フォト
2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ

« 『内気な天使たち』(33) | トップページ | 『内気な天使たち』(35) »

2014年10月24日 (金)

『内気な天使たち』(34)

    “性の目覚め”?


  二月のある日、一年生の太郎が、通用門から入って来た。彼は、残雪の

塊を摘むと、それを口に運んだ。彼にも、少しずつ意識の変化、端的に言

えば“性の目覚め”があるようだ。 

  今朝も、女子更衣室に入っていたところを、女教諭の中沢先生に見とが

められていた。 

 廊下の隅で、「今度、女の子の更衣室に入ったら駄目だからね!」と、

先生に注意されていた。 

  太郎は、怒られながら、恐縮したのか、自分の手で自分の頭をゴツンと

やっている。 

 アキラなどもそうだが、障害児たちは、悪い事やいけない事をしたなと

思うと、自分で自分の頭をゴツンとやる。それがまた、可愛くもある。



  ある時、男子更衣室で、みんなが着替えている時、太郎がパンツの中に

手を入れていた。すると、間髪入れず、加藤先生の叱咤が飛んだ。「太郎、

オチンチン、いじるな!」と。 

  太郎は、今度も自分の頭をゴツンとやった。自分でも変なことをやってい

るという意識があるのだろう。でも、自然とパンツの中に手を入れたいと

いう心理(あるいは、欲求)が働くのだろう。これも、一種の“性の目覚め”

(?)というものだろうか(*下の写真は、イメージ)


                        Photo_3


  今朝、昇降口の靴箱の前に立っていると、ゆりと目が合った。思わず

彼女は、私の方を目指して左手を大きく挙げた。 

  初めてのことで、びっくりしていると、彼女の側にいらした女教諭の中村

先生が、「あら、妬けちゃうわね~」と、冗談っぽく仰る。 

  私も、些か面映ゆい気持ちだった。だが同時に、嬉しくもあった。ある時

は、こんなこともあった。

  その日、私が愛ちゃんの手をとって階段を昇っていくところを、ゆりに見

られた。 

 昇り終えて、次にゆりの手を握った時、掌に強い痛みが走った。それは、

ゆりがきつく爪をかけたせいだった。あれは、なぜだったのだろう? 

  状況的には、まるで焼き餅のような、独占欲の発露のようなものとも感

じたけれども、一体、この子たちにも、そのような思いが生じるのだろうか? 

  あるいは、これも、一種の“性の目覚め”(?)というものだろうか。正直な

ところ、それは分からない。



  その点、やはり男子の方が扱いやすい。特に晴男などは、挨拶のしるし

のゴッツンをやった後、興が乗ると、両足を私の腰にかけ、そのまま上体

を揺すって戯れる。 

 その姿は、まるでチンパンジーが遊んでいるような格好なのだ。だが、

その方が、ずっと気楽でいい。 

  よくよく考えてみると、男子の方が、よほど単純に出来ていると思う。

女性の方が、やはり色々と複雑だ。 

  だが、両者が異なるところが、またいいのかも知れない。太郎やゆり、

それに晴男や愛ちゃんのことを思いながら、私は、男女間の違いや共通

性、それに“性の目覚め”ということについて、色々と考えていた。



 

  卒業式を前にして





  今日(三月十八日)、昇降口でいつものようにスクールバスを待ってい

ると、中から百キロの巨漢であるツヨシが降りてきた。彼は、ちゃんと手

を腰に当てて、「オハヨー・ゴザマス」と言ってくれた。その後、「ゲンキ」と

続けてくれた。 

  唯、この言葉を発しただけだったが、暗に”ボクは、元気だよ!”と言い

たかったのかも知れない。

 

  今朝は、勇太が少しハイテンションだった。彼は、自分の靴箱の扉を、

素手で力強くドンドンと叩き始めた。それは、周りに響くほど激しい音だ

った。 

  それを見た本田先生は、勇太の首根っ子を掴まれ、「そんな事をする

子は、この学校には要りません。家に帰って下さい」と厳しく注意された。 

  出鼻をくじかれた勇太は、「ゴメンナサイ・・・・」と小声で言いつつ、扉を

叩く手を止めた。



  今日は、体育館で、卒業式の予行があった。館内では、在校生が、

手持ちの椅子に腰を下ろして待ってくれていた。 

  卒業学年である小六と中三の生徒が入場すると、拍手で迎えてくれた。

今日は、卒業証書授受の練習だ。小学部の浅井先生(仮名)が、校長

先生の役である。(*下の写真は、イメージ)

        Photo_2

  先生の前まで行くのに走り込む生徒、スキップする子、場所を間違えて

しまう生徒など、様々だ。 

  先生が証書を読まれる際にも、すでに証書に手をかけている生徒、

横を向いて知らんぷりをする子、奇声を上げる生徒など、これまた

たいへん個性的だ。 

  小六の加藤美穂ちゃん(仮名)などは、終始首を振り、上半身を揺らし

ながら、持場を離れていた。そこには、今何をすべきかという意識は、

全くなかった。 

  私は、見ていて、とても印象深い卒業式になるのでは、と思った。



  証書授受の練習が一通り済むと、卒業生一人ひとりの足跡がスライド

してあり、それをスクリーンで観た。 

  中三のみんなも、中一や中二時代の思い出深いシーンや顔写真が

あり、みんなの成長の跡が偲ばれた。 

  学習発表会、聖山(ひじりやま)、運動会、修学旅行など、様々な行事

の中での、みんなの屈託のない笑顔が、たいへん印象的だった。 

  ワタル、アキラ、ひとし、マコト、晴男やジュン君、それに陽介、ヒデキ、

マナブ、のぞみ、愛ちゃん、加えてゆりやすみこまでが、それぞれ成長の

跡を残していた。

             Photo


  私は、みんなとの付き合いは、一年足らずの短いものだったが、彼ら

から、色んなことを学んだ。 

  正直、彼らに「何か」を与えようと思いつつ、反対に与えられ、教えようと

思いつつ、却って、多くのことを教わった。私が先生ではなく、むしろ生徒

の方が、私にとって先生だった。 

   三年生は、言葉のしゃべれない子が殆どだ。でも、彼らには、彼らなり

の“言葉”が存在する。それは、信号とでも言うべきものだ。 

  その「言葉」をキャッチし対応するのが、教師の努めなのかも知れない。 

しかし、そのためには、やはり豊富な体験が必要なようだ。  【つづく】

 

« 『内気な天使たち』(33) | トップページ | 『内気な天使たち』(35) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Links