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2013年10月19日 (土)

二十一世紀の世界と仏教の役割(2)

  近代の終焉を予言したニーチェ


  私は、マルクスについてきびしい批判をしてきましたけれど、マルクスは

十九世紀のヨーロッパを代表する偉大な、とくに影響力が大であるという

ことを偉大の条件とするならば、最も偉大な哲学者であります。二十世紀

はマルクスの世紀であったといえます。

 

  二十世紀前半はマルクス主義の輝かしき発展の年であり、二十世紀後

半はマルクス主義の失敗とその崩壊の年であるといえるでしょう。 

  その意味で二十世紀はマルクスの世紀であるといえますが、もう一人、

ヨーロッパの思想家で、マルクスとならんで影響力の大きい思想家がおり

ます。それはフリードリッヒ・ニーチェ(*下の写真)です。

         Photo

   ニーチェの思想的影響は、ヒトラー(*下の写真)がムッソリーニ

(*その下の写真)にニーチェ全集(*また、その下は、その日本語版

全集)を贈り物にしたというエピソードに示されるように、ナチズムやファ

シズムにも見られますが、ナチズムやファシズムはニーチェの思想の

一面だけを過大に解釈したものであり、とうていニーチェの正しい解釈で

あるとは思えません。

           Photo_2

             Photo_3

            Photo_4



  ニーチェの思想的影響はむしろ、ナチズムに最も大きな被害を受けたと

思われるフランスにおいて戦後認められるのです。 

  フランスの構造主義者はニーチェの思想の解釈を通じて近代の終焉

語り、ポスト・モダンの思想を論ずるのです。

 

  ニーチェは、マルクスよりも根本的な近代ヨーロッパ社会の批判者です。 

マルクスの批判したのは近代ヨーロッパのブルジョア社会ですが、ニーチ

ェは近代ヨーロッパ社会の原理そのものが間違っているというのです

 

  近代ヨーロッパ社会は、古代ギリシア社会のような、強い肉体と高い

精神に誇りをもつ高貴な人間の理想を失っているというのです。 

  そういう理想像をもたないヨーロッパ社会は中心を失っている社会であ

り、やがて虚無のなかに転落するにちがいない、とニーチェは警告するの

です(*下の絵は、ラファエロ作「アテネの学堂」)

                     Photo_11

               

  マルクスが資本主義社会の崩壊を予言したのにたいし、ニーチェは、

近代ヨーロッパ文明を形成する民主主義社会は世俗化されたキリスト教

社会であり、そこに何らの高い人間の理想はないゆえに、その社会は遠

からず崩壊するにちがいないと予言するのです。

 

  ニーチェの予言は、社会主義社会が崩壊した今日においてなお、いや

今日においていっそうその意味を強くもつのです。 

  現代ヨーロッパ社会のもっているさまざまな価値、その価値が現に今、

強く問われているわけです。ニーチェ哲学は、マルクス哲学がほとんど

意味を失った今日においてこそ切実な意味をもってくるのです。

 

  私は、二十一世紀について語るべきはずなのに、マルクスとニーチェ

について語りすぎたかもしれません。 

  しかし、私がここでいいたかったのは、哲学というものは、しばしば社会

科学などより、歴史の未来を予言することができるということです。

 

  ニーチェはもちろん、マルクスも、科学的社会主義を唱えつつも、一面

予言者でもありました。 

  しかし、マルクスの予言はあたりませんでした。それは現実の歴史が

証明しているのです。

 

  一方、もう一人の謎に満ちた風貌の詩人・哲学者ニーチェの予言(*下

の写真は、若き日のニーチェと後年の彼)は、近代ヨーロッパ世界の価値

がもはやそのまま通用しないという点においては、たしかに的を射ている

ように思われるのです。 

  ニーチェのいうように、ヨーロッパの近代社会の崩壊が社会主義社会

の崩壊のように劇的に訪れるか、それはだれにも予言できないことであ

ります。


            Photo_7


            Photo_8



  ニーチェやマルクスの時代から一世紀以上が過ぎました。この一世紀

の間にいろいろなことが起こりました。 

  社会主義社会の成立と崩壊、ヨーロッパの植民地からの多くの国の

独立、人類をたちどころに絶滅させるような核兵器の発明、そして情報網

の急速な普及による地球の矮小化など、どれをとってもたいへんな問題

であり、マルクスもニーチェもけっして予測できなかった問題です。

  こういう二十一世紀について論じなければならない私は、二十一世紀の

人間が直面する人類の危機を考え、そこからあらかじめ危機を予防する

ものとしての思想の意味を考えたいと思うのです。

 

  今、仏教をわれわれが問題とするものであるかぎり、仏教がこの危機に

たいして、いかなる予防薬あるいは治療薬になりうるかを問わねばならな

いと私は思うのです。 

                             Photo_10


  それは純粋に思想的な問いでありますが、さきに私がマルクス主義に

ついての話で示したように、思想的に正しいとすれば、それは現実にそう

ならざるをえない必然性をもっているのであります。  【つづく】

 

 

 

 

 

 

 

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