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2014年10月 2日 (木)

『内気な天使たち』(18 )

     第二章  天使たちと行動を共にして 

 

   様々な行事の中で―感動と喜び― (二学期)


  葉山 誠



  二学期、最初の仕事で、T養護学校の通用門を入ると、そこは一面の

朝顔だった。 

 青紫色の、時に見事な朝顔だった。それぞれが、「お早う、元気だっ

た?」と、微笑みかけてくれているかのようだった。

         Photo

  みんなの登校時刻、八時四十五分。  ”顔を覚えてくれているかな?”

と少し不安だったが、晴男との再会で、その懸念は氷解した。 

  彼は、笑いながら近寄ってきて、私に両手を差し伸べた。お互いにハグ

しながら、朝の挨拶だ。互いに、おでこを、ゴツンとやる。

 

  今日は、身体測定の日だ。みんな保健室の前に座って、二年生が終わ

るのを待つ。私もみんなと一緒に座っていた。 

  すると、B組のマコトが、保健室に入るのを怖がるような素振りで、みん

なと離れ、廊下の隅で、周りの様子を窺っていた。 

  田中先生が、「マコト、どうしたの?」と、問われる。彼は、保健室が苦手

なのである。体重計や身長測定器を、異常なほど、怖がる。

 

  私は、ふと一学期の歯の検診の日のことを思い出していた。彼は、検診

を受ける際、急に逃げ出そうとした。 

  それを、担任の加藤先生が、後ろ手に押さえつけられた。すると、土屋

先生が、まるでいつもの段取りでもあるかのように、長椅子を持って来ら

れる。

 

  そして、彼を仰向けにされると、先生方が、彼の手足や胸、腰の辺りを

それぞれに押さえつけられる。 

  それでも彼はもがき、抵抗しようとする。その一瞬のスキを狙って、歯科

医は、彼の虫歯の数やその状態を調べられる。 

  私は、このような歯科検診があろうなどとは、夢にも思わなかった。

これは、マコトが小学一年生の時からの「年中行事」(?)だとのことだっ

た。

 

  「今年は、神妙に腰かけたんで大丈夫かな、と思ったんだけど、やっぱ

り駄目だったね」と、加藤先生。

  だが、今日の身体測定は、マコトにも多少の緊張は感じられたものの、

比較的穏やかなものだった。 

  マコトも、いつものように、「アウー、アウー」と言いながら、着替えをし、

先生方の介添えで、大人しく計測器の上に載った。

 

  マコトは、自閉症児である。彼は、新しい課題や食物など、今まで経験

していないことを極度に警戒し、嫌がる。どんなに美味しそうな食物でも、

決して進んで食べようとはしない。かなり用心深い。 

  でも、考えてみれば、われわれも、新しい経験や試みには二の足を踏む

のだから、決して彼のことを笑えないのかも知れない。

 

  むしろ、われわれに共通する性格を、彼は極めて密度の濃い形で保持

しているだけなのかも知れない。 

  そう思えば、彼の態度や行動も、まんざら理解できないことではない。

その意味で、知的障害児の一人ひとりが、自分および人間の在り方を

振り返るいいチャンスを与えてくれている気がする。


  中山勇太 

 

  勇太が、トイレの男子用便器の前で小用を足していた。肥満体の彼は、

むっちりしたお尻を出したままである。彼は、両手が不自由である。 

  すると、彼の前にカラのし尿瓶が横たわっていた。何を思ったか、彼は、

その差し口を口許に持ってゆく。 

  余りの思いがけなさに、「勇太、それ、何か知っている?」と問うと、

「うん!」と言う。 

 だが実際は、普通のグラスや瓶と思っているようだ。彼には、物の認識

が、なかなか難しいと思われる。



  勇太は、中学一年生である。だが、体つきは大きく、中三といってもおか

しくはない。 

  小学部時代の彼は、指導困難な部類に属していた。端的に言えば、

問題児だった。彼は、軽度の脳性マヒである。 

  先生方の声を掛ける時、決まって「オジちゃん!」と言う。だが、この

言葉に邪気は感じられない。

 

  勇太は、出産時に、手の指がくっついて生まれてきたので、それを本来

の指形に切開する手術を経験している。 

  手の指は中指だけが、妙に突出した印象を与える。実は、足の指も似

たような状態で、そのため足を少し引きずるような形で歩く。

 

  彼は、走ることができない。走る意志がないからというより、足の裏が

普通のように地面につかないのである。 

  そのため、歩くことはともかく、走ることは、彼にとってたいへんな苦行

となる。



 運動会で、一度だけ彼の走る姿を見たが、その時は、足がもつれ、もん

どりうって倒れてしまった。 

  肥満体の彼が仰向けに倒れたものだから、ちょうど亀が甲羅を下にし

て倒れた形となり、なかなか起き上がることができなかった。彼は、泣き

ながらもがいた。それが、とても痛々しかった。 

  その時、担任の本田先生は、彼が自力で起き上がるのを、じっくりと待

った。そして、二人で、二人三脚でもあるかのように、「オイッチ、ニー!

オイッチ、ニー!」と言いながらゴールした。その姿は、たいへん感動的

だった。

 

  だが、勇太がヒーローになる時がある。それは、彼が、太鼓を叩いてい

る時だ。この時の彼は、文句なしにカッコイイ!  とにかく、音感がいい

のだ。

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           Photo_3

 

  ”彼は、ドラマーか音楽家の生まれ変わりではないだろうか”と、何度

思ったか知れない。 

  太鼓を叩く時の彼は、それを叩くというより、”太鼓と一体化する”とい

った感じだ。それは、ひじょうな感動を、われわれに与えてくれる。 

  第一、その時の彼はとても楽しそうだ。ひじょうに生き生きしている。

どんな生徒や人でも、必ず一つか二つ、得意なものがあるのではない

だろうか。 勇太の場合、それは明らかに太鼓である。

 

  確かに、彼は時には、靴箱の扉やごみ箱まで叩いて怒られることも

あるが、太鼓や、それから生じる「音」が、彼の友達なのかも知れない。

このような自分の世界を持てる勇太は、幸せだと思う。 

  手足がどんなに不自由でも、神様は必ず、何かいいものを一つか

ふたつ与えて下さるものなのだ。勇太を見ながら、つくづくそう思う。

                                    【つづく】

 

 

 

 

 

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