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2017年10月12日 (木)

【いつか見た光景】

 1960年の安保闘争時、私は、熊本市内に住む小学5年生だった。 

正直、”醜い”という言葉は知らなかった。 

 だが、心からそう感じた一人の「人間の顔」があった。 

それは、退陣直前の岸信介の顔だ。 

 国会議事堂内で、もみくちゃにされる彼の引き攣った顔が、当時の

私の心に焼き付いた。 

 それ以後、私は、彼以上に醜い顔を見ることはなかった。・・・・・

今日の安倍晋三の顔を見るまでは。ー

 素より、ここで言う「醜さ」とは、肉体的容貌における美醜の問題ではない。 

むしろ、あらゆる邪念が表出した顔つきのことである。 

 多感な少年期の私は、当時の岸首相の顔に、”それ”を感じたのだ。 

それは、まさに、小さな胸一杯の”嫌悪感”だった。 

 

 国内で、これから起こる政治現象は、規模こそ違え、1960年当時に、 

限りなく似て来ると思う。 

 そこに、私は、”いつか見た光景”を、心底、感じてしまうのだ。

 

 ところで、

 (これらの写真は、一体、何を物語るのか?)

 Photo

      ( 退陣前の岸の写真と思われる。それにしても、インディアン姿の

      男児は、一体、誰? もしかして、加計孝太郎? 

       でも、どうして?・・・・ )

            Photo_3
 
                     (これは、友と言うより、むしろ兄弟ではあるまいか!

             因みに、加計は、安倍の3歳年長。ー

            心から信頼できる”兄”だったのではないか。)

        Photo_4
            (人間、変われば、変わるもの。ー  特に、加計。)

   まさに、「歴史は、繰り返される」。ー  それに、「百聞は、一見に

  如かず」である。                              【了】

 

 

 

 

 

 

     

 

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