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2013年10月 5日 (土)

”森の思想”が人類を救う(1)

   【皆さんへ】

  皆さん、お早うございます。 

  お元気でしょうか?
 


   目下、日本は、福島原発の汚染水問題、消費税

増税、それにTPP問題など、まさに、風雲急を告げる

昨今です。 

  そんな深刻な諸問題の中、あえて、少し異なる視点

から、拙ブログを展開したいと思います。

 

  その点で、今回、採り上げました内容は、梅原猛先生

のご講演に基づくものです。 

 それも、すでに23年も前のものです。これは、拙著で

も触れたものでもあります。

 

  しかし、それでも、今後の日本や日本人の在り方を

考える場合、たいへん有益だと感じます。それを、

以下に記します。


  ”森の思想”が人類を救う(1)

   哲学者の任務


  さて、私に与えられた演題は「二十一世紀における日本文明の役割」

であります。 

  私はもともと哲学者ですが、ここ二十年間はもっぱら日本の古代のこと

を研究してきました(*下の写真は、法隆寺と名著『隠された十字架』)

            Photo

       

       Photo_7


  私の学問は、ふつう日本では梅原日本学あるいは梅原古代学と呼ば

れています。そして私は日本の古代について多くの本を書いてきました。 

  そういう私ですから、日本の古代のことを語るのは、たいへん得意とす

るところですが、未来のことを語るのは苦手です。

             Photo_2


  だから、きょう与えられた「二十一世紀における日本文明の役割」とい

うようなテーマは、古代学者である私にとっては、自分の認識の範囲を

超えている問題であり、解決困難な問題であるといわざるをえません。

 

  しかし、私はこのような問題について、少しは答えなければならない

義務を背負っているのです。 

  それは、私が海部俊樹(元)首相(*下の写真)の私的懇談会である

「二十一世紀へ向けて目指すべき社会を考える懇談会」(以下、二十一

世紀懇)の座長をしているからです。

         
             Photo_3



    この懇談会は、日本では珍しく女性四人を含めた、二十代から六十代

までの、職業集団の利益を代弁しない十一人のメンバーで構成され、

昨年(1989年)11月から本年5月まで、毎月、二回ほど海部首相と朝食

をともにし、自由な議論を重ねてきました。 

  私がこの座長を引き受けたのは、私は、海部首相の高等学校の先輩

であったからです。 

 私は、日本の学者のつねとしてあまり政治にかかわることを好みませ

んが、昔からの友人であり、後輩である首相の頼みを拒否できなかった

のです。

 

  世間には私のことを海部首相のブレーンという噂もありますが、私は

政策について海部首相から何らの相談も受けたことはありません。 

  ただ一度だけ、不退転の決意という、政治家の決断を示すよい言葉

はないかという相談を受けただけです。 

  それに対して私は「ルビコンを渡る」とか「賽は投げられた」というよう

な言葉を進言しましたが、首相は採用しませんでした。

 

  もし私がブレーンであるとすれば、まったく無能力なブレーンであると

いうことになりますが、しかし二十一世紀懇がまったく無駄であったとは、

私は思わないのです。

  二十一世紀懇の第一の提言は、環境問題についてですが、この問題

については、海部首相を交えて再三話し合いました。

 

  先日のヒューストンでのサミット(*下の写真:サッチャー首相に話しか

ける海部首相首相が百年間の地球再生計画について意見をのべ

ました。日本の首相がサミットではっきり意見をのべるということは従来

あまりなかったことであり、画期的なことであります。

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  首相がサミットで地球再生計画をのべたのは、二十一世紀懇でしば

しば環境問題を議論したことが、そのきっかけの一つになっていると

思います。 

  このように、二十一世紀懇の座長をしているということが、きょうの困難

なテーマについて講演を引き受けた理由でありますが、それだけでは

ありません。

 

  私は前に申しましたように哲学者ですが、哲学者というものは、けっし

て過去の哲学について研究するのみにとどまるべきではなく、やはり本来、

現代の人間についてどう生きたらよいかを提言すべき立場にあります。 

  しかし、そういう問題はあまりに困難なので、私はいささか過去の研究

に深入りし、現在および未来の問題について発言することをさけてきました。

 

  そして三十年間、日本研究、古代研究に没頭したおかげで、日本文明の、

ひいては人類文明の姿がおぼろげながら見えてきたのです。 

  それに私は現在六十五歳です。もうそんなに私の人生は残っていません。 

もし私が本来的に哲学者であるとすれば、もう一度、日本学あるいは古代

学から、普遍学あるいは哲学にもどらなければならないのです。

 

  たいへんおぼろげですが、やっと見えはじめた日本全体の姿のなか

から、日本の未来について、ひいては人類の未来について考えてみなけ

ればならないのです。 

  ですから、私がここでお話しすることは、若いときに西洋の哲学者、

プラトンやデカルト(*下の肖像画)やニーチェの書物を耽溺し、中年に

なって日本の宗教や芸術や歴史や文学について、たくさんの本を書いた

一人の哲学者の、はなはだ個人的な意見であり、けっして日本を代表す

るような意見ではありません。 【つづく】 

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