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2013年11月 8日 (金)

インドの思想と日本の文化(4 )

   ヒンズー教との共通点―仏教以前の日本の宗教

  私は、インドではけっして主流の宗教ではない仏教について、詳しく語り

すぎたのかもしれません。 

  正当なインドの宗教であるヒンズー教によれば、釈迦はヒンズー教の

神ヴィシュヌの第九の化身であるということです。

  (*下の絵は、ヒンズー教の3神。左から、ブラフマー、シヴァ、ヴィシュヌ。

ブラフマーが創造、シヴァが破壊、ヴィシュヌが繁栄を司どると言われる。

  1人の神が、以上の3つの役割に応じて、3人の神として現れると考えら

ている。その下の絵は、ヴィシュヌ神)                   

Photo_12

                          Photo_14


  とすれば、ヒンズー教の主神のひとりであるヴィシュヌは、さまざまな

化身の一つとして釈迦になり、この極東の国、日本に恩恵を与えたと考え

るべきかもしれません。また、大乗仏教を通じてヒンズー教のさまざまな

神が日本に移入されました。 

  弁財天、大黒点、毘沙門天などは、大乗仏教を通じて日本に移入され、

現在もまた日本の庶民のあつい信仰を受けているのです。

 

  こう考えると、ヒンズー教の神々も日本においてある程度の崇拝を受け

ていることは間違いありませんが、私がここで強調したいのは、ヒンズー

教の世界観と、日本の仏教以前の土着宗教の面影を強く残している神道

の世界観とは、多くの類似があるということです。

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  日本の神道というと、国家神道のことが考えられがちです。たしかに、

十九世紀の後半、明治維新以後、日本の神道は強く国家主義の影響を

受けました。  それは、日本がヨーロッパから国家主義思想を移入した

からです。

                             Photo_20


  ヨーロッパ列強に対応していくためには、強い国家主義の思想が必要で

あったわけです。そこで日本の神道の国家主義的改革が行われ、それが

第二次世界大戦のイデオロギーとして利用されて、神道はほとんど国家

主義そのものであるという誤解を国の内外に与えました。

 

  この国家主義的神道の源流は七~八世紀にさかのぼります。日本は

七~八世紀に律令国家となりましたが、このとき神道は国家主義的に

改造されました。 

  十九~二十世紀の国家主義神道は、七~八世紀の神道に淵源を発す

るのです。

 

 しかし、七~八世紀以前の神道には国家主義的色彩はありません。

それはむしろ、多分にヒンズー教と共通する宗教です。

  ヒンズー教は多神論の宗教で、さまざまな神々がいて、その神々が

共存しています。

 

 そしてその神々は自然神です。ヴィシュヌの神は、第四の化身までは

動物神の形をとります。 第一は魚、第二は亀、第三は野猪、第四は

人獅子です。 

  またシヴァの神は往々にして「リンガ(男根)」の形で表現されます。

「リンガ」は万物を生み出す生殖の力と考えられています。 

  その他、太陽の神、月の神、山の神、川の神、木の神、火の神、雷の神

などがヒンズー教では神として崇拝されると聞きます。


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  また私が、この自然神、多神教の思想とともに、ヒンズー教に強い興味

を覚えるのは、その循環の思想です。『ウパニシャッド』などに「二道五火」

の輪廻説が語られます。 

  それによれば、人間は死んで火葬にされれば、虚空に昇り、虚空から月

に入り、風となり、煙となり、霧となり、雲となり、雨になる。

 

  そして地上において米麦として、草木としてそれらを食べることによって、

精子を生じ、それは胎中に忍び込んで、さまざまな人間となって再生する

のです。 

  ヒンズー教には、このように魂が死んであの世へいき、そしてまたこの

世へ帰り、この世とあの世の間で無限の循環をくり返すという思想があり

ます。

 

  この思想には、この世の善行はつぎの世の幸福な生活となり、この世の

悪行はつぎの世の不幸な生活となるという因果応報の思想が入りやすい

のですが、根底には霊はこの世とあの世を無限に循環するという考え方

があります。



  このように、自然神としての多神論と、霊の無限循環という思想はヒンズ

ー教の特徴ですが、このような考え方は日本の神道にもあります。 

  日本の神道においてもほぼ同じことがいえます。日本において、神は

いたるところにいるわけで、人間より力の強いものはすべて神と考えられ

ます。 

  人間は、そういう力の強いものを神として崇拝することによって、そういう

強い力を、自分に害を与えるものから自分に利を与えるものに変えようと

するわけです。

 

  そして日本でも、神は、山の神、川の神、風の神、雷の神などの自然神

をはじめ、蛇や熊や狼などの動物神、あるいはさまざまな霊木などの

樹木神(*下の写真)形をとってあらわれるのです。いってみれば、

日本の神道はヒンズー教と同じく自然神であり、そして多神教です。

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  また、霊が循環するという考え方も日本の古代神道の特徴です。

日本の古代神道によれば、人間の魂は、死後肉体を離れ、あの世へ行き、

祖先たちの魂とともに、この世とあまり変わらない家族生活を送っています。

 

  そしてあの世の祖先たちはだれをこの世に帰すべきかを相談して、ある

人が決められると、その人の魂が母胎に忍び込んで新しく生まれてくると

いうわけです。 

  ですから日本では男の子供が生まれると、この子はおじいちゃんの生ま

れ変わりだといったりします。

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  このような考え方では、すべての生は、再生であり、この世とあの世との

間を絶えざる循環をくり返しているということになります。  【つづく】

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