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2013年11月

2013年11月12日 (火)

「皆さんへ」

    小生、ただ今、休筆中です。

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   時には、こういう音楽はいかがですか?  

   http://youtu.be/thQWqRDZj7E

                          渡邉良明 拝

 

2013年11月 9日 (土)

インドの思想と日本の文化(完)

  ヒンズー教との共通点―仏教以前の日本の宗教

                          (つづき)

 

  このような生まれ変わりは人間だけではなく、熊(*下の写真)も狐も

樹木もあるいは道具すらも、それぞれをもつものであり、死ねばあの

へいき、またこの世に生まれ変わってくると日本の神道では考えられてい

ます。

           Photo_2


  しかし、日本の霊の循環の考え方には、因果応報の考えはありません。

人間は人間に、熊は熊に、樹は樹に生まれ変わってくるのです。 

  ただ、この世で善をしたか悪をしたかは、生まれ変わりの早さに影響

するだけです。 

 善人は早く生まれ変わるが、悪人はあの世にながく留めおかれるという

わけです。 

  このような思想は、世界の宗教のなかで、とりわけヒンズー教と日本の

神道に著しいようです。



  このような思想はいかなる意味をもつのでしょうか。現在の宗教学の

常識によれば、このような思想はまったく宗教の原始的発展段階に属

するものであり、世界宗教の実現とともに、とっくの昔に清算されたもの

と考えられています。 

  つまり、宗教の最高の発展段階は超越神、人格神の一神教であり、

自然神、動物神、植物神崇拝などは、まったく野蛮な迷信的な宗教であ

るということになります。


 
  しかしこれに関して私は異議があります。この見解は、やはりキリスト教

を最も発展した文明的な宗教であり、他の宗教はまだそこにいたらず、

未発達なものであるという考え方によります。

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  ちょうどヘーゲル(*下の肖像画:1770~1831)が、いかなる社会も発展

すればヨーロッパの市民社会のようになると考えたように、十九世紀の宗

教学者は、どのような宗教も発展すればキリスト教のようなものになると

考えたわけであります。この十九世紀の宗教学者の考えは、まだ残って

いるのです。

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  一神教が多神教より価値が上であり、超越神や人格神は、自然神や

動物神や植物神より、より聖なるものであるというのは、まだ強く残って

いるヨーロッパの学問の偏見であると、私は思います。



  私は、多くの自然現象を崇拝した多神論こそ、旧石器時代、ながい

狩猟採集時代の共通の人類の思想であったと思います。約一万年前

まで、人類はそういう思想のもとで生きていたわけです。 

  自然のなかに霊的な力を認め、それを神として崇拝し、この世とあの

世との間の絶えざる霊の循環を考える。それがながい間、人類の共通

の思想でありました。

 

  ところが人類は、約一万年前に農耕牧畜文化を発明しました。農耕

牧畜が新しい人類文化になるときに、山や川や森などにいる自然の

神々がじゃまになるのです。 

 それらの神々は、農耕牧畜が唯一の価値とする自然の開発をじゃま

する神になるからです。



  最初に都市文明をつくったのはシュメール人です。このシュメール人は

『ギルガメシュ』という叙事詩をもっています。 

  私は最近、この『ギルガメシュ』叙事詩をもとにして一つの劇をつくりま

した。 

 『ギルガメシュ』叙事詩は、シュメールの王、ギルガメシュが森の神フン

ババを殺す話です。 

  これは都市文明の建設ということが、森の神の殺害の歴史の上に築か

れているということを物語っています。 

  自然神、動物神、植物神などは、そういう人間の開発を妨げるものとし

て殺されていくのです。

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  そしてそのかわりに、すべての自然現象を越えた超越神と、そして人間

の神格化である人格神が登場するのです。超越神とか人格神というもの

は、人間の自然征服を容易にするためにできた神といえなくはありません。

 

  このように、超越神や人格神の力をかりて、今日、自然は完全に人間

に征服されました。この人間の自然征服をいっそう助けたのは近代ヨー

ロッパ哲学であり、科学技術でありました。 

  近代ヨーロッパ哲学の開祖、デカルト(*下の肖像画:1595~1650)は、

人間を思惟する自我として、自然をその思惟する自我に対立する物質

してとらえました。



          
          Photo_6


 

  そして、この思惟する自我である人間は、対立する物質である自然の

法則を知ることによって、自然を征服することができるというのです。 

  そこでは、自然はもはや生きているものではなく、死せる物質であり、

自然を死せる物質に解体することによって、人間は自然支配を貫徹する

ことができたわけです。

 

  今日、この人間による自然支配の結果がどうなったか。人間の将来に

多少でも関心をもつ人は深い憂いを覚えざるをえません。 

  人間の飽くことない自然征服の意志は、自然の死を招き、人間そのも

のを危険にさらすのではないかという不安は、現代では文明社会に住

む、ごくふつうの人の不安となりました。

  そのような状況のなかで、思想はいったいどうなるのでしょうか。ある

時代において、人間の文明の発達に有益であった思想が、時代が変わ

ると、かえって人間の文明の発展を阻害し、はては人間そのものを危険

におとしいれることがあります。



  自然征服という理想は、かつての人間にとって輝かしい理想でありま

した。人間はながい間、自然の奴隷であったからです。

  しかし、自然が人間に征服された現在、この理想にはブレーキがかか

らなければなりません。

  自然征服という理想にたいして、自然との融和(*下の写真)というのが

新しい人類文明の理想にならなければなりません。

  科学はやはり最近まで自然征服のための科学という性格をもちづづけ

ていました。しかし、今や科学のあり方が変わらなければなりません。

  自然征服ではなく、自然との融和あるいは自然への畏敬の念を科学

もたねばならないのです。


            Photo_8


 
  科学そのものがそういう性格をもたざるをえないとしたならば、もう一度、

思想とか宗教とか根本的に考え直さねばならないのです。

  こういう状況のなかで、自然神や多神論の意味が再考されなければ

ならないように思います。   【了】

  (*後記:  いつもご愛読いただきまして、本当に有難うございます。

 
尚、私事ですが、目下、健康上、解決すべき一つの課題に直面しています。

  そのため、勝手ながら、年内、拙ブログを閉じなければなりません。

来年、また再開できれば、幸いです。 それでは皆様、どうか、お元気で!

                               渡邉良明 拝    )



 

 

2013年11月 8日 (金)

インドの思想と日本の文化(4 )

   ヒンズー教との共通点―仏教以前の日本の宗教

  私は、インドではけっして主流の宗教ではない仏教について、詳しく語り

すぎたのかもしれません。 

  正当なインドの宗教であるヒンズー教によれば、釈迦はヒンズー教の

神ヴィシュヌの第九の化身であるということです。

  (*下の絵は、ヒンズー教の3神。左から、ブラフマー、シヴァ、ヴィシュヌ。

ブラフマーが創造、シヴァが破壊、ヴィシュヌが繁栄を司どると言われる。

  1人の神が、以上の3つの役割に応じて、3人の神として現れると考えら

ている。その下の絵は、ヴィシュヌ神)                   

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  とすれば、ヒンズー教の主神のひとりであるヴィシュヌは、さまざまな

化身の一つとして釈迦になり、この極東の国、日本に恩恵を与えたと考え

るべきかもしれません。また、大乗仏教を通じてヒンズー教のさまざまな

神が日本に移入されました。 

  弁財天、大黒点、毘沙門天などは、大乗仏教を通じて日本に移入され、

現在もまた日本の庶民のあつい信仰を受けているのです。

 

  こう考えると、ヒンズー教の神々も日本においてある程度の崇拝を受け

ていることは間違いありませんが、私がここで強調したいのは、ヒンズー

教の世界観と、日本の仏教以前の土着宗教の面影を強く残している神道

の世界観とは、多くの類似があるということです。

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  日本の神道というと、国家神道のことが考えられがちです。たしかに、

十九世紀の後半、明治維新以後、日本の神道は強く国家主義の影響を

受けました。  それは、日本がヨーロッパから国家主義思想を移入した

からです。

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  ヨーロッパ列強に対応していくためには、強い国家主義の思想が必要で

あったわけです。そこで日本の神道の国家主義的改革が行われ、それが

第二次世界大戦のイデオロギーとして利用されて、神道はほとんど国家

主義そのものであるという誤解を国の内外に与えました。

 

  この国家主義的神道の源流は七~八世紀にさかのぼります。日本は

七~八世紀に律令国家となりましたが、このとき神道は国家主義的に

改造されました。 

  十九~二十世紀の国家主義神道は、七~八世紀の神道に淵源を発す

るのです。

 

 しかし、七~八世紀以前の神道には国家主義的色彩はありません。

それはむしろ、多分にヒンズー教と共通する宗教です。

  ヒンズー教は多神論の宗教で、さまざまな神々がいて、その神々が

共存しています。

 

 そしてその神々は自然神です。ヴィシュヌの神は、第四の化身までは

動物神の形をとります。 第一は魚、第二は亀、第三は野猪、第四は

人獅子です。 

  またシヴァの神は往々にして「リンガ(男根)」の形で表現されます。

「リンガ」は万物を生み出す生殖の力と考えられています。 

  その他、太陽の神、月の神、山の神、川の神、木の神、火の神、雷の神

などがヒンズー教では神として崇拝されると聞きます。


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  また私が、この自然神、多神教の思想とともに、ヒンズー教に強い興味

を覚えるのは、その循環の思想です。『ウパニシャッド』などに「二道五火」

の輪廻説が語られます。 

  それによれば、人間は死んで火葬にされれば、虚空に昇り、虚空から月

に入り、風となり、煙となり、霧となり、雲となり、雨になる。

 

  そして地上において米麦として、草木としてそれらを食べることによって、

精子を生じ、それは胎中に忍び込んで、さまざまな人間となって再生する

のです。 

  ヒンズー教には、このように魂が死んであの世へいき、そしてまたこの

世へ帰り、この世とあの世の間で無限の循環をくり返すという思想があり

ます。

 

  この思想には、この世の善行はつぎの世の幸福な生活となり、この世の

悪行はつぎの世の不幸な生活となるという因果応報の思想が入りやすい

のですが、根底には霊はこの世とあの世を無限に循環するという考え方

があります。



  このように、自然神としての多神論と、霊の無限循環という思想はヒンズ

ー教の特徴ですが、このような考え方は日本の神道にもあります。 

  日本の神道においてもほぼ同じことがいえます。日本において、神は

いたるところにいるわけで、人間より力の強いものはすべて神と考えられ

ます。 

  人間は、そういう力の強いものを神として崇拝することによって、そういう

強い力を、自分に害を与えるものから自分に利を与えるものに変えようと

するわけです。

 

  そして日本でも、神は、山の神、川の神、風の神、雷の神などの自然神

をはじめ、蛇や熊や狼などの動物神、あるいはさまざまな霊木などの

樹木神(*下の写真)形をとってあらわれるのです。いってみれば、

日本の神道はヒンズー教と同じく自然神であり、そして多神教です。

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  また、霊が循環するという考え方も日本の古代神道の特徴です。

日本の古代神道によれば、人間の魂は、死後肉体を離れ、あの世へ行き、

祖先たちの魂とともに、この世とあまり変わらない家族生活を送っています。

 

  そしてあの世の祖先たちはだれをこの世に帰すべきかを相談して、ある

人が決められると、その人の魂が母胎に忍び込んで新しく生まれてくると

いうわけです。 

  ですから日本では男の子供が生まれると、この子はおじいちゃんの生ま

れ変わりだといったりします。

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  このような考え方では、すべての生は、再生であり、この世とあの世との

間を絶えざる循環をくり返しているということになります。  【つづく】

2013年11月 7日 (木)

インドの思想と日本の文化(3 )

    「四姓平等」の実現

  この菩薩道の理想は、現代の日本においてもやはり生きていて、日本人

もっともよい道徳を形成しています。現代の日本においてもさまざまな

菩薩います。 

  もっぱら会社のために身を粉にして働いて、ほとんど私利を図らない、

そういう人がたしかに日本にはいます。 

  どんな悪口をいわれても黙って自分の信ずる道を進み、一つのことを成

しとげる、そういう日本人もたしかに日本にいます。

 

  日本人の最もすぐれた人間の道徳が大乗仏教の菩薩行に淵源すること

は、私は否定できないことだと思います。

  その点で、大乗仏教の理想はまだ日本に生きていて、それが日本の道徳

となり、そして日本の経済的発展を支えているともいえるのです。 

  その点、日本はインドに思想的にたいへん恩恵を受けているわけです。

 

  第二は、仏教の理想として「四姓平等」ということがあります。釈迦の活躍

した紀元前五世紀という時代は、都市文明が発展して、階級秩序が乱れた

時代だといわれます。 

  それにしても「四姓平等」という理想は、当時においてはやはり思いきった

主張であったにちがいないのです。 

  バラモン、クシャトリア、バイシャ、シュードラの「四姓」に属する人はみな

平等で、人は生まれによって差別されないというわけです。

  (*下の図は、インドのカースト制度)

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  この「四姓平等」の理想は、大乗仏教になってもいっこうに変わりません。

というよりは大乗仏教になって、いっそうはっきり「四姓平等」の理想は

実現されたといってよいかと思います。 

  仏教が日本に入ってきたとき、日本はやはり氏姓(うじかばね)制度の国で

あった。

 

 氏姓制度は一種のカースト制度であり、それは土着していた縄文人を

渡来した弥生人が征服することによってできた制度です。そして、生まれに

よって身分も職業も定められていた。 

  この日本のカーストを「姓」といいますが、「姓」は二十種類にもおよんで

いた。

 

 仏教を律令国家建設の基礎におこうとした聖徳太子は、ほとんど「姓」を

無視するかのようでした。 

  たとえば、「造(みやつこ)」という姓、すなわち御奴(みやつこ)の身分で

あった秦河勝(*下の写真)という帰化人を、彼は重く登用し、大蔵大臣

のような地位につかせています。こういうことは、その後の日本にもあまり

例がないのです。

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  また八世紀半ばの孝謙帝(*下の絵)という女帝はあつく仏教を崇拝し、

あまり出自のはっきりしない僧、道鏡(*その下の絵)を自分にかわって

天皇にしようとした。 

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  この願望は容れられませんでしたが、そういうことが日本の身分制の

崩壊に役に立ったことは間違いありません。

 

  もしもこのとき日本が儒教を国教にしていたならば、こういうことが起こっ

たとは思えません。 

  人間の平等を主張する仏教をとり入れたことによって、日本においては

このカースト制にも似た氏姓制はほとんど崩壊したわけです。 

  もちろん、それによって日本は完全な平等社会になったわけではありま

せんが、聖徳太子の時代から三世紀たった十世紀の日本では、氏姓制

の呪力からほとんどまぬがれえた。

 

  この平等への要求は、日本では時代が下がるにつれて、ますます熾烈

になったといわざるをえない。 

  十四世紀を日本では室町時代と呼びますが、それは「下剋上の時代」と

もいわれます。これは身分が下の人間が、身分の上の人間に勝つという

ことを意味します。 

  こうした社会変動は、それにつぐ戦国時代(*下の絵)、十五世紀になる

とますますひどくなります。

                   
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   日本国中は乱れ、力ある人間が、出身のいかんを問わずその地方を

支配する大名になったのです。 

  こうして、この戦国時代の最終的な勝利者が徳川氏であり、徳川氏は、

自己の権力体制を維持するために「士農工商」という身分秩序をつくりま

した。 

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  しかし、それはけっして歴史的由来に基づくものではなく、徳川体制が

崩壊するや、またもとの「四姓平等」の世界に復しました。 

  もちろん、日本は十九世紀の末から、ヨーロッパのデモクラシー思想を

とり入れたのですが、それはもともと日本社会には、平等への欲求が強か

ったからです。

 

  今日、日本ははなはだデモクラティックな国です。日本における階層移動

は、ヨーロッパのいずれの国よりもはげしいと指摘されている。 

  戦後の日本の総理大臣、最高の権力者はほとんど庶民階級の出身者で

すし、日本における最も成功した経営者の一人である松下幸之助氏も

庶民階級の出身で、最も高いかつ最も尊敬される地位を得たわけです。

 

  日本では今日もなお、庶民階級から立身出世をして、最も高い地位に

つき、最も高い尊敬を得ることが可能です。 

  そしてこの平等ということが、日本の経済的繁栄を支えているにちがい

ない。 

 そして、この平等ということは、けっして十九世紀の後半以後に日本が

西洋から学んだことではありません。それはやはり、仏教が日本人に与え

なのです。 

  このように考えると、日本の今日の繁栄をあらしめた平等の徳を仏教か

ら学んだことを、日本人は深くインドという国に感謝せねばならないと思

います。

 

  平等ということは、これからますます重要になってくる人類共通の理想

です。すべての人類が平等に共存していくことが、今後の人類の理想と

してまず重要になります。 

  その意味において、釈迦の理想は不滅であり、あるいは、今日ほど釈迦

の理想が重要な意味をもつ時代はないように思われます。  【つづく】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2013年11月 5日 (火)

インドの思想と日本の文化(2 )

     四つの徳―日本人の理想像

  たしかに、大乗仏教、とくに日本の大乗仏教は、厳しい愛欲の否定と

いう理想をおろしました。そのかわり新しい理想を大きく掲げたのです。 

  それは菩薩道の理想であり、菩薩道とは「自利利他」の行を行ずること

です。もちろん「自利」ということも仏教の理想として必要なのです。

 

  自らが救われなかったら、他人を救うことはできません「自利利他」

とは、自らが冷静な悟りの境地をえるとともに、他人を苦しみから救うこ

とです。 

  大乗仏教では「利他」の行が強調されます。有名な「餓虎捨身」という

話がありますが、釈迦は前世において「雪山童子」という人でありました

が、「雪山童子」は高い崖の上から身を投げて、飢えた虎にその身を食

べさせたというわけです。 (*下の絵は、「捨身飼虎」図)

  自分の身を犠牲にしても他人を救済する、これが大乗仏教の精神です。



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  日本は大乗仏教を受け容れましたが、それは大乗仏教の菩薩道の

理想が日本のすぐれた僧たちの心を深く打ったからです。 

  さきにのべたように九世紀の僧最澄は、戒律についてはなはだ寛容な

態度をとりましたが、菩薩行の実践については、はなはだ厳しい規定を

もうけました。

 

  僧たるものは己の利益は考えず、もっぱら世のため国のために努力

すべきであるというのが彼の信念であった。 

  彼らは、宗教者たるものは、よくいって、よく学問ができて、よく行い、

実行力をもっていなければならないというのです。学問があって、しかも

実行力をもった人間国の宝であるという。

 

  そして逆に、よくいって、よく行わない者、つまり学問だけあって、実行力

のない人間は学者として有用であり、よくいわずよく行う者は、実行力は

あるが、学問のない人間で、国に有用な人間である。 

  しかし、よくいわず、よく行わない者、つまり学問も実行力もない者は国

の賊である、国を損なう者だといっています。

 

  このように、学問もあり、実行力もある人間こそ、国が求めるべき人材で、

こういう人国の宝であるというわけです。 

  大乗仏教の説く行には、「六波羅蜜」ということがあります。それは、

布施・持戒・忍辱(にんにく)・精進・禅定(ぜんじょう)・知恵(般若)の行

です。

 

  布施は、人に施しを与えるということ。布施には二種類あり、金銭や

財物を与える財施と、教えを施す法施とに大別されます。前者は在家者が、

後者は出家者が行う実践行です。 

  持戒とは、戒を受持し守ってゆくことであり、忍辱とは、他人から悪口を

いわれたり、危害を加えられてもじっと耐えることです。

 

  精進とは、たじろがぬ決意をもって善を修し、悪を断ずるために努力

すること。 

 禅定とは、心を一つの対象にとどめて、真理を見きわめる智慧を磨くこ

とで、般若とは、あらゆる存在の本質を無常・苦・空・無我であると見定

めることです。 

  このなかで禅定と般若は少し専門的な行になりますが、布施、持戒、

忍辱、精進の四つはだれにも可能な行です。



  私には、この四つの徳は日本人の理想に深く浸透しているように思わ

れます。 

 日本人にとってもっとも尊敬される人間は、このような四つの徳をそな

えた人間であるといってもよいと思います。 

  物惜しみせずに財物や知恵を人に与え、固く己の身を持し、慎み深く、

どんなに人に悪口をいわれようとけっして怒らず、自己の信念にしたがっ

て勇猛に精進する人間、そういう人間が日本人の理想像です。

 

  新しい宗派を開いた日本の高僧たち、またその宗派のなかでさまざま

なすぐれた仕事をした高僧たちは、すべてこの大乗仏教の「自利利他」

の精神、「六波羅蜜」の行の実践者であった。 

  この「自利利他」の菩薩行に関する解釈はいろいろちがいます。 

どちらかといえば、「自利」を強調する真言や禅にたいして、「利他」の行

をより強調する天台や日蓮の仏教があります。 

  しかしそれらはすべて大乗仏教の「自利利他」の精神を根本にもち、

「六波羅蜜」の行を重視する点では共通です。

 

  さきにのべましたように、日本は中国や韓国より、より深く仏教の影響

を受け、日本人のほとんどすべてが仏教信者になりました。 

  おそらくインド本国より日本人は仏教にたいしてより熱心な国だといっ

てよいかもしれません。 こうして仏教は日本の隅々まで広がりました。

 

  菩薩の理想は、すべての日本人の心のどこかに隠れています。その

日本人の心に隠れている菩薩道の理想を引き出し、あらためて日本人

の目の前に見せた文学者があります。それは宮沢賢治です。

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  宮沢賢治は一八九六年、日本の辺境ともいうべき岩手県に生まれ

ました。 

 一九三三年、結核で死ぬまで、ほとんど彼はこの岩手県の地を離れ

せんでした。 

  そこで彼は教師をしたり、農民運動をしたりしましたが、一生無名のま

まであった。

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 彼が死んでからおびただしい詩や童話が書き残されているのが発見

されました。彼は、大乗仏教の教義を広めるために詩や童話を書いた

わけです。 

  それゆえ、彼の童話は、けっして子供のためにのみ書かれたものでは

ありません。

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 むしろ、これはおとなに大乗仏教の教義をやさしく語るために書かれた

のです。 

 童話という形をとったのは、彼は、生きとし生けるものすべてに仏性

あると考えたからです。

 

  「悉有(しつう)仏性」というのは、大乗仏教の経典である「涅槃経」に語

られる思想ですが、賢治は、すべての動物ばかりか、すべての植物さえ、

人間のごとき心をもっていると考える。 

  彼の童話は、動物や植物、すべての生きとし生けるものは心をもって、

互いに争い、互いに愛し合う話です。

 

  彼はこういう思想に基づいて多くの美しい童話を書きましたが、彼の最

も強い思想は、苦しむ衆生のために自分の身を捧げるという菩薩の

「犠牲死」という思想でした。その思想を彼はさまざまな童話のなかで表現

します。

 

  私は、賢治はやはり菩薩であったと思います。むしろすべての人が欲望

に仕えるこの近代資本主義社会に、彼は、日本人の心にひそかに存在す

る菩薩道の理想を人々に示すためにあらわれた一人の菩薩だと私には

思われます。

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  そして彼は他人のために働き、過労のために死にました。彼は、念願

通り菩薩行のをとげたわけです。  【つづく】

 

 

2013年11月 4日 (月)

インドの思想と日本の文化(1)

  【皆さんへ】

 皆さん、お早うございます。 

お元気でしょうか?

 

 ところで、日本人の民族的アイデンティティの思想的

背景は、やはり仏教にあるのではないでしょうか。 

   中国や南北朝鮮との違いについて語る時、私は、

その理由の一つに、仏教の国民への浸透度の

その差があるように思えてなりません。

 

  中国は、マルクス主義を選択したことで、宗教を犠牲

に供しました。 

 今日、その中国で、古来の儒教や外来のキリスト教

への傾倒が、盛んに語られています。 

  それは、人間的、あるいは民族的”アイデンティティ

の喪失”を補おうとする行為にさえ思えます。

 

  他方、日本では、余りに葬式仏教に堕した反面、

新しい息吹を吹き込まれた仏教に対する熱き思いが、

今後、益々深まっていくように感じられます。

 

  そんな中、梅原先生の「日本文化」に関するお考えを、 

今一度、参考にしたいと思います。 

  多々重なる部分がありますが、日本の文化について

再認識するために、どうか、今一度、ご精読ください

ませ。

 

   釈迦の唱えた二つの理想 


 インドの思想は日本の文化に大きな影響を与えました。 

そしてまた、私自身もインドの思想から決定的な影響を受けました。 

  きょうは、インド思想が日本文化に何を与えたかについてお話しすると

同時に、私自身に何を与えたかについてもお話ししたいと思います。

 

  日本文化にたいして最も大きな影響を与えたインド思想は、もちろん

仏教です。 

 日本の歴史の書である『日本書紀』によれば、仏教は五五二年に日本

に移入されました。

 

  当時、仏教は東アジアにおいてはなはだ隆盛をきわめていました。

中国は当時、南北朝の時代ですが、この南北朝の時代はまさに仏教の

全盛時代であるといってよいでしょう。その仏教の波が、極東の島国で

ある日本にも押し寄せたわけです。 

  この仏教の波は、同時に文明の波でもありました。その波のなかで、

日本は新しい国家建設を行った。

 

  七世紀のはじめに、日本では聖徳太子という皇太子でありながら仏教

文化をよく理解する偉大な政治家が出ます。 

  そして彼は、勃興したばかりの隋にならって日本を律令国家にしよう

とした。そしてその律令国家のイデオロギーの根本に仏教をおこうとした

のです。 

  こうして、七世紀のはじめから、日本は急激に仏教国になります。

 

 そして、仏教移入二百年後の七五二年に、東大寺(*下の写真)という

大きな寺院が建設され、その大仏開眼の儀式がインド人のバラモン僧正

によって行われるわけです。仏教移入二百年にして、日本は完全に仏教

国家になったのです。

                      Photo_4

                             Photo_6

                           Photo_7


  この仏教興隆の勢いはその後もとどまることはなく、九世紀のはじめ、

最澄、空海という僧によって、新しく「天台」、「真言」という宗教がつくられ、

また十三世紀には法然、親鸞、栄西、道元、日蓮という僧が輩出して、

新しい仏教宗派を日本に興しました。

 

  それらの仏教は実質はどうあれ、すべてインドに発した仏教であり、

中国を通じて日本に伝わったものです。 

  こうしてみると、日本は一貫して仏教国です。今でも日本人の多くは

仏教徒です。この点、東アジアのなかでも中国および朝鮮とは大いに異な

るのです。

 

  中国では、仏教の全盛時代は、やはり南北朝の時代で、隋・唐におい

て少し衰え、宋以後は、伝統的な中国の宗教である儒教や道教におされ

ました。 

  朝鮮においても事情は変わりません。朝鮮では、宋代には中国の影響

を受けて儒学が盛んになり、仏教は衰えました。



   こうしてみると、今でも仏教国であるという伝統を、日本はタイやミャン

マーやスリランカとともに保持しているわけです。 

  そして仏教国であるかぎり、日本人は仏教の開祖釈迦の故郷である

インドにたいして深い敬愛の情をもっています。

 

  ところが、日本に入ってきた仏教は、小乗仏教ではなく、大乗仏教です。 

大乗仏教は、紀元二世紀頃、龍樹によって始められた新仏教運動として

インドに興ったものです。

 

  今日、ヨーロッパで発展した歴史学的仏教研究によって、紀元前五世

紀に、インドのガンジス川(*下の写真流域地方において活躍した釈迦

の学説は、大乗仏教の人たちからは、小乗仏教として蔑視され、新仏教

として展開された大乗仏教は、釈迦の教説からはだいぶん距離があるこ

とが判明しました。

                               Photo_9

  しかし、日本のような極東の国ではそういう事情がよくわからないまま、

この大乗仏教を本当の仏教として日本に移入し、それがまた日本の風土

に合うようにさまざまに改良され、日本に定着したのです。

 

  正直にいえば、日本の仏教は釈迦仏教からだいぶ離れています。たと

えば、釈迦仏教には厳しい戒律がある。 

  たとえば僧はすべて出家をして、妻をもたず、子をもたず、財をもたず、 

乞食によって生活をしなければならない。 しかし今の日本には、こういう

厳しい戒律を守る僧の集団はありません(*下の写真は、今日の

ラオスでの「乞食」風景:ブログ「本の匠 ビンテージコミック探検隊」

より、拝借)

                          Photo_14

  日本の僧は、俗人と同じように妻をもち、子をもち、肉を食らい、酒を飲

みます。僧の衣を着て、寺に住む以外はあまり俗人と変わるところはあり

ません。 

  このことは第二次世界大戦後とくにそうなったのですけれど、ながい

日本仏教の伝統によってそうなったのです。

 

  九世紀の日本仏教の創出者、最澄はふつうの仏教の戒律、僧二百

五十戒、尼三百五十戒という戒律を煩わしいと考え、わずかに戒律を十

にしてしまって、それを「一向大乗戒」と称しました。

 

  そして十三世紀の僧、親鸞は、念仏を唱えて浄土に往生することが

できるという信仰さえあれば、肉食妻帯もかまわないという立場をとりま

した。 

  この宗派のことを浄土真宗といいますが、浄土真宗は日本では一番、

隆盛であり、他の宗派の僧たちも、戦後はこの浄土真宗の僧のあり方を

見習ったというわけです。

 

  このように、日本の仏教は釈迦仏教とはかなりちがったものですが、

しかし釈迦の理想は生きていると思います。 

  釈迦の教えは、いろいろな解釈が可能でありましょうが、私は釈迦の

説いた理想は二つの点で永遠の価値をもっていると思います。

 

  一つは欲望にたいする批判です。釈迦は、この人間の世界を苦である

と考えます。この苦の原因は何か。それは愛欲であると釈迦は考えます。 

  この愛欲によって人間の間にはさまざまな紛争が生じ、人間は苦から

まぬがれないのです。

 

  そして人間の生まれ変わりを信じていた釈迦は、この愛欲によっても

たらされた苦の世界は永遠につづくと考えるのです。 

  愛欲によって、人間はこの世で苦しみ、また生まれ変わっても永劫に

苦の世界から離脱することができないというのです。

 

  だから釈迦はこの愛欲を滅することを説くわけで、彼は愛欲について

さまざまな観察をする。そしてそれは空しく、無常であることを観察する。 

 そのことによって愛欲の根は絶たれ、人間は愛欲から自由になるという。

愛欲から自由になった人間は、この世でも平穏な人生を送ることができ、

そして死後も、この苦の世界を輪廻することをまぬがれるというのです。

(*下の写真は、映画『釈迦』より、出家前のシッダルタと愛妻ヤショダ

ラ妃)

           Photo_11

  この釈迦の愛欲にたいする批判は、現代でもなお有効です。いや現在

では釈迦の批判はますます重要な意味を担うようになっているのかもし

れません。なぜなら現在の資本主義の文化、それはまったく愛欲の全面

肯定の上に立っているからです。

 

  釈迦がもし生きていたら、この愛欲によって支配される現代文明の姿に、

強い批判を加えたにちがいないのです。 

  そして核戦争の危機、環境破壊の危機、すべてそれは愛欲の産物だ

と彼は主張したにちがいないのです。そしてこの愛欲は、人類の深い業

に根ざしているのです。

 

  この人類発生いらいの深い業からまぬがれなかったら、人類は滅亡す

ると、釈迦は警告するにちがいないのです。 

  おそらく釈迦から見れば、現代人なるものは、『法華経』にのべるように、

「火に包まれた家のなかで、危機のくるのも知らずに遊びほうけている

人間」のように思われるにちがいない。この愛欲批判は、私には釈迦の

永遠の生命であるように思えます。 

           Photo_12

 
さきにのべたように日本の仏教は大乗仏教であり、愛欲批判ということ

において釈迦ほど徹底的ではありません。

 

  大乗仏教の開祖、龍樹は、愛欲にたいして寛容な態度をとったように

思われます。もちろん愛欲肯定はいけない。それは「有の執」である。

しかしあまり愛欲否定にこだわってはいけない。それは「無の執」である。

 

  「有の執」からも「無の執」からも自由になった「空」および「中」の立場

が龍樹の立場です。 

  それは、釈迦仏教よりはるかに愛欲にたいして寛容な仏教です。それ

ゆえ、龍樹を祖とする大乗仏教を採用した日本においては、釈迦の厳し

い愛欲批判がじゅうぶん伝えられないきらいがあります。



   さきに話したように、九世紀の僧、最澄によって、仏教のもっている厳格

な戒律思想が大きく修正されます。 

  そして十三世紀の僧、親鸞において、戒律そのものが捨てられたかに見

える。仏教のもっているこの愛欲批判という特徴は、日本の仏教には伝わ

らなかったのでしょうか。 

  仏教は愛欲批判という精神を失ったら、それはもう仏教ではなく、釈迦

の精神を大きく逸脱するといってよいかもしれません。  【つづく】

 

 

2013年11月 2日 (土)

TPPは、モンスター企業が日本を喰い尽くす罠!

   【皆さんへ】 

 

 皆さん、お早うございます。 

お元気でしょうか?

 

 率爾ですが、皆さんは、船瀬俊介氏(1950~:下の

写真)ご存知でしょうか? 

          Photo

  中には、すでに熟知していらっしゃる方もおられるか

存じます。 

  まだ、直接お会いしたことはありませんが、画面で

見る限り、とてもヒューマンで、頭脳明晰な方です。

 

  とりわけ、正義感に満ちた真の愛国者だと思います。 

同氏は、著名な「消費・環境問題評論家」です。 

  実は、今年の6月、ワールドフォーラムの「緊急講演」

にて、船瀬氏は「TPPは、モンスター企業が日本を

喰い尽くす罠!」という題で、講演をなさいました。 

本日は、その講演をとり上げたいと思うのです。



  本講演では、TPPでのISDS条項(=毒素条項)の

問題や、「モンスター食品(=遺伝子組み換え食品)」

の弊害、それにガン治療の問題点などについて、ユー

モアを交え、たいへん分かり易く解説されています。

 

  船瀬氏は今日、日本の医療問題について、たい

ん造詣が深く、数多くの著書を物していらっしゃい

す。 

  例えば、『ガン検診は受けてはいけない』(徳間書店:

2010) 

『抗ガン剤で殺される』(花伝社:2005) 

『笑いの免疫学』(花伝社:2006) 

『病院に行かず治すガン療法』(花伝社:2008)など

です。

 

  同氏は、実は、埼玉医大の医療過誤で、当時14歳

だった愛嬢の真愛美さんを亡くされています。 

  このような体験も、彼が医療問題に厳正に対処する

理由ではないでしょうか。 

  また同時に、船瀬氏が、人の痛みの分かるヒュー

マンな著述家・行動者であるというのも、このような

ご体験が関わっているように思われます。

   何より、同氏は、真実と正義、それに真の平和を

求めておられると感じます。
 

 

 船瀬氏は、人間が自らの努力で真の“情報”を得る

ことの大切さを強調されます。 

  皆さんに、是非ご高覧いただきたい、たいへん優れ

たご講演だと思うのです。

          (1)    http://youtu.be/OXFjL9Uk28E

          (2)    http://youtu.be/VbDJz-Nk4is

               (3)    http://youtu.be/lgKn_H7zgV8

               (4)    http://youtu.be/IttgEFk7UNQ

 

 

2013年11月 1日 (金)

二十一世紀の世界と仏教の役割(完)

   山川草木悉皆成仏の真理―環境破壊にたいして

                           (つづき)

 私は今、こういう考え方を全面的に批判しなければならないと考えている

のです。 

 そのためには、農耕牧畜文明の成立と同時に生じた人間中心の考え方、

それを根本的に批判しないかぎり、文明の再生はありえないと考えている

のです。

 

  自然の一員でありながら自分を特別なものと思い込み、やがて自分を世

界の中心において、自然征服を始め、自然環境を破壊し、ついに自分が

生きていく世界を失おうとしているこの愚かな人間について、徹底的な批

判が必要であると思っているのです。

  こういう点から仏教をみますと、私は、大乗仏教のほうが釈迦仏教よりす

ぐれていると思うのです。

 

  釈迦仏教はやはり紀元前五世紀という啓蒙の時代を反映して、人間中

心的な宗教であることをまぬがれませんでした。 

  しかし大乗仏教は、この人間中心的仏教をもう一度世界の方向で、ある

いは宇宙の方向で再構成しようとするものであります。 

  この極限において、華厳仏教でいう毘盧遮那や、密教でいう摩訶毘盧

遮那、大日如来が出現したわけです。

 

  もはやここでは仏はたんなる人間ではなく、太陽に象徴される宇宙の

中心にあって、万物をそれによって生ぜしめるものになるわけです。 

  日本の仏教の合言葉になった「山川草木悉皆成仏」ということが、まさに

この自然中心の宗教となった仏教のあり方を示しているのです。 

  人間だけが仏になるのではありません。生きとし生けるもの、動物も

植物もあらゆるものが仏になれるのです。

 

  現代において真に注目すべき自然科学の発見は三つあるといいます。

一つは相対性原理、一つは量子力学、もう一つが遺伝子の発見です。 

  この遺伝子はDNA(*下の写真)という形で存在し、このDNAは人間

だけにあるのではなく、あらゆる動物、植物に遍在するのです。

           Dna1
 

  あるキリスト教徒の科学者は、人間は神によって他の動物とは別なもの

としてつくられている、と聖書に書いてあるので、人間にはDNAではなく

別の遺伝子があるのではないかと一所懸命それを探したが、そんなもの

はなかったという、笑うに笑えぬ話がありますが、まさにこのDNAの発見

こそ、私は「山川草木悉皆成仏」いう大乗仏教の真理の正しさを証明し

たものではないかと思います。

 

  根底にこのような宇宙観を含んでいる仏教はさらに発展して、そこから

二十一世紀以後の世界の人類の規範になるような宇宙観を構成すること

ができます。 

  そして仏教徒は、今日、この自然破壊の文明にたいして強い怒りをもち、

環境保護運動(*下の写真は、その運動の一環)の先頭に立たねばなら

ないのではないかと私には思われるのです。 

            Photo

           Photo_2

 

   空の思想による再生ー精神の崩壊にたいして 

 

  最後に第三の危機についてですが、この危機は第二の危機に劣らず

深刻な問題です。この問題は、近代文明の根本に存在している問題で

ある。 

  近代ヨーロッパは、宗教を棚上げにして科学技術文明を基礎にして新

しい文明をつくり、巨大な生産力と軍事力をもつ文明をつくりだしました。 

  非西欧文化圏にある国も、この文明をとり入れないかぎり、高い軍事力

や生産力をもつ国になることはできませんでした。

 

  そして西欧の、あるいは非西欧の近代国家ができたのですが、その

近代国家は、共通の前提として宗教からの自由をもっていたのです。 

  一定の宗教からの自由ということはたいへんよいことですが、一定の

宗教からの自由ということは、やがて宗教からの自由ということになり、

宗教への無関心ということになったわけです。

 

  ニーチェのいう「神は死んだ」というのはまさしくそういうことですが、

「神が死ぬ」ことによって道徳が衰え、人間の精神的な力も失われると

いうのは当然な運命であります。

 

  このような状況のなかで、私は宗教のもつ役割を重視するものですが、

大乗仏教は、このような状況のなかで、二つの点で有意義であると思い

ます。 

  一つは、大乗仏教は空の思想をその思想の根底におきます。空の思想

を説くのは般若経典ですが、この般若経典の説くところは結局、人間を

欲望の執着から解放することだと思います。

 

  有にもとらわれず、無にもとらわれず、肯定にもとらわれず、否定にも

とらわれないということは、人間を欲望のとらわれから解放し、そしてその

欲望を越えた自由人として積極的に世間で活動させるという意味をもって

いるのです(*下の写真は、「空の思想」の、一つの例)

        Photo_3

                       Photo_5




  大乗仏教の空の思想は、自利利他の行になってあらわれると申します。 

自利と利他の調和を説くところに、大乗仏教のすぐれた現実性がありま

すが、ある場合には利他が自利を上回ることがあり、そういう場合には、

菩薩は身を殺しても利他を図らなければならないというわけです。この

利他行の重視こそ、大乗仏教が最も重視している精神です。

                   Photo_6


   
  現代文明はまさに人間を宗教や道徳の束縛から解放し、人間の欲望を

最大限に満足させようとするものでありましょうが、その欲望を空の思想

によって反省させ、人間を欲望人としてではなく精神人として再生させ、

人間に利他の徳を教えることは、現代文明にとって真に重要なことである

と思います。 

  以上の三つの人類の危機に関して、私は、仏教というものはその予防

薬あるいは治療薬として、大きな役目をはたすものと信じています。 【了】

 

(*後記: すでに、拙稿の冒頭でも記しましたように、本稿は、1990年 

4月、ソウルで開催された、韓国仏教放送局記念講演での、梅原猛先生 

のご講演の記録をもとに、作成されたものです。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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