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2014年9月26日 (金)

『内気な天使たち』(14 )

    陽介君と避難訓練


  今川陽介君(仮名)は、重度の脳性マヒである。常時オムツをしており、

殆ど赤ちゃんと変わらない。

   彼は、言葉を発することもなく、手を取ると、“拍手をして!”といった

仕草をする。手を合わせた時のパチンという音が、彼に聞こえているの

かどうか定かではない。 

  唯、そうして上げると、陽介は、顔を左右に振りながら、嬉しそうに微笑

む。腰と首が安定していないが、決して歩けないわけではない。


      Photo_6

    

  しかし、彼は「凶器」(?)を持っている。それは勿論、ナイフなどでは

ない。爪で ある。 陽介は、握力が異常に強い。それで、ギュッ!と握ら

れると、いつの間にか、彼の爪痕が残り、そこから鮮血が滲み出ること

がある。 

  だが陽介自身には、きつく握っているという感覚はないと思う。しかし、

五ヵ所ほどやられた時(それも、指の間の柔らかい部分を)は、かなり痛み

を覚えた。用心のため、保健室の遠藤先生に消毒してもらった。


             Photo_2


  “陽介は、まるで天使のような顔をしながら、実はサタンの爪だ”などと、

少年時代の「月光仮面」の仇役の名前を心の中で思い出しながら、私は、

思わず苦笑してしまった。 

  多くの先生方が、同じような体験をなさっているようだ。 

以来、他の先生方と同様、彼の手首を握ることで、一応の「緊急避難」とし

ている。

 

  今日(四月二十五日)は、避難訓練の日だ。事前に連絡がしてあったの

で、「避難開始」の放送が入るやいなや、みんなは教室の机の下に身を

かがめた。 

  私は、その時、三年C組の陽介と一緒にいた。よだれ拭きをつけた彼は、

しゃがみ込んだまま、全く動こうとしない。 

  「さぁ、陽介、机の下に隠れるんだよ」と言っても、一向に理解してくれな

い。目を左右にやりながら、手を叩く仕草をする。 

  B組のみんなは、石橋先生と一緒に、机の下に頭を突っ込み、お尻を突

き出した形で避難している。それなのに、陽介は、全くワアワアといった

感じで、はしゃぎまくっている。まったく避難訓練どころではない。

                           (*下の写真は、イメージ)


            Photo_3


  私は、中学や高校、それにハワイのコミュニティ・スクールでも避難訓練

を経験したが、避難できない避難訓練を体験したのは、これが初めてだっ

た。 

  「避難終了」の放送が流れるのを聞きながら、「わあ、陽介と先生、もしか

したら死んでたね」と彼に言った。 

  陽介は、それを理解したかどうか分からないが、ただ大きな目を左右へ

動かし続けていた。

 

  実際、陽介が、大災害に遭遇したら、彼は、一体どうなるのだろうか。

そのまま苦しみを感じることなく死んでいくのだろうか。 

  いつも頭を振っている彼を見ながら、私は、とても複雑な気分になった。

 

 

  すみこちゃんとのマラソン練習 

 

  今日(四月二十五日)は、離任式があった関係で、マラソンの練習は、

屋上で行われた。 

  私の今日の相手は、C組のすみこちゃんである。彼女は、常時、指の

おしゃぶりをしている。みんなが屋上に行くので、私も彼女の手をとって、

後について行った。

 

  だが、何を思ったのか、彼女は屋上に上がろうとはせず、階段を下りて

帰るような仕草をする。 

  すると、その様子に目を止められた小山先生が、「すみこ、どうした?

屋上だよ」と、彼女の手を強く引っ張って、上がって行かれた。 

  彼女は、仕方なさそうに、それでいてちょっとふてくされ気味に、小山

先生について行った。やはり、生徒には、毅然とした対応が必要なのだ

と思った。



  小山先生のリードで準備体操だ。愛ちゃんが、中央に立ち、「イチ・ニー・

サン・シー」と数を数える。みんなは、腕立て伏せの格好(ブリッジ)で、

じっと耐えている。 

  だが、ジュン君には、この姿勢はできない。彼は、立ったままだ。 

ワタルは、“僕は、こんなことやんないよ”と、独立自尊で棒立ちになって

いる。陽介は、立って外の景色を見ながら、殆どストップ・モーションの

状態だ(*下の写真は、イメージ)

        Photo_4

  体操終了後、みんなは駆け足を始めた。私の相手は、先程のすみこ

ちゃんである。 

 だが、彼女は、走るのが苦手で、嫌みたいだ。上体が前に傾くのでは

なく、後ろにのけぞってしまう。それで勢い、彼女の腰の後ろに手をやっ

て、体を支えながら走ることになる。

 

  「イチ・ニー・サン・シー」を掛け声をかける。だが彼女にとっては、無理

に走らせられているという思いなのだろう。次第に息遣いが荒くなり、

少し頭を振る様な格好になる。 

  二周目にさしかかった時、小山先生が、「あれ、すみこ、発作かな?」

と仰る。 

 だが、私は、発作の際の処理など全く知らない。どうしたものかと戸惑っ

ていた時、石橋先生が、後方で声を掛けられる。「すみこ、(渡邉)先生に

甘えているのよ!」と。 

  それを聞いて、内心ほっとした。心の中で、”すみこちゃん、後生だから、

発作のような素振りで、私に甘えないでおくれ”と願った。

 

  すみこにとって、走るということは、赤ちゃんが眠りを覚まされてむずが

るような思いなのかも知れないな、と思った。きっと、すみこにとっては、

“走ること”は、異常なことなのだ。 

  だが、その「異常なこと」をマスターしなければ、全く植物のようにじっと

したままの人間になってしまうよ、と私は心の中で、すみこに語った。 

  しかし明らかに、すみこには、私たちと違う「世界」が存在する。

それは同時に、われわれの知らない世界でもあるのだ。   【つづく】                  

 

 

 

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