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2013年10月17日 (木)

”森の思想”が人類を救う(完 )

   二十一世紀最大の危機―環境破壊(後)

  カナダは世界有数の森林国です。おそらくカナダの森(*下の写真)は、

カナダ一国のためのみではなく、全世界のために末ながく保全されるべ

きものだと思います。

Photo


  このバンクーバー(*下の写真)の地においても、尊敬すべき自然保護

の試みがあり、あるいは「カムバック・サーモン」運動によって、川にサケ

が帰ってきたということを聞きました。こういう運動は、今後も二十一世紀

の人類のために大いに進めていかなくてはならない運動であると思います。 

            
                Photo_3

  私は、日本の伝統文化について語ってきたつもりですが、二十一世紀

の日本の文明についても知らず知らずのうちに少しは語りました。 

  しかしまだ語らないことがあります。それは、日本は二十一世紀の国際

社会において、どのような役割をはたしていくべきかという問題です。

それについて、私のはなはだ個人的な意見をのべたいと思います。
 

  日本には平和憲法(*=下の写真は、「日本国憲法」)というものが

あります。それは軍隊をもつことを禁じている憲法です。それは戦後ア

メリカによって一方的に与えられたという人もありますが、戦後の日本

人はきわめて容易に受け入れたということもあります。それは、日本人

戦争にこりごりだったからです。とくにあの広島・長崎の経験は衝撃的

でした。

      Photo_4


  ああいうことがなかったならば、日本の軍国主義的権力をして絶望的

な戦争をやめさることはできなかったのかもしれませんが、唯一の原爆

被災国として、日本人は、戦争というものはもうたくさんだという気持ちを

もっている。 

  ですから平和憲法は現在においても、なお大多数の日本人の心のより

どころになっています。
 

  それゆえ、自衛隊以外の軍隊をもたない日本は、アメリカのように海外

に軍隊を派遣して、世界の秩序を守るというような役割を演ずることは

できない。 

  そういう役割を、日本はアメリカやソ連に任せておくより仕方がないの

ですが、そういう巨大な軍事力をもった国家は、一方では非常な危険性を

もつということも否定できません。


  それゆえ、軍事力をもたない日本は、結局いろいろな国家の理解者

あり、媒介者になるしか道はないと思うのです。 

  東洋人でありながら、西洋の近代文明の受容に成功した日本は、そう

いう東洋と西洋との媒介者の役割をはたすことができるはずです。

 

  いろいろなトラブルの調停者として、私は今後の日本の経済力が活用

できるとするならば、それは一つの日本の生きる道になるのではないか

と思うのです。

  縄文時代において最も崇敬された神でありながら、弥生時代以後、圧迫

された日本の神があります。それは(*下の写真)の神です。火の神

縄文時代において最も尊敬されました。

            Photo_5

  それは人間の近くにいて人間の願いを聞き、その願いを神々に伝えると

いう役割を担っていました。 

  火は人間と神々の媒介者であり、また神々相互の媒介者でもあった。

日本は今でも、仏さまを拝むときには仏壇に灯明をつけ、また祖先の霊

を迎えるお盆には迎え火、送り火ををたきますが、それは火がこの世と

あの世の媒介者であった、昔の信仰の名残りです。


  ところが、この火の神、カグツチは、八世紀にできた日本の神話的

歴史書『古事記』(*下の写真)では、まさに日本の国生み(*その下

の絵)を行った女神イザナミノミコトを死にいたらしめた神として、その夫

イザナギノミコトに惨殺されるのです。 

                   Photo_13               

                        Photo_14


  火の神にかわって日本の神の王座を占めたのは太陽の神でし

た。                                 
         

  そして日本の天皇は太陽の神、アマテラスの子孫であるということにな

っています。 

 この太陽の神の崇拝が国旗、日の丸になり、また日本という国号となっ

たわけです。

                    Photo_10


  太平洋戦争における日本の国粋主義の思想の基礎となったのは、この

日本人が太陽の選民であるという思想でありました。 

  私は、この選民思想はいたずらに日本のナショナリズムを鼓吹し、世界

的に日本を孤立せしめる危険な思想であると思います。
 

  私の個人的好みからいえば、太陽の神より火の神を崇拝したほうがよ

いように思います。 

  つまり、日本国は、太陽神のように唯一絶対の世界を指導するような

国になるべきではなく、火の神のような文明と文明、国と国を媒介し、あの 

世とこの世を媒介する国になるべきであると思います。
 

  ただ何度も申しましたように、これは、私のきわめて個人的な考え方で

あり、私と同じような考え方の日本人は少ないかもしれません。 【了】

 

   ( *本稿は一九九十年八月、カナダのブリッティシュ・コロンビア大学

創立七十五周年およびアジアセンター設立十周年を記念して、バンク

ーバーで行われた講演記録をもとに作成されたものです。)

 

 

 

 

 

 

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