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2017年1月30日 (月)

見えざる「真理」を求めて(2)

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   もし、ガンディーが生きていれば、・・・・・

 

 今日(1月30日)は、マハートマー・ガンディーが暗殺された日である。 

そのことを知る日本人は、そう多くないかも知れない。 

  69年前の今日、午後5時17分、ガンディーは、ニューデリーのビルラ邸

裏庭での祈りに向かう途中、ナトゥラーム・ゴードセー(1910~1949)に

よって、至近距離から撃たれた。彼が放った3発の銃弾が、ガンディー

心臓を撃ち抜いた。

 

  その時、ガンディーが合掌しつつ発した言葉が、「ヘー・ラーム(おお、

神よ)」である。 

  インド学者の中村平治氏は、この言葉に、「神よ、この者を救い給え」と

いう意味づけをしておられる。

 

  ガンディーの遺品として残ったもの、それらは、愛用の眼鏡、おわん、 

手作りのサンダル、時価1ドルの懐中時計、それに「見ザル、聞かザル、

言わザル」の小さな置物だけだった。 

  つまり、悪いものは「見ない、聞かない、言わない」が、ガンディー

終生のモットーだった。

 

  インド独立後、国会議員に初当選した新米議員たちが、ガンディーの

祝福を受けるためにやって来た。その時、彼が彼らに語った言葉は、

次の通りだ。 

  「今日から、あなた方は、茨の冠を被るのです。権力に気をつけなさい。 

権力は、必ず腐敗します。その虚飾と見かけ倒しの罠に陥らないように 

しなさい」と。

 

  今日、インドや日本の政治家で、心の中に“茨の冠”を被っている政治家

が、果たして何人いるだろうか? 

  むしろ、ガンディーの意に反して、議員に当選することを、単に名誉や

名声を得る手段と考え、私腹を肥やす手立てと看做している人々が、

殆どなのではあるまいか。 

  今日、「政治家」業が代々、親から受け継ぐ家業となり、際限なく富を 

生む手段に過ぎないものとなっている。

 

  ところで、もし、ガンディーが生きていれば、彼は、私たち日本人に、

一体、何と言うだろうか? 

 彼は、私たちに対して、こう語るのではないだろうか。 

  ≪親愛なる、日本の皆さん。―    今、日本は、重大な岐路に立たされて

います。 

 一つは、今まで通り、アメリカへの隷属の道です。

しかし、もう一つの道あります。 

  それは、アメリカから一定の距離を置き、「自主・独立の道」を真剣に

模索する生き方です。

 

  かつて、インドも、大英帝国の植民地でした。しかし、私たちは、長い

苦難の末に、自主・独立を勝ち取りました。無論、多くの犠牲も有りました。 

  しかし、彼らは、祖国の独立のために、我が身を、母国と同胞に捧げて

くれたのです。

 

  今日のアメリカは、かつての大英帝国に劣らず、極めて邪悪です。

両国の不正義や邪悪さは、深い所で、繋がっています。それらが、

New  World  Order (新世界秩序)にさえつながっているのです。 

  しかし、かつてインド人にできたことが、日本人にできないことはあり

ません。

 


  そのためには、何事も怖れないことです。イエス・キリストが述べられた

ように、 

「われらの命しか奪えない者たちを、決して怖れる必要などありません。 

むしろ、われらの魂を、永遠に地獄に落とすことのできる神のみを怖れる

べきです。」

 

  本来、あなた方、日本人は、勇気ある民族です。アジア、いえ世界の

模範にさえなれる優秀な民族です。 

  しかし、たとえ、あなた方が、豊かな才能と英知に恵まれているとして

も、決して傲慢にならず、むしろ謙遜かつ無欲で行動して下さい。

 そうすれば、必ず、道は拓けます。

 

  それに何よりも、宗主国であるアメリカを、永遠の敵として憎み続け

いけません。なぜならば、憎悪からは、何も良いものは生まれない

からです。 

  むしろ、アメリカ国民は、皆さん同様、1%の権力者たちに搾取され虐げ

られている、「99%」の同志なのです。 

  どうか、常に、”人間を超えるもの(Something Great )”を信じ、敵さえ

も信頼し、そして何物も怖れない心を持って突き進んで行って下さい。 

  そうすれば、豊かな未来は、勇気あるあなた方のものです。 

  皆さんのお一人おひとりが“光”そのものなのです。どうか、そのこと

を、決して忘れないで下さい。≫・・・・

 

  多分、以上のようなことを、ガンディーは語ってくれたのではないだろ

うか。

  ところで、この”ガンディーの精神”は、今日の日本とは、全く無縁なの

だろうか? 皆さんは、その点について、どう思われるだろうか?

 私は、決して、そうは思わない。

 

  たとえ、時代や社会環境、それに国家や民族が変わろうと、常に正義と

公正を愛し、心から自国や自国民を愛する人は、決して少なくないと思う。 

  有体に言えば、”ガンディーの精神”は、たとえ少ないとはいえ、今日の

日本にも、脈々と生きていると思うのだ。

 

  実は、卓越した理論物理学者・井口和基(かずもと)博士が昨年、

東京都知事選挙に立候補した桜井誠氏を、「日本のガンジー」として

絶賛しておられる。 だが私は、桜井氏のことを、殆ど知らない。

 それゆえ、井口氏個人の「思想・信条の自由」として、”ああ、そうです

か”と思うだけだ。

 

  むしろ、私なら、植草一秀氏こそ、今日における”日本のガンディーだ”

と推薦したい。 

  つまり、ガンディーの言う、何事も怖れぬ“勇気”を、遺憾なく発揮して

いる代表的な人物として、私は、現代日本に、植草一秀氏がおられるのだ

と思う。

 

  植草氏も、かつて、ガンディーが大英帝国の人々から受けた差別や

迫害に通じる、不当、不義なる冤罪の仕打ちを受けられた。

 しかし、ガンディー同様、植草氏は、その耐えがたい苦難と絶望

の中から、まるでフェニックスのように復活なさった。

 

  同氏の、ガンディーを思わせる明晰な分析力、深い洞察力、未来への

予見能力、公正・無私なるバランス感覚、全き良心、心から他者を敬愛

する真の優しさ、それに何事も怖れぬ勇気の持主として、私は、植草氏

以上の人物を、今日の日本に見出すことはできない。

 

  植草氏は、決して政治家ではない。いや、むしろ、政治家以上の方だ。 

  とりわけ、彼は今、日本で、インドにおける”ガンディーのような役割”を 

果たしておられると思うのだ。   【了】

 

 

 

 

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