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2014年11月 8日 (土)

『命こそ宝』(2)

 今、沖縄県知事選の最中です。同選挙の帰趨は、今後の日本の政治を

占う上で、極めて重要です。沖縄県民の賢明な選択を、心より期待します。

   しかし、如何なる人が県知事になりましょうとも、今後、アメリカ政府

(=ペンタゴン)、並びにその「従属機関」としての日本政府との対応は、

かなり厳しいものとなりましょう。

  単なるイエスマンの県知事ならともかく、少しでも沖縄県民の心情

(=真情)や希望を充分汲み取る意志のある人ならば、相当の覚悟が

必要でしょう。



  正直、私には、過日、ある”イメージ”が浮かびました。それは、実に

ショッキングなものでした。

  とは申せ、何より大事なことは、沖縄県民だけでなく、本土のわれわれ

も、“非戦・平和”の原点に立ち返り、先人の犠牲や労苦を無にしない

ことではないでしょうか。

  その貴重な先人として、阿波根昌鴻氏にご登場いただきましたことは、

きっと、皆さんのご同意・ご理解を得るものと確信しています。

  実際、阿波根氏は、次のように、ペンを進めています。

(*尚、阿波根氏の御文章は、青字で表記いたします。)





    沖縄戦という地獄

 

 わしが住む伊江島(いえじま)は、沖縄海洋博覧会(一九七五~七六年)

があった沖縄本島北部の本部(もとぶ)半島の西、沖合一○キロのところ

にあります。 

  面積二二平方キロ、珊瑚礁に囲まれた美しい島で、いま五六○○人の

人々が住んでおります。 


         Photo_6

    島の中央にタッチュー(塔頭)と呼ぶ城山(ぐすくやま)が聳える他は、         

全体に平らな肥沃な土地で、戦争前は全島がサトウキビ畑で覆われて

おりました。

                     Photo_3



  この平和で美しい島がおそろしい戦場となったのは、一九四五年四月の

ことです。 

 沖縄本島中部に上陸した米軍は、本部を占領すると、次に伊江島を

攻撃目標として、まずすさまじい艦砲射撃をくりかえしました。 

  城山に砲弾・爆弾が命中している写真をアメリカ軍が撮っておりますが、

この城山地肌がすべてむきだしになり、かたちを変えるというほど、 

激しいものだったのです。 

  一○○○戸あまりの民家はすべて焼けてしまい、木端ひとつ残らない

ほどでした。


             Photo_5


  そして十六日に米軍が上陸し、日本軍守備隊と激しい戦闘になりました。
 

沖縄には「ガマ(*下の絵)という自然の濠、洞窟がたくさんあります。 

  戦闘が行われている六日間、わしら夫婦をふくめて、島民はみなガマへ

と身を隠しているしかなかった。夜も昼も、自分の頭の上にいつ爆弾が 

落ちるかと、震えながら耐えていたのです。

               Photo_4



  二一日、戦闘が終わってガマをでたとき、わしは目の前に散らばって

いる死体を見ました。 

  子ども、老人、女の人たち、もう無差別に殺されていた。死体が腐れ

かかって、島全体に散乱していたのです。 

  一体この子どもたちに、この老人たちに何の罪があったというのか、

どんな悪魔であっても戦争ほどひどいことはできない、どんな地獄で 

あっても戦場にはばない、そう思わずにはいられなかったのであり  

ます。



  このときの戦闘で四三○○人もの人が死んでおります。うち一五○○

人は島の住民でありました。 

  戦争の犠牲をだしていない家は、伊江島にはありません。わしの家で

はたった一人の子どもであった一九歳の息子、妻の実家では祖父と父母 

と弟二人と妹一人が死にました。 

  伊江島の戦闘が終わった後も、まだ二か月にわたって沖縄戦が続きま

した。この沖縄戦で死んだのは二○万人以上、うち沖縄県民は一二万人 

をこえるといわれております。


 沖縄は、日本だけでなく、世界的にも有名な一級の観光地です。

とりわけ、アジアの人々の関心が、年々、高まっています。

 海の美しさや人々の優しさなど、その「時の流れ」の緩やかさに、人々は、

そこにパラダイスを見ることでしょう。

  しかし、正直、アメリカ軍の基地の広さと、その堅固さに、しばしの喜び

が、言い知れぬ“悲しみ”、あるいは“無念さ”へと変わります。

  ですが、沖縄の現実は、実は、本土のわれわれの“現実”でもあるのです。

決して、沖縄県民だけを“犠牲”にできるものではありません。


  沖縄観光に出かけた人も、「伊江島」まで足を伸ばす人は、そういないか

と思います。

 私は、五回ほどの沖縄訪問の中、一度だけ、伊江島まで足を伸ばしまし

た。城山にも登りました

  しかし、恥ずかしいことに、三十年ほど前に登った時、この島が、以上

のような悲しい歴史を背負っていたなどと、深く認識できませんでした。

  その反省を、じゅうぶん胸に秘め、これからも、阿波根氏のお言葉を

跡付けてみたいと思います。                   【つづく】                                      



 

 

 

                     

 

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