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2014年9月22日 (月)

『内気な天使たち』(12)

   清水恒(わたる)君

 

  清水恒君(仮名)は、T養護の中では、異色の生徒である。知能程度は、

群を抜いて高い。他の生徒に比べると、はるかに利発だし、運動神経も

いい。 なぜ、この子が本校にいるのだろうという思いになる時がある。

 

  だが、加藤先生の言では、清水君の家庭環境は複雑なようだ。父親が

アル中で、母親にも、軽度の精神疾患があるとのことだ。それらが、ワタル

にも、少なからぬ影響を与えている。心身障害(あるいは知的障害)の

範囲は広い。彼にはまた、喘息の持病がある。

 

  家庭環境が厳しいだけに、ワタルは、登校するのが誰よりも楽しいらし

い。スクールバスから降りる時は、さも待ち遠しそうで、必ず先頭になって

降りて来る。その姿が、とてもいじらしい。



  ワタルの欲求不満の解消法は、二つある。一つは、廊下で大声を上げ

て叫びまくること。二つ目は、レーシングカーのプラモデルを作って、それ

をサーキットで走らせることである。サーキットは、段ボールを解いて、

上手に作ってある。

               Photo



  廊下での叫びには、鬼気迫るものがある。「先生たちって、役立たずで、

駄目じゃないか!」とか、「酒ばかり飲んで、仕様がないなあ」とか「こんな

の授業じゃないよ」など、なかなか手厳しい。先生方も、時々苦笑している。

 

  その他、日頃、お母さんなどから言われているようなことを叫ぶことがあ

る。結び言葉が、時折、「~なのよね」と女性言葉になっているのも可愛い。 

  廊下や階段での大声も、授業中でもない限り、彼の言いたいままにさせ

ておく。大声を上げることで、「不満」を解消しているのも事実だからだ。




  この頃、ワタルは、ドラゴンボールの主人公・孫悟空になりきっている。

彼の多重人格的な独り言には、鬼気迫る迫力と魅力がある。 

  二学期になると、「レッツ君」と「ゴー君」の二人が、彼の口を通して対話

することになる。まさに”レッツ、ゴー”なのだ。

 

         Photo_2


  レーシングカーの製作も、なかなか見事だ。彼は、余程好きなのだろう。

時々、電池を入れて、サーキットを走らせている。このサーキットは、

小山先生と田中先生の御指導で作ったのだろうか。とてもよく出来ている。

 

  今朝も、ワタルは、ジェットコースターのようなループを組み合わせた

サーキットで、レーシングカーを走らせていた。車が逆様になって一回転

し、そのまま態勢を整えて走って行く。“成功だ!” 

  それを近くで見ていた私は、思わず拍手をした。ワタルも、心なしか嬉し

そうだった。

 

  実は、本校での初日、荒川土手の散歩で、私が最初に話し込んだ生徒

は、ワタルだった。喘息の治療で、毎週通院しているとのことだった。 

  彼は、重い知的障害はなくても、身体に障害を持ち、この学園に通って

いる。私は、彼ともっと親しくなるべきだと思った。

 

 

 

  雨の日のトレーニング




  今日(四月二十二日)は、朝から雨。マラソン練習は、プレイルーム

(*下の写真は、イメージ)と廊下でやることになった。 

  中学生全員が、二つのグループに分かれる。元気に走り廻れる生徒は、

三階の廊下を駆け回る。その他の生徒(障害度の高い生徒)は、プレイ

ルームで準備体操をした後、二階の廊下の一部を使って手足の運動を

する。

            Photo_3

  プレイルームで、女教諭の中沢先生が号令をかける。「並んで!」。

すると誰かが、「イヤ!」と言って、先生の側に立とうとする。「あんたは、

こっち」と、中沢先生によって、列に戻される。

 

  全員、名前を呼ばれる。自分と違う名前なのに、思わず挙手をする生徒

がいる。 

 返事のできない子もいるので、担任の先生が代わって返事をされる。

立ったまま目を閉じて眠っている子もいる。

 

  準備体操が済めば、次に二階の廊下で、往復の駆け足だ。その他、

後ろ向きに走ったり、雑巾がけのような格好で走る。それぞれの障害の

程度に合わせて運動が要求される。 

  決して無理はさせないが、同時に甘やかすこともない。全体的に、

腕の筋肉のトレーニングが重視される。慣れないせいか、途中で泣き

出す生徒もいる。

 

  難聴児の西山守君(中一・仮名)は、大きな体にも似合わず、廊下の

隅にへたり込んで、ポロポロと涙を流していた。 

  「どうした、マモル君?」と尋ねても、泣きじゃくるだけで返事がない。

彼にとって、今日のトレーニングは、初めてのことだったのかも知れない。

 

  悲しみの涙というより、「驚き」から自然に流れた涙だったのかも知れ

ない。赤ちゃんにとっては、泣くのも運動とのことだが、本校の生徒たち

にとっても、泣いたりわめいたりするのも運動なのだと思う。泣きたい時

は、存分に泣けばいいと思った。



  廊下での運動を終えると、もう一度プレイルームに戻った。整理運動に

ストレッチをする。手足がなかなか曲がらない生徒もいる。腰を曲げられ

ない子、座れない子と、様々だ。

 

  今日は、三年C組のすみこちゃんも、心なしか興奮気味だった。「今日

は、朝から、すみこ、何か変だよ」と、加藤先生。 

  彼女は、頭を振ったり、上体を小刻みに震わせている。息遣いも荒い。 

私は正直、彼女の形相を見ながら、”悪い霊でもとりついているのじゃな

いか”と、思ってしまった。

 

  重度の癲癇症の子は、このような表情をするのだろうか。その痙攣す

る子の顔と体を、私は初めて見た。 

  整理運動も終了し、みんなは、次の時間の作業へと移って行った。

                                        【つづく】

 

 

 

 

 

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