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2014年9月18日 (木)

『内気な天使たち』(9)

   紙工作業の時間

 学校の日課に、必ず作業の時間がある。作業内容は、紙工、木工、手工、

陶芸の四つである。生徒が、それぞれに分かれて作業をする。生徒の手に

「技術」を付けさせようという学校の配慮からである。

 

  私は、紙工のコーティングの手伝いをした。ここでのコーティングとは、

綺麗に切断され、水につけられた牛乳パックの表紙(油性紙)を剥がし、

中の和紙の部分を取り出す作業だ。  私は、牛乳パックは、全部が油膜を

張った油紙だと思っていたので、こんなことができるとは思わなかった。

だが、やってみると、なかなか面白い。

                      Photo


                  Photo_2

 

  今日(四月二十一日)は、二年生の山本さんと一緒に作業をした。

彼女は、ダウン症の女の子だ。度の強そうな眼鏡をかけている。 

  ところで、パックの紙は、裏表が油紙で、中の和紙をサンドイッチにした

形になっている。それで、その薄い油紙を剥がすと、再生可能な「紙」の

部分が出てくる。

 

  作業内容は、四隅のどれかを摘んで、剥がれ易いようにしてやり、

山本さんに、それを渡すことだ。すると彼女は、それを全部剥がす。

そして、ゴミになった油紙と和紙の部分を分ける。彼女は最初、その分別

作業の意味が掴めなかったみたいだが、段々慣れてきた。

 

  他の生徒は、パック用紙をハサミで切っている子、プラスティックの四角

い桶に水を張って、紙すき作業を始めている子、ミキサーで紙を撹乱し、

紙すきの準備をしている子など、グループ別に作業をする。 

  今日は、一年生のみんなが、その作業を見学に来た。紙工の作業を仕

切っていたのは、A組の清水君(仮名)だ。彼は、とてもいい指導者振りだ

った。

 

  一学期は、カレンダー作りをするという。次は、封筒や葉書だ。私も、

手作りの封筒や葉書で、おたよりが出来ればいいな、と思った。(年度末

に、私はカレンダーを記念に戴いた。とても嬉しかった。) 

  作業が、各々慣れてきた頃、「ハイ、では、そろそろ片づけ!」と、堀部

先生(仮名)の言葉が飛ぶ。すると、みんな、使った物を、元の所へと戻し、

後は、箒と雑巾がけだ。 

  それぞれ、かいがいしく動き廻る。でも中には、片付けと遊びの見境の

つかない子もいる(*下の写真は、イメージ)


          Photo_3


  その日も、二年生の三橋君(仮名)が洗い場で手を洗っていると、同年

の沢口君(仮名)が、三橋君のトレーナーのズボンを、急に下に引っ張った。

すると、三橋君のお尻の割れ目が、はっきりと見える程にずり落ちてしまっ

た。

 

  アッ!と思った瞬間、堀部先生の手が、沢口君のお尻をピシャッ!と

やった。間髪入れずといった感じだった。これこそ、「躾」なのだ。“悪いこと

は悪い!”と、行動で示す。 私は、これが、養護学校の教育の原点なの

だと思った。 

  そして、その教育の基本は、何よりも「躾」なのである。今の教育にない、

また家庭や普通の学校が蔑ろにしている「躾」なのだ。堀部先生にお尻を

ぶたれた沢口君は、むしろ幸せな生徒なのかも知れない。 

  この光景を見て、私は自分が恥ずかしくなった。なぜなら、たとえ一瞬の

こととはいえ、その生まれて初めて見た光景に度肝を抜かれ、内心“何と

無邪気な他愛ないことをするんだろう”というぐらいに軽く考えていたから

だ。



  だが、その行為は、決して無邪気さから出たものではなかった。そこには、

明らかに「邪気」があった。 

  人のズボンを後ろから脱いだら、さぞ面白かろうぐらいの邪気はあった

のだ。堀部先生は、それを見逃さなかった。許さなかった。 

  ああ、教育とはこうあるべきなのだと思った。一瞬一瞬が真剣勝負なの

だ。

 そこで、先生が逃げてしまったり、いい加減に事を済ませようとすると、

生徒は、それでいいのだと思って、つい頭に乗ってしまう。 

  それでは、相手にとっても自分にとってもいけないことなのだ。そうした

場合、時には、お互いの精神を「殺す」ことにさえなるのだ。 ちょっとした

行動の背後に、先生と生徒との間の確執、いや“戦い”がある。



  紙工作業は十一時半には終了する。後片付けの時間だ。それぞれに

使った物を、元の位置に戻す。 

  だが、生徒たちは、重いものを持ったり掃除をしたりすることが余りない

のではなかろうか。そのため、一緒に箒で掃いたり雑巾がけをしたりして、

やり方を教えることになる。

 

  床はフローリングなので、拭き掃除は簡単だが、なかなか前に進まない

子もいる。真っ直ぐ前進せずに、対角線上に拭く子もいる。 

  だが、私にとって何十年振りかの雑巾がけも、子供たちとやれば、なか

なか面白い。それは、運動と遊びを兼ねたようなものだ。 

  その時、清水君と一緒に紙すき水を張った桶を運んでいた山下太郎

君(仮名)が、手を外してしまった。すると、水の一部が床にこぼれた。

石橋先生(仮名)が山下君に雑巾を渡して言った。「拭きなさい」と。

すると、彼は、何を思ったか、雑巾で自分の顔を拭き出した。

 

  掃除中、木工の部屋から、橋本利夫君(仮名)が飛び込んできた。

本田先生(仮名)に追いかけられてである。理由はと言えば、釘が怖くて、

作業をしたくないという。 

  「釘が怖い」・・・・・・。 

  確かに、「尖端恐怖症」というのは、聞いたことがある。だが、それは、

単に言葉の上のことであって、実際にそういう人なり生徒を見たことは

なかった。 

  だが現実に、彼は、釘を怖がって、逃げ廻っているのだ。人間、あるい

は人間の恐怖心って一体何だろう?と思った。         【つづく】                 

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