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2014年9月29日 (月)

『内気な天使たち』(16 )

     晴男君(2)




 最近、晴男の家族は引越しをした。晴男は、新しい環境に入るのは難し

い子だ。「引越し」が、言葉や状況では判断できない。彼は、凄く戸惑った

に違いなかった。 

  だが、彼は荒れるとか、態度が外向きに出る子ではなかったという。 

母親は、その「戸惑い」が体に出るのではないかと心配した。 

  案の定、しばらくすると、パンツやトイレに血がつくようになった。痔であ

る。早速、病院へ連れて行った。痔には良いと聞いていた病院である。
 

           Photo_5

       

  だが、担当医は、ちょっと診ただけで「奥は診れない」と言う。彼女が

「どうしてですか?」と問うと、「(彼が)協力しない」という答えが返って

きた。

   彼女が「大人しい子で、大丈夫ですよ」と言うと、医者は、「さっき、お尻

を引っ込めたでしょう」と言う。 

  「協力って、子供自身が何かしなければいけないんですか? やって

みるだけ、やってみませんか」と彼女が言うと、医者は、やっと渋々診て

くれた。彼女は、無性に腹が立った。

 

  痔の薬を貰って帰ったが、帰宅後、彼女は落ち込んだ。時間が経って、

やっと立場や感覚の違いでは仕方のないことだと思うようになった。 

  先日、彼女はある人に、「晴男を育てるのに、片意地張って暮らしている

から大変よ」と言った。すると、「片意地張らなければハードルを越えられ

ないんでしょ」という言葉が返って来た。彼女は、その通りだと思った。 

  彼女自身、無理なく自然に、肩に力を入れず、人にぶつかることなく

平穏に暮らせたらと思う。

  だが、片意地を張っているからこそ、晴男のことで、親切な行為や思い

やりを受けた時、彼女は、とても嬉しく涙が出てくることがある。

  最近、車椅子の方のお供で、彼女は晴男と一緒にお習字の展示会に

行った。とても落着いた会場で、二人は、お茶とお菓子を出してもらった。 

  たいへん温かい持て成しと落着いた雰囲気の中で、彼女は、ふと肩の

力がとれたのか、つい涙が出てしまったという。 

  そんな彼女を見て、会員の一人が、彼女に色紙をくれた。それには、

「天にも地にもひとりなる 尊き我に 目覚めよ」とあった。彼女は、

阿弥陀様の言葉だと聞いた。

         Photo_2


  今、晴男を含めた彼の家族は、皆が寄り添いながら、色々な人の力を

借りて、一生懸命に生きている。 

  晴男の優しさや純な心を、最もよく理解してくれているのは、彼の両親

であり、兄姉たちなのである。 

  私が本校で一番親しくできたのは、彼だったように思う。最初の日に、

荒川の土手から手を繋いで帰って以来、彼は、私を見ると、必ず

”ゴッツンの挨拶”をしてくれた。 

  時には、”キツーイ一発”もあった。彼は、それを知ってか知らでか、

エヘヘと笑っていた。でも、まったく悪意は感じられなかった。 

  むしろ、陽介のよだれを拭き取ってあげる仕草などを見ていると、彼は、

とても優しい心の持主だと思う。 

  私は、晴男のお蔭で、障害児に対する偏見の目を摘み取られたような

気がするのだ。

 

 

   七夕かざり 

 

  今日(七月四日)、中学部は、集会の時間、体育館で「七夕かざり」をし

た。館内には、大きな竹が二本、準備されていた。 

  田中先生始め、有志の先生方が用意されたものだ。小学部と中学部の

ものである。

               Photo_3



       Photo_4

  進行係は加藤先生である。生徒たちは、学年別に並んでいる。マイクを

通して、加藤先生の声が館内によく響く。「さあ、今日は、竹が二本用意

してあります。何故だか分かりますか? 分かる人?」と、先生がみんな

に問いかけられる。

 

  すると、一年生の勇太が、さっと手を挙げる。先生が彼を指されると、

勇太は、「笹の葉・・・・」と、少しあての外れた答えを出す。すばやく

加藤先生曰く。「中山には、余り期待はしていなかったけれど、そうでは

ありませんね。誰か他の人?」と。 

  すると今度は、三年生の愛ちゃんが、「七夕・・・・」と、小声で答える。 

「そう、七夕かざりをするためのものですね。七夕って、どんなことか分

かりますね。これから、井田先生に七夕の講談をやってもらいます。

 

  日野先生と江藤先生にも御協力いただきます。みんな、よく観ていま

しょう」と言って、加藤先生は、マイクを井田先生に渡された。 

  さて、井田先生の講談と、日野先生と江藤両先生による人形劇である。

題は、「たなばた」―。 

  ただ、彦星が「木村拓也」に、織女が「児島愛(*愛ちゃんの仮名)

替わり、現代風にアレンジされていた。 

  久し振りに観た人形劇だ。井田先生の語りも面白く、日野・江藤両先生

の人形の扱いもなかなかのものだった。 

  中には観てない子もいたけれど、愛ちゃんなどは、目を皿のようにして

見入っていた。

 

  人形劇が終わった後、段差のある平均台が館内の中央に置かれた。

ゲーム形式の飾りつけである。学年に分かれての競走だ。 

  高い平均台の上を恐る恐る歩く者、低い平均台でも、つい落ちてしまう

子など、様々である。 

  飾りつけに、体育的な要素や一種の「遊び」を採り入れるところなど、

とても養護学校らしいと思った。たいへん楽しいひとときだった。

 

  三年生の書いた短冊には、それぞれの思いが込められていた。

「もうすこしやせますように」「いいおにいさんになります」「けーきやさん

になりたい(*これは、愛ちゃんである」「ともだちやせんせいと、なか

よくあそべますように」「笑顔の素敵な人になってほしい(*一人のお母

さんより」「おまんじゅう(*これは、晴男の短冊ある)」「たなばた」

・・・・・・様々な願い中に、みんなの純な心がこもっていた。 

                                     【つづく】

 

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