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2014年9月27日 (土)

『内気な天使たち』(15 )

  晴男君(1)


 朝の挨拶の際、殆どの生徒につれなく無視されるのであるが、晴男君

だけは違う。彼は、私を見ると両手を広げ、肩に手を掛けてくれる。

そして、互いにハグをする。それから、額と額を軽くゴッツンとやる。

今、私にとって、一番楽しい瞬間だ。 

  その晴男のお母さんが、T第三中学校で、生徒を対象に講演をした。

障害児を持つ母親として、より多くの生徒に障害児を理解してもらいたい

という試みである。



  それによると、晴男が生まれた時、彼女は二十七歳だった。彼が生ま

れた時、産院では、彼がダウン症児であることを告知しなかった。 

  彼が生まれて一ヶ月後、彼が風邪のため連れて行かれた小児科の

病院でも、何も言わなかったという。 

  ある夜、彼の呼吸が弱く心配していると、彼は突然チアノーゼを起こした。

両親はびっくりして救急車を呼んだ。その時初めて、彼らは、晴男がダウ

ン症だと宣告されたのである。


         Photo


          Photo_2


  その後、一年間は、病院を出たり入ったりの繰り返しだった、彼が三歳

の時、N区に引っ越して来て、心身障害者福祉センターと民間の幼児

教室に通うようになる。 

  そして彼女は、晴男に言語教育を受けさせたいと思い、療育センター

で心理判定を受けた。

 

  その時彼女は、心理の先生に、まだ母子関係ができていないので、

「母子分離」は早いと言われた。母子分離とは、親子を離して指導を

受けるということである。 

  まだ親子でどう関わるのかといった指導の方が大切だということだった。

彼女には、納得がいった。



  だが、身障センターも幼児教室も「母子分離」の指導だった。そこで

彼女は、母子一緒での指導を頼んでみた。身障センターでは駄目だっ

たが、幼児教室は、どうにか聞いてくれた。そして幼児教室では、

皆の中で、彼女と晴男二人だけの世界だった。 

  晴男は、なかなか他人に目を向けようとはしない。ただ、二人の間の

「母子関係」は形成された。

 

  彼が四歳になった時、障害児として保育園に入れる年となった。心理

の先生は反対したが、彼女は余裕が欲しかった。 

  晴男には、五歳違いの兄と三歳違いの姉がいる。余裕が持てた時、

彼女は、晴男の兄姉にやっと目がいった。だが、晴男だけに明け暮れて

いた間、この兄と姉の様子が変な状態になっていた。


          Photo_3


       Photo_4

 

  兄は落ち着きがなく、意思の伝達が言葉で上手く表現できず、行動が

先に出てしまうというトラブルがあったという。 

  或る時、彼女は、娘の小学校の担任に「夏休み、どこか行きましたか?」

と問われ、ハッとする。姉は、外ではしっかり者だったが、家では、必要

以上に母親にまとわりついていた(*下の写真は、イメージ)

                Photo_2


  母親も、できる限り娘を受け入れようと努力したが、長男の方は、母親

に求めることはなかったという。彼女は、長男に気を遣うのだが、結局、

何もしてやれなかった。

  晴男がいることで、彼の兄は、学校でよく虐められたようだ。或る日、

彼は、学校帰りに泣き叫びながら、必死に同級生を叩いていた。  叩かれ

ている子は、懸命に謝っている。

 

  この場面を、彼女は偶然ベランダから見てしまった。彼女は、この場面

を見ながら、よほど悔しい思いをしたのだと思った。 だが同時に、親が

口出しできないものを感じ、彼女は、何も言わなかった。 

  後で、学校であったPTAの催しの際、彼女は、息子に叩かれていた

生徒に会い、話をした。やはり晴男のことでからかったらしく、その子も

その事に関して反省もし、叩いた兄をどうこう思っていない様子だった。



  姉も小五か小六の時、「しんちゃん」「しんちゃん」と虐められるように

なり、悔しくて泣いていた。「しんちゃん」というのは、身体障害の「しん

ちゃん」という事だそうだ。 

  晴男の母は、担任の先生にクラスで話し合ってほしいと頼んだ。

その時、先生は「もう一人、お子さんと同じ境遇の子がいます。その子は、

話し合いに耐えられないでしょう」と言う。 

  晴男の母は、担任の言葉が、よく理解できた。先生に任せることで、

帰宅した。担任は、当事者だけを集めて話し合ってくれた。その後、

虐めは、次第に終息したという。

  この兄姉とも、晴男には、とても優しいようだ。母親は、晴男のことで

は悩んだ。彼に一番合っているのではないかとT養護学校に入学した。 

  ただ親として普通の子との触れ合いが欲しいということがあり、二年生

から学童に入れてもらった。普通の子供と遊べるような段階ではなかっ

たので、ほとんど皆の遊んでいる姿を見ているだけだったようだ。

彼女は、それでもいいと思った。

 

  学童で親子のレクリエーションがあった。その時、彼女は、学童の先生

に「参加の仕方について、どうしましょう?」と聞かれた。彼女は、「お任

せします」と答えた。 

  当日、オリエンテーリングの組み合わせの紙が配られたが、その紙に

は、晴男の名前はなかった。彼女は、ショックだった。晴男が普通の子供

ではないだけに、余計に感じたと言う。 

  彼女は、先生に「どうしてないのか?」と詰問した。そして、「他の子と組

めなくても、何もできなくても、名前だけは載せて欲しかった」とつけ加えた。 

  その時、先生は「任せる、とお母さんは言いました」と答えた。

 

  晴男の母は、「工夫して参加させて下さると思い、参加のさせ方につい

てお任せしますと言ったんです」と反論したが、先生にとっては、参加を

含めての「どうしましょう?」だったのだ。彼女は、とても切なかった。

先生は、親が、こんな思いをするとは考えつかなかったのだろう。

 

  三年生になり、学童の先生も替わった。新しい先生は、晴男を子供たち

の中に入れる工夫をいろいろと考えてくれた。三年が終わった後も、

「遊びにおいで」と言ってくれ、晴男も、たまに遊びに行った。 【つづく】               

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