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2013年10月12日 (土)

”森の思想”が人類を救う(6 )

    日本の芸術にあらわれた自然観


  もう一つ、日本社会の原理である、生きとし生けるものの同一性の認識

と、生から死への永劫の循環という思想についてですが、この思想が

日本文化を強く貫いている原理です。 

  たとえば、中国を手本に律令国家をつくろうとした八世紀に、日本人は、

日本独自の和歌というものをつくり出した。その和歌の歌集が『万葉集』

(*下の写真)です。

            Photo

  『万葉集』には長歌、短歌、旋頭歌という三つの形式の歌がありますが、

おもなものは短歌であり、短歌が十七世紀における俳句の出現まで、

日本の韻文の主流を占めました。 この短歌はもちろん、中国の詩の影響

によってつくられたものですが、中国の詩は、同時に政治家でもある詩人

の社会的述懐をのべたものです。

 

  それゆえ、中国の詩の主流は、政治詩あるいは社会詩にあるといえます

が、中国の詩をまねたはずの日本最初の歌集『万葉集』において、社会的

述懐の詩は柿本人麿や山上憶良(*下の絵)に見られるものの、その

主流は自然の歌と恋の歌です。



             Photo_2

                           Photo_5


  十世紀はじめにできたわが国最初の勅撰和歌集である『古今集』に

おいては、この傾向はいっそう強くなり、『古今集』二十巻のうち、四季の

歌が六巻、恋の歌が五巻である。自然の微妙な移りゆきを歌いながら、

そこへ恋人への思いを託すような抒情詩が日本の詩歌の中心であると

いえます。

                              Photo_6

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  十八世紀、中興期の俳句はこの傾向をいっそう強めます。俳句には

季語が必要です。つまり、自然をいかに鋭くとらえるか、それは五・七・五

という世界一短い詩型のなかで、作者がはたさねばならない課題です。 

  この俳諧文学の頂点に立つ芭蕉(*下の肖像画)おくのほそ道』で、

「月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人なり」といいました。


          Photo_8

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 これは、さきに私がのべました、あらゆる生きとし生けるものの生から

死への永劫の循環運動をいっているのです。 

  太陽も、古代日本人にとっては古代エジプト人と同じように、夕方、西の

空に沈んでいったん死に、明け方、東の空に再生するものです。

 

  つまり太陽も、毎日、生死をくり返すものであり、われわれも、太陽の

生死のリズムにしたがって夜は眠り、朝に目覚める。つまり眠りは生の

なかに侵入した死であると考えられる。 

  こうして人間は、太陽や月やあらゆる生きとし生けるものと同じように、

永遠に生死の旅をつづけるというのが芭蕉の世界観です。

 

  また日本の庭は、西洋の庭のように自然を征服する意志を示す庭では

なく、自然を象徴的に表現しています。 

  日本の庭は、きわめて自然に見せながら、しかし繊細な人工の手が入っ

ている。 

            Photo_10

 それは世界そのものの象徴的表現であり、そこには山があり、海があり、

神の世界があり、人間の世界があり、生があり、死があるのです。 

  そういう世界全体が象徴的に一つの庭のなかに表現されているわけ

です。 

 

    宗教にあらわれた森の思想




   日本の芸術ばかりでなく宗教も、こうした文明の原理と深い関係をもっ

ています。 

 神道は、七~八世紀と十九~二十世紀において、国家主義化しましたが、

そのもとをたどれば結局、自然崇拝にすぎないのです。

 

  日本の神社には森があり、森のない寺院はあっても森のない神社は

考えられません。神社には神殿がありますが、もともと日本の神道には

神殿はなかった。 

  それは森そのものがであり、あるいは森の高い木に神そのものがおり

てくる考えられていたからです。

                         Photo_12

 

  また日本の神社には、神の使いであるという動物、たとえば稲荷神社

には狐、三輪神社には蛇、天神社には牛などがいますが、それはもともと

は動物そのものが神であったことの名残りです。

 

  アイヌの社会に伝わる歌謡、ユーカ㋶(*㋶は、本文では小文字)には、

カムイユーカ㋶とアイヌユーカ㋶の二つがありますが、このカムイユーカ㋶

の主人公はほとんど動物です。 

  そして動物は、自分がどういうふうに人間とかかわりをもち、人間にとっ

てどんなに自分がたいせつであるかを語るものであります。

 

  私は、日本の能はどこかでこのカムイユーカ㋶とつながるところがあると

思うのです。 

 能の主人公は、たいていの場合は、この世とあの世の間をさまよって

いる亡霊です。 

  その亡霊はこの世に恨みが深いので、あの世に成仏することができない。

                  Photo_13


  それで思いの残るこの世にあらわれる能の主人公シテは、だいたい

旅の僧であるワキ、すなわち副主人公と出会い、ワキの問いに応じて

過去の恨みを語る。

 

  そして語ることによって過去の恨みは解消され、その霊は無事、あの世

にいくわけです。能は、いわば死にながらなかなかあの世へいけない霊

を無事あの世へ送る、古くからの日本の宗教的儀式と関係する演劇であ

るといえます。



  日本の仏教もまた、そのような原理の上に立っています。日本の仏教は

天台本覚論という独自の思想をつくり出しますが、それは「山川草木悉皆

成仏」という思想であり、生命の本来的同一性を主張する日本の基層文

化の原理が、仏教を大きく変容させたものといわねばなりません。 

  そこにきて、もともと人間中心主義の宗教である仏教が、自然中心主義

に大きく変更された。

 

  そして、この永遠の生命の循環という考え方は、たとえば日本において

もっとも人気のある宗教家、親鸞(*下の肖像画)の宗教のなかに色濃く

投影されている。親鸞は二種廻向という教説を説きます。

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  二種廻向は往相廻向(おうそうえこう)と還相廻向(げんそうえこう)から

成り立ちます。往相廻向というのは、「南無阿弥陀仏」と唱えれば、人は

すべて極楽浄土へいけるという考え方ですが、それだけでは十分である

とは考えない。

 

  なぜならば、人間が極楽浄土へいったとしても、なおこの世には多くの

苦しんでいる人たちがいる。 

  そこで、極楽浄土へいった人間はしばらくそこにいて、またこの世に帰っ

てくるのです。これが大乗仏教の菩薩道の必然であるというわけです。 

  つまり、菩薩は自利利他の行者であり、利他の行を徹底するからには、

いつまでも極楽浄土で安穏としていられないというわけです。

 

  そしてこの世とあの世の間を絶えず往復し、人間救済に努力するのが、

弥勒等しい菩薩の位にすでに立っている念仏行者のあり方だという。

          
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  このように、生きとし生けるものの同一性、およびこの世とあの世の間

絶えざる循環の思想は、日本の芸術や宗教を貫く思想なのです。

 

  日本において、森の面積が国土の六七パーセントを占めているという

状況は、この思想の一つのあらわれでしょう。 

  われわれはこの点において、すぐれた文明の伝統をもっているといわ

ねばなりません。 

 しかし現代の日本人は、この文明の伝統を意識しているとは思えません。

  【つづく】



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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