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2013年10月25日 (金)

二十一世紀の世界と仏教の役割(5)

  釈迦仏教から大乗仏教へ

  さて、以上の三つの危機が二十一世紀の人類社会を襲う危機であると

すれば、二十一世紀の思想は、このような三つの危機にたいして、予防

薬あるいは治療薬としての意味をもたねばならないでありましょう。

 

  はたしてここでおもに論じられるべき仏教は、そのような治療薬あるいは

予防薬としての意味をもちうるでありましょうか。これが、私が問おうとする

問題です。

 

  この問題を明らかにするために、われわれは仏教とは何であるかという

ことを説明しなければならないでしょう。 

  ここでわれわれは、仏教をその原初的な形、すなわち釈迦が説いた形

で考えるのではなく、それが東アジアの世界において定着した形で考える

ことにしましょう。

 

  ここで東アジアというのは、主として中国、韓国、日本をさします。この

三つの国の仏教はそれぞれよく似ていますが、多少のちがいがあります。 

  日本に仏教が輸入されたのは六世紀半ば、欽明十三年、西暦五五二年

のことですが、日本に仏教をもたらしたのは百済の聖明王です。

 (*下の写真は、「仏教伝来の地」の碑)

                    Photo


  聖明王のもたらした仏教は、南朝の仏教、粱の仏教でしたが、その後の

日本の仏教は韓国仏教(*下の写真)の影響が強いのです。

                    Photo_3

                              Photo_4



  七、八世紀の日本で流行した仏教は三論、法相、そしてあとに華厳です

が、いずれもそれは三韓の仏教の影響を受けています。

  日本が韓国仏教の影響をいちおう脱却し、中国から直接仏教を受け入

れるようになったのは、九世紀になってからであり、最澄による日本天台

宗、空海による日本真言宗の樹立以後でありましょう。

 

  日本仏教はもちろん、韓国仏教の影響を受けているのですが、中国では

皇帝による破仏の影響があり、仏教は南北朝から唐時代以降は衰退の

運命をたどらざるをえませんでした。
                           


  しかし、韓国や日本においてはそういうことは少なく、仏教はその後も

ずっと隆盛を誇りました。しかし韓国においては、李朝時代になると儒教

の影響が強く、仏教はむしろ庶民の信仰として生きつづけたように思われ

ます。

        Photo_10


  しかし、日本においては儒教の影響は少なく、江戸時代、十七世紀に

なって徳川幕府は儒学すなわち朱子学を国教としましたが、民衆はもち

ろん、知識人たちもなお仏教の信仰をやめようとはしませんでした。 

  こういう状況のちがいはありますが、東アジア世界に広く根をおろした

仏教には共通の特徴があります。つまり東アジアに定着した仏教は大乗

仏教です。

 

  大乗仏教は紀元後一世紀頃に興った仏教の新しい宗教であるといえ

ます。紀元前五世紀の人であるゴータマ・シッダールタ、すなわち釈迦牟

尼は、四諦十二因縁の説を説いたといわれます。

                        
                                     Photo_8


  四諦というのは、苦諦・集諦(じったい)・滅諦・道諦をいいます。苦諦と

いうのは、人生は苦であるという認識であり、集諦というのは、苦の原因

は愛欲であるという苦の認識であり、滅諦というのは、苦を滅ぼす認識

であり、道諦というのは、苦を滅ぼす方法に関する認識、つまり戒定慧

の生活。 

  戒、すなわち戒律を守り、定、すなわち瞑想をすることであり、慧、すな

わち知恵を磨くことによって人間が苦から逃れるという認識です。

 

  この四つの認識を身につけ、それを実践することによって人間は苦の

原因である愛欲のもとを絶ち、苦からまぬがれることができるというので

あります。

 

  この苦をまぬがれる状態に入ることを涅槃に入るといいますが、人が

完全に涅槃に入ることができるのは死によってです。

                        Photo_6


  生前にも涅槃に入ることはできますが、それは有余(うよ)涅槃といって、

死後に入るべき完全な涅槃、無余涅槃から区別されます。

 

  仏教では、生きとし生けるものは、六道、六つの世界に生まれ変わり、

苦を味わうものと考えられていますが、涅槃に入った人間は、この世に

生まれ変わる因縁を絶ち、もはや苦を経験することはないわけです。



  こういう教説を釈迦は説いたわけですが、それはドイツの仏教学者、

オルデンベルクが驚嘆したように真に理性的な教えです。

 (*下は、彼の著書『仏陀 その生涯、教理、教団』)

                   Photo_7


  釈迦の弟子たちはこういう釈迦の教えを守り、多く山野に住んで、清浄

な生活を守っていました。 

  しかしこのような社会から隔絶し、清浄な生活を守る釈迦弟子たちを

手厳しく批判する教義をもつ宗派が、仏教のなかから興ったのです。

それが大乗仏教です。

  大乗仏教は、ひとり山野にこもり、清浄な生活をして、そして涅槃に入る

という、そういう釈迦の忠実な弟子たちのあり方を批判しました。 

  そういうふうに山野にこもっていたら一般の民衆は救えない。民衆の

なかにおりてきて、菩薩の道を説く宗教であり、それ以前の釈迦の弟子

たちの仏教を声聞・縁覚の仏教として、それはひとり己の悟りを楽しむ

仏教であり、積極性に欠けると批判するのです。

 

  そして大乗仏教は、そのような声聞・縁覚の仏教を小乗、すなわち小さ

な乗り物の仏教と名づけ、自分たちの仏教を大乗、すなわち大きな乗り物

の仏教と名づけた。

 

  この大乗仏教が育てた最も思想が空の思想でありましょう。空とは、

有にも無にもとらわれない、肯定にも否定にもとらわれないことであり、

それは有無にとらわれず、肯定にも否定にもとらわれないので、中とも

名づけられます。

 

  この空の思想、中の思想を最もはっきり説いたのが般若経典ですが、

大乗仏教は共通に般若経典を最も重要な経典の一つとするのです。

 

  四世紀後半から五世紀はじめに活躍した鳩摩羅什(くまらじゅう)(*下の

絵)大々的な大乗経典の翻訳いらい、まさに東アジアの国々はこの大乗

仏教一辺倒になったのです。

             Photo_8

   この大乗仏教において最も重要な思想は菩薩(*下の写真)の思想で

あると思います。菩薩は自利利他を行とする人間であります。

 

             Photo_9

  大乗仏教の宗派によって、あるいは利他をより強調する思想的ちがいは

ありますが、この自利利他の実践行こそまさに大乗仏教の核心です。

 

  われわれは、大乗仏教の影響を受けた韓国および日本の仏教を展望

するとき、まず注意すべきはこの自利利他の菩薩行の思想なのです。 

【つづく】



 

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