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2014年10月11日 (土)

『内気な天使たち』(25)

  裕治君とのマラソン練習

 今日(十一月十二日)も、みんなのスクールバスを待った。バスの入り口

のところで、愛ちゃんの顔が見える。私は、彼女を出迎えにバスに近づい

た。 

  降りて来た彼女が言う。「アレ、田中先生は?」と。 

私は答えた、「今日は、田中先生はお休みだよ」と。 

 愛ちゃんが言う。「そうか・・・」と。彼女は、心なしか淋しそうだった。

今日、田中先生と、何か約束でもあったのだろうか? 淋しげな彼女の

後姿を見ながら、少し可哀想な気がした。



  ジュン君の着替えの手伝いを済ませた私は、例の「のぞみ」に見つから

ないように、A組に入り、教室の後方に立っていた。 

  今日の日直は、清水君である。彼は、前に出ると、「はい、起立! 気を

付け!礼!」と、たいへん堂に入っている。 

  彼は、「出席をとります」と言いながら、彼はみんなと握手して廻った。

私は、その手際の良さに心から感心した。 

  “この子と普通児との間に、一体どんな違いがあるのだろうか?”と、

内心考え込んでしまった。

 

  今日のマラソン練習は、二年生の内田裕治君と沢口友也君の伴走で

ある。ユウヤは、どうにか自分で走れるが、裕治は、走ることが苦手な

ようだ。それで、今日は、裕治の伴走である。 

  彼は、不思議な感じの子だ。肥満体で、時折、独り言を言っている。

それも、軽妙な落語家のような口ぶりなので、興味を覚えながら耳を傾け

るが、言葉自体に意味は感じられない。



       
         Photo



  その日も、スタート後、彼がしきりに話しかけてくる。「サンシュウ、サン

シュウ?」と問うので、「そう、三周。今日、裕治は三周走るんだよ」と答え

る。 

  まもなくすると、「エースコックのソース焼きそば!」などと聞き取れる

言葉を発する。 

  そのうちに、段々と独り言の世界に入って行き、全く理解不能な言葉を

発するようになる。



  一周目、二周目とどうにか一緒に走れたが、二周目の後半にきて、

ガクンとペースが落ちた。彼は歩き、私は走るような格好になるので、

どうしても彼を引っ張るような形となる。 

  「オイチ、ニー! オイチ、ニー!」と声を上げて走ろうとするが、彼は

思うようについてきてくれない。まるで、イヤイヤをする子牛か何かを引っ

張るような形となる。 

  あるいは、浜辺で大きなタイヤを引っ張るトレーニングをしているような

感じになる。急に汗が流れ出し、私の息遣いも荒くなる。

 

  それで私は、彼と離れ、前方三十メートルの所をマイペースで走ること

にした。時々、足踏みをしながら、彼を待つ。 

  三周目、かなり離れたので、些か心配になり、私は後方に目をやった。

すると裕治が、二人の差、三十メートルを少しでも縮めようと、こちらへ

猛進してくるではないか。 

  「裕治、エライよ!」と言いながら、私は彼と手を繋ぎ、ゴールを目指して

走った。今日は、前半を走り込んだので、記録を更新できた。久し振りに

いい汗をかいた。

 

 

  ワタナベチェンチェイ 

 

  街のメイン・ストリートに並ぶ高い欅の木が、大分色づいている。今日は、

久し振りの雨である。 

  このところカラカラ天気だったので、これで草木もひと息つけたかも知れ

ない。学校に近づくと、加藤先生が自転車の上から、「お早うございます」

と声を掛けて下さった。私も、「お早うございます」と応えた。



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  更衣室で、ジュン君の着替えを手伝っていると、二年生の軽部君が、

どこで見つけたのか、節分の鬼の面を被って入って来た。 「軽部、節分は

まだ早い」と、加藤先生が一喝される。

 

       Photo_3


  そこへ土屋先生が、「いやー、参った、参った。陽介のオシッコ、二秒

遅れちゃって、手で受け止めちゃった。おむつのテープを外す音を聞いた

途端、やっちゃうんだもの。間に合わなかったよ」と、陽介を伴い入室され

た。陽介は、そんなことは知らないよといった感じで、頭を前後左右に振っ

ている。

 

  今日のA組の日直は、青山学である。彼は、教卓の前に立ち、思い切っ

両手を挙げる。これが、彼流の「起立!」である。 

  彼は声を出せないと思っていたが、かすかな声で、みんなの名前を呼ん

だ。いつも鏡に映った自分に向かってお辞儀をしているマナブが、今朝は、

みんなの中心にいる。 

  B組のマコトまで特別参加だ。今日の天気のところで、ワタルが「くもり

のち雨」と書いた。事実、その通りの天気となった。
 

 
  今日は、体重測定、卒業制作、そして作業だった。一年、二年と体重

測定が済み、三年生が保健室に行く。 

  すると、マコトがまた、保健室に入るのを嫌がりだした。「マコト、何をし

てる!今日は体重測定だから、大丈夫だ」と加藤先生。 

  マコトは、歯の検診が大の苦手なのだが、つい保健室への入室そのもの

恐れてしまう。 

  今日は、体脂肪の測定もあった。そのために体を固定させなければなら

ないのだが、なかなか固定できない。先生方が、それぞれに生徒を支え

て計測する形となった。体重測定も、それなりにたいへんな仕事だ。

 

  今日は、卒業製作で彫金をやった後、調理室で、みんなで焼イモを食べ

た。のぞみが、「キャトウチェンチェイ!」と言う。 

  それを聞いた加藤先生、「のぞみ、ワタナベセンセイって、言ってみろ! 

それができないと、おイモを食べさせないぞ」と仰る。

        Photo_4


  のぞみは一生懸命に「ワタナベ」と発音しようとするが、なかなか思うよ

うに言葉が出ない。 

  だが、最後に、私の方に向かって「ワタナベチェンチェイ」と言ってくれた。

その声は決して明瞭ではなかったけれど、私には、確かにそのように聞こ

えた。 

  今まで、多くの生徒や学生に、そう呼ばれたが、今までで一番嬉しい呼

び声だったように思う。 

  なぜなら、のぞみが懸命に発音を繰り返しながら呼んでくれた名前だっ

たからだ。無口だと思っていた天使たち、晴男、ゆり、仁(ひとし)、学、

のぞみ、それぞれが、それなりの「言葉」を持っていたのだ。 【つづく】                 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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