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2013年10月26日 (土)

二十一世紀の世界と仏教の役割(6)

 大乗仏教の展開と変容

  それから、大乗仏教の発展の過程において重大な思想的変化が起こっ

たということがあります。 それは、仏教は最初から歴史的人格である

釈迦の教えを中心とした、はなはだ倫理的な教説を説く宗教でありました。

 

  やがて釈迦それ自体が神格化され、釈迦の前世の姿が考えられ、釈迦は

超歴史的な仏となりました。

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  そして、その超歴史的な仏になる過程で、釈迦の神性そのものが独立し

て、それ自身、独立した仏となった。かくてさまざまな仏が出現しました。

 

  真に悟りを開いた如来と、悟りを開いているがまだ民衆のなかにとどまっ

ている菩薩や、その如来や菩薩を守護する明王や、ヒンズーの神々が仏教

にとり入れられた天部と四種類の仏像がつくられるようになったのです。

 

  こうして仏教は大乗仏教となって、多神教の性格を強めてくるのです。

東アジアに伝わったのはこのような多神論としての仏教です。 

  釈迦ばかりか薬師、阿弥陀、大日、観音、地蔵、不動、毘沙門(*下の

写真)、弁天(*その下の写真)などが日本で最も人気がある仏さまです

が、仏教はこういう多神論の体系として、土着の神道とも容易に融合して

神仏習合の思想を生みます。

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  この多神論の方向を強める傾向とともに、大乗仏教にはきわめて注目

すべき変化があらわれる。釈迦の仏教は人間中心の仏教から超人間的

仏教への方向を最も端的に示すものが、韓国においても日本においても、

かつて流行した華厳仏教でありましょう。

 

  華厳仏教が崇拝する仏は毘盧遮那(びるしゃな:下の写真)は世界の

統一者なのです。太陽のようにそれは世界の中心にあり、さまざまな仏を

限定的なあらわれとしてもっているのです。


         
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  こういう仏教は、いわば律令国家の権威づけの教説として利用され、

日本および統一新羅がつくられるころ、もっとも隆盛を誇りました。 

  たしかに華厳仏教(*下は、その経典)はそういう性質をもっていますが、

しかし、その仏教は人間中心の仏教から超人間的な仏教、やがては自然

中心の仏教に発展する過程にある仏教、と考えねばならないでしょう。

 華厳は宇宙論的な仏教です。

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  そこから九世紀初期に出現した空海によって日本にもたらされ、日本で

大いに発展した密教が出てきたわけです。 

  密教の中心仏は大日如来ですが、大日如来は摩訶毘盧遮那、すなわち

大毘盧遮那といって、毘盧遮那仏から発展したものにすぎません。仏教は、

密教にまでいたって完全に自然中心の仏教になります。

 

  東アジアに定着した仏教である大乗仏教は、以上のような特徴をもつも

のですが、ここで、仏教は東アジアにやってきて、土着の思想と結びつい

たことを考えねばなりません。

 

  ここで土着の思想というのは、中国では道教、韓国ではシャーマニズム、

日本では神道であると考えられますが、この道教といい、シャーマニズム

といい、神道というものはたいして変わったものではありません。

 

  もちろん、日本の神道は、八世紀と二十世紀の二度にわたって著しく

国家主義化して、とくに二十世紀に国家主義化した神道は日本の侵略の

イデオロギーになりましたが、そのもとをなす思想は、自然崇拝のアニミ

ズムであるといわねばなりません。 

  道教もまたそのアニミズムを発展させたものであり、韓国のシャーマニ

ズムといっても、アニミズムとほぼ同じものであるといえます。

 

  日本仏教の合言葉として「山川草木悉皆成仏」という言葉がありますが、

これは中国の天台仏教ですでにいわれている言葉です。 

  この言葉は、仏性は人間だけにあるのではなく、すべての生きとし生け

るものばかりか、ふつうは無機物と考えられる山や川にもあり、すべての

生きとし生けるもの、山や川すら仏になれるとする考え方です。

 

  このような考え方は、私はまさにアニミズムといわれる思想ではないか

と思います。 

 韓国仏教にもこのような考え方が存在すると思われますが、私が韓国

の寺院を訪れて感じるのは、韓国の寺院は森に囲まれているということ

です。

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  そして、それぞれの寺院は独特の樹木を寺の神木として保有している

ということです。


 これは日本の寺院でも同じことですが、それはアニミズム思想の仏教に

たいする影響であり、そういう影響によって仏教は東アジアの地に定着し

たといえましょう。  【つづく】

 

 

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