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2013年10月24日 (木)

二十一世紀の世界と仏教の役割(4)

   環境破壊の危機



  核戦争の危機以上に最近問題になっているのが、環境破壊の危機です。 

この危機は、私の考えではすでに一万年前に始まっています。 

  人類が、それまでの狩猟採集文明にかわって新たに農耕牧畜文明を

発明したときいらい、人類は自然を征服し、人間が住むべき環境を破壊し

てきました(*下の写真は、そのイメージ)

         Photo


  そして、その農耕牧畜文明をもとにして都市文明が建設されるや、自然

破壊、環境破壊はさらにすすみ、そして約三百年前に発明された工業文

明はそのような自然破壊、環境破壊を飛躍的にすすめたのです。



  狩猟採集文明では、人間は自然界の一員として、他の植物や動物さら

に自然現象とも相離れたものではありませんでした。人間は自然のなか

に組み込まれて、自然の一員として生活し、他の生物とも共存していま

した。

  しかし、農耕牧畜文明が生まれると人間の自然征服が始まり、人間は、

他の生物とちがった何か特別な能力を神によって付与されているという

思想が生まれました。そして、その思想がいっそう自然征服を促進した

のです。

 

  今から五千年前に、人類はじめての都市文明をつくったシュメールの

ギルガメシュ王の伝説によれば、都市文明をつくったギルガメシュ王が

まず第一にしたことは森の神の殺戮でありました。

 

  こうして農耕牧畜文明の成立、そしてその上にたった都市文明の発展

を通じて、まさに青々とした巨大な森は伐りとられ、農耕地、牧畜地となり、

その木材は、巨大な宮殿建設や寺院建築や、さらに銅や鉄の精錬のため

の燃料に用いられた。 

  こうして、四大文明といわれる都市文明の栄えた土地は、現在ほとん

ど森を失い、砂漠に近い状態になっています。

                       Photo_2


  ギリシアのエンタシス(*下の写真)という柱は石柱ですが、それはや

はり木の形をまねてつくられている。それは、樹木がすでにギリシアに

おいてえがたいものになっていたことを示すものでありましょう。

             Photo_3


  こういう文明の発展とともに人間は世界の中心に立ち、世界を支配す

べき者となりますが、近代ヨーロッパ文明は永遠で変わらない、思惟する

自我というものを、その哲学の根底におくのです。それはまさに人間の

自然支配の完成です。

  そして産業革命によって機械が発明され、人間はその機械を自然征服

の道具を使い、自然を自分の意のままに支配した。

  これはまさに十八世紀から二十世紀にいたる人類の最大のできごとで

すが、こうして征服された自然はまさに致命的に破壊され、人間は、

豊かな物質生活の代償として自ら生きる環境を喪失するにいたったの

です。

  このような問題が意識されるにいたったのは二十世紀のはじめであり、

深刻さを実感するようになったのは二十世紀の終わり、つい最近のこと

である。




   精神崩壊の危機

  第二の危機も深刻ですが、第三の危機はさらに深刻であるように私に

は思われます。

  これは、とくにニーチェが予言した危機ですが、西洋の近代世界という

ものは、すでにそういう危機を萌芽として含んでいるのです。

  西洋近代文明はキリスト教のなかから生まれたのですが、それは神の

問題をいちおうかっこのなかに入れたのです。

  キリスト教の信仰のなかには多くの不都合な話がある。理性を信ずる

近代人はそのような不合理な話を信ずるわけにはいかない。

  それで、近代人になるべく宗教のことは問題にしないですまそうと思った

のです(*下の絵は、ガリラヤ湖上を歩くイエス・キリスト)

         Photo_8

 宗教より理性を信ずる、それが近代哲学の出発点であり、デカルトの

哲学はまさにそういう原理の上にたっていたのです。


  しかし、宗教を棚上げして、宗教なしに人は生きていけるのか、カント

(*下の肖像画:1724~1804)は道徳的理性を理論的理性より上位に

おいて、道徳をして宗教にかわらせようとしましたが、時代の大勢は、

宗教の束縛から人間を解放するとともに、道徳の束縛からも人間を解放

しようとする方向にすすみました。

                       Photo_7

  しかし、宗教からも道徳からも解放された人間はいったいいかなる人間

になるのか。それは無限の欲望の満足をひたすら希求する人間です。

  現代人は宗教と道徳から解放され、日一日、純粋な欲望人になりはて

ていくのです。

 これが高度に発展した資本主義社会の人間の運命ですが、人間が純粋

な欲望人なりはてるとしたら、それは人間の精神の崩壊を示すもので

あります。

  そして、とくに若者の精神の崩壊ということが、資本主義のもっとも発達

した先進工業国に起こっているのです。   【つづく】

 

 

 

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