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2013年7月27日 (土)

徳冨蘆花の『謀反論』(1 )

 

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                                    (徳冨蘆花)

 僕は武蔵野の片隅に住んでいる。東京へ出るたびに、青山方角へ

往(ゆ)くとすれば、必ず世田ヶ谷を通る。僕の家から約一里程行くと、

街道の南手に赤松のぱらぱらと生えたところが見える。

 

  これは豪徳寺(*下の写真は、同寺と井伊直弼)―井伊掃部頭

直弼(いいかもんのかみなおすけ)の墓で名高い寺である。

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 豪徳寺から少し行くと、谷の向うに杉や松の茂った丘が見える。

吉田松陰の墓および松陰神社はその丘の上にある。

 

  井伊と吉田、五十年前には互いに俱不(ママ)戴天の仇敵で、安政の

大獄に井伊が吉田の首を斬れば、桜田の雪を紅に染めて、井伊が浪士

に殺される(*下の写真は、吉田松陰と松陰神社)

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  斬りつ斬られつした両人も、死は一切の恩怨(おんえん)を消してしまっ

て谷一重(たにひとえ)のさし向い、安らかに眠っている。

  今日の我らが人情の眼から見れば、松陰はもとより醇乎(じゅんこ)と

して醇なる志士の典型、井伊も幕末の重荷を背負って立った剛骨(ごう

こつ)の好男児、朝に立ち野に分れて斬るの殺すのと騒いだ彼らも、

五十年後の今日から歴史の背景に照らして見れば、畢竟今日の日本を

造り出さんがために、反対の方向から相槌を打ったに過ぎぬ。

 

  彼らは各々その位置に立ち自信に立って、するだけの事を存分にして

土に入り、余沢を明治の今日に享(う)くる百姓らは、さりげなくその墓の

近所で悠々と麦のサクを切っている。



  諸君、明治に生れた我々は五六十年前の窮屈千万な社会を知らぬ。

この小さな日本を六十幾つに劃(しき)って、ちょっと隣へ往くにも関所が

あり、税関があり、人間と人間の間には階級があり格式があり分限があ

り、法度でしばって、習慣で固めて、いやしくも新しいものは皆禁制、新し

い事をするものは謀反人であった時代を想像して御覧なさい。実にたま

ったものではないではないか。

  幸に世界を流るる―の大潮流は、暫く鎖(とざ)した日本の水門を乗り

越え潜(くぐ)り脱(ぬ)けて滔々(とうとう)と我日本に流れ入って、維新の

革命は一挙に六十藩を掃討し日本を挙げて統一国家とした。 

  その時の開豁(かいかつ)な気もちは、何ものを以てするも比すべきも

のがなかった。

 諸君、解脱は苦痛である。しかして最大愉快である。人間が懺悔して

赤裸々として立つ時、社会が旧習をかなぐり落して天地間に素裸で立

つ時、その雄大光明な心地は実に何ともいえぬのである。

  明治初年の日本は実にこの初々しい解脱の時代で、着ぶくれした着物

を一枚剥(は)ねぬぎ、二枚剥ねぬぎ、しだいに裸になって行く明治初年

の日本の意気は実に凄まじいもので、五ヶ条の誓文(*下は、その

情景と御誓文)が天から下る、藩主が封土を投げ出す、武士が両刀

を投出す、えた(ママ)が平民になる、自由平等革新の空気は磅(ほう

はく)として、その空気に蒸された。

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  日本はまるで筍(たけのこ)のように一夜の中にずんずん伸びて行く。

インスピレーションの高調に達したといおうか、むしろ狂気といおうか、

―狂気でも宜(よ)い―狂気の快は不狂者の知る能わざるところである。

誰がそのような気運を作ったか。世界を流るる人情の大潮流である。

  誰がその潮流を導いたか。とりもなおさず我先覚の諸子志士である。

いわゆる(*二字不明)多(おおし)で、新思想を導いた蘭学者にせよ、

局面打破を事とした勤皇攘夷の処士にせよ、時の権力からいえば謀反

であった。

  彼らが千荊万棘(せんけいばんきょく)を踏(ふま)えた艱難辛苦―

中々一朝一夕に説き尽せるものではない。明治の今日に生を享(う)く

る我らは維新の志士の苦心を十分に酌(く)まねばならぬ。  【つづく】

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