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2014年10月28日 (火)

(完) むすびにかえて― 遠い日の思い出

   むすびにかえて― 遠い日の思い出

  昨春より、T養護学校で、週二日」お仕事をさせて戴く

ようになって、私の生活は、とても明るくなった。 

  本校の生徒たちのことで、妻と話す機会も増えたし、

身体を動かすことも多くなり、とてもいい気分転換がで

きた。 

  これもすべて、ここの生徒たちや先生方のお蔭で

ある。



  アメリカでは「障害は、ひとつの個性である」という

考えがあるが、日本では、まだそこまでいっていない

ような気がする。 

  でも、T養護の子供たちの、何と天真爛漫なことか!

  彼らの笑顔によって、どれほど慰められたか知れ

ない。左半身マヒのジュン君の笑顔など、最高である。 

  健常者と言われる若者の中に、あれほど素晴らしい

笑顔を見ることはできない(*写真は、イメージ)

     Photo


 みんなの屈託のない笑顔を見ながら、私は、遠い日の

ことを思い出していた。

  あれは、三十五年前(当時からみて)のことである。

母方の従兄夫婦が、第一子の誕生を心待ちにして

いた。

  しかし、彼は、障害を背負って生まれてきた。言葉

も思うように出ず、普通の子と遊ぶこともできなかった。

 

  だが、彼の瞳の何と美しかったことか。それに、笑顔

がとても可愛かった。彼は、まさに天使だった。 

  彼は時々、私の家へ遊びに来ては、仏壇の前に座

り、思いのままに木魚を叩いた。 

そして、「ナムミョ、ホケキョ、ナムミョ、ホケキョ」と唱え

るのである。私の実家は、日蓮宗(「身延」系)である。


  彼のお父さんは、この三年ほど、熊本市内の花岡山

(日本山妙法寺:下の写真は、同寺の仏舎利塔)に、

毎朝勤行に参っている。

  父親と同行した彼が、夜が白む前の月を見て言う。

「お父さん、お月さんには、兎さんがいるのかな―?」

と。

  それに対して、父が答える。「そうだね。いるかも知れ

んね。・・・・」と。

 父親にとって、彼は「生き甲斐であり、宝である」と

いう。

     Photo_2

       Photo_3



  もう一人、私が学生時代に、家庭教師として知り合っ

たK君は、出産の際に、臍の緒が首に巻きついて仮死

状態で生まれてきた。

  彼は、成長後、言葉は普通だったが、知能の程度は

低かった。K君は幼児期に、近くに住む華僑の車、

クラウンのボンネットの上に乗り、その上部を凹ませて

しまった。

  彼の両親は、その中国人に、「コノコ、オマエノコカ

!?」とねじ込まれた。それで、お父さんも、ついK君

を殴ってしまった。

  すると彼は、交番へ行き、おまわりさんを呼んでき

て、父親を指さして「コノヒトが、僕をぶった!」と訴えた

という。


  そのK君も、今はもう三十七歳(当時)。今、江古田

の焼き鳥屋さんで働いている。

 最近、偶然に会った彼の頭にも、だいぶ白いものが

目立つようになった。

  私にとって、この二人は、単なる「知的障害者」とい

うより、「天使」だったのかも知れない。

  私は、T養護でも、多くの天使たちと出会った。

彼らは、誰よりも「内気な天使たち」だった。 【了】    

                            

( 後記:ご愛読、まことに有難うございました。

      今、新しいものを準備中です。

       来月の3日まで、私用のため、休筆いた

      します。 皆さま、どうか、お元気で!  

                      渡邉良明 拝 )

 

 

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