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2013年11月 4日 (月)

インドの思想と日本の文化(1)

  【皆さんへ】

 皆さん、お早うございます。 

お元気でしょうか?

 

 ところで、日本人の民族的アイデンティティの思想的

背景は、やはり仏教にあるのではないでしょうか。 

   中国や南北朝鮮との違いについて語る時、私は、

その理由の一つに、仏教の国民への浸透度の

その差があるように思えてなりません。

 

  中国は、マルクス主義を選択したことで、宗教を犠牲

に供しました。 

 今日、その中国で、古来の儒教や外来のキリスト教

への傾倒が、盛んに語られています。 

  それは、人間的、あるいは民族的”アイデンティティ

の喪失”を補おうとする行為にさえ思えます。

 

  他方、日本では、余りに葬式仏教に堕した反面、

新しい息吹を吹き込まれた仏教に対する熱き思いが、

今後、益々深まっていくように感じられます。

 

  そんな中、梅原先生の「日本文化」に関するお考えを、 

今一度、参考にしたいと思います。 

  多々重なる部分がありますが、日本の文化について

再認識するために、どうか、今一度、ご精読ください

ませ。

 

   釈迦の唱えた二つの理想 


 インドの思想は日本の文化に大きな影響を与えました。 

そしてまた、私自身もインドの思想から決定的な影響を受けました。 

  きょうは、インド思想が日本文化に何を与えたかについてお話しすると

同時に、私自身に何を与えたかについてもお話ししたいと思います。

 

  日本文化にたいして最も大きな影響を与えたインド思想は、もちろん

仏教です。 

 日本の歴史の書である『日本書紀』によれば、仏教は五五二年に日本

に移入されました。

 

  当時、仏教は東アジアにおいてはなはだ隆盛をきわめていました。

中国は当時、南北朝の時代ですが、この南北朝の時代はまさに仏教の

全盛時代であるといってよいでしょう。その仏教の波が、極東の島国で

ある日本にも押し寄せたわけです。 

  この仏教の波は、同時に文明の波でもありました。その波のなかで、

日本は新しい国家建設を行った。

 

  七世紀のはじめに、日本では聖徳太子という皇太子でありながら仏教

文化をよく理解する偉大な政治家が出ます。 

  そして彼は、勃興したばかりの隋にならって日本を律令国家にしよう

とした。そしてその律令国家のイデオロギーの根本に仏教をおこうとした

のです。 

  こうして、七世紀のはじめから、日本は急激に仏教国になります。

 

 そして、仏教移入二百年後の七五二年に、東大寺(*下の写真)という

大きな寺院が建設され、その大仏開眼の儀式がインド人のバラモン僧正

によって行われるわけです。仏教移入二百年にして、日本は完全に仏教

国家になったのです。

                      Photo_4

                             Photo_6

                           Photo_7


  この仏教興隆の勢いはその後もとどまることはなく、九世紀のはじめ、

最澄、空海という僧によって、新しく「天台」、「真言」という宗教がつくられ、

また十三世紀には法然、親鸞、栄西、道元、日蓮という僧が輩出して、

新しい仏教宗派を日本に興しました。

 

  それらの仏教は実質はどうあれ、すべてインドに発した仏教であり、

中国を通じて日本に伝わったものです。 

  こうしてみると、日本は一貫して仏教国です。今でも日本人の多くは

仏教徒です。この点、東アジアのなかでも中国および朝鮮とは大いに異な

るのです。

 

  中国では、仏教の全盛時代は、やはり南北朝の時代で、隋・唐におい

て少し衰え、宋以後は、伝統的な中国の宗教である儒教や道教におされ

ました。 

  朝鮮においても事情は変わりません。朝鮮では、宋代には中国の影響

を受けて儒学が盛んになり、仏教は衰えました。



   こうしてみると、今でも仏教国であるという伝統を、日本はタイやミャン

マーやスリランカとともに保持しているわけです。 

  そして仏教国であるかぎり、日本人は仏教の開祖釈迦の故郷である

インドにたいして深い敬愛の情をもっています。

 

  ところが、日本に入ってきた仏教は、小乗仏教ではなく、大乗仏教です。 

大乗仏教は、紀元二世紀頃、龍樹によって始められた新仏教運動として

インドに興ったものです。

 

  今日、ヨーロッパで発展した歴史学的仏教研究によって、紀元前五世

紀に、インドのガンジス川(*下の写真流域地方において活躍した釈迦

の学説は、大乗仏教の人たちからは、小乗仏教として蔑視され、新仏教

として展開された大乗仏教は、釈迦の教説からはだいぶん距離があるこ

とが判明しました。

                               Photo_9

  しかし、日本のような極東の国ではそういう事情がよくわからないまま、

この大乗仏教を本当の仏教として日本に移入し、それがまた日本の風土

に合うようにさまざまに改良され、日本に定着したのです。

 

  正直にいえば、日本の仏教は釈迦仏教からだいぶ離れています。たと

えば、釈迦仏教には厳しい戒律がある。 

  たとえば僧はすべて出家をして、妻をもたず、子をもたず、財をもたず、 

乞食によって生活をしなければならない。 しかし今の日本には、こういう

厳しい戒律を守る僧の集団はありません(*下の写真は、今日の

ラオスでの「乞食」風景:ブログ「本の匠 ビンテージコミック探検隊」

より、拝借)

                          Photo_14

  日本の僧は、俗人と同じように妻をもち、子をもち、肉を食らい、酒を飲

みます。僧の衣を着て、寺に住む以外はあまり俗人と変わるところはあり

ません。 

  このことは第二次世界大戦後とくにそうなったのですけれど、ながい

日本仏教の伝統によってそうなったのです。

 

  九世紀の日本仏教の創出者、最澄はふつうの仏教の戒律、僧二百

五十戒、尼三百五十戒という戒律を煩わしいと考え、わずかに戒律を十

にしてしまって、それを「一向大乗戒」と称しました。

 

  そして十三世紀の僧、親鸞は、念仏を唱えて浄土に往生することが

できるという信仰さえあれば、肉食妻帯もかまわないという立場をとりま

した。 

  この宗派のことを浄土真宗といいますが、浄土真宗は日本では一番、

隆盛であり、他の宗派の僧たちも、戦後はこの浄土真宗の僧のあり方を

見習ったというわけです。

 

  このように、日本の仏教は釈迦仏教とはかなりちがったものですが、

しかし釈迦の理想は生きていると思います。 

  釈迦の教えは、いろいろな解釈が可能でありましょうが、私は釈迦の

説いた理想は二つの点で永遠の価値をもっていると思います。

 

  一つは欲望にたいする批判です。釈迦は、この人間の世界を苦である

と考えます。この苦の原因は何か。それは愛欲であると釈迦は考えます。 

  この愛欲によって人間の間にはさまざまな紛争が生じ、人間は苦から

まぬがれないのです。

 

  そして人間の生まれ変わりを信じていた釈迦は、この愛欲によっても

たらされた苦の世界は永遠につづくと考えるのです。 

  愛欲によって、人間はこの世で苦しみ、また生まれ変わっても永劫に

苦の世界から離脱することができないというのです。

 

  だから釈迦はこの愛欲を滅することを説くわけで、彼は愛欲について

さまざまな観察をする。そしてそれは空しく、無常であることを観察する。 

 そのことによって愛欲の根は絶たれ、人間は愛欲から自由になるという。

愛欲から自由になった人間は、この世でも平穏な人生を送ることができ、

そして死後も、この苦の世界を輪廻することをまぬがれるというのです。

(*下の写真は、映画『釈迦』より、出家前のシッダルタと愛妻ヤショダ

ラ妃)

           Photo_11

  この釈迦の愛欲にたいする批判は、現代でもなお有効です。いや現在

では釈迦の批判はますます重要な意味を担うようになっているのかもし

れません。なぜなら現在の資本主義の文化、それはまったく愛欲の全面

肯定の上に立っているからです。

 

  釈迦がもし生きていたら、この愛欲によって支配される現代文明の姿に、

強い批判を加えたにちがいないのです。 

  そして核戦争の危機、環境破壊の危機、すべてそれは愛欲の産物だ

と彼は主張したにちがいないのです。そしてこの愛欲は、人類の深い業

に根ざしているのです。

 

  この人類発生いらいの深い業からまぬがれなかったら、人類は滅亡す

ると、釈迦は警告するにちがいないのです。 

  おそらく釈迦から見れば、現代人なるものは、『法華経』にのべるように、

「火に包まれた家のなかで、危機のくるのも知らずに遊びほうけている

人間」のように思われるにちがいない。この愛欲批判は、私には釈迦の

永遠の生命であるように思えます。 

           Photo_12

 
さきにのべたように日本の仏教は大乗仏教であり、愛欲批判ということ

において釈迦ほど徹底的ではありません。

 

  大乗仏教の開祖、龍樹は、愛欲にたいして寛容な態度をとったように

思われます。もちろん愛欲肯定はいけない。それは「有の執」である。

しかしあまり愛欲否定にこだわってはいけない。それは「無の執」である。

 

  「有の執」からも「無の執」からも自由になった「空」および「中」の立場

が龍樹の立場です。 

  それは、釈迦仏教よりはるかに愛欲にたいして寛容な仏教です。それ

ゆえ、龍樹を祖とする大乗仏教を採用した日本においては、釈迦の厳し

い愛欲批判がじゅうぶん伝えられないきらいがあります。



   さきに話したように、九世紀の僧、最澄によって、仏教のもっている厳格

な戒律思想が大きく修正されます。 

  そして十三世紀の僧、親鸞において、戒律そのものが捨てられたかに見

える。仏教のもっているこの愛欲批判という特徴は、日本の仏教には伝わ

らなかったのでしょうか。 

  仏教は愛欲批判という精神を失ったら、それはもう仏教ではなく、釈迦

の精神を大きく逸脱するといってよいかもしれません。  【つづく】

 

 

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