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2014年9月 9日 (火)

『内気な天使たち』(4)

   初めての出会い

 

  「ええ!  みんな、中学3年生?」―。  これが、彼らの教室に入った時の

私の正直な第一印象だった。 

  七人の生徒が、「コ」の字型に先生の机を囲むような形で椅子に腰掛け

ていた。机は、明らかに小学生用のものだ。座っている姿もまちまちだっ

た。

 

 クレパスでなぐり描きをしている生徒、自分の名前をなぞって書いている

女生徒、奇声をあげている生徒、何かぶつぶつと言っている生徒、押し黙

ったまま虚空を見つめている生徒、急に立ち上がって掃除機をいじり出す

生徒と、実に様々だ。

 初めて、彼らを見た瞬間、私の頭の中は、真っ白になった。

 

  朝の挨拶が始まる。今日は富田明君(仮名)が日直だ。先生の机の所

に進み出て、「起立」「礼」の号令をかける。 

  だが、富田君、もじもじとして、どうしたらいいのか分からない様子だ。

彼は自閉症児で、なかなか声を発するこができない。 

  小山先生(仮名)が、「富田、どうした?」と問われる。だが、反応がない。 

「さあ、起立と礼をするんだよ」と、先生。―

 富田君、ちょっとばつが悪そうに、ニヤニヤと照れ笑いを浮かべ、

先生の「起立、礼」の合図を真似ながら号令をかけた。 

  次は、「お早ようございます」の挨拶だ。富田君は、これまた先生の目を

窺うかのように、チラリと先生を見やりながら言った。

「オ・ハ・ヨ・ウ・ゴ・ザ・イ・マ・ス」と。

 

  私は、教室内を見渡した。教室には明るい日の光が射していたが、明ら

かに別世界だった。まるで幼稚園か保育園のお遊戯室のような感じだっ

た。 

  鉢植えのチューリップが五つほど並び、様々な遊具が置いてあった。

マットレスや、ダンボール箱を解いて作ったミニチュアのレーシングカーの

コースもあった。

       Photo

        Photo_2


  私は、幼児期、共働きだった両親の留守を預かる祖父母によって育てら

れた。そのせいもあってか、幼稚園に行っていない。近くの神社の境内が、

絶好の遊び場だった。 

  当時、幼稚園という存在すら知らなかった。具体的に知ったのは、小学

六年生になってからだ。 

  それだけに、正直、「幼稚園」というものに、何か淡い憧憬のようなものを

感じていた。 

 養護学校に勤めだした初日こそ、実は私の「入園式」だったのではなか

ろうか。 五十歳近くなった今(当時)、私は、生まれて初めて「幼稚園児」

(?)になったのかも知れない。



  T養護学校は、私にとって、ワンダーランドであり、“宝の山”だった。何も、

自分が満たされなかった幼児期の欲求を満足させてくれたからだけでは

ない。 

  そこで見るもの、聞くものすべてが新鮮な驚きだったからだ。確かにそこ

には、「驚き」「喜び」「感動」といった宝石が、至る所にごろごろと転がって

いた。

 

 

   ジュン君とのマラソン練習 

 

  T養護の生徒たちは殆ど、スクールバスで登校する。だが、中には、

徒歩で通学する生徒もいる。これを、本校では「自主通学」と呼んでいる。 

 A組の木下純君(仮名)も、その一人だ。彼は、自宅から30分かけて登校

する。 

 激しい雨の日などは、お母さんが車で送られるが、多少の雨なら、雨カッ

パを着て登校だ。彼は「アセ、カキマシタ」と言って、ニコニコしている。

彼の笑顔は、最高だ。



  今日は、近くのA公園で、マラソンの練習だ。3周走る生徒と1周半走る

生徒に分けられる。前者は、比較的健康で体力のある生徒、後者は、

脚が不自由だったり、運動が苦手な子たちの組だ。ジュン君は、後者の

方だった。 

  彼は軽度の脳性マヒで、特に左半身が不自由ある。そのため、左足に

金具つきの特製靴を履いている。小学生時代には、殆ど歩けなかったと

いう。

 

  しかし、少しずつ歩行訓練を続け、大分歩けるようになった。毎日の

徒歩通学も、その結果であり、その積み重ねがまた、彼の健康と体力を

維持している。 

  ジュン君は、どことなくイチロー選手に似ている。もし健康体なら、きっと

野球かサッカーをしていたことだろう。

              Photo_3



            Photo_4


  私は、ジュン君の伴走をした。伴走といっても、殆ど歩いている状態だ。

みんなと一緒にスタートしたのだが、いつの間にか、私たちはビリの方に

なっていた。 

  後ろには、ゆりちゃんとすみこちゃんがいる。ジュン君は、懸命に歩き出

した。 

  途中、私は、「オイッチ・ニー・サン・シー」と声をかけながら歩いた。すると、

ジュン君も、「オイッチュ・ニー・チャン・チー、オイッチュ・ニー・チャン・チー」

と、声を出しながら、歩いてくれた。

 

  それと同時に、金具付きの特製靴の音が響いた。次第にピッチがあがっ

ていく。途中、ジュン君は、嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。それは、

何とも表現しようのない晴れ晴れとした笑顔だった。彼の意識の中で、

“彼は走っていた”のだ。



  彼を知るオバサンであろう。お婆さんの車椅子を押していた彼女は、

私たちとすれ違いざま、ジュン君に声をかけた。「あら、ジュンちゃん、

嬉しそうね」と。  実際、ジュン君は、とてもいい顔をしていた。

 

  最後まで、彼のピッチは、落ちなかった。すでに、みんが、ゴールの所で

待っている。ジュン君は、ピッチを上げた。脚を動かすにつれ、彼の顔が、

だんだん紅潮してゆく。 

  一瞬、私は思った、”ジュン君は走っている”と。それは、彼の思いが私

に伝わった一瞬だった。確かに、彼は走ったのだ。― 

  彼の一途さと精神力の強さに、私は何か教えられる気がした。今日は、

ジュン君のお蔭で、とてもいい一日となった。          【つづく】

                  (*明日・水曜日は、お休みいたします。)

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