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2013年9月21日 (土)

学ぶべき吉沢正巳氏の生き様と行動

  ”希望の牧場”に生きる、抵抗の酪農家



  
東日本大震災や福島原発事故を機に、自らの運命が暗転した
 

方々は多い。 

 無論、2万名近い死者(行方不明者を含めて)のことも、決して

忘れてはなるまい。  

  本日、ここに取り上げる吉沢正巳氏(*下の写真)も、原発事故の  

せいで、その運命が激変した方である。 


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   だが、吉沢氏の人間的素晴らしさは、その余りにも過酷な現実にも   

負けず、自らの信念に対して忠実に生き、かつ雄々しく行動している  

ことだ。  

  同氏は、今まで飼っていた、被曝した多数の牛たちを、餓死させたり

殺処分したりするに忍びず、今も”希望の牧場”で、彼らを飼育して

おられる。
                         
           Photo_4



 実は、私は、吉沢氏のことを、テレビ朝日系の番組『抵抗の  

酪農家』というドキュメンタリーで、 初めて知った。番組を観て、

同氏の 生き方に、私は心から感動した。  

  そして、より多くの方々に、同氏のことを、是非知ってほしいと感じた。  

   先述したように、いかに、被曝し、かつ売り物にならなくなったとは

いえ、吉沢氏は、今まで飼育していた牛たち を餓死させたり、あるい

は、政府の命令に従って殺処分することを、その牛飼いとしての誇り

自らの勇気で、決して許さなかった。 

   そして、自ら被曝の深刻化さえ顧みず(まさに、「決死の覚悟」で)、

彼らの面倒を見ておられる。その生き様に、私は、まさに”真の人間”

見る 思いだった。 

 

  原発事故当時、吉沢氏は、福島原発から14キロ(つまり、20キロの警戒 

区域内)に位置する浪江町で、330頭の黒毛和牛を飼っていた。 

  同氏は、福島原発の爆発後の煙を直に見、かつその爆発音を聞いた。 

  爆発後、一週間、彼は、多くの逃げ惑う人々を見た。当事者の「東電」さえ、 

現地から逃げようとした。

    Photo_3

     

  しかし、そんな地獄絵図の中、彼は、自衛隊員が、まるで特攻隊か 

決死隊のように、わが身も顧みず献身的に働いている姿を、その目に 

焼き付けた。そこで思った言葉が「決死、救命!団結!」である。

              

Photo_5

  爆発一週間後、吉沢氏は単身、軽トラックで上京した。そして

東電の本社に乗り込み、応対した総務部長に対して、”牧場の被災に

対する弁償”を要求した。 

  そこで、彼は、「(東電)逃げるな!  俺だったら、ホースを持って、 

(爆発した)建屋に飛び込んで行くぞ!」と言い放った。 

  その後、彼は、農水省、経産省、原子力安全保安院にも駆け込んだ。 

そして、保安院では、「今まで、“安全・安全”と言っていたが、何が安全だ。 

おまえらは、原子力安全不安院だろ!」と言った。 

  それから、吉沢氏は、政府にも掛け合い、枝野内閣官房長官が、

「原発爆発事故」ではなく「原発爆発事象」と誤魔化した欺瞞を糾弾した。 

  吉沢氏の行動力は、まさに電光石火の如くである。


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現在、吉沢氏は、330頭(今日では、少し増えて360頭)の牛たちに

飼料や水を与え、彼らを守り抜いている。 

  それに至るまで、同氏は、当時の民主党政府や福島県警本部、さら

には南相馬警察署などから、様々な迫害や妨害を受けた。それでも、

彼は、めげなかった。

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  今では、10軒の、志を同じくする酪農家仲間と、牛たちを飼育している。 

その行為は、まさに「原発再稼働」に対する抗議の

シンボルである、と 吉沢氏は、語る。彼は言う。 

「『被曝牛を殺せ!』という政府の命令は、まさに『棄畜政策』、これは、

『棄民政策』につながって行くだろうと思います」と。

Photo_9


         

  吉沢氏は訴える。
 

「(自分の)残った人生を、牛にエサをやりながら、考えます。 

  『(この行為は)何のために?』   

 『何でやっている?』『意味あるか?』 

  『エサ、無いじゃん』・・・・ 

  でも、精一杯頑張って、ベコヤ(牛飼い)として、”この原発の時代を乗り

越える!”  絶対、“乗り越える!”と覚悟を決めました。

 

  これ(=被曝牛の飼育)を、”人生のテーマ”として、私は、多くの方々に 

語りかけます。 

  (でも、これから) 誰かがじゃなく、あなた自身がやるんですよ。 

そうしなければ、ドイツのようにはなれません。 

  ドイツが、あれだけになっているのは、それだけ、国民の議論が、国民の 

行動が、国民の実力が、日本よりも、数倍も勝っているから、あのように 

なるのです。 

  でも、頑張れば、(私たちも)あのようになれると思い

ます」と。

 

  吉沢氏が、今年の8月6日、広島で行なった講演を、下に貼り付けます。  

どうか、是非、ご高覧ください。  【了】  

  http://youtu.be/kPjdiwg9E70

        (後記: いつも、ご愛読いただきまして、誠に有難うございます。  

   率爾ですが、私用にて、来週一週間、休筆させていただきます。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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