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2014年9月30日 (火)

『内気な天使たち』(17 )

    夏の日のマラソン



  午前中の陽射しを暑いと感じ始めた初夏の頃、本校では、まだマラソン

練習が続いていた。生徒の体力づくりのためには是非とも必要な時間

なのだろう。 

  マラソンは秋、冬のスポーツと思い込んでいた私にとって、日中の暑い

陽射しの下でのマラソンは、些か奇異なものに感じられた。だが、先生や

生徒たちは真剣である。みんな、それぞれのペースに合わせて懸命に走

っている。

 

  中には、足の不自由な生徒もおり、走るというよりは歩くかたちとなる。

それでも、木下ジュン君などは、決して止まろうとはせず、懸命に歩き続け

ている。

  駿足な生徒たちは、A公園の周りを四周か五周は走る。これは、なかな

かの運動量だ。A組のアキラ、学、それにB組のマコトや仁(ひとし)が、

この先頭集団を走っている。 

  一年生の野田君なども、彼らと一緒だ。小山先生や田中先生が、彼らの

伴走をなさる。先生方のTシャツは、汗びっしょりである。小山先生の鍛え

抜かれた逆三角形の上半身が、時折、汗で透けて見える。

 

            Photo



         
        Photo_2



  私は大体、愛ちゃんと一緒に歩くことになる。たまに、二年生の沢口君

や軽部君の伴走した時は、久し振りに走ったという思いだった。 

  嬉しさの余り、後ろ向きになって、彼らに気をとられながら走っていたら、

突然、植木工事で停車中の軽トラックに激突してしまった。暑さのせいで

はなく、私の喜びと興奮から生じたミスだった。



  その日も、三周目を終わろうとしていた時、ゴールの七、八十メートル

手前で、勇太が膝を地面につけて、しゃがみ込んでいる。よく見ると、

鼻血を出している。 

  彼は、足が不自由で、思うように走れない。時には、歩くことさえしんど

いと思うことがあるみたいだ。 

  本田先生が、後方から「中山(勇太)、走れ!」と呼ばれる。その声には、

鬼気迫るものがあった。

 

  その大きな叫び声が、公園の樹々の間に響く。勇太は辛そうだったが、

おもむろに起き上がり歩き出した。その足取りは、決して軽やかなもので

はなかったが、一歩一歩歩いて行く。 

  本田先生が、彼の手をとって「イチ、ニ!、イチ、ニ!」と掛け声を掛けな

がら同行なさる。そこには、甘い妥協を許さない、本田先生の教育者とし

ての毅然とした厳しさがあった。二人は、まさに一丸となってゴールに到着

した。



  後日、本田先生がお休みをとられた時、マラソン練習の時間、勇太が

黙々と一人で歩いている姿が印象的だった。これは、普段、本田先生が

毅然とした態度で接していらっしゃる賜物だったのではないだろうか。 

  初夏の暑い陽射しの中、ひたすら前を見て走る勇太の姿に、真の教育

の一端を見る思いだった。

 

 

  源 ゆりさん 

 

  ゆりは、四月に初めて会った頃は、人見知りして、手も握らせてくれなか

ったけれど、最近は、彼女の方から手を差し伸べてくれるようになった。

 紙工の作業で一緒にやっているせいか、校内でも会うと、ハッ!と笑顔

見せてくれる。

  或る日、廊下で、彼女が中村先生と歩いているところと出会った。すると、

彼女は私に気づいてくれ、思わず笑顔を見せてくれた。彼女の一瞬の表情

の変化を察知された中村先生が、「あら、ゆりは、中年のおじさまが好きな

のね」と、茶目っ気たっぷりに仰る。



  確かに、中年には違いないけれど(*とりわけ、当時)その中村先生

の明るい言葉と、ゆりの、予想もしなかった笑顔が、たいへん嬉しかった。 

  というのも、私を見て、思わず明るい表情になる女の子や女性など、

他にいないのだから。それに、そんなことは、私にとって、生まれて初めて

の体験だったからである。

 

  彼女とは、紙工班で、紙をちぎる作業と、紙の素材をミキサーにかける

仕事を一緒にする。彼女は、すべてを、積極的・意欲的にやるというわけ

ではない。だがそれでも、少しずつ作業に慣れてきたようだ。
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  彼女には、今のところ、ミキサーのスイッチを入れる力がないので、一緒

に押す。 

 ミキサーが廻っている間、紙をちぎるのだけれども、私がある程度破った

上で、ちぎってもらう。 

  ちぎるのを、突然思い出すかのようにやってくれるのが、とても不思議な

感じである。 

 概して、従順に作業してくれるので、指導そのものが大変だということは

ない。

 

  ミキサーから、紙素材の入った水溶液を、四角いポリ容器に入れる。

その際、洗い場の鏡で、ゆりの顔や姿が映る。 

  すると彼女は、映った自分の姿を見て、ニコリとし、自分を指差す仕草

をする。 

 お母さんとスーパーマーケットに行った時も、まったく同じようだ。鏡に映

った自分の姿を指差しながら、「ゆり、ゆり」と言うとのことだ。 

  後片付けや雑巾がけなど、もう少し自発的、かつ滑らかにできたらいい

なと思うが、そのためには、もう少し時間が必要なようだ。

 

  雑巾を与えて、拭くように促しても、それを持ったまま、棒立ちの状態で

ある。何分でも、ストップ・モーションのままなのである。 

  まるで、田舎の案山子のような感じだ。時間が止まったような雰囲気で

さえある。 

  やっと、雑巾がけをする体勢に移るが、なかなか前に進まない。そんな

時、石橋先生の「ゆりさん、どうしたの。早く行きなさい」との声が飛ぶ。 

  毅然とした教育者の声である。ゆりは、少しずつ前へと進んだ。ほぼ止

まったような状態で雑巾がけをするゆりの後姿を見て、人間の意識や

行動も、実に様々なものがあると、私は妙に感心してしまった。 

                                       
【つづく

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