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2013年8月 6日 (火)

徳冨蘆花の『謀叛論』(完)

   それに公開の裁判でもすることか、風紀を名として何もかも暗中

(あんちゅう)にやってのけて――諸君、議会における花井弁護士の言

を記憶せよ、大逆事件の審判中当路(ママ)の大人は一人もただの一度

も傍聴に来なかったのである――死の判決で国民を嚇(おど)して、

十二名の恩赦でちょっと機嫌を取って、余の十二名はほとんど不意打

ちの死刑――否(いな)、死刑ではない、暗殺――暗殺である。  

せめて死骸になったら一滴の涙位は持っても宜(よ)いではないか。

  (*下の写真は、犠牲者の一人、管野スガ。その下は、幸徳秋水と

    管野スガ)

            Photo_2

            Photo_3



  それにあの執念な(ママ)追窮しざまはどうだ。死骸の引取り、会葬者

の数にも干渉する。 

  秘密、秘密、何もかも一切秘密に押込めて、死体の解剖すら大学では

させぬ。きることならさぞ十二人の霊魂も殺してしまいたかったであろう。

 

  否、幸徳らの躰(からだ)を殺して無政府主義を殺し得たつもりでいる。 

彼ら当局者は無神無霊魂の信者で、無神無霊魂を標榜した幸徳らこそ

真の永世の信者である。 

  しかし当局者も全く無霊魂を信じきれぬと見える、彼らも幽霊が恐いと

見える、死後の干渉を見ればわかる。恐いはずである。

  (*下の写真は、同じく犠牲者の一人宮下太吉)

         Photo_4


  幸徳らは死ぬるどころか活溌溌地に生きている。現に武蔵野の片隅に

ていたかくいう僕を曳きずって来て、ここに永世不滅の証拠を見せている。

死んだ者も恐ければ、生きた者も恐い。 

  死減一等の連中を地方監獄に送る途中警護の仰山(ぎょうさん)さ、

始終短銃を囚徒の頭に差つけるなぞ、――その恐がりようもあまりに

ひどいではないか。

 

  幸徳らはさぞ笑っているであろう。何十万の陸軍、何万トンの海軍、

幾万の警察力を擁する堂々たる明治政府を以てして、数うるほどもない、

しかも手も足も出ぬ者どもに対する怖(おび)えようもはなはだしいでは

ないか。

 

  人間弱味がなければ滅多に恐がるものではない。幸徳ら瞑(めい)

すべし。政府が君らを締め殺したその前後の遽(あわ)てざまに、政府の、

否(いな)、君らがいわゆる権力階級の鼎(かなえ)の軽重は分明に暴露

されてしもうた。




  こんな事になるのも、国政の要路に当る者に博大なる理想もなく、信念

もなく人情にたつことを知らず、人格を敬することを知らず、謙虚忠言を

聞く度量もなく、月日とともに進む向上の心もなく、傲慢にしてはなはだ

しく時勢に後れたるの致すところである。

 

  諸君、我らは決して不公平ではならぬ。当局者の苦心はもとより察せな

ばならぬ。地位は人を縛り、歳月は人を老いしむるものである。 

  廟堂の諸君も昔は若かった。書生であった。今は老成人である。残念

ながら御(お)ふるい。切棄(きりす)てても思想はたり。白日の下に駒を

駛(は)せて、政治は馬上提灯の覚束(おぼつか)ないあかりにほくほく

瘠馬(やせうま)を歩ませて行くというのが古来の通則である。

 

  廟堂の諸君は頭の禿げた政治家である。いわゆる責任のある地位に

立って、慎重なる態度を以て国政を執る方々である。 

  当路に立てば処士横議(しょしおうぎ)はたしかに厄介なものであろう。

仕事をするには邪魔も払いたくなるはず。統一統一と目ざす鼻先に、

謀叛の禁物は知れたことである。

 

  老人の胸には、花火線香も爆裂弾の響(ひびき)がするかも知れぬ。 

天下泰平は無論結構である。共同一致は美徳である。斉一(せいいつ)

統一は美観である。 

  小学校の運動会に小さな手足の揃うすら心地好いものである。

「一方に靡(なび)きそろひて花すゝき、風吹く時そ乱れざりける」で、

事ある時などに国民の足並の綺麗に揃うのは、まことに余所目(よそめ)

立派なものであろう。

 

  しかしながら当局者はよく記憶しなければならぬ、強制的の(ママ)

一致は自由を殺す、自由を殺すはすなわち生命を殺すのである。 

  今度の事件でも彼らは始終皇室のため国家のためと思ったであろう。 

しかしながらその結果は皇室に禍(わざわい)し、無政府主義者を殺し

得ずしてかえって夥しい騒擾(そうじょう)の種子を蒔いた。

 

  諸君は謀叛人を容(い)るるの度量と、青書生に聴くの謙虚がなけれ

ばならぬ。 

 彼らの中には維新志士の腰について、多少先輩当年の苦心を知って

いる人もあるはず。 

  よくは知らぬが、明治の初年に近時評論などで大分政府に虐められた

経験がある閣臣もいるはず。 

  虐められた嫁が姑になってまた嫁を虐める。古今同嘆である。当局者

は初心を点検して、書生にならねばならぬ。 

  彼らは幸徳らの事に関しては自信によって涯分を尽したと弁疏

(=弁解:言い訳)するかも知れぬ。

 

  冷(ひやや)かな歴史の眼から見れば、彼らは無政府主義者を殺して、

かえって局面開転(ママ)の地を作った一種の恩人とも見られよう。 

  吉田に対する井伊をやったつもりでいるかも知れぬ。しかしながら

徳川の末年でもあることか、白日青天、明治昇平の四十四年に十二名

という陛下の赤子、しかのみならず為すところあるべき者どもを虐めぬい

て激さして謀叛人に仕立てて、臆面もなく絞め殺した一事に到っては、

政府は断じてこれが責任を負わなければならぬ。

 

  麻を着、灰を被って不明を陛下に謝し、国民に謝し、死んだ十二名に

謝さねばならぬ。 

 死ぬるのが生きるのである、殺さるるとも殺してはならぬ、犠牲となる

が奉仕の道である。 

―ー人格を重んぜねばならぬ。負わさるる名は何でもいい。事業の

成績は必ずしも問うところではない。最後の審判は我々が最も奥深い

ものによって定まるものである。

 

 これを陛下に負わし奉るごときは、不忠不臣の甚だしいものである。 

  諸君、幸徳君らは時の政府に謀叛人と見做されて殺された。諸君、

謀叛を恐れてはならぬ。謀叛人を恐れてはならぬ。自ら謀叛人となるを

恐れてはならぬ。

 

  新しいものは常に謀叛である。「身を殺して魂を殺す能わざる者を

恐るるなかれ」。肉体の死は何でもない。恐るべきは霊魂の死である。 

  人が教えられたる信条のままに執着し、言わせらるるごとく言い、

させらるるごとくふるまい、型から鋳出した人形のごとく形式的の生活

の安を偸(ぬす)んで、一切の自立自信、自化自発を失う時、すなわち

これ霊魂の死である。

 

  我らは生きねばならぬ。生きるために謀叛しなければならぬ。古人は

いうた、いかなる真理にも停滞するな、停滞すれば墓となると。 

  人生は解脱の連続である。いかに愛着するところのものでも脱ぎ棄て

ねばならぬ時がある、それは形式残って生命去った時である。「死にし

者は死にし者に葬らせ」墓は常に後にしなければならぬ。

 

  幸徳らは政治上に謀叛して死んだ。死んでもはや復活した。墓は

空虚だ。いつまでも墓に縋りついてはならぬ。「もし爾(なんじ)の右眼

爾を躓かさば抽出(ぬきだ)してこれをすてよ」。 

  愛別、離苦、打克なねばならぬ。我らは苦痛を忍んで解脱せねば

ならぬ。

 

 繰り返して曰う、諸君、我々は生きねばならぬ。生きるために常に謀叛

しなければならぬ、自己に対して、また周囲に対して。 

  諸君、幸徳らは乱臣賊子となって絞台の露と消えた。その行動について

不満があるとしても、誰か志士としてその動機を疑い得る。 

  諸君、西郷も逆賊であった。しかし、今日となって見れば、逆賊でない

こと西郷のごとき者があるか。

                     Photo_5

     
(*大逆事件の犠牲者を顕彰する会による碑

      「志を継ぐ」〔和歌山県新宮市・・・大石誠之助の故郷〕 )
 

  幸徳らも誤って乱臣賊子となった。しかし百年の公論は必ずその事を

惜しんで、その志を悲しむであろう。

要するに人格の問題である。諸君、我々は人格を

研(みが)くことを怠ってはならぬ。 【了】

 

  (後記:上記の『謀叛論』は、1911(明治44)年2月1日に、旧制第一高等

      学校で行われた講演の草稿です。 

               インターネットの図書館、「青空文庫」〔入力:加藤恭子氏、

      校正: 小林繁雄氏〕より、転載させて頂きました。

       様々な方々のご尽力を、心より感謝申し上げます。

               尚、突然で誠に恐縮ですが、本パソコン内で

    重大な問題が生じました為、少し長くなるかも

    知れませんが、当分の間、「拙ブログ」を休筆さ

    せていただきます。

     再開の日まで、皆さん、どうかお元気で!

 渡邉良明  拝)

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