山巌(いわお)や森有礼など、比較的若くて有能な

人々がいましたが、全体的には、長州の方が、薩摩に比べてパワフル

だったように感じます。)                 【つづく】

 

 

 

 

                      

 

 

 

2019年10月12日 (土)

地獄をさ迷う亡者たち(9)

第二章 茂(しげ)ちゃんの巻

 

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(第一話)茂(しげ)ちゃんと信(のぶ)ちゃんの

     地獄道中

(第二話)茂ちゃん、閻魔大王の前に立つ

(第三話)茂ちゃん、「日米安保条約」について語る

(第四話)吉田政治の根源は、結局、「カネとモノ」?

(第五話)道義なき「自民党・無責任政治」の原点

(第六話)茂ちゃんに支配されたNHK

(第七話)「指揮権発動」は、一体、誰のため?

 

(第一話)茂(しげ)ちゃんと信(のぶ)ちゃんの

     地獄道中

 

 地獄を見渡しますと、遠くから、二人の亡者が、トボトボと、こちらに

歩いて来ます。

 一人の亡者は、まるでブルドックを見るような怖い形相をしています。

 それも、いま流行(はやり)の、いささか可愛いフレンチ・ブルドック

ではなく、オーソドックスなブルドックの面相なのです。

 それと、もう一人の亡者の特徴は、その目立つ出っ歯と、厳しく尖った

目つきにありました。

 彼を、犬にたとえますなら、まさに、精悍なドーベルマンといった感じです。

 

 二人の亡者は今、地獄に落ちたばかりでした。

それはそれは、長い落下の旅でした。でも、どうにか、無事にたどり着けました。

 しかし、二人は、すでに死んでいるのに、「無事に」と言うのも、いささか変

ですね。

 ところで、よく見ると、一人は、茂(しげ)ちゃんで、もう一人は、

信(のぶ)ちゃんではないですか。

 

 実は、ブルの茂ちゃんは、この世を旅立つ直前、突如、カトリックに入信

しました。

 その際、濱尾文郎司祭(当時)の司式で、終油の秘蹟なるものを受け

ました。

 それで、彼は内心、自ら天国に昇り、カトリック信者で、先に逝っていた

愛妻の雪子夫人(大久保利通の孫娘)と、きっと再会できるものと確信して

いました。

 

 因みに、このような死の間際での受洗のことを、一部の信者の間では、

多少親しみを込めて、「天国泥棒」と言います。

  でも、現実は、そう甘くはありません。

 ブルの茂ちゃんは、死後の裁きで、可もなく不可もなくではなく

むしろ、後世の日本人が大層迷惑するような、かなり罪深いことをして

いましたので、地獄の閻魔大王の裁きで、「無間地獄行き」が、どうも

確定しそうです。

 この度、その最後の弁明の機会が、茂ちゃんに、与えられたのでした。

 

 その茂ちゃんの後を追っかけて来たのが、出っ歯の信(のぶ)ちゃん

です。

 彼は元々、無神論者とでも言うべき人で、宗教とは、全く無縁の人

でした。

 確かに、信(のぶ)ちゃんは、北朝鮮カルトの文鮮明(1920~2012

の統一教会と親しくなり、同教会が日本で活動する上で、最大の支援者と

なりました。

 しかし、それは、宗教のためというよりも、むしろ、日本を弱体化する

ための政治権力と資金を生み出す巨大マシーンとして、互いに協力し

合ったのでした。

 ごく単純に言えば、両者は、CIA(アメリカ中央情報局)が、巧みに

手綱裁きをする馬車を牽引する2頭の馬のようなものでした。

 この両者の親密な関係は、彼の孫の時代でも、益々強い絆で結びついて

います。

 

 ただ、信ちゃんが権力の座にあった頃、彼は当時、新進気鋭の

女性霊能者、藤田小女姫(1938~94)にお伺いを立てて、重要な

政治決断をしていました。

 しかし、その藤田も、ホノルルにあるコンドミニアムの最上階で、銃殺後、

焼き殺されるという悲劇の人になりました。

 実は、信ちゃんも、茂ちゃん同様、あるいはそれ以上に、閻魔大王も

びっくりするような悪業をしていたため、彼も、「無間地獄行き」になり

そうです。                        【つづく】

               

             (追記:明日、日曜日は、休筆します。)

 

 

2019年10月11日 (金)

地獄をさ迷う亡者たち(8)

実在する地獄

(ビル・ワイズ氏の「地獄体験」)

 【4】

 

 その瞬間、私(ビル氏)は泣き崩れ、主は、私に

触れて下さいました。

 私には、主の顔は見えず、ただ純粋で眩しい聖なる光

の中に立つ、人の姿が見えるだけでした。

 主に言うつもりはなかったのですが、思わず頭に

浮かんで来たのは、「主よ!どうして、あんなとんでも

ない所へ、私を送ったのですか?」でした。

 これに対して、主は、言われました。「多くの人が、

地獄が実在すると、信じていないからだ」と。

 イエスは続けます。「私を信じる者ですら、地獄の

存在を信じていない」と。

 

 それゆえ、ビル氏が、「主よ、どうして私を選ばれたの

ですか?」と尋ねると、再度、「多くの人々が地獄を信じて

いないからだ」と言い、主は、お言葉(=聖書)の中に

あることを「人々に伝えなさい」とおっしゃったのです。

 「でも、これは、決して叱責のメッセージではなく、警告

なのです。

 人々が決断できるように、『情報』を伝えるのが、私の

役目なのです」、とビル氏は結びました。

 

 こうして、彼は、30年間、好調に経営してきた不動産会社

を潔く閉じて、「地獄の実在」を証言するキリスト教の

伝道師となり、今日に至っています。

 実は、ここで補足すべき、重要な問題点があります。

それは、「人間は、神の裁きによって地獄に落ちるのか、

否か?」ということです。

 

 この問題に関して、ロス氏が尋ねます。

「でも神は、ご自身の似姿に創った人間を、

燃える地獄へ送ることについては、どう感じて

おられるのですか?」と。

 これに対して、ビル氏が答えます。「人がトンネルを

落ちて行き、地獄へ行くのを見る度に、神は泣いて

います」と。

 ビル氏は続けます。「神は、誰一人として、地獄に

落ちて欲しくない。神は、みんなを愛しておられる。

 愛しているから、人を地獄から遠ざける為、主は、

自らの命を差し出されたのです。

 だから、人が地獄へ行く度に、主は泣かれるのです。

人が、自ら選んで地獄へ行くからです」と。

 

 実は、この、”神は、決して裁かず、人間が、自ら

地獄へ落ちる”という考えは、近代スウェーデンの

神秘主義思想家エマヌエル・スウェーデンボルク(1688~

1772:下の肖像画)の著作『天界と地獄』の中にも見られます。

 

        Photo_20191006143001

    

 その中で、彼は、こう記しています。

 「神は人間から決して御顔をそむけられず、

御自身から人間を斥けられず、何人も地獄へ

投げ込まれず、何人も怒られないことを

教えていることを、(人間は、)知っては

いないのである」と。

 

 つまり、人間が地獄へ落ちるのは、決して

神の裁きによるものではないのです。

 むしろ、それは、人間の「自由意志」とさえ

言えます。

 人間の「生死」の意味の重み、実は、そこに

あるのではないでしょうか。

 この「地獄の実在」と、”地獄の意味”を、

われわれは、もっと深く、かつ真剣に考える

べきだと思うのです。   【第一章 了】

 

2019年10月10日 (木)

地獄をさ迷う亡者たち(7)

実在する地獄

(ビル・ワイズ氏の「地獄体験」)

 【3】

 

 ビル氏の言葉の意味するところは、”永遠にキリストとの

出会いの無い絶望の状態”を表現したものと思われます)。

 御使いも、守ってくれない。永遠に、この耐え難い苦痛

が続くのです。それが、何より耐え難かった」と。

 

 実は、この地獄で、ビル氏が見たものは、ウロコのような

もので体を覆われた悪魔。ー

 それは、大きな口に、見開いた目、巨大な体で、身長は、

3~4メートルもありました。

 彼らは、非情にも、ビル氏を痛めつけ、彼の肉を引き裂き

ました。

 でも、自分の肉が帯のように垂れ下がっているのに、

まだ、自分が生きていることに、ビル氏は、驚きます。

 加えて、別の悪魔が、ビル氏の体を投げつけ、彼は、骨が

折れるのを感じます。彼らは、激しい憎しみを抱いていました。

 

 その後、何億という人間の、耳をつんざくような、

凄まじい叫び声が響き渡ってきます。でも、そこからは

逃れられません。平安や静けさは、永遠に、そこには

ないのです。

 悪魔は、人間を憎み、激しい憎しみを、神に対して抱いています。

 でも、そこでは、人間は、自分で自分を守ることもできないのです。

 肉体的な力は、全く失われ、地獄の悪臭と、ものすごい匂いに

耐えなければなりません。

 

 それは、どんな下水よりも臭くて、燃える硫黄のような匂いなのです。

 硫黄は、吸い込むと毒となり、この毒害を吸い込みながら、

どう生き続けるのでしょうか。それでも、生き続けるのです。

 しかも、十分な空気が、地獄にはありません。

呼吸をするのに、十分な空気がないのです。

 それほど空気が薄くて、酸欠で死ぬかと思うくらいです。

 

 私(ビル氏)は、地獄の大きな炎の中で、人間が焼かれる

様子を見ていました。

 その時、悪魔に囲まれ、何と蛆虫の上に立っていました。

大量の蛆虫、本当に気持ち悪かった。

 

Photo_20191006132601

 

 それに、周囲は、ものすごい音で、逃げ場所もなく、

心の平安を求めても、どこにもありません。

 人々が、力の限り叫ぶ声が耳をつんざくのです。

それらを見ている限り、疲れ切り、地獄では、眠ることも

できません。眠たいのに、眠れないのです。

 

 しかし、幸いにも、ビル氏は、トンネルから引き上げられ、

突然、明るい光が現れたのです。

 直ぐに、それが誰だか分かりました。

私が、「イエス様!」と言うと、主は、「そうだ」と

言われました。

 

 Photo_20191006133401

                                                        【つづく】

  

2019年10月 9日 (水)

地獄をさ迷う亡者たち(6)

実在する地獄

(ビル・ワイズ氏の「地獄体験」)

【2】

 

  ビル氏の言葉は、次のように続きます。

 

 気が付けば、石の壁と柵で囲まれた刑務所の中にいました。

そこは、とても悪臭がただよい、煙の充満する刑務所でした。

 そこでは、「熱」が、この世のものを遙かに超えていたので、

即座に、自分が地獄にいると悟りました。

 牢の中には、見たこともない悪魔のような生き物もいて、

彼らは、檻に入れられた獣のような声を出しています。

 檻の中で唸っている獣を見ていると、彼らは神を憎んでいるのが

分かりました。

 その中の一匹が、私を担ぎ上げ、壁に投げつけたのです。

悪魔たちは怪力でした。

 

 しかし、この”体験の目的は、救われない人たちが経験

する「地獄」を、私(ビル)が代表して”体験することでした。

 この時、語り手のビル氏は、その際の激しい痛みを実感

しました。でも同時に、彼は、こうも語ります。

 「神が、その他の感覚を麻痺させてくださったことも

分かりました」と。

 ビル氏は、次のように続けます。「神は、殆どの痛みは

感じないようにして下さいました。

 でも、ある種の痛みは感じるようにされ、人と痛みを

共有するようにされたのです」と。

 

 ビル氏によれば、それは、地獄で味わう痛みで、

”これで、もう充分です”と感じる程の、実に激しい

苦痛でした。

(*これは、筆者の私感ですが、「地獄が存在する」

ということは、そこでの「苦痛も厳存する」という

ことだと思います。)

 

 「この地獄で、一番辛かったのは、何ですか?」

とのロス氏の質問に対して、ビル氏が答えます。

「出口が無いと分かっていることですね」と。

(*つまり、ここでの地獄は、本稿で論じる

ところの「無間地獄」だと思うのです。)

 

 ビル氏が、続けます。「そこでは、希望が

全くありません。それが、神が私に体験させ

たかったことで、私はクリスチャンでしたが、

それは、私の意識から隠されていました。

 クリスチャンなら、そこから逃れられることを、

神に感謝するのですが、救われない人には、

永遠に出口が無いことも分かりました」と。

 

 ビル氏の言葉は続きます。

「彼らは、100万年後も、まだそこにいるのです。

誰も、助けに来てくれない。

 カルバリーの丘は、そこには無い。

それを実感することが、何よりも辛かった。

(*カルバリーの丘・・・キリストが十字架刑に

処せられたエルサレム城外の丘のこと。

カルバリーとは、「髑髏(しゃれこうべ)」の意味。

 日本のカトリック教会では、ラテン語から

派生した「カルワリオの丘」と呼ばれます。

 他方、「カルバリーの丘」は、プロテスタント

教会の名前に、よく用いられます。  【つづく】

 

     Photo_20191004141401    

                          (ネットから、拝借しました。)

 

 

 

 

 

2019年10月 8日 (火)

地獄をさ迷う亡者たち(5)

実在する地獄

(ビル・ワイズ氏の「地獄体験」)

 【1】                                                         

 

 今日、多くの人々は、「地獄」について、殆ど無関心だと思います。

概して、地獄とは架空の産物、あるいは、単に想像上の存在に過ぎず、

実際は、存在などしない、と考えている人が殆どではないでしょうか。

 しかし、信仰深い人々にとりましては、地獄は存在します。

正直、私も、”実在する”と考えています。

 無論、私が信仰深いというわけではありません。

 でも、この確信なしには、信仰も存在できないと思いますし、

このような著作を物することもないと思うのです。

 

 むしろ、地獄が実在し、多くの有名・無名の人々(とりわけ、

「悪徳」という名のつく政治家、医者、弁護士、実業家、教育者、

宗教家など)や殺人(殺害教唆も含めて)、強姦、放火、詐欺などの

犯罪者などは現在、地獄に落ちているか、あるいは、その予備軍として

控えているかのどちらかだと思います。

  彼らは、その”真実”を、知らないだけだと思うのです

 

 ところで、アメリカに、『これは、超常現象だ(It's Super Natural!)』と

いう名のテレビ番組があります(厳密には、「ありました」と書くべきなのかも

しれません)。

 司会者のシッド・ロス(Sid Roth)氏は、半世紀近く、世界の超常現象を

探究してきた、その道のプロです。

 同番組の中で、ビル・ワイズ氏(現在、キリスト教の伝道師。かつては、

不動産会社を経営)が23分間、地獄をさ迷った体験談を語るものがありました。

 

 すでに30年前の話ですが、決して古い感じがせず、とても具体的で、実に

説得力のある内容です。

 そこで、ビル氏は、地獄は、単なる空想の産物ではなく、むしろリアルに

”実在するものだ”と言うのです。

 アメリカでは、全国民(3億1千万人)の3分の2が、”苦しみの場”としての

地獄を信じていません。

 また、この話題は、余り好まれる問題でもありません(1989年の統計より)。

 23分間、”地獄を体験した”ビル氏は40年間、敬虔なクリスチャンとして

生きてきました。でも、「地獄」に関しては、全く興味を持っていませんでした。

 

 ところが、1989年の11月23日、その出来事は、起こったのです。

 同日、就寝中のビル氏は、午前3時頃、水を飲むために、2階の寝室から

1階の台所へと降りて行きました。

 水を飲んだ後、ベッドに戻ろうとしたところ、彼は突然、体から引き

抜かれるような感覚に襲われ、生まれて初めて、「幽体離脱」を体験したのです。

 以下は、ビル氏の言葉です。

 気が付けば、自分(実際は、彼の霊体)が、体から抜け出し、空中に放り

出されていました。

 そして、長いトンネルを転がりながら、大きく開いた所へと吸い込まれ、

石の地面に落ちたのです。                  【つづく】

 

 

 

 

 

 

 

2019年10月 7日 (月)

地獄をさ迷う亡者たち(4)

    

    地獄について 【2】

 

 事実、本稿で取り上げます地獄の亡者たちは生前、

共通して強欲、かつ傲慢な人々でした。

(無論、中には、存命中の人々もいます。)

 周知のように、人間(特に、男性)の抱く欲望には、

権力欲、名誉欲、金銭欲、それに性欲などがあります。

 

 唯、人間誰しも、「知足小欲」を知らずに、欲望を

際限なく肥大させますならば、自らを、強欲の極み

にまで導きます。

 その対象が、先述した権力であれ、名誉や金銭であれ、

人間が異常なほどに強欲になれば、その欲望に限界を

見出すことができなくなります。

 まさに、人間が、餓鬼道に陥ります。それこそ、

生きたままの、「亡者」の出現です。

 今日の日本には、そのような人々が、ゴロゴロして

います。

 

 また、人間が、他者への感謝の心や慈悲の心を忘れれば、

その人は、限りなく傲慢になります。

 むしろ、他者を、まるで自らの従僕のように酷使し、

自分が、まるで全知全能の神にでもなったように

錯覚してしまいます。

 そのような人々は、日本の現総理を筆頭に、日本の

政界には、腐るほどいます。

 

 内村鑑三(1861~1930)が「天国の社会」について

論じた中に、「国会議員で、天国に入る人は殆ど

いない」と述べています。

 これは、今から百年ほど前の記述ですが、それは、

今でも同様だと思います。

 内村によれば、天国の総理大臣は、「その市民の

中で最も微(ちい)さき者」が就くそうです。

 つまり、真に謙遜で、自らの強欲さや傲慢さを

克服できた、真に少年・少女のような純な心の

持ち主なのです。

  

     Photo_20191004213101

              (内村鑑三)

 しかし、これは、あくまで天国の話であって、

それを、今日の日本の政界に求めることは、

まさに、「百年、河清を俟つ」がごときこと

であり、また、「大海を手で塞ぐ」ような

不可能事なのです。

 むしろ、日本の政治家や政治指導者の多くは、

ほぼ地獄に落ちているか、あるいは将来、

落ちていく運命だと考える方が自然なようです。

 

 と申しますのも、彼らの、脱法行為をしても、

恬として恥じない厚顔無恥な言動、それに天に

唾吐くような思い上がった行動、加えて、常に

他者を見下し、まるで自分が天下でも取ったかの

ような傲慢不遜な態度を見ましても、彼らは、

じゅうぶん無間地獄行きの条件を備えています。

 実に、類い希なる「予備軍」と申せましょう。

 

 それでは、その『地獄』とは、実在するもの

なのでしょうか?

 それとも、単に作り話の中だけで存在する、

全くのフィクションなのでしょうか?

 これにつきまして、私なりの考えを述べたい

と思います。          【つづく】

2019年10月 5日 (土)

地獄をさ迷う亡者たち(3)

 第一章 実在する地獄

 

  地獄について   【1】

 

 芥川龍之介の名作『蜘蛛の糸』は、

次のような言葉で始まります。

 「ある日の事でございます。御釈迦様は

極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶら

御歩きになっていらっしゃいました」と。

 この作品は、芥川の初めての児童文学作品でした。

それだけに、多くの読者にとって、最も親しみ易い

作品の一つです。

 ところで、この作品の中で、お釈迦様が憐憫を

垂れたカンダタは、血の池地獄で苦しんでいました。

それは彼が生前、慈悲心のない大悪党だったからです。

 

    Photo_20191002042701

 

 日本では古来、「八大地獄」や「十六大地獄」が

あると言われます。

 八大地獄とは、等活(とうかつ)地獄、

黒縄(こくじょう)地獄、衆合(しゅごう、あるいは、

しゅうごう)地獄、叫喚(きょうかん)地獄、

大叫喚地獄、焦熱(しゃくねつ、あるいは、炎熱)地獄、

大焦熱地獄、それに阿鼻(あるいは、無間)地獄の

八つです。

 中でも、地獄の最下層に位置するのは、無間(あるいは、

阿鼻)地獄だと言われます。

 そこは、最下層だものですから、この地獄に達するためには、

亡者が、真っ逆さまに落ち続けても、なんと二千年はかかるとの

ことです。完全に落ちるまでに、悶絶してしまいそうです。

 私たちが、いくぶん親しげに語る「無間地獄」なるものが、

このような遠方の地にあるとは、全く意外なことでした。

 

 ところで、人が地獄に落ちる理由には、様々なものがあります。

それらは、小さな生き物を安易に殺すことから、盗み、妄語(うそ)、

邪淫、飲酒、強姦、人殺しなど、実に多種多様です。

 この「地獄観」は、多分に仏教の影響を受けています。

それで、嘘をつくことやお酒を呑むことも、「罪」となります。

 この観点からしますと、われわれ現代人(とりわけ、男性)は、

殆どが地獄に落ちることになります(無論、私も同様です)。

 否、この世を、すでに「地獄だ」と感じる方々も、決して

少なくはないでしょう。

 むしろ、地獄とは、私たちの外側にあるのではなく、

その心の中にあるのかも知れません。

 

  他方、西洋では、どのようなものを、地獄へと落ちる

「罪」と考えているのでしょうか?

 因みに、西洋における「七つの大罪」というものが

あります。

 それらは、大食(貪食、あるいは暴食)、強欲(貪欲)、

怠惰(堕落)、色欲(淫蕩、あるいは肉欲)、傲慢(高慢)、

嫉妬(羨望)、それに憤怒(激情)などです。

 中でも、強欲と傲慢こそは、人間が最も陥りがちな

根源的な「罪」と言えるのではないでしょうか。【つづく】

 

         (追記:明日・日曜日は、休みます。)

 

 

2019年10月 4日 (金)

地獄をさ迷う亡者たち(2)

  序章 「今だけ、金だけ、自分だけ」に

     加えて、彼らにとっては、

     「この世だけ」かも?

 

 先月12日、「第4次安倍晋三再改造内閣」なるものが

発足しました。

 或るネット仲間の言葉にもありましたが、まるで、

”在庫一斉処分セール”のような雰囲気です。

 よくも、まあ、人相の悪い、悪辣な人々を集めた

ものです。

 私には、まるで、”野盗の群れ”にしか見えません。

 

 ところで、今日のアベ政権に批判的な人々にとって、

アベ氏を始め、日本の現体制を担う人々は、まさに、

「今だけ、金だけ、自分だけ」という妄念に毒されて

います。いわゆる、世に言う「三だけ主義」です。

 しかし、私はもう一つ、彼らにとっては、

「この世だけ」という想念があるのではないかと

思うのです。

 

 この考えに立てば最早、人間、生きている中(うち)が

華です。

 その間に、どんな悪事を犯しても、バレなければ

いいのです。

 もし、バレタとしても、平気で居直ればいい。

あるいは、もし糾弾されても、それこそ、知らぬ存ぜぬで、

押し通せばよい。

 今までも、それで充分やって来れたのだから、と

彼、あるいは彼らは考えます。

 

 ところで、この場合の「彼」とは、一体誰でしょうか?

日本国内の心ある人々にとっては、それは、アベ総理以外には

有り得ません。

 私は本稿で、彼のことを、「晋ちゃん」と呼ぶことにします。

でも、この呼び名は、決して彼に対して、親しみを込めて

言うのではありません。

 むしろ、彼の精神年齢に即した呼び方をしているまでです。

 晋ちゃんを始め、この種のサイコパス(精神病質)的な

人々は、次のような性向を持っています。

 例えば、「良心が欠落している」、「他者への共感力が低い」、

「嘘をつくことに抵抗が無い」、「責任感が無い」、「罪悪を

感じない」「プライドが高い」、「雄弁で社交的である」などです

(犯罪心理学者ロバート・D・ヘアの定義より、援用)。

 まさに、晋ちゃんのために書かれたような「性向」です。

 それゆえ、彼、あるいはこの種の人々は、神仏を畏れ、

他者を敬う心情が欠落しています。

 

 かつて、父親の安倍晋太郎氏(1924~91)が、愛息に対して、

「お前には、人間としての情が無い」と忠告しました。

 晋ちゃんの将来を憂いての苦言だったと思います。

 

    Photo_20191001152501

 

 悲しいことに、この種の人々には、先程申しましたように、

心底、神仏を畏れ敬うような至誠の心がありません。

 換言しますなら、彼らは、人間にとって最も大切な

徳性である「謙虚さ」から、最も遠くにいる人々です。

 

 今日の日本(とりわけ、政界)には、このような人々が

溢れ返っています。

 それで、彼らは、死後のあの世(あるいは、来世)のことなどには、

全く思いが至りません。

 無論、表面的に、信心深く振る舞うことはありましょう。

 しかし、私の体験からしまして、この種の、真に神仏を知らぬ

人々は、あの世で”迷う”ことになります。

 つまり、本当に、『成仏』できないのです。

 そして、その行き着く先は、「地獄」です。

では、その地獄とは、一体、どのような所なのでしょうか?

                                 【つづく】

 

2019年10月 3日 (木)

地獄をさ迷う亡者たち(1)

          

          Photo_20191001131501

           (*この画像は、ネットから拝借しました。)

 

      (タイトル)地獄をさ迷う亡者たち

     =その罪名は、「国を売りし罪」=

 

 はじめに

 

 「人間、死ねば、それで終わり」と考える人は、多いようです。

果たして、そうでしょうか?

 もし、そうならば、この世で、どんな悪事を働いても、

その事実を、人に知られずに生き抜けば、

さも何事もなかったかのように、平然と、

死を迎えることもできましょう。

 しかし、今までの私の知見や体験では、「人間、死ねば、

それで終わり」ではないのです。

 むしろ、「死」は、人間にとって、”真の人生”の

始まりでさえあります。

 それに、死自体は、決して醜いものでも、

怖いものでもないと思います。

 如何なる形の死であれ、それ自体は、

たいへん厳かなものだと思うのです。

 

 例えば、日蓮聖人(1222~82)は幼少年期から、

すでに、人の臨終や死の意味を深く認識していました。

 同聖人にとりましては、「死」への深い思念こそが、

彼のその後の勇猛果敢な宗教活動の原点でさえ

ありました。

 また、フランスの哲学者ブレーズ・パスカル

(1633~62)は、「人間の生は、死への準備である」

と考えていました。

 

 無論、この世には、数多くの非業の死もありましょう。

でも、ヨーロッパのある聖人などは、「死、この甘美

なるもの」という言葉を遺しています。

 加えて、次のような言葉もあります。

「死は、善人にとっては喜びであり、悪人にとっては

苦痛である」というものです。

 こう語りましたのは、フランスの政治思想家

ジャン・ジャック・ルソー(1712~78)です。

 この言葉は、彼の著『エミール』の中の一節です。

実に、的を射ていると思います。

 この言に従えば、これより俎上に載せる方々は、

さぞかし、死の間際におきまして、実に耐え難い

苦痛を味わったことでしょう。

 あるいは、同じ類いの存命者は、きっとその時になると、

身もだえするほどの苦痛を感じるに違いありません。

 無論、彼らに、まだ、『良心』が残っていればでの

話ですが。・・・

 

 実は、私には、「死」に関して、不思議な特技があります。

それは、他者の死を、人一倍強く、予感できるのです。

 特に、その直感力は、このところ、日増しに強まっている

ように思います。

 どんなに元気に活躍している人でも、たとえその人が

有名人であっても、”この人は、間もなく死を迎えるのでは

ないか”と思うと、ほぼ年内に、その通りになっています。

 実は、昨年も、そう思った人が二人、亡くなりました。

 

 私にとりまして、「この世」と「あの世」は、決して

隔絶されたものではありません。

 しかし、「あの世」に思いを馳せる人は、そう多くは

ないようです。

 事実、殆どの人々にとっては、「この世」が、すべてです。

しかし、私には、決して、そうは思えないのです。

 むしろ、この世で、どう生きたかが、あの世での

私たちの「生」を決すると思うのです。  【つづく】

 

 

2019年10月 2日 (水)

【ご挨拶】(その2)

 

  ブログ名「日本の天命・日本人の使命」について

 

 

 本ブログ名は、「日本の天命・日本人の使命」です。随分と大袈裟なタイトルです。

そのことは、書いた本人が、一番よく知っております。正直、内心、赤面の至りです。

 ところで、このブログを書き始めた頃(2011年11月)、私は、次のように記述しました。

《「日本の天命」とは、一体何でしょうか? 様々な答えが考えられると思います。

今、私が思いつきますことは、「アメリカからの独立・自尊と、中国との

平等・互恵」ということです。

 また、かなり大袈裟に聞こえるかも知れませんが、わが日本国の天命は、

”人類の救済”にあるのではないでしょうか。正直、私は、そう感じます。》

 また、「日本人の使命」については、次のように書きました。

《それでは、「日本人の使命」とは、一体何でしょうか?

 私は、それは端的に言って、先ず何よりも、アメリカからの「独立」だと思います。

しかし、そのためには、真の「愛国心」や「祖国愛」が覚醒されなければなりません。

 つまり、日本人への”原点回帰”が求められると思うのです。

そして、そのための前提条件として、「現実」、および真実の認識と理解が、是非とも

必要になります。

 今日の日本人に対するユダヤ・アメリカの支配は、ごく簡単に言えば、

催眠術師が、患者を容易に眠らせている状態だと表現できます。

 心有る日本人、とりわけ、この”真実”を知悉している日本人は、

この催眠状態にいる多くの日本人を目覚めさせなければなりません。

 そうすることによって、われわれ日本人による様々な形での

創造行為(=活動)が可能となります。

 われわれ日本人は、他者に「善」を為すことを、とても自然にできる

民族です。

 そして、これらの善行は結局、「平和の創造」や「世界平和への

献身」へと繋がります。

 いかなる形であれ、私たちには、それができると思うのです。

自分を信じ、友や知人を信頼し、かつ同胞を信じることができますなら、

それらの大事業のために、われわれは、きっと貢献できると信じています。

 そのためには、今日の”真実”の覚醒こそが、今、切に求められる

”日本独立”の原点なのではないかと思うのです。》

 

  ところで、今日の日本で、最も重要なキーワードは、「平和」だと

考えます。

 今日、かつての平和国家・日本の根底が、著しく浸食されています。

まさに、わが国も、世界的な軍拡競争に遅れをとるまいと、一部の

好戦的な人々(とりわけ、国内の軍需産業界や「日本会議」など)が、

「戦争」の悲惨さを、日に日に忘れ去り、世界戦争への道を、

先導しつつあります。

 今日のアベ政権は、そのための、体のいい”暴れ馬”です。

「憲法改悪」の主目標は結局、多くの国民が薄々感じているように、

容易に戦争のできる国になることではないでしょうか。

 

 「平和ボケ」という悪意ある言葉に代表されますように、

真剣に平和を模索することや、それを云々することが、

まるで、何らかの罪でも犯しているような風潮さえ芽生えつつ

あります。

 しかし、この「平和」の問題こそ、今日、われわれが最も

真剣に取り組むべきことではないでしょうか。

 

          Photo_20190929152901   

 

 実は、私の「平和」の原点は、長崎の原爆資料館での体験に

ありました。

 その中の説明書きに、原爆投下の予定地が、最初は、

「小倉」であることが記述されていました。

 しかし、当時、小倉の上空は、厚い雲に覆われていて、

投下不能と判断され、急遽、長崎に変更されたと記されていました。

 この記述は、当時小学6年生だった私にとりまして、たいへん

衝撃的なものでした。私は、その記述を、ひたすら無心に手帳に

メモしました。すでに、半世紀以上も昔の話です。

 その後、妻と一緒に、再度、同原爆資料館を訪ねました。

その中に、石壁をバックに腰掛けている男性の姿があり、原爆投下後、

その姿が「影」になって、壁に焼き付いている写真がありました。

 ご覧になった方も、多いと思います。

同館を退出時、私は、涙を禁じ得ませんでした。

 

 正直、私は、思います。

「日本の天命」とは今日、「平和」の尊さを、世界に発信することでは

ないだろうか、と。

 また、「日本人の使命」とは「平和の使徒」として、真の平和の

実現のため、命尽きるまで、働き続けることではないだろうか、と。

 

 勿論、「平和の創造(Peace Making)」には、色々なものがあります。

例えば、貧困の撲滅、貧困者への支援、貧富の差の是正、社会正義の

実現、「真実の情報」の発信など、実に様々です。

  かつて、テレビで、「水」問題に苦しむアフリカの民衆のために、

日本の井戸掘りの職人さんたちが苦難の末、新鮮な水が湧き出る井戸を

作って上げる話がありました。

 これなど、広い意味での「平和の創造」なのではないでしょうか。

 

 また、私の友人の一人に、かつて商社マンとして、ODAの一環で、

バングラデシュの大河に、大きな鉄製の橋を建設するプロジェクトで

活躍した人がいます。

 彼は、その後、日本での仏舎利塔の建立にも関わりました。

これも、立派な平和の創造だと思うのです。

 

   Photo_20190929190001

   (同氏が関わりました御殿場市の仏舎利塔です。)

 

 イエス・キリストは、山上の垂訓で、「平和をつくる者は幸いである。

その人は、『神の子』と呼ばれる」と語っておられます。

 私たちは、そのすべての人々が、自らの「魂」の中に、

その可能性を、じゅうぶん宿していると思うのです。

 

 とはいえ、目下、本ブログで予定しています内容は、

これとは、全く真逆の内容です。

 つまり、今日まで、「日本売り」に加担した歴代の総理大臣たちが

死後、地獄に落ち、閻魔大王の裁きを受けるという「(些かリアルな?)

空想物語」なのです。まさに、現代版の『戯作本』といったところです。

 

 もし、ご関心をお持ちの方がいらっしゃいましたら、どうか、

よろしくご高読ください。

 皆さまのご理解を、心より念願いたします。    【つづく】

 

    

 

2019年10月 1日 (火)

【ご挨拶】(その1)

    年から、「伊豆暮らし」を始めました。

 

 

 皆さん、お元気ですか?

たいへんご無沙汰しています。小生、どうにか生きています。

 実は、昨年の5月に、熊本市より、静岡県伊東市へ引っ越しました。

2016年4月の「熊本地震」で、市内の実家が被災し、その後、消滅しました。

(*目下、駐車場になっています。)

 その後、母の死と、その三周忌などを済ませた後の、正直、思い切った

転居でした。

     Photo_20190929091601

     (「門脇吊り橋」です。尚、寓居は、城ヶ崎海岸と

      伊豆高原の中間地点にあります。)

 実は、伊豆高原駅の海抜は、72mです。対する、

城ヶ崎海岸駅は、90mです。ちょっと、不思議な土地柄です。

 

 目下、移転後1年以上が経ち、今、やっと落ち着いてきた感じです。

愛犬二匹を伴っての引っ越しは、それなりに、緊張の連続でした。

 でも同時に、たいへんいい体験ができました。

   Photo_20190929094501

  (我が家の近くにあります大室山〔580m〕です。)

 

 私自身、10年前のギックリ腰に始まり、3年前の痛風、

それに昨年の座骨神経痛と、様々な痛みを、一人前(?)に

体験しました。

 若い頃は、それこそ、”そんなの関係ない!”と思っていましたが、

どうして、どうして、種々の痛みが、私を、こよなく愛してくれます。

 齢(よわい)70を前にして、それらに愛される身の持ち難さ(?)。・・・

でも、これも、人生ですね。

 

 実は、6年前に、カテーテル・アブレーションという、「不整脈」解消の

ための手術を受けました。

 お世話になった熊本大学医学部付属病院では、大袈裟に「手術」などとは

言わずに、単に「検査」と言うそうです。

 でも、その「検査」たるや、私の場合、平均の倍の8時間にも及びました。

つまり、普段の倍の"レーザー照射"が必要でした。

 これは、同大学で、「検査」を開始して以来、最長の時間でした。

実は、該当者が、もうひと方、いらっしゃるそうです。

 そのような次第で、「検査」に関与された先生方のご尽力のお陰を

持ちまして、目下、ほぼ健康を保っております。

 

 それで、そろそろ、ブログを再開しようと考えています。

どこまで続けられるかは分かりません。 

 正直、また、様々な妨害があるかも知れません。

でも、その時は、その時です。

 ”天を信じ、人を信じ、そして我を信じて”、

できる限り、継続して行きたいと考えています。

 また、連載の合間、時折、「今日の特別篇」として、

時事的な話題も取り上げたいと思っています。

(*尚、毎週日曜日は、休みます。)

 どうか、よろしくご交誼ください。

            乞う、ご期待!

               【つづく】

 

  

 

 

   

 

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