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2013年7月

2013年7月30日 (火)

徳冨蘆花の『謀反論』(3 )

  諸君、僕は幸徳君(*幸徳秋水:下の写真)らと多少立場を異にする

者である。

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  僕は臆病で、血を流すのが嫌いである。幸徳君らに尽(ことごと)く真剣

に大逆を行(や)る意志があったか、なかったか、僕は知らぬ。

 

  彼らの一人大石誠之助君(*下の写真)がいったというごとく、今度の

ことは嘘から出た真(まこと)で、はずみにのせられ、足もとを見る暇

(いとま)もなく陥穽(おとしあな)に落ちたのか、どうか、僕は知らぬ。 


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  舌は縛られる、筆は折られる、手も足も出ぬ苦しまぎれに死物狂い

になって、天皇陛下と無理心中を企てたのか、否か、僕は知らぬ。 

  冷静なる法の目から見て、死刑になった十二名ことごとく死刑の

価値があったか、なかったか。僕は知らぬ。

 

  「一無辜(いちむこ)を殺して天下を取るも為さず」で、その原因事情は

いずれにもせよ、大審院(*下の写真)の判決通りに真に大逆の企

(くわだて)があったとすれば、僕ははなはだ残念に思うものである。

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  暴力は感心ができぬ。自ら犠牲となるとも、他を犠牲にはしたくない。 

しかしながら大逆罪の企に万不同意であると同時に、その企の失敗を

喜ぶと同時に、彼ら十二名も殺したくはなかった。生かしておきたかった。

 

  彼らは乱臣賊子の名をうけても、ただの賊ではない、志士である。ただ

の賊でも死刑はいけぬ。まして彼らは有為の志士である。 

  自由平等の新天新地を夢み、身を捧げて人類のために尽さんとする

志士である。 

 その行為はたとえ狂(きょう)に近いとも、その志は憐(あわれ)むべき

ではないか。

 

  彼らはもと社会主義者であった。富の分配の不平等に社会の欠陥を

見て、生産機関の公有を主張した、社会主義の何が恐い?  世界のどこ

にでもある。

 

  しかるに狭量神経質の政府は、ひどく気にさえし出して、ことに社会

主義者が日露戦争に非戦論を唱うるとにわかに圧迫を強くし、足尾

騒動から赤旗事件となって、官権と社会主義者はとうとう犬猿の間に

なってしまった。

 

  諸君、最上の帽子は頭にのっていることを忘るる様な帽子である。

最上の政府は存在を忘れらるる様な政府である。 

  帽子は上にいるつもりであまり頭を押しつけてはいけぬ。我らの政府

は重いか軽いか分らぬが、幸徳君らの頭にひどく重く感ぜられて、とう

とう彼らは無政府主義者になってしもうた。無政府主義の何が恐い?

 

  それほど無政府主義が恐いなら、事のいまだ大ならぬ内に、下僚で

はいけぬ、総理大臣なり内務大臣なり自ら幸徳と会見して、膝詰(ひざ

づめ)の懇談をすればいいではないか。 

  しかし当局者はそのような不識庵流(ふしきあんりゅう)をやるにはあ

まりに武田式家康式で、かつあまりに高慢である。

 

  得意の章魚(たこ)のように長い手足で、じいとからんで彼らをしめつ

ける。 

 彼らは今や堪えかねて鼠は虎に変じた。彼らの或者はもはや最後の

手段に訴える外はないと覚悟して、幽霊のような企(くわだて)がふら

ふらと浮いて来た。 

  短気はわるかった。ヤケがいけなかった。今一足の辛抱が足らなか

った。 

 しかし誰が彼らをヤケにならしめたか。法律の眼から何と見ても、

天の眼からは彼らは乱心でもない。賊子でもない、志士である。 

  皇天その志を憐んで、彼らの企はいまだ熟せざるに失敗した。彼らが

企の成功は、素志の蹉跌(さてつ)を意味したであろう。



  皇天皇室を憐み、また彼らを憐んで、その企を失敗せしめた。企は

失敗して、彼らは擒(とら)えられ、さばかれ、十二名は政略のために

死一等を減ぜられ、重立(おもだち)たる余の十二名は天の恩寵に

よって立派に絞台の露と消えた。 

  十二名―諸君、今一人、土佐で亡くなった多分自殺した幸徳の母あ

るを忘れてはならぬ。

 

  かくのごとくして彼らは死んだ。死は彼らの成功である。パラドックス

のようであるが、人事の法則、負くるが勝ちである、死ぬるが生きるの

である。彼らはたしかにその自信があった。死の宣告を受けて法廷を

出る時、彼らの或者が「万歳! 万歳!」と叫んだのは、その証拠で

ある。彼らはかくして笑(えみ)を含んで死んだ。

 

  悪僧といわるる内山愚童の死顔は平和であった。かくして十二名の

無政府主義者は死んだ。数えがたき無政府主義者の種子(たね)は

蒔かれた。 

  彼らは立派に犠牲の死を遂げた。しかしながら犠牲を造れるものは、

実に禍(わざわい)なるかな。



  諸君、我々の脈管には自然に勤皇の血が流れている。僕は天皇

陛下(*下の写真)が大好きである。天皇陛下は剛健質実(ママ)、

実に日本男児の標本たる御方である。 

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  「とこしえに民安かれと祈るなる我代(わがよ)を守れ伊勢の大神

(おおかみ)」。その誠は天に逼(せま)るというべきもの。 

  「取る棹(さお)の心長くも漕ぎ寄せん蘆間小舟(あしまこぶね)さはり

ありとも」。国家の元首として、堅実の向上心は、三十一文字に看守

される。 

 「浅緑り澄みわたりたる大空の広きをおのが心ともがな」。

実に立派な御心(おんこころ)がけである。

 

  諸君、我らはこの天皇陛下を有(も)っていながら、たとえ親殺しの

非望を企てた鬼子(きし)にもせよ、何故にその十二名だけ宥(ゆる)

されて、余の十二名を殺してしまわなければならなかったのか。 

  陛下に仁慈の御心がなかったのか。御愛憎があったか。断じて然

そう)ではない―たしかに輔弼の責めである。

 

  もし陛下の御身近く忠義の臣があって、陛下の赤子(せきし)に差異

はない、なにとぞ二十四名の者ども、罪の浅きも深きも一同に御宥し

下されて、反省改悟の機会を御与え下されかしと、身を以て懇願する

者があったならば、陛下も御頷(おんうなず)きになって、我らは十二名

の革命家の墓を建てずに済んだであろう。 【つづく】

 

 

 

2013年7月29日 (月)

徳冨蘆花の『謀反論』(2 )

  僕は世田ヶ谷を通る度に然(そう)思う。吉田も井伊も白骨になって

もはや五十年、彼ら及び無数の犠牲によって与えられた動力は、日本を

今日の位置に達せしめた。 

 

  日本もはや明治となって四十何年、維新の立者(たてもの)多くは墓に

なり、当年の書生青二才も、福々しい元老もしくは分別臭い中老になっ

た。彼らは老いた。日本も成長した。子供でない、大分大人になった。

 

  明治の初年に狂気のごとく駆足(かけあし)で来た日本も、いつの間に

か足もとを見て歩くようになり、内観するようになり、回顧もするようになり、

内治のきまりも一先(ひとま)ずついて、二度の戦争に領土は広がる。

新日本の統一ここに一段落を劃した観がある。 

  維新前後志士の苦心もいささか報いられたといわなければならぬ。

これから守成の歴史に移るのか。局面回復の要はないか。最早志士の

必要はないか。



  飛んでもないことである。五十歳前、徳川三百年の封建社会をただ

一煽(あお)りに推流(おしなが)して日本を打って一丸とした世界の

大潮流は、倦まず息(やす)まず澎湃(ほうはい)として流れている。 

  それは人類が一にならんとする傾向である。四海同胞の理想を実現

せんとする人類の心である。

 

  今日の世界はある意味において五六十年前の徳川の日本である。

どの国も陸海軍を拡げ、税関の隔であり、兄弟どころか敵味方、右で

握手して左でポケットの短銃(ピストル)を握る時代である。窮屈と思い

馬鹿らしいと思ったら実に片時もたまらぬ時代ではないか。 

 しかしながら人類の大理想は一切の障壁を推倒(おしたお)して一に

ならなければ止まぬ。一にせん、一にならんともがく。国と国との間も

それである。

 

  人種と人種の間もその通りである。階級と階級の間もそれである。

性と性の間もそれである。宗教と宗教―数え立つれば際限がない。 

  部分は部分において一になり、全体は全体において一とならんとする

大渦小渦鳴門のそれも啻(ただ)ならぬ波瀾の最中(さなか)に我らは

立っているのである(*下の写真は、鳴門の渦潮)

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  この大回転大軋轢は無際限であろうか。あたかも明治の初年の日本

の人々が皆感激の高調に上って、解脱又解脱、狂気のごとく自己を

擲(なげう)ったごとく、我々の世界もいつか王者その冠を投出し、富豪

その金庫を投出し、戦士その剣を投出し、智愚強弱一切の差別を忘れて、

青天白日の下に抱擁握手抃舞(べんぶ)する刹那は来ぬのであろうか。 

 

 あるいは夢であろう。夢でも宜(よ)い。人間夢を見ずに生きていられる

ものではない。―その時節は必ず来る。無論それが終局ではない、

人類のあらん限り新局面は開けてやまぬものである。

  しかしながら一刹那でも人類の歴史がこの詩的高調、このエクスタシー

の刹那に達するを得ば、長い長い旅の辛苦も償われて余(あまり)ある

ではないか。その時節は必ず来る、着々として来つつある。我らの衷心

が然(そう)囁くのだ。 

  しかしながら、その愉快は必ずや我らが汗もて血もて涙をもて贖(あがな)

わねばならぬ。収穫は短く、準備は長い。



  ゾラ(*下の写真と肖像画)の小説にある、無政府主義者が鉱山の

シャフトの排水樋(ひ)を夜窃(ひそか)に鋸でゴシゴシ切っておく。 

  水がドンドン坑内に溢れ入って、立坑といわず横坑といわず廃坑とい

わず知らぬ間に水が廻って、廻り切ったと思うと、俄然鉱山の敷地が

陥落をはじめて、建物も人も勢(いきおい)を以て瞬(またた)く間に総崩

れに陥(お)ち込んでしまった、ということが書いてある。

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  旧組織が崩れ出したら案外速(すみやか)にばたばたいってしまうも

のだ。地下に水が廻る時日が長い。人知れず働く犠牲の数が入る。

犠牲、実に多くの犠牲を要する。

 

 日露の握手を来(きた)すために幾万の血が流れたか。彼らは犠牲

である(*下の写真は、水師営の会見:下の写真中央の乃木大将の

向かって右側が、ロシアのステッセル中将)

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  しかしながら犠牲の種類も一ではない。自ら進んで自己を進歩の祭壇

に提供する犠牲もある。―新式の吉田松陰らは出て来るに違いない。 

  僕はかく思いつつ常に世田ヶ谷を過ぎていた。思っていたが、実に

思いがけなく今明治四十四年の劈頭(へきとう)において、我々は早くも

ここに十二名の謀反人を殺すこととなった。ただ一週間前の事である。

  【つづく】

 

 

 

2013年7月27日 (土)

徳冨蘆花の『謀反論』(1 )

 

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                                    (徳冨蘆花)

 僕は武蔵野の片隅に住んでいる。東京へ出るたびに、青山方角へ

往(ゆ)くとすれば、必ず世田ヶ谷を通る。僕の家から約一里程行くと、

街道の南手に赤松のぱらぱらと生えたところが見える。

 

  これは豪徳寺(*下の写真は、同寺と井伊直弼)―井伊掃部頭

直弼(いいかもんのかみなおすけ)の墓で名高い寺である。

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 豪徳寺から少し行くと、谷の向うに杉や松の茂った丘が見える。

吉田松陰の墓および松陰神社はその丘の上にある。

 

  井伊と吉田、五十年前には互いに俱不(ママ)戴天の仇敵で、安政の

大獄に井伊が吉田の首を斬れば、桜田の雪を紅に染めて、井伊が浪士

に殺される(*下の写真は、吉田松陰と松陰神社)

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  斬りつ斬られつした両人も、死は一切の恩怨(おんえん)を消してしまっ

て谷一重(たにひとえ)のさし向い、安らかに眠っている。

  今日の我らが人情の眼から見れば、松陰はもとより醇乎(じゅんこ)と

して醇なる志士の典型、井伊も幕末の重荷を背負って立った剛骨(ごう

こつ)の好男児、朝に立ち野に分れて斬るの殺すのと騒いだ彼らも、

五十年後の今日から歴史の背景に照らして見れば、畢竟今日の日本を

造り出さんがために、反対の方向から相槌を打ったに過ぎぬ。

 

  彼らは各々その位置に立ち自信に立って、するだけの事を存分にして

土に入り、余沢を明治の今日に享(う)くる百姓らは、さりげなくその墓の

近所で悠々と麦のサクを切っている。



  諸君、明治に生れた我々は五六十年前の窮屈千万な社会を知らぬ。

この小さな日本を六十幾つに劃(しき)って、ちょっと隣へ往くにも関所が

あり、税関があり、人間と人間の間には階級があり格式があり分限があ

り、法度でしばって、習慣で固めて、いやしくも新しいものは皆禁制、新し

い事をするものは謀反人であった時代を想像して御覧なさい。実にたま

ったものではないではないか。

  幸に世界を流るる―の大潮流は、暫く鎖(とざ)した日本の水門を乗り

越え潜(くぐ)り脱(ぬ)けて滔々(とうとう)と我日本に流れ入って、維新の

革命は一挙に六十藩を掃討し日本を挙げて統一国家とした。 

  その時の開豁(かいかつ)な気もちは、何ものを以てするも比すべきも

のがなかった。

 諸君、解脱は苦痛である。しかして最大愉快である。人間が懺悔して

赤裸々として立つ時、社会が旧習をかなぐり落して天地間に素裸で立

つ時、その雄大光明な心地は実に何ともいえぬのである。

  明治初年の日本は実にこの初々しい解脱の時代で、着ぶくれした着物

を一枚剥(は)ねぬぎ、二枚剥ねぬぎ、しだいに裸になって行く明治初年

の日本の意気は実に凄まじいもので、五ヶ条の誓文(*下は、その

情景と御誓文)が天から下る、藩主が封土を投げ出す、武士が両刀

を投出す、えた(ママ)が平民になる、自由平等革新の空気は磅(ほう

はく)として、その空気に蒸された。

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  日本はまるで筍(たけのこ)のように一夜の中にずんずん伸びて行く。

インスピレーションの高調に達したといおうか、むしろ狂気といおうか、

―狂気でも宜(よ)い―狂気の快は不狂者の知る能わざるところである。

誰がそのような気運を作ったか。世界を流るる人情の大潮流である。

  誰がその潮流を導いたか。とりもなおさず我先覚の諸子志士である。

いわゆる(*二字不明)多(おおし)で、新思想を導いた蘭学者にせよ、

局面打破を事とした勤皇攘夷の処士にせよ、時の権力からいえば謀反

であった。

  彼らが千荊万棘(せんけいばんきょく)を踏(ふま)えた艱難辛苦―

中々一朝一夕に説き尽せるものではない。明治の今日に生を享(う)く

る我らは維新の志士の苦心を十分に酌(く)まねばならぬ。  【つづく】

2013年7月26日 (金)

本日の痛快ブログ(10 )

  皆さん、お早うございます。 

暑い中、お元気ですか?

 今日も、「本日の痛快ブログ」を掲載させていただきます。

 

  著名なブログ「反戦な家づくり」を執筆しておられる山岸飛鳥氏は、

卓越した「木づくり」の一流建築家であるに止まらず、積極的に政治

・社会活動に関わることで、日本を少しでも良くしたいと考えておられ

る傑物です。

 

  ご自分のブログのサブタイトルにも「木の家をつくる建築家。国産材

と自然素材で 平和な家を作ります。戦争と放射能は人間と共存できま

せん。地上から無くすためにはどうしたらいいのか、毎日考えています

と書いていらっしゃいます。 

 

  「戦争と放射能は人間と共存できません」という言葉こそ、まことに至言 

です。 日の痛快ブログは、「賽銭箱と投票箱」(7月22日)というものです。


 

 

 

  賽銭箱と投票箱 

 

 

  今回の選挙結果は、ある程度予想していた範囲ではあり、がっかりは 

しているけれども、昨年末のような衝撃を受けてはいない。  

  昨年末340万票あった未来の党の比例票が、今回の生活の党では 

94万票まで激減した。 

  私は140万くらいかと思っていたので、さらに少ないとはいうものの、 

驚愕することはない。(*下の写真は、賽銭箱と投票箱) 

 

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  他の国は事情を知らないが、日本で投票先が一極集中になるのは、

考えてみれば 納得できる。なぜなら、日本での投票行動は、現世利益

だからだ。



  マクロな意味で、投票先は「明日のパン」をくれるところだった。
 

これは、ず~~~とそうだった。

  税金をばらまく自民党か、賃上げのための社会党か、という選択だ

った。どちらも、それなりにそのご利益のある間は大きな勢力を保って

いた。



  しかし、労働組合が潰されてその効能がなくなると社会党も潰れて

いった。 

  そして、冷戦が終結し、経済成長期も終焉する中で、税金のバラマキ

も国民に行き渡らなくなり、むしろむしり取られることが見えてくると、

さすがの自民党も野党に落ち、生活を守ってくれそうな民主党が大勝

した。



  ところがどっこい、「国民の生活が第一」と言っていた人たちは党内で

手足を縛られ、裏切り者どもが自民党と大差ない政治をやらかした。

 

  上げて落とす心理効果は絶大で、マスネディアの攻勢もあいまって、

やっぱ自民党のほうが頼りになる、と思い込んでしまった。

  で、アベノミクスとかいう、まるで風説の流布みたいなことをやらかして

株価を操作し、明日のパンが欲しい人はこぞって自民党に投票した。

 

  争点がどうのこうのと、選挙の度に報道されるが、本当の本音は、

どの選挙も争点は「明日のパン」だ。 

  それ以外だったことなんてない。 

 そして、それはそれで正直な「民主主義」なのであって、その投票

行動自体に文句をつける筋合いではない。



  もちろん、自民党がご飯を食べさせてくれるというのは、ずっとずっと

騙されているのであって、その意味では「民主主義」なのか?という疑問

もないではないが、騙そうするのも権力のお約束なのだから、騙しのない

民主主義なんて、この世には存在しない。



  その意味では、今回の自民圧勝はまず間違いないだろうと、予測せざ

るをえなかった。

 

 アベノミクスなんていうまんじゅうは、泥まんじゅうならまだしも、毒まん

じゅうなんだということに気がつくまでには、まだしばらく時間がかかる

だろう。

  ただ、そうして投票行動の中でも、数は多くないけれども、少し違う動

きは必ずある。

 

 色々批判もあるが、共産党は常に450~500万票を獲得している。

共産党に入れてもあまり現世利益はないから、これは違う行動原理と

いえる。

 

  また、社会党が崩壊して、あまり現世利益のなくなった社民党も300万

票くらいはとってきた。 

あわせて800万ぐらいの人は「明日のパン」が第一ではない投票行動 

をとってきた。 

 今回の参院選でも、52%という投票率でも720万くらいは「明日のパン」

じゃない投票をしている。



  では、いわゆる自由党600万票はどうなったのか。
 

今回の生活の党94万票の半分がここから来ているとしても、ほぼ雲散

霧消してしまった。 

  自民党に戻ったのか、みんなの党に行ったのか、民主党に籠っているの

か・・・

 

  歴史的に、日本の投票箱は、現世利益を求める賽銭箱と区別されて

こなかった。
 
  それはアカンやろ、と思っている人がざっと800万人いる。
 

この800万人が、まずはどうするか、だ。 

  うち、300万くらいは固い固い共産党支持者だ。 

共産党が受け皿としての機能を維持し続けてきたことは、何やかんやと

言っても特筆に値する。

  私自身、大阪選挙区では4人目の共産党を通すべきだという現実的な

選択をした。 

共産党の組織力は見習わなくてはならないだろう。

 

  ただ、共産党の最大の目的は組織温存だ、という点も見ておかなくては

ならない。 

 政策は良いことを言うのだが、常に少数政党であることに満足し、どこま

で本気なのか・・・・ 

  そして、本気で政権をひっくり返して、言行一致させようと言う勢力が現

われると、決まって後ろから石を投げる。



  できるだけの連携はするべきだが、300万くらいの固い固い人たちは、

どこまで行っても固い固いままだろうと想像される。 

  すると、残り500万。

 

 これだけの人が、「明日のパンを第一」にせざるをえないところまで追い

込まれず、あるいは追い込まれていても高楊枝でやせ我慢しながら、

自分で判断しながら投票している。



  政治家の側から言えば、まずはこの500万に「もう一回できるかも」

思わせる舞台作りをすること。 

  500万人の市民の側から言えば「俺がやらなきゃ誰がやる」という

状況なんだと自覚すること。



  詳細は、また明日にでも書きたいと思っているが、とにかく、今はエン

ジンを始動する前の、バッテリーとセルモーターを準備しなくてはならない。

  政治家は、俺についてこいじゃなくて、もっと市民に頼るべきだし、市民

は文句垂れる前に動かなきゃ、ということだ。



  山本太郎さんが当選したことは、ほぼ唯一の光だった。

 (*下の写真は、選挙中のものです。)

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  もちろん、糸数慶子さん勝利の意義は絶大だが、こちらは

本土側はむしろ何もできなかったという忸怩たる思いが強い。 

    (*これも、先年の選挙中の一シーンです。) 

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  彼(山本氏)の覚悟とやり方に、生活の党も社民党も、学ぶべきだろう。
 

政治家というもののあり方、立ち位置が、これまでの「政治家」とはちが

っている。

 

  と同時に、山本太郎は身の危険を自覚しながら国会に乗りこむ。 

勝利の記者会見でも、万歳もせずニコリともしていなかった彼の姿を見

た人も多いだろう。


  86年前、やはり国会で孤軍奮闘していた山本という議員がいた。

山本宣治は1929年、治安維持法への国会での反対討論を封じられ、

その直後に右翼に暗殺された。その時の日本人は、山宣を守らず一人

にしてしまった(*下の写真は、山本宣治)

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  山本太郎は、自分をウォッチングして欲しい、と言っていた。圧倒的な

注目があることが自分の身を守る、と。 

  意識的に注目するという意味と、視覚的にユーストなどで注目すると

いう、両方の意味があるだろう。

 

  いずれにしても衆人環視で山本太郎の身の安全をはからなくてはなら

ない。山本太郎を、第2の山宣にしてはならない。  【了】


   この最後の言葉は、私も全く同感です。 

また、実は、この言葉を、皆さんにお知らせしたく、 

この度の山岸飛鳥氏の貴重なブログを転載させて

いただきました。 

  山岸氏と同様、あくまで、山本太郎氏を守り抜く

国民の一人でありたい、と思うのです。

  (渡邉良明   拝)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2013年7月25日 (木)

本日の痛快ブログ(9)

「民主党のA級戦犯たちは、つくづく死神だと思う。

それも民主党壊滅どころか日本亡国の死神だ:

兵頭正俊氏

 

   【皆さんへ】


  皆さん、お早うございます。 

  お元気でしょうか?

 

    率爾ですが、インターネットの世界で有名な兵頭

正俊氏の名論・卓説は、ひじょうに有益で示唆に富

んでいます。

 

  私は、拝読する度に、とてもいい刺激を受けています。

同氏の様々なご経験に根ざした深い洞察と識見は、

たいへん傾聴に値すると思うのです。

 

  今回は、上記の題の文章が、とても心に残りました。 

それには、こうありました。

  鬱陶しい、歴史的な夏だ。 

今、大切な事は沈黙しないことだ。

語り続けること。 

表現し続けること。



  民主党のA級戦犯たちは、つくづく死神だと思う。 

それも民主党壊滅どころか日本亡国の死神だ。 

  現在の状況はすべて民主党のA級戦犯たちが

準備したものだ。

 

 国民は、民主党と生活の党を一緒に見ている。 

なぜ離党したのか、理解していない。 

  永田町にいれば民主党との連携に向かうだろうが、

それはうまくいくか。 

国民は民主党を許していない。 

  可能性は、今後の「空白の3年」で国民が痛い目に

遭って、自・公以外ならどこでもいい、となったときだ。

 

  鬱陶しい、歴史的な夏です。 

朝起きたら比例選で、「ワタミ」の渡辺美樹が当選し

ていました。 

  ワタミは10万に届かず当選。

三宅洋平は17万とって落選。

公明党で最下位当選は新妻秀規の2万6千。 


  今回の参議院選挙の真の争点は、
原発、TPP、

消費税、憲法、普天間基地であった。(*なぜか、

ココログ編集部の意図で「原発」「TPP」が小文字になって

しまいます。・・・)

  これが争点になるのを嫌った既得権益支配層は、

経済(アホノミクス)と衆参ねじれという、にせの争点

を御用メディアを使ってでっちあげた。



  圧倒的な、情報力で多くの国民が棄権に追い込ま

れた。その結果、戦後3番目の低投票率である。

  アホノミクスなどは、最初から給料を決して上げな

い、消費税増税のための物語である。

  衆参はねじれているから二院制の意味があるのだ。

これから空白の阿鼻叫喚の3年間が始まる。

  日本人の民度は低く(メディアの鵜呑み度70%)、

痛い目に遭って、初めて覚醒する。

これが現実である。

  戦前と酷似してきたのは日本の孤立である。

米・中・韓とも実利で連帯している。

  価値観で米国に隷属する安倍晋三は、すでに

冷戦時代の遺物だ。

米・韓とも対中貿易なくしては国がもたなくなっている。

  資本主義対社会主義といったオールドファッション

はせいぜいカードとして利用されるだけだ。



  この国民にして、この政府あり。

戦前も愚かな政府を支持した愚かなメディアと国民

がいたのである。

 敵は内部にいる(*同上)

参院選を振り返って、民主の海江田代表が「民主党

の建て直しはまだ道半ば」と。

『シックスセンス』*を見たか。

 民主党はまだ生きているつもりだが、すでに死んで
 

いるのだ。

 国民からはすでに消えているのに、生きているフリ

して、選挙の度にうごめくのである。

  細野の辞任騒ぎ。

息をするように嘘を言う。

  誰か信じたバカがいたのか。

鈴木を当選させるためのパフォーマンスだよ。

  この男が民主党の最後のカードらしい。

何度でもだまされたい奴はだまされたらいい。



  森ゆうこと三宅雪子の落選は痛かった。

必ず滑り込んで当選すると思っていたが。

新潟の県民にはがっかりした。

森ほどの人材は他県にはいないのに。

もったいないなぁ。

  3年後には頼むよ。

 三宅雪子の獲得した票より遥かに少ない票で、

他党では当選している。

  比例とはいいながら、システムで、大きな政党が

得するな。

 いずれにしても組織の支援なくして生活の党で

2番手だったので、次の布石は見事に打った。

3年後にはフォローの風が吹くよ。

  参議院選挙での自民党勝因のひとつは、民主党

への絶望と怒りが、国民の中で収まっていないこと

である。

  その絶望と怒りが、単純に自民党への投票に向

かった。衆議院選挙と同じ流れが続いている。

  その絶望と怒りのあおりを食ったのが生活の党

である。

 生活の党の、消費税増税に反対しての離党、という(*同上)

真実は、マスメディアが伝えなかったこともあって、

ほとんど理解されていない。

  民主党にいた同類、程度に見られて、民主党同様に

壊滅の対象にされた感がある。

  このことを生活の党は十分に認識し、警戒する

必要がある。

  (Emi Kiyomizu )[ドイツ人が昨夜、日本の選挙

結果を見て怒っていました。

何故、54基も原発を作った自民党に票を入れたのだ!

  福島原発事故の責任も取らない、子供達を疎開さ

せ助けようとしなかった最悪の政党に何故票を入れ

た。

  自分達の生命を守ってくれる政党になぜ票を入れ

ないのか怒られました。

 ドイツもナチの事で反省し、戦後思考教育を始めた。

日本も思考教育を始め、政治を監視し、自分達で民主

主義を作っていただきたい。

  もう、おとなしい、我慢する国民は止めて欲しい。

ドイツから学んで欲しいと言われました。」(完)

 

  *「シックスセンス」は、1999年に封切られて映画です。冒頭には、

「この映画には、或る秘密があります。まだ映画を観ていない人には、

決して話さないで下さい」というブルース・ウィルスからの前置きが話題

となり、大ヒットしました。

  大まかなストーリーは、大体、次のようなものです。

ブルース・ウィルス扮するマルコム・クロウは、第一線で活躍する児童

心理学者で、多くの子供を心の病から救ってきました。

  ところが、ある日、マルコムのもとに、10年前の少年期にカウンセリン

グを受けたビンセントという青年が現われます。そして、マルコムは、

「自分を救ってくれなかった」となじられ、銃で撃たれてしまいます。

  そして、青年が目の前で自殺したことで、彼は、ビンセントを救えて

いなかったことを思い知らされます。

  自信を喪失したマルコムは、妻と不仲にもなり、苦悩と悲しみに暮れて

いました。

 そんな彼の前に、彼の診察を受けるために、かつてのビンセントによ

く似た少年、コール・シアーが現われます。

 もし、このコールを救うことができれば、ビンセントを救えなかった自分

を許し、かつ救えるかもしれないと考えたマルコムは、必死にコールと

親しくなろうとします。

  そんなマルコムに、コールも心を開き、誰にも隠しておいた自分の秘密

を打ち明けます。つまり、コールには、“死者が見えてしまう”第六感

(霊感:six  sense)があり、その能力のために、人々から気味悪がられ

避けられていたのでした。

  それで、二人は協力し合い、様々な殺人事件の「真実」を暴いてい

くのです。

 ただ、最後のどんでん返しは、映画の観客は、主人公のマルコムを

”生きた人”として理解していたのですが、実際は、ビンセントに銃で

撃たれた際に“死んでいた”ことです。(Wikipedia  参照)

  その意外性に、観客は最後まで気付かないような形で、この物語は

進んでいきます。

 そこが、何とも興味深いことでした。ブルース・ウィルスが「映画の

秘密」と言ったのは、まさにこの事でした。

  また、兵頭氏が、文中、「『シックスセンス』を見たか」と問いかけられ、

”民主党はまだ生きているつもりだが、すでに死んで

いるのだ”という痛烈な言葉は、このような背景に基づいているの

です。 まさに、この言葉は、民主党の本質を衝いています。

  題目(タイトル)の「死神」という手厳しいひと言も、このような鋭い

認識、かつ深い洞察と連動しているようにも思うのです。  【了】

 

2013年7月23日 (火)

志賀直哉の「内村鑑三」観

  私が影響を受けた人々を数えるとすれば師としては内村鑑三先生、

友としては武者小路実篤、身内では私が二十四歳の時、八十歳で

亡くなった祖父志賀直道(*下の写真)挙げるのが一番気持ちに

ぴったりする。 

  その他にも私はよき友、よき身内に恵まれていて、それを独り想い、

今でも非常に幸福を感ずる。

          Photo

  影響の意味が私の仕事の上にその人の仕事が影響したという事に

なると他にも色々な人が考えられるが、此処ではその人の人間が私の

人間に影響したという意味で、もしその人との接触がなかったら、自分

はもっと生涯で無駄な廻り道をしていたかも知れないという事が考えら

れる、そういう人たちのことである。

 

  内村先生がある時、教育という言葉は英語でエデュース(educe)、これ

はその人にあるものを「ひき出す」という意味だといわれた事がある。 

  内村先生でも、祖父でも、武者小路(*下の写真は、後年の直哉と

武者小路実篤)でも私とはかなり皆、別な人々である。

 これらの人々に私が影響を受けたといっても私にないものをこれ

らの人々から与えられたというのではなく、あるものが共鳴によって、

はっきり自分のものになったという意味だと思う。

                   Photo_2

  私はここでは内村先生だけについて書こうと思う。祖父の事、武者小路

の事を一緒に書くと長くなり、書きつくせないので、内村先生の事だけを

憶い出すままに書いて見ようと思う。

 

  私が祖父にとってよき孫であり、武者小路にとってよき友であるように、

私は内村先生にとってよき弟子であったわけではない。 

  内村先生からいえばむしろよからぬ弟子の一人に過ぎなかった。

 (*若き日の志賀直哉)

     Photo_3


 生来の怠けもので、如何なる先生にもよき弟子になる資格のなかった

私は、聖書の研究でもさっぱり勉強しなかったから、その当時でも先生

のよき弟子だと自ら思った事はなかった。

 

  もともと私が内村先生の所へ行くようになった初めはそれ以前から

内村先生の書かれた物を読み、尊敬して行ったというのではなく、実は

内村先生の名さえ知らず、そのころ自家にいた末永馨という書生に勧

められ、漫然(ママ)出かけて行ったので、そんな弟子は内村先生にし

ては恐らく私一人であったろう。

 

  角筈の内村先生の家は何とかいう小さい女学校の中にあって、講習

会は休暇中のその校舎で開かれていた。 

  広い部屋に四、五十人が円く坐っている。内村先生は単衣(ひとえ)の

着流しでその円の一人として坐っていられたが、その鋭い感じの顔は

おくれて後から入って行った私にも直ぐそれと分った。腕組をして、黙っ

ていられる。晩のその会は感話の会で、交る交る(かわるがわる)聴講

生が自分の感じた事を発表するのである。




  この日から私は末永君に連れられ弁当持ちで毎日麻布の家(*下の

写真、麻布三河台の志賀邸:松岡正剛氏の『千夜千冊』より拝借)から

歩いて通った。東京に電車などのない頃だった。 

                  Photo_4


  先生の話でも祈(り)でも私が今まで教会で聴いたものとは全然別の

ものだった。 

  祈(り)などは思わせぶりな抑揚などの少しもない早い調子で力と

不思議な真実さのこもったものであった。

 

  また聖書について話される事でも品の悪いセンチメンタルな調子が

なく、胸のすく想いがした。

  私は先生からどういう話を聴いたか覚えていないが、初めて自分は

本統(ママ)の教えをきいたという感銘を受けた。 

  教会で聴く話には、煽動的な、信者を一人でも多く作ろうという意識

が見えすいた。




  私は此夏の講習会から七年余り先生に接して来た。不肖の弟子で、

先生にとって最大事である教(え)の事は余り身につけず、自分は

自分なりに小説作家の道へ進んで来たが、正しきものを憧れ、不正

虚偽を憎む気持を先生によってひき出された事は実にありがたい事に

感じている(*下の写真は、当時の講習会での集合写真:

志賀直哉は、最後列右端の背の高い若者)

        Photo_5

  又、二十前後の最も誘惑の多い時代を鵜呑みにしろ、教(え)によっ

て大過なかった事はキリスト教のお蔭といっても差支えないだろう。 

  精(くわ)しい事は知らないが、カーライルでは「仏蘭西革命」とか「クロン

ウェル伝」などを特に愛読されたのではないかと思う。クロンウェルの

名は先生の話によく出て来た。

 

  ところが日露戦争が始まってからは急にそれが出なくなった。そうい

う事は非常に潔癖でいられた。

  又こんな事も憶い出す。鉱毒事件の頃、古河市兵衛は先生の槍玉

にあがっていたが、そのうち古河市兵衛が亡くなった。と、同時に先生

はもう決して古河市兵衛の名を口にされなかった。私には先生のこう

いう何でもないような事が頭に残っている。 

                       (「内村先生の憶い出」より)

 

 

2013年7月22日 (月)

松田智雄の「内村鑑三」論

    【皆さんへ】

 皆さん、お早うございます。

   暑い中、お元気でしょうか?

          「生活の党」の立候補者の方々、

   並びに、この方々を心底応援され、

   投票した方々、本当にお疲れさまでした。

         まことに残念な結果ではありましたが、

   私は、個人的には、まだ何ひとつ諦めてはおり

   ません。

    「生活の党」の関係者も、ここは、ひとつ英気を

   養われ、また捲土重来を期していただきたいと

   存じます。



         当ブログも、少しでも、皆さんのお役に立てる

   内容を掲載して参るつもりです。

         ところで、本日のブログは、次の通りです。



   内村鑑三における成功の秘訣


  大正十五年七月二十八日、内村鑑三先生は晩年毎夏そこに滞在され

ていた長野県星野温泉の若主人星野嘉助のために、次の様な「成功の

秘訣」著作集第十七巻二六八頁)を書いて与えられた(*下は、

内村鑑三直筆の「成功の秘訣」)

            Photo


  その若主人の語るところによれば、この日、先生をお乗せした自動車を

運転して旧軽井沢旧道迄お伴したところが、調子に乗って余り乱暴に速く

走らせたのが、先生にこの一文をお書かせする原因となったのであるとの

ことである(*下の写真は、今日の「星のや軽井沢」)

         Photo_2

  

      成功の秘訣                 六十六翁

 

 一、自己に頼るべし、他人に頼るべからず。 

  一、本を固うすべし、然らば事業は自づから発展

   すべし。 

  一、急ぐべからず、自動車の如きも成るべく徐行

   すべし。 

  一、成功本位の米国主義に倣うべからず、誠実本位

   の日本主義に則るべし。 

  一、濫費は罪悪なりと知るべし。 

  一、能く天の命に聴いて行うべし、自ら己が運命を作

   らんと欲すべからず。 

  一、雇人は兄弟と思うべし。客人は家族として扱う

   べし。 

  一、誠実に由りて得たる信用は最大の財産なりと知

   るべし。 

  一、清潔、整頓、堅実を主とすべし。 

  一、人もし全世界を得るとも其霊魂を失わば何の益

   あらんや。人生の目的は金銭を得るに非ず、

   品性を完成するにあり。       

 

                              以上                                                                        

 

  内村先生がこの教訓を書かれるために、決してよく考えて組織的に

人生と経済生活の目的と手段とを述べようとされたものではなかった

に違いない。 

  恐らく、乱暴に運転され、余りに速すぎた自動車に乗られて、慎重で

臆病な先生が―御自分でもそう言って居られる様に―不快の余り、

何か物を言いたくなられ、書きたくなられて、この教訓を箇条書に書き

下ろされたのであろう。

  しかし、先生の記された教訓は、速やかに書き下ろされた性質のもの

であるにも拘らず、その述べられた順序は別として、実は組織的な内容

をもっている。 

  この教訓の背後にある精神は、歴史的な伝統をもち、また、世界の

近代史の中に大きくかつ深い影響を与えることができた思潮を母胎と

しているものである。

 

  そうして青少年期以来長くこのような思潮の中に育てられてきた先生

は、すらすらとこの教訓を書き下ろされ、御自分の生活態度を最も自然

に言い表わすことがお出来になったのであろう。

  その思潮とは、カルヴィン主義であり、またその流れをうけたイギリス、

アメリカの啓蒙主義にほかならないのである。



  ニュー・イングランドに留学された先生は、そこに親しくこの思想的

雰囲気を呼吸され、また先生の信仰を極めて自然にこれらの雰囲気と、

その中に含まれている「プロテスタント主義の倫理」なり、その「経済倫

理」なりを、特に意識せずに内面化して居られたのであろう【つづく】 

                 (「内村先生の教訓」『回想の内村鑑三』より)

 

 

2013年7月20日 (土)

小沢・生活の党、頑張れ!(完)

(4)  「お飾り」の政治家ではなく、真に日本の為に

   なる有為の政治家を推薦し、かつ支援する。


  昨年末の第46回衆議院選挙で当選した多くの自民党議員を概観す

れば、それは、先の衆議院選で苦杯をなめた人々や、父親の地盤を

受け継いだ二世、三世、四世の議員たちである。 

  それと、特に注目すべきは、そのような方々とも重なるが、かつての

自民党に多く見られたように、いわゆる「県会議員上がり」といった人々

の存在である。

 

  無論、すべての議員がそうだというわけではない。中には、非常に

勉強家の地方議員もいよう。だが、明らかな傾向として、このような

安直な仕組みが、ますます大きくなりつつあるのも事実だ。

 

  事実、これは、この度の参議院選挙でも、同様の傾向が見られる。 

実際、私の故郷・熊本では、今回の参院選に、県会議長だった馬場

成志議員が出馬する。同氏は、現参議院議員松野信夫氏(民主党)を

凌ぐ勢いだ。 

  このような現象は、多分、他の県でも多く見られよう。まさに、「双六」

〝上がり”のようなものである。

 

  私は、これを、自民党の「お飾り」政治 と呼びたい。本人に、それほど

の人格的な高潔さや才能などが無くても、ただ運と地盤、それに“引き”

やカバン、カンバンだけで、つまり 周りの力で、神輿の上に載れるのだ。 

  だが、それでは、一部の勢力のための利益誘導はできても、真に国民

のための政治など望むべくもない。しかし、これが、日本の現実だ。



  ところで、昨年の衆議院選挙で無念な思いをした旧「日本未来の党」

の議員は多い。 

 とりわけ、無念な思いをした人の一人に、同党公認で、福島2区から

出馬し、惜しくも落選した太田かずみさん(33歳)がいる。 

  太田氏は、お母さんがいわき市出身であり、祖父母が会津地方出身

である。 

 そんな関係もあり、同氏は、行動の拠点を、千葉から福島に変えて

いた。そんな矢先、彼女は、福島原発事故に遭遇したのである。 

  事故以来、太田氏は、甲状腺ガンを怖れる主婦たちを、まじかに見て

来た。

 

 そのため、彼女は「原発ゼロ」の政策を掲げ、この度、「生活の党」

推薦を受け、参院選に挑戦している。千葉県柏市で生まれ、同市で

った彼女は、まるで“水を得た魚”のように意気軒高だ。 

  この度の参院選(千葉県選出)の9名の立候補者のうち、女性は彼女

だけだ。まさに、紅一点だが、一種、異様な印象を与える。

 

  しかし、考えようによっては、太田氏自身が目立つという利点もあろう。 

事実、太田氏は、今、千葉県内で、たいへん目立っている。 

  なぜなら、女性であるだけでなく、この炎天下、彼女は、自転車で

「脱原発」を訴え、街宣活動をしているからである。

 

  如何に若いとはいえ、〝熱中症”の恐れのある厳しい炎天下での活動

は、まさに命賭けである。この根性、今のやたらな男性には無い。

 一本気な女性にこそ、可能な事だ。  

  無事に、選挙活動を全うされることを、私は、「生活の党」の一人の党員

として、心から祈らずにはいられない。

 「( 彼女のライバルの一人)長浜博行候補(民主党)の選挙区では、

野田前首相が張り付き、民主党支持層の大半を固めた」と、読売新聞

報じている。

 

  だが、果して、稀有な売国奴・野田氏が頑張ったところで、千葉県の

民意は、そう簡単に民主党に傾くものであろうか?

  もし、万が一、それが功を奏して、長浜候補が当選するようでは、

千葉県の民意も、やはり日頃の風聞通り、大してものではないことが

分かる。

 

  これに対して、炎天下の演説の中で、太田候補は、次のように訴える。 

「自民党の政治を、しっかりチェックをしていく野党の結集が必要なん 

です。  

  私、太田かずみは、この故郷(ふるさと)千葉で、自民党に対抗できる

勢力を、もう一度、結集するために戦います。皆さん、力を貸して下さ 

い」と。

 

  彼女のような、真に日本を憂い、弱く貧しい人々に温かい視線を注ぐ

有為な政治家こそ、われわれは、支援すべきだと思うのだ。

  彼女の熱き思いを、下のYou  Tubeで、ご高覧いただきたい。

(*7月11日、千葉県鎌ヶ谷市での「街頭演説」です。)  

    http://youtu.be/QRk87Cbck-Y

 

  (5)  「生活の党」を中核とする、“主権者国民“勢力

    の結集 

 

  先の太田候補の演説のキーワードは、「脱原発」と”野党の結集”という

ものだった。これは、植草氏も、常々、メルマガやブログで強調しておら

れることだ。

 

  すでに半年前の1月25日(金)、「生活の党」の設立に伴い、小沢一郎

議員が、その代表に選出された。先の衆院選挙での大敗北後、ほぼ

ひと月余り後のことだった。この時の小沢氏の就任演説は、まことに

感動的なものだった。

  小沢氏の本音、本心を吐露したスピーチの冒頭は、聴く人の胸底に

強く響いたことだろう。人の心を動かす演説とは、まことに、この日の

小沢氏の演説のことを言おう。それは、他の政治家では、ほとんど

成し得ない所業だと思う。

 

  ここで求められるのは、「生活の党」を中核とする“主権者国民”

勢力の結集・結束ではあるまいか。それを、今後、着実に推進する

ことが求められよう。

  小沢代表は「政党の命は、政策である」と仰った。まことに、政治的

金言である。 

 また、同氏は「我々の信念に基づいた政策を、その大義の旗を、

飽くまでも掲げていくことこそ、政党の在るべき姿」だとも言われた。

 

  ところで、真の政党には、健全な経済政策と正当な外交政策が求め

られる。 

 だが、安倍政権で言う「アベノミクス」とは、一過性のまやかしに過ぎず、

また同政権の外交政策も、「アメリカ」隷従の、「外交」とは名ばかりの

内容だ。それは、オスプレイのなし崩し的な、沖縄への追加進駐(12機

の増派)などの実態でも明らかだ。

 

  今日、健全な経済政策や正当な外交政策を真に企画できる経済学者

や外交関係者は、国内にかなり限られている。前者の筆頭が植草一秀氏

であり、その他、菊池英博氏、それに紺野典(ふみ)子氏だろう。

 また後者には、孫崎享氏や天木直人氏が考えられる。このような方々

との緊密な連絡や連帯、さらには彼らの重用こそ、「生活の党」に真に

求められよう。

 

  また、志岐武彦氏(=「一市民が斬る」氏)や山崎行太郎氏の存在も

重要だ。 

 両氏の共著『最高裁の罠』によって、法曹界の売国的な暗部が白日

の下に晒された。彼らは同時に、小沢氏や「生活の党」の強力な支持者

・支援者の一人でもある。 

  また、法曹界の悪を暴くことに関して、八木啓代(のぶよ)氏の存在も

忘れてはならない。

  今日、日本の政治を動かす力を持っているのは、八木氏のような

ピュアーな女性たちなのではあるまいか。

 

  さらに、リチャード・コシミズ(輿水正)氏の「独立党」や天木直人氏と

不破利晴氏のインターネット政党「ネット  des   新党」も今後、「生活の

党」にとって、心強い友党になろう。



  マス・メディアが限りなく腐敗している今日の日本にとって、正直、この

ような方々が軸足を置く「インターネット」や、それに付随する講演活動な

どは、まだ、国内において、決して大きな勢力とは言えないかも知れない。

 

  だが、彼らが、今日の日本の現状を憂い、小沢氏の「生活の党」に期待

する思いは、真(まこと)のものだ。それゆえ、彼らとの連帯も、是非、

推進してほしい。

 

  さらには、岩上安身氏の「IWJ」や鈴木創(はじめ)氏の「フーミー」は、

今後の日本の重要なメディアとして、きっと「生活の党」の重要な援軍と

なってくれることだろう。 

  彼らの力を強く結びつけた“主権者国民“勢力の結集こそが今、真に

求められていると思うのだ。 

 

 むすびにかえて(「私の小沢一郎論」) 

 

  筆者は、かつて森田実氏のブログ(2006年10月20日)の中で、

小沢一郎氏のことを、「西郷隆盛の『魂』を持ち、大久保利通の『頭脳』を

有する政治家」と表現した。

 

  当時も書いたことだが、この表現に異論を唱えるのは、誰よりも小沢氏

ご自身かも知れない。「それは、買い被りです。僕は、そんな大人物では

ありません」という沈着・冷静な小沢氏の謙遜なお声が聞こえてきそうだ。 

  だが、それでも、私は敢えて、彼に関して、上記のような“人物表現”を

したい。私の思いは、7年前も今も、全く変わらない。

 

  正直、小沢氏のような際立った英傑は、日本の歴史の中で、百年に

一人出るか出ないかだと思う。たとえ、同氏が、若き日の明治の元勲

たちと渡り合い、かつ競い合ったとしても、彼には、何の遜色も感じない。

 

  実際、今日の日本政治の中で、真に「政治家」、あるいは「政治指導者」

と呼べるのは、ただ一人、小沢一郎氏だけだと感じる。 

  昨今、小泉進次郎や橋下徹といった政治家がしきりと持て囃されて

いる。だが、私には、これは、質(たち)の悪い冗談かブラック・ユーモア

にしか思えない。

  すべては、マス・メディアによって、どのようにでも捏造できるのだ。



  小沢氏の真の価値や凄さを知っているのは、無論、マス・メディアに

左右されない、心ある日本国民だ。だが、彼らに負けず把握している

のが、アメリカの超権力者たちである。彼らにとって、日本の真の

「政治家」とは、多分、小沢一郎氏しかいないだろう。

 

  他の、如何なる日本の政治家たちも、彼らにとっては、単なるチェス

の「駒」に過ぎないと思う。そんな「駒」たちが、主人である自分たちに

意見や反論をすることなど、彼らには、絶対に許せないことだろう。

 

  つまり、これからの「生活の党」の戦いの相手は、単に「自公」政権だけ

ではない。むしろ、彼らを背後から操る「アメリカ」の超権力者たちとの

戦いなのだ。 それは今後、TPPでも、オスプレイでも、「憲法改正」など

ついても言えよう。

  それゆえ、この戦いは、多分、生涯を通してさえ終結しないものと

なろう。小沢氏が、「オレの屍を越えて行け!」と語った言葉は、その

意味で、非常に重いと感じる。 

 日本人の、この長き戦いは、一個人だけで終わるものではないから

である。



  それゆえ、各自ができる、ささやかな事からでいいと思う。なぜなら、

貧者の一灯さえ、ついには大きな炎となり、いつかは国を照らす光と

なるからだ。 

  私は、小沢氏が元気でいらっしゃるだけで、本当に有難い。

この炎天下、心のこもった街宣活動は、本当に立派だと思う。

 

  正直、何より大事なことは、心ある人々が同氏を信じ抜き、心底、

「生活の党」を支え続けることで、“新生日本”を生み出すことだと

思うのだ。 

  それゆえ、私は、声を大にして訴えたい「小沢・生活の党、 

頑張れ!」と。 【了】

(後記:下に、森ゆうこ議員〔選挙区:新潟県〕の街宣活動を、貼り付け

ます。森候補は、選挙民に雄々しく訴えます「おかしいと  みんな

言わなきゃ  駄目なんです!」と。

  音声は、7月7日、三条市での「個人演説会」でのものです。

 「静止画像」ですが、  どうか、是非、ご高覧ください。) 

   http://youtu.be/xryQteFASzY

 

 

 

 

2013年7月19日 (金)

小沢・生活の党、頑張れ!(4 )

 (3) あくまで「政策の違い」で勝負

  昨年末の衆議院総選挙の結果を見て、ある種の虚脱感や脱力感に

見舞われた方は、たいへん多いかと思う。 

  選挙で、これほど無念な思いになったのは、2010年9月、民主党の代表

選挙で、小沢氏が、なぜか ?  菅氏に敗北なさったとき以来だ。

 
  でも、そんな中、植草一秀氏の次の言葉(昨年12月17日付メルマガ)は、

私の萎えた心を奮い立たせるのに余りあった。それには、こうあった。 

  「主権者国民勢力は今回総選挙に敗北したが、諦めるのはまだ早い。 

次回総選挙までに、全有権者の2割程度の得票を得る体制を構築すれば、

政権奪還は可能になるのだ。 

・・・脱原発・官僚利権根絶・脱TPPの目標は変わらない。 

・・・選挙の直後は『ご祝儀』の空気が広がるものだが、少し長い目で見て、

この国は大いなる災厄に直面することだろう。

 

  その災厄をあらかじめ見通して、次の総選挙、あるいは来夏の参院選

に向けて、戦略を練り直し、効果的な戦術を直ちに構築し始めなければ

手遅れになる。 

  選挙結果に一喜一憂することなく、直ちに次の目標に向けて行動を開始

しなければならない」と。

 

  この7ヶ月前の真摯な訴えは、今でも通用しよう。私は当時、この極めて

厳しい選挙結果や政治状況の中でさえ、このように雄々しく力説される

植草氏の胆力と意志力の強靭さに、改めて感動した。



  ところで、今日、この植草氏の言葉を体現する候補者の一人に、

“草の根”候補とも言える山本太郎氏(東京都選挙区:「新党 

今はひとり」党首:下の写真)がいる。

   山本氏の基本政策は「被曝させない」「TPP入らない」「飢えさせ

ない」である。非常にシンプルだが、今日、最も大事なことだと思う。

                         Photo_3


   今月7日(まさに、七夕の日)、新宿三丁目交差点で、この山本候補が、

「生活の党」の三宅雪子候補(比例代表)と、コラボ演説を行った。

   相互に推薦し合う、実に素晴らしい内容の演説だった。その時のものを、

下に貼り付けたい。皆さまにも、是非、ご高覧を賜りたい。 

                   http://youtu.be/yKQLyOr8HX8 

 

  生活の党の「エネルギー・環境政策」は、明らかに自公政権と対照的

なものである。 

  それは、「新エネルギー大国日本の構築によって安心快適な社会を

実現します」というものである。

 つまり、明らかに「エネルギー政策の大転換」を唱っており「原発は

10年後に全て廃止する」としている。それはまた、小出裕章氏や広瀬隆

氏の考えに最も近いものだと思う。

 

  私事だが、福島原発事故後、直ぐに私は、小沢代表と小出裕章氏の

対談を、「生活の党」の中枢に懇請した。正直、小出氏や広瀬氏といった

原発の専門家だけでなく、政治、経済、物理学分野の愛国的学者(つまり、

御用学者ではない)の緊急召集を求めた。

  だが、現実には、そう容易には動かなかった。

 

  その意味でも、今回、小沢代表と小出裕章氏の対談が実現した事は、

実に嬉しい。記は、その一部だが、この中に、両氏の真摯で誠実な

人柄が溢れている。 

  この対談は、今年の5月31日、京都大学原子炉実験所研究棟2F会議

室でのものである(生活の党機関誌6月10日号参照)。

 

  (テーマ:安倍政権の輸出政策に唖然とするばかり)

  小出氏:  たくさんの下請け労働者が被曝をしながら、今この一瞬だって、

事故と向き合っている。 

  なんということか、自民党は「今停止中の原子炉を再稼働させ、新たな

原発を造る、原発をまた輸出する。それがアベノミクスの一つの主要な

柱だ」とまで言い出す。なんという国だ!  (中略)

 

  チェルノブイリの時には1個の原子炉が壊れたわけだが、収束させるた

めに60万人とも80万人ともいわれる軍人や退役軍人、労働者を集めて

作業に当たった。(中略) 

 海外からの労働者を被曝労働に引っ張ってくるという事も起こるのかな、

と。 

  小沢氏:  国際的にはできません。日本人がやる以外にない。 仕事が

できなくなる年限を、保証してあげないと。  漠然と危険だと思っていたの

が、今日先生のお話をお聞きして、はっきりわかりました。 

  小出氏:  政治の現場の方に、ちゃんと解かってほしいと願っています

が、安倍さんなど解かっていないようで、困ったものだと思っております。



  小沢氏:  本当に困りましたね。ドイツの話ですけれども、「あれだけの

事故を起こした日本人が、何を考えているんだ」と言われる。よく平気でい

られるなっていう感じでした。 

  小出氏:  当の事故を起こした国ですから。「収束した、これから原子力だ、

そうしないと経済が持たない」と平然と言う人たちが、国の中枢にいるわけ

ですから、恐ろしい。 

  小沢氏: 本当にありがとうございました。僕は今、野党の立場ですけれ

ども、何とかして本当に日本の将来を、先生のお話を参考にしながら

(早期の脱原発・廃炉を)実現できるように、死ぬまでがんばっていきたい

と思います。  ありがとうございました。



  ここには、どんなに困難な事でも、自分の出来る事を着実に実行してい

く、という小沢代表の決意が感じられる。また「死ぬまでがんばっていきた

いと思います」との言葉に、まったく二心は感じられない。

 

  これに反して、自民党福島支部連合の「脱原発   県内の原発10基すべ

廃炉を実現します」という公約と、東京の党中央による「原発再稼働

推進」という方針との齟齬、あるいは”ねじれ”は、まさに自民党の欺瞞

そのものである。

 

  「総理、質問です。原発廃炉に賛成?  反対?」と印字した紙を段ボー

ルに貼り付けて、それを総理の前に掲げようとして阻止された女性は、

ある意味、原発に悩む福島県民の”疑問”を代表した姿だったのではあ

るまいか。

 

  これに、即答できない安倍氏の姿は、TPPや辺野古基地問題、それに、 

消費税増税や「憲法改正」の問題に関しても同様であろう。 

  ただ、参議院選挙の勝利のためだけに、これらの重要問題に対する確

たる思いを隠し、伏せたままで、やり過ごそうとする安倍氏の態度は、

真の宰相の姿ではない。こんな無能な小人物が“総理でござい”と振舞っ

ている日本は、何と低級で、救いようのない国家であろうか!



  「山椒は小粒でも、ピリリと辛い」と言う。「生活の党」は、公認候補11名、

推薦候補1名(*沖縄県の糸数慶子氏:下の写真)の小所帯ではあるが、

全員当選を目指して、是非頑張ってほしい。

                         Photo_4


  かなり古い話ではあるが、昔、関ヶ原の戦いに敗北した西軍の薩摩軍

は、ご存知のように、主君島津義弘公を守るために、敵陣を真一文字に

突破した。 

  帰路、数々の激戦を経て、各所で重臣が数多く犠牲となり、薩摩に戻れ

たのは、三百人中八十人だったという。 

  これぞ、薩摩武士の心意気である。何より、あの時の薩摩武士の決断と

果敢な行動こそ、まさに「死中に活」を求めた結果だった。これこそ、今も、

私たちが学ぶべき生き方だと思うのだ。

 

  それに、「人間、万事塞翁が馬」である。人生において、悪いことばかり

はない。 

 加えて、かつて川島正次郎氏が言われたように、「政治は、一寸先は、

闇」である。政治とは、まさに“生き物”だ。

 

  自公勢力や維新、並びにみんなの党が、久し振りの勝利の美酒に酔い

しれていると、どこかに落とし穴が待っているものだ。人間、勝利の後には、

必ず驕りやたるみが生じる。

  例えば、高市早苗政調会長の「舌禍事件」や、佐田玄一郎、並びに

西村康稔両議員らの性的スキャンダルなどが、それらを、雄弁に物語っ

ているではないか。



  かつて、『八甲田山―死の彷徨―』という映画があった。日露戦争前の

大訓練で、無能な指導者に導かれた大部隊では、その多くの士官や兵士

が遭難死した。 

  他方、有能な指導者に導かれた少数精鋭の小部隊は、全員、無事踏破

し、日露戦争において、その能力と業績を、遺憾なく発揮した。

 

  今の「生活の党」は、まさに、当時の”少数精鋭”の党だ。それゆえ、何も

怖れることはないと思う。あのとき流行った言葉が、“天は、われらを見放

したか!”だった。 

  「天」の存在さえ意識に無い「自公政権」や「維新」「みんなの党」など、何

で怖れる必要などあろうか!   【つづく】

  (後記:「生活の党」比例代表・候補者東祥三氏の「第125回活動報告会」

〔13.6.10〕を、下に貼り付けます。「生活の党」の「いのち」「暮らし」「地域」

を守る政治について、たいへん分かり易く説明しておられます。

 どうか、是非、ご高覧ください。)       

     http://youtu.be/EWTBGPRfs5w

 

 

2013年7月18日 (木)

小沢・生活の党、頑張れ!(3 )

  参議院選での勝利を導く五つの方策


    1)“積極的二面作戦”の推進

 筆者が敢えて「不正選挙」の問題を取り上げた理由は、至って簡単

である。つまり、その実態が、極めて「クロ」に近いからである。いや、

正直、完全に「クロ」だからである。

 

  それゆえ、現実の政治に関わる者が、同問題を、徒に無視したり看過

したりするのは、決して在るべき姿ではない、と考える。

  無論、この問題ばかりに拘泥していると、前には進めないだろう。だが、

この「不正選挙」に対する疑惑が、日本国民の中、特に心ある人々の間

に根強いのも真実である。

 ところで、拙稿は、すでに今年一月末の時点で、脱稿していたもので

ある。



  さて、本来、二面(あるいは、両面)作戦は、敗北に至る方策だと考え

られる。 

 例えば、第一次世界大戦における帝政ドイツの敗戦の姿が思い出さ

る。

 

  しかし、私は、「生活の党」が勝利に至る方策として、敢えて「二面作

戦」、あるいは「二輪作戦」を訴えたい。 

  つまり、他党(とりわけ自公)との政策の違いを強調する正攻法だけ

でなく、むしろ昨年の「不正選挙」を公に暴露する“告発戦術”を併用す

べきだと思う。

 

  だが、そのような手段は執りたくないと言われれば、それまでである。 

しかし、私は、何も「生活の党」自体が、それを声高に叫ぶことを求め

ない。

  ただ、この「不正選挙」を声高に叫ぶ人々の動きに一定の理解を示し、

それを、国民運動の一つとして取り込むだけの雅量は必要だと思うの

だ。

 

  例えば、リチャード・コシミズ(=輿水正)氏が主宰する独立党による

「不正選挙」告発の運動は現在、心ある日本国民の間で(今のところ、

主にネットの世界でだが)、非常に大きな影響力を与えている。

  事実、輿水氏は、小沢代表を心から信頼、かつ尊敬している。昨年の

総選挙でも、横浜での講演会の際に、岡本英子候補(神奈川3区)への

全面的な支援を、会員や有権者に訴えた。 

  また、今回は、千葉県選出の参議院候補太田かずみ氏を、熱烈に支

援している。まさに同氏は、根っからの〝小沢党”と言えよう。

 

  このリチャード・コシミズ氏のような存在は、非常に貴重だと思う。

「生活の党」も、是非、このような良心的な愛国者たちの運動に理解を

示してほしい。 

  私が、“積極的な二面(=二輪)”作戦と言ったのは、まさにこのこと

なのだ。

 

 私は、この「小沢・生活の党」と「独立党」の絶妙なるコラボが、この度

の参院選の“台風の目”になるような気がしてならない。また、事実、

そうなることを、私は、心から願っている。 

 

 

 (2)「再チャレンジ」作戦

 

  昨年末の衆議院選で、最も無念な思いをなさったのは、誰よりも小沢

一郎代表ではないだろうか。 

  しかし、同時に「日本未来の党」から立候補し、結果、落選した多くの

議員たちの無念な思いは、まだ、晴れていないように思える。 

  彼らの無念な思いを、少しでも緩和すべく、今夏の参院選への「再チャ

レンジ」の試みを提起したい(*今年一月現在

 

  無論、衆議院と参議院を同一には論じられない。しかし、無念な思い

散って行った、かつての「国民の生活が第一」党の議員たちの思いを

斟酌する時、この試みは、決して無意味なものとは思えない。 

  事実、今回、太田かずみ氏の他、三宅雪子氏、東祥三氏、山岡賢治氏

などが立候補している(*下の写真)      

  この現状を見る時、「再チャレンジ」作戦は、あながち間違ってはいな

かったように感じる。

             Photo_2

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  「再チャレンジ」作戦とはいえ、あくまで”立候補”は、本人の意思と党

の方針の調和・調整に基づくものであろうから、一概には、それを求め

られないかも知れない。

  だが、たとえ、それが「アメリカ」、並びに自公両党による不法、かつ

不当な手段によるものだったとはいえ、「生活の党」が、昨年の衆院選

で失ったものは余りにも大きい。

  それを、いささかなりと心理的に回復するためにも、また無念な思いを

した同志たちの意志に報いるためにも、彼らが、未来に希望をつなぐ道

を模索すべきではないだろうか。

  私は、「参議院選へのチャレンジ」も、その方策の一つの可能性だと

考える。

  マスメディアは、余りにも腐り切っているので、ほとんど信頼も出来ず、

頼りにもならない。それに踊らされている一般国民は、政治の真実から、

遠く隔てられている。

  だが、そのような厳しい現実の中でも、いわゆる“民意(あるいは国民

感情)”は、まるで振り子のように、あるいは押しては返す波のように、

いつ「生活の党」に味方してくれないとも限らない。

  その時のためにも、先の衆院選で全力を尽くした候補者たちの努力と、

ある種の政治的“連続性”を無駄にしてはならないと思う。

  確かに、消費税増税、TPP参加、原発再稼働、憲法改正など、重要な

課題が山積している。

  だが、残されたわずかな選挙期間中、ここは、「原発再稼働」の理不尽

さ・不当さを、大いにクローズアップするのでもいいのではあるまいか。

  たとえ、針の穴のような一穴でも、そこを徹底的に穿けば、大きな堰も

ダムも、最後には壊れるものである。

  つまり、それによって、少しは“選挙の風向き”を変えることができると

思うのだ。

  何より、昨年の衆院選において、実質「生活の党」のため、また日本

国民のために奮戦した立候補者たちの思いや希望に、大いに耳を傾け

るべきだと感じる。

  少なくとも、民主党の岡田氏のように、「(落選は)候補者の自己責任」

などと言うような冷酷・非情な「政党」であってはならないと思うのだ。

  岡田氏の非情さこそ、まさにユダヤ・アメリカの新自由主義(=強欲

資本主義)の典型、かつその産物だと言えよう。

  「生活の党」の自立・共生の思想は、まさにそれと対峙するものである。

また、ここで言う「再チャレンジ」作戦こそ、各候補者の自主性と、それを

支援する同志たちとの「共生」・協力関係を、世に大きく明示するもので

もあると思うのだ。  【つづく】

 (後記:下に、7月12日の、「リチャード・コシミズ船橋

講演会」を貼り付けます。内容は、姫井由美子前参議院議員と犬丸

勝子候補の、実に興味深いお話です。どうか、是非、ご高覧ください。) 

   http://www.youtube.com/watch?v=wRtgAIbU30w&feature=share&list=PLPg7hSdi4rU4nUHcaK9pWHwFP199RSnd8

2013年7月16日 (火)

小沢・生活の党、頑張れ!(2 )

    日本の政治を歪める「不正選挙」

  今回の参院選に対して、どう活路を見出すかを論じる前に、昨年の

第46回衆議院選挙の結果について、至って正直な思いを述べてみたい。 

  日本人は元来、人を疑わない民族だ。荀子の「性悪説」より、孟子の

「性善説」の方に与(くみ)する人が多いのではあるまいか。だが今日、

日本の現状は、孟子の心情さえ通じないように感じる。

 

  なぜなら、国内の政治・経済事情が、余りにもユダヤ的な発想に毒され

ているからだ。 

  狭い意味でのユダヤ的発想とは、人間、嘘をつくのは当たり前。― 

騙された方が愚かで、かつ悪い。勝利を得るためには、手段など選ばな

い、などが考えられよう。

 つまり、それは、日本的な美徳や日本文明とは真逆の関係にある。

 

  ところで、「選挙」と言えば、普通、公的な選挙の立会人が相互監視の

下、公平、かつ公正に検票して、最終的な票数を出すものと考えられて

いる。 

  だが、もし最後の検票が、一人の公人の立会いも無く、独占的な

一企業体の手に委ねられているとしたら、選挙の結果を、真に認める

ことができるだろうか?



  ましてや、その企業体は、常日頃、自民党に多額の献金をし、とりわけ、

その大株主が、父・晋太郎氏から遺産を受け継いだ安倍晋三氏である。

   また、当社は、かつて、地方(例えば、岐阜県可児〔かに〕市)での選挙

で不正行為をしたことがある。

 そのような裏事情がある以上、その企業体が関わった選挙結果に多大

の疑義を差し挟む人がいるとしても、何ら不思議ではないだろう。

 

  周知の如く、昨年12月16日(日)に実施された第46回総選挙の結果が

今でも、大いなる疑惑の中にある。超疑惑の企業名は「ムサシ」。―   

 名前こそ日本的だが、実質は、ユダヤ・アメリカ(ゴールドマン・サックス

系)株主たちによって支配されている。

 

  この時の選挙結果を冷静に判断すると、何よりも、最初から“自民党圧

勝!”が組み込まれた”イカサマ選挙”だったと感じる。 

  午後8時直後における各テレビ局の、あの異様に先走った開票結果は、

まことに不自然、かつ極めて異常な光景だった。 

  実際の現象より遥かに低かった投票率、人気の高かった日本未来の党

「比例票」の余りの少なさ、異常な投票時間の繰り上げ、「原発、消費税、

TPP」反対候補者が、まるで”狙い撃ちされたかのような”選挙結果など、

腑に落ちないことばかりだ。



  事実、昨年の46回衆議院総選挙の結果に釈然としない人は、かなり多

いと思う。先述したように、選挙当日、夜8時の締め切り直後、まるで

“待ってました!”と言わんばかりに「自民の当確」が打たれるサマに、

私は、何とも言えぬ違和感を覚えた。 正直、それは”狂気”とさえ思えた。

  ものの一分と言わぬ間に“自民の圧勝”が報じられた。それはまるで、

すでに“結論ありき”で、その間のプロセスなど、どうでもよい、といった

感じだった。 

  日本は、いつから、これほど酷い謀略国家・「犯罪国家」になったのだ

ろうか?

 

  「9・11→3・11→12・16」という数字に、ピーンと来る人は、決して、そう

多くないかも知れない。 

   しかし、心ある人は、すでに察知しておられるように、この三つの日の

「大事件」に深く関与した犯罪者たちは、同一集団だということである。

  この犯罪者たちの頭目は、国際金融資本とも、国際金融マフィアとも、

さらには国際金融悪魔とも呼ばれている。

 

  つまり、日本に住むわれわれは、単なる国内政治の只中にいるという

より、むしろ、世界規模の“謀略の舞台”の上に立たされているのだ。 

  そればかりか、彼らの主要なターゲットにされている。そのサマは、まさ

に“狙い撃ち”である。

 

  その意味で、昨年の総選挙の結果、消費税増税、原発再稼働、TPP参

が招来されるのではない。むしろ、より厳密に言えば、それらを確固た

ものにするために、今回の無茶で非道な「不正選挙」が実行されたと思

のだ。



  それは、ちょうど50年前に、ケネディ大統領が暗殺された構図とも似て

いる。 

 つまり、彼が暗殺されたから、ベトナム戦争が起こったのではない。

むしろ、ベトナム戦争を遂行するために、当時邪魔だったケネディが暗殺

されたのである。 

  換言すれば、帰納的な形で、「結論」が導き出されるのではなく、あくま

”最初に結論ありき”の演繹的な形で「結論」が実行されるのである。

  これを、彼らは、”アジェンダ”と呼ぶ。竹中平蔵や渡辺喜美が大好きな

言葉である。なぜなら、両者は、この“陰謀集団”の要員であるからだ。



  ところで、選挙当日、かなりの投票所が長蛇の列だったというのに、

マスゴミが報じたのは、戦後最低の投票率(59.3%)とのこと。―

 「ふざけるな、金融ユダ公!」とは、リチャード・コシミズ氏の言である。

輿水氏でなくても、そう思う人は多いはずである。 

  それに、自民党の三原じゅん子議員のブログでは、「自民党に厳しい!」

という出口報告がなされていた。

 

  また、日本未来の党への「比例票」が、総じて40%以上も少ないという

事実。

 小沢氏の得票に対しては42%、亀井静香氏の得票に対しては、何と

75%も少なかった。これらの半分が「無効」となり、残り半分が「維新票」

に流れたと言われている。 

  さらに、投票時間の繰り上げが、全国1万6千ヶ所に及んだことも異常

である。

 

 加えて、「比例代表」の表紙に、「日本未来の党」の党名が記載されて

いなかった投票所もある。実際、集票機(ムサシ社製)を使った「不正」は、

大いに考えられよう。 

  聞くところによると、投票用紙が届かなかった老人もいたという。 

その方は、選挙前の電話アンケートで、「日本未来の党」への支持を表明

していた。 

  民主党劣勢が趨勢とはいえ、その実質は“八百長(イカサマ)選挙”

ったと思う。

 

  思うに、2010年の参議院選挙で、国民新党(特に、長谷川憲正議員)の

票が、異常に少なかった。実際、「比例」で同党に入ったはずの100万票

が消えたのである。 

  不正選挙の首謀者たちは、この時、すでに今回の“不正選挙の予行演

習”をして、味をしめていたと思うのだ。 

  先回の参院選で“狙い撃ち”されたのが国民新党(無論、亀井静香派)、

そして昨年の総選挙が、言うまでもなく「日本未来の党」である。



  それでは、この「不正選挙」という現実の前に、われわれは、一体、どう

行動したらいいのだろうか? 

  私は正直、次のように考える。つまり、ここで、「不正選挙」を、すでに

過去の事、検証不能な事として看過することなく、むしろ、敢えて「不正

選挙だ」と声高に訴えて、多くの人々の注意・関心を喚起した方がよい

ではないかと。いや、むしろ、そうすべきではないか、と。

 

  実は、かつてベネズエラでも、アメリカ絡みの不正選挙があった。すると、

先日亡くなったチャベス氏を支援する主婦たちは、抗議の意思を表明す

るため、鍋や釜、その他の食器を叩いて、市内を行進したという。 

  何事も、「もう終わったこと」と諦めず、また、泣き寝入りすることなく、

“不正は不正”として、真正面から糾弾すべきではないだろうか。 

  それも、今、やらなければ、すべては、「後の祭り」になってしまう。 

  その点、先回の衆院選の「不正選挙」を糾弾し、この度の参院選で計画

されている「不正選挙」を極力監視しようとするリチャード・コシミズ氏の

「独立党」の行動は、たいへん立派だと思うのだ。

 

  今年は、巳年。―    そのせいか、少しは金回りのいい年になった、と

考える向きもあろうが、間違っても、”長いものには巻かれろ!”の精神

だけは持ちたくないものである。  【つづく】

   (後記:「7月11日〔木〕、柏駅前での、リチャード・コシミズ氏の街頭演説」

を、に貼り付けます。 どうか、是非、ご高覧ください。)

  http://youtu.be/SMHBF-jo8vE

 

2013年7月15日 (月)

小沢・生活の党、頑張れ!(1)

   この度の参院選は、今後の「石の上にも三年」の

一里塚(=一年目)



  安倍政権は、この度の参院選で完全に勝利し、単独過半数以上

議席数で、「憲法改正」の端緒を開こうとしているように思われる。

あくまで、安倍氏の目標は「憲法改正(=改悪)」である。

  だが、果して、彼や自公政権の思い通りに事は運ぶだろうか? 

それは、何とも言えない。しかし、決して、そうさせてはならない。

  そのためにも、「生活の党」が、自党の独自性を遺憾なく発揮して、日本

の政治のキャスティング・ボウトを握ってほしい。


  6年前の参院選で、民主党は、「国民の生活が第一」のスローガンで、

当時の安倍自民党に勝利した。あれは、まさに「小沢・民主党」の勝利だ

った。

  今後も、「増税はしない」「雇用の安定」「地方分権」を旗頭に「反消

費税」「脱原発」「反TPP」の基本政策を基軸にして、まさに「国民の生活

が第一」政策を推し進めていくべきだ。

  生活の党が目指す“生活民主主義”の8つの柱は、次の通りだ。

1   憲法   「いのち、暮らし、平和を守る基本理念を堅持します。」

2   行財政・国会   「地域が主役の社会へ転換します。」

3   経済   「国民の所得を引き上げ、暮らしを豊かにします。」

4  エネルギー・環境   「新エネルギー大国日本の構築によって、   

                安心快適な社会を実現します。」

5   農林漁業    「まず食料から、国民の安全と安心を確保します。」

6 社会保障・雇用  「格差をなくして国民が助け合う仕組みをつくり

   ます。」

7  少子化・男女共同参画・教育科学技術  「全員参加型社会をつく

   ります。」

8   外交・安全保障   「平和を自ら創造します。」

  また、具体的な政策としては、「原発は10年後に全て廃止。」「エネルギ

ー政策の大転換。」「原発なしでも電気料金の値下げを実現。」「可処分

所得のアップ。」「消費税増税凍結。持続可能な内需型社会の実現。」

「TPPには反対。」「対等な日米関係の確立。」「アジア諸国の信頼関係

構築。」などがある。(*生活の党「基本政策(検討案)」参照)。


  米・官・業・政・電による呵責なき圧力や反抗が続く中、「生活の党」を

取り巻く環境は、決して明るいものではない。

  だが、国民の中には、小沢氏を心から信頼し、「生活の党」に期待する

潜在的な支援者も決して少なくない。

  彼らの変わらない期待や支援に報いるためにも、この度の参院選で、

相応の結果を出してほしい。

  それは、立候補者(公認候補11人、推薦候補1人)の全員当選という

目標の達成でもいいだろう。


  だが、むしろ、初めから多くを求めるのではなく、今回は、「生活の党」

の存在を国民に強く印象づけ、上記の「生活の党」の政策に対する共鳴

者を増やすことに専念すべきだ。

  主権者国民による新政権の樹立には、少なくとも、次の衆議院総選挙

までの3年間は必要だ。

  つまり、この度の参院選は、今後の「石の上にも三年」の一里塚である。

だが、極めて貴重な「一里塚」だ。


  最低、向こう3年間の政権獲得構想を素描するなら、それは、次のよう

な三段階になろう。

  (第一段階) 今回の参議院選挙での勝利・躍進を通して、「生活の党」

         の存在を、公に示す。最早、”国民の敵”に堕した民主党は、

         すでに、その存在理由は無い。むしろ、潔く消滅すべきだ。

  (第二段階)  自党の「基本政策」を広く国民にアピールし、対立政党の

                     中に、自党 への理解者・共鳴者を獲得し、着実に党勢の

                      拡大を図る。

  (第三段階)  確固たる“国民政党”として、自公政権(あるいは、それと

                     結託した「みんな」や「維新」勢力)と全面的に対決する。

  すべてが、簡単に成就するわけではない。だが、J・F・ケネディ大統領

が最も愛した、老子の言葉「千里の道も一歩から」の精神で、日々、努力

・精進して行くべきだと思うのだ。  【つづく】

(後記:〔You  Tube〕7月11日、千葉県鎌ヶ谷市での「生活の党 小沢一郎

      代表と太田かずみ候補」の街頭演説を貼り付けます。

       皆さん、是非、ご高覧くださいませ。)

 http://youtu.be/RAAm9sCq2J0

  

2013年7月13日 (土)

植草一秀氏こそは、現代日本人を導く偉大なる預言者(完)

  改変される憲法



  今後、われらが大切な『日本国憲法』は、一体、どのような運命をたどる

のだろうか?

  本章(第6章)の冒頭、植草氏は、自らの危機意識を、正直に吐露する。

既述ではあるが、同氏は、次のように述べる。

 

  「2013年7月の参院選後、衆議院が解散されなければ、2016年夏まで

の丸3年間、国政選挙のない空白の3年間が生まれます。この3年間に

日本は別の国にされてしまうかもしれません。そんな怖さがあります」と。

 

  文中の「別の国」という言葉が、われわれの胸底に響く。それは、今日

のファシズム国家アメリカを模倣し、戦前の「大日本帝国」なるものを志向、

かつ“復活”させたような国家である。

 

  とりわけ“憲法改正”を党是とする自民党において、その悲願を達成

する総理は、”当然、自分だ”という使命感(?)が、安倍氏の胸中に沸々

と湧き上がっているのかも知れない。 

  確かに、TPP「憲法改正」こそは、日本国民を、奈落へと落とす二大

問題であろう。



  植草氏は、上記を次のように続ける。
 

  「2013年の参院選の争点は、本来は、原発・普天間・TPP・消費税大

増税、そして憲法であるべきだと思います。私はこれを『3+1+1』と

表現しています。・・・・ 

  その中でも突出して重い2つの問題が、国の実体を左右するTPP

そして国の根幹を左右する憲法だと私は考えています」と。

 

  まことに正論だ。これに共感する方々は、きっと多いことだろう。 

  正直、心ある日本国民が危惧していることは、今回の参院選後、自・公

両党が、”ねじれ”を解消し、圧倒的な優勢の下、一気に“憲法改正”

突き進むことではあるまいか。実際、私が最も恐れていることは、その

事である。

 

  本章の冒頭の植草氏の危機意識も、そのような思いが背景になってい

るように思われる。事実、同氏は、次のように語る。 

  「既得権益勢力の戦術が功を奏したのか、あるいは一部で不正選挙

がおこなわれたのか、真相は不明ですが、2012年12月の総選挙の結果

として、主権者側に立つ政治勢力は激減し、米官業トライアングル勢力

が衆院をほぼ制圧してしまいました。

 

  これと同じ状況が参院でも実現すると、米官業勢力は空白の3年間を

フルに活用して、この国のかたちを、根底から書き換えてしまう可能性

があります。 

  そして、そのもっとも根幹になる取り組みが憲法改正になるはずです」と。



  正直、穿った見方をすれば、この数年間の政治の動き、例えば、菅氏

たちのクーデターによる政権奪取、小沢氏との党首選における不正選挙、

アメリカとイスラエルの謀議と実行による「東日本大震災」、野田氏による

唐突な解散・総選挙、不正選挙に基づく自・公両党の圧勝、日本破壊の

ための「アベノミクス(実際は、アベノリスク)」などは、すべて、この憲法

改正(実質、改悪)のために、じっくりと練られたプランとその遂行(パフォ

ーマンス)だったように思われる。 

  つまり、私には”最初に、憲法改正(ひいては、日中戦争)有りき”だと

思えるのだ。


 
  だが、植草氏によれば、憲法とは、このように作為的に、あるいは安直

に改変出来るものではない。それは「立憲主義」という大原則があるた

めだ。同氏は言う。 

  「そもそも、憲法とは、国民の自由と権利を守るため、国家権力の暴走

を防ぐために、国家の統治を憲法の制約下に置くという性格を帯びてい

るという考え方があります。これを『立憲主義』と言います。 

 

  国民が権力を縛るために存在するのが憲法であるとの考え方であり、

この立場からすると、権力が安易に憲法を改変してしまうことがないよう

に、憲法改正のハードルは高くしておくべきだとの主張が正しいことにな

るのです」と。

 

  しかし「自民党憲法改正草案」なるものは、この“立憲主義”を完全に

否定している。植草氏は記す。 

  「私はこの憲法改正草案の主要論点を『1+3』で整理しています。

『1』は根本原理の問題、すなわち立憲主義の否定です。 『3』は人権

抑制・国権強化・戦争体制確立です。

 

  自民党草案の根本原理の問題点は、『主権者が憲法によって国家権

力を抑制する』との立憲主義の大原則が棄て去られていると判断できる

ことです。 

  すでに説明したように、国民の自由と権利を守るために、国家権力を

憲法の制約下に置いて国家権力を縛るのが憲法の役割だとするのが

『立憲主義』の考え方です。

 

  ところが、自民党憲法改正草案では、これが逆立して居るのです。

国家権力が国民を支配する基本法として憲法が定められているように

思えてならないのです」と。

 

   基本的人権の抑制

 

  確かに、その通りだと思う。『日本国憲法』の三大基本原則は、「国民

主権」「基本的人権の尊重」「戦争の放棄」であるが、自民党の憲法改正

草案では、そのすべてが蔑ろにされている。この事実は、しっかりと認識

しておくべきだと思うのだ。

 

  自民党憲法草案の問題について、植草氏はまた、次のように述べる。 

  「自民党草案の具体的問題、その1は人権抑圧、人権制限の性格が

打ち出されていることです。 

  その象徴として、3つの事柄を指摘することができます。第1は、現行

憲法97条の記述が削除されたこと、第2は、表現の自由に著しい制限

が設けられること、そして第3には、『公共の福祉』が『公益および公の

秩序』に置き換えられ、基本的人権への圧迫が著しく強められると推察

されること、です」と。

 

  この第97条の条文は、次のようなものである。 

  「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわた

る自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試練

に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利

として信託されたものである」と。

  自民党案では、最高法規の章を章ごと削除しているとのことだ。植草氏

は言う。 

  「97条の条文を消滅させたのは、基本的人権を、将来にわたり侵すこ

とのできない永久の権利として位置づける日本国憲法の精神を大幅に

後退させたものであると言えるのではないでしょうか」と。

 

  同氏は続ける。 

  「自民党草案が施行されれば憲法規定に基づいて、言論を統制する

法律が制定され、政治活動が厳しく弾圧される可能性が高まると考え

られます。まさに、戦前への回帰以外の何物でもありません」と。 

  それは、治安維持法下の日本の状態になる。この状態が、戦争へと

繋がった。 

 このような歴史は、繰り返されてはならない。その意味で、国民を不幸

にする自民党憲法草案は、全面的に否定されなければならないと思う

のだ。
 

 

   国権の強化




  次に、「国権の強化」の問題について、植草氏は、次のように語る。
 

  「これまで述べてきたように、そもそも憲法は、人権を守るために、

国家及び国家権力の暴走を防ぐという大切な役割を担うものです。 

  ところが自民党改正草案では、この位置関係が逆転します。国家

・国家権力が国民に制約を課す側面が強く打ち出されています」と。

 

  文中の「位置関係の逆転」という言葉に注目したい。そこには、まさに、

自民党草案のアナクロニズム(時代錯誤)さえ感取できよう。そのことは、

次の条文についても言える。

 

  現行憲法の第18条に「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない」という

条文がある。これに対して、自民党草案では、次のようになっている。 

  「何人も、その意に反すると否とにかかわらず、社会的又は経済的

関係において身体を拘束されない。」 

  何も、問題は無いように見える、だが、これに対して、植草氏は、次の

ように鋭く分析する。

 

  「『法の下の平等』に関する自民党草案の第14条では、『政治的、経済

的又は社会的関係において、差別されない』という言葉が用いられてい

るのですが、18条には『政治的』という言葉がありません。つまり『政治

的』理由では身体が拘束されることがあるとも受け取れます。 

  また、『奴隷的拘束を受けない』の表現から『奴隷的』の部分が削除さ

れたため、将来の徴兵制採用が視野に入っているとの疑いが生まれて

います」と。

 

  正直、自民党が「国防軍」という言葉を公にした時点で、すでに“徴兵

制”を企図していたと感じる。 

  そこでは、経済的に困窮した若者や失業者たちが、兵士としてリクル

ートされるのかも知れない。しかし、そのような日本は、本来の在るべき

“平和国家日本”と、全く対峙するものだ。 

  だが、前線に行くことのない政治家、官僚、企業家などは、まるで他人

事のように、戦争を喜ぶような愚行を、また繰り返すのだろうか。決して、

そんなことがあってはならない。




  国防軍の創設

 

  ところで、自民党草案の「第九条」は、次のようなものである。 

  第九条    日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に

        希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇

        及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用い

        ない。 

         2      前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。

 

  上の条文で重要なのは、現『日本国憲法』をパクったような美辞麗句の

第1項ではなく、むしろ第2項で、「自衛のための戦争」を肯定している点

である。つまり、この第1項における“戦争放棄”は、名ばかりの、空虚なも

のである。

 

   植草氏は、次の重要な点にも注目している。彼は言う。 

  「自民党草案が表記する自衛権の中に、集団自衛権の概念が含まれ

ると説明されています。この結果、自民党草案の下では、日本は米国が

主導する戦争に加担することが定められることになります。また、18条の

規定を活用して徴兵制が検討されるのではないかとの懸念があります」

と。

 

  このような事態を、一般の日本国民が、本当に望んでいるのだろうか?

そんなことは有り得ないと思う。だが、今後、自・公両党の暴走を放置す

れば、「憲法改正(=改悪)」を経て、これが現実のものとなるのである。

 

  それゆえ、われわれは、植草氏の次の言葉に耳を傾けよう。 

  「7月の参院選の結果、改憲勢力が参院でも3分の2の議席を確保す

ると、まず、96条が改変され、その次に、衆参過半数の発議でいまの

自民党草案に近い改正案が各条文ごとに上程される可能性がありま

す。

 

  そして、国民投票によって、投票総数の賛成があれば、憲法は根本か

ら書き換えられてしまうことになります。 

  これは、もはや空想の話ではなくなっています。私たち主権者は、この

現実の意味を完全に理解しておく必要があります。 

  その動きにブレーキをかける必要があるのだと判断するならば、その

ための行動を全力で取らなければなりません」と。 

  この警告を、是非、熟読玩味していただきたい。まさに風雲急を告

げる日本なのだ。 

 

   創作される戦争 

 

   戦争を必要とする米国 

 

 アメリカは、戦争無しには存在できない国家だ。“世界の鬼っ子”と呼ん

でもいいだろう。 

  とりわけ、国際金融資本家や強欲資本主義者、それに軍産複合体は、

まるで戦争を麻薬(あるいはモルヒネ)であるかのように常用している。 

  日本国憲法を改悪し、「国防軍」を設置すれば、日本もアメリカ同様、

”戦争中毒”に堕すのである。そんな愚行を、心ある日本国民が許すわ

がないではないか!

 

  その点、真に正義と平和を愛する植草氏の次の言葉は、一読に値し

よう。 

  「日本国憲法は、世界に類を見ない、戦争と軍隊保有を放棄する条文 

を持つ稀有の存在です。  

  日本国憲法こそ、世界遺産の名にふさわしい価値を持つものであると 

言ってもよいかもしれません。」

 

  戦争を前提とするアメリカと、その国家精神において、あくまで「和」

貴ぶ日本は、本質的に相容れないものがある。 

  日本が、独自の自主性を貫いてこそ、世界の平和に貢献できるので

はあるまいか。これに反して、まるで、アメリカの「傭兵」でもあるかのよ

に、アメリカに追従しても、世界の反感や嘲笑を買うだけである。



  ところで、「米国による北朝鮮攻撃の可能性」さえ明言する植草氏に

よれば、北朝鮮のリスクが高まる中で、日米同盟の強化が、かえって

日本を戦場とするリスクを高めてしまうというジレンマが存在するのだ。 

  ある意味、これは、覚悟しなければならないだろう。

 

  名う手の「謀略国家」アメリカに操られる安倍政権は、真に日本国民

の立場には立っていない。まさに「米・官・業・政・電」という、日本国民

の「敵」とも言える人々の〝創作物”に過ぎない。 だが、その悪辣さや

健かさは、決して軽視できないだろう。

 

  植草氏は、本著『アベノリスク』の中で、背後で糸を引く米国、「憲法

改正(=改悪)」とTPPにひた走る安倍政権の危険性や邪悪さ、それに

対する国民の覚醒の必要性などを、遺憾なく表現している。 

 皆さんに、今こそ読んでほしい名著である。

 

 植草氏の文末の言葉を次に記して、拙稿を擱筆したい。 

  「私たちの日本をどのような国にするか。本来、その決定権を持つのは、 

言うまでもなく主権者である私たちです。 

  そのことを十分に踏まえて、目の前に差し迫る巨大なリスクを直視して、 

じっくりと考えていただきたいと思います。 

  この国を良い国にするか、地獄のような国にしてしまうか。 

その方向を決めるのは私たち主権者なのです。」    【了】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2013年7月12日 (金)

植草一秀氏こそは、現代日本人を導く偉大なる預言者(4 )

  活断層の上の原発再稼働



 「活断層の上の原発再稼働」・・・。 

これは、今日、日本政府が推進する原発政策である。 

  私には、まさに”狂気”としか思えない。だが、こう感じる人は、

実際、多いのではあるまいか。 

  ”福島原発の解決の目途も立っていないのに、何が原発再稼働か!”

というのが、正直な思いであろう。 

  しかし、「アメリカ」の言い成りである日本政府は、外国への原発売り

込みを含め、「原発再稼働」を国策として推進・強化しているのが現状だ。

 

   再稼働を推進する巨大な力 

 

  本著の中で、植草氏は、こう確言する。 

  「過酷事故の原因が明らかにされていない状態で、絶対安全の体制が

構築されるわけがないのです。 

  私たちは、この問題にどう対応すべきなのでしょうか。これは、日本の

統治のあり方、政治的な決定のあり方の問題とも深くかかわってきます」と。

 

  しかし、現実には、「原発再稼働反対」が国民の過半数を占めながら、

先の衆院選では、この大事なテーマが、低次元の選択にすり替えられて

しまった。 

  このような状況に対して、植草氏は、次のように切に訴える。 

「日本国憲法を踏まえるかぎり、私たちの命、かけがえのない国土にかか

わる重大な問題である原発について判断し、決定するのは、私たち主権

者であることを、2013年7月の参院選前に、もう一度確認しておく必要が

あります。

 

  周知のとおり、この問題について安倍さんは、すでに原発を再稼働する

方針を明言しました。2013年2月28日の通常国会における施政方針演説

で原発再稼働を明言したのです」と。

 

  確かに、ここで「国民主権」の基本原則を、改めて再認識すべき

ではあるまいか。 

 国民が無関心でいたり、他人任せでいると、日本政府は「アメリカ」同様、

独善的な詐欺師集団であるから、すべてを、自分本位に推進しよう。

それは、決して許してはならないと思うのだ。 

 実際、地震国日本の現状を、われわれは、もっと深く、かつより真剣に 

認識しなければならない。

  これに関して、植草氏は、次のように記す。 

「日本は、世界最大の地震国のひとつといって差し支えありません。 

原発の真下に活断層が走っていなくても、日本そのものが、まさに活断層

の上に位置しているわけです。 

  神戸大学の石橋克彦さんは、地震国日本の原発の危険性をかねてよ

り警告し続けてきました。

 

  さらに石橋さんは、歴史を検証したうえで地震活動に周期性があること

を明らかにしています。その地震活動期にいま日本が入っているのです。

実際に巨大な地震が相次いで発生し、火山の爆発も生じています。 

  その日本で、原発を再稼働させていくというのは、常識の判断ではあり

得ません。

 

 国民の多数が賛成する方針ではないはずです。にもかかわらず、原発

推進の動きがやまないのは、それを牽引する巨大な力が働いているから

です。 

  主権者は私たち国民ですが、主権者でない大きな力が働いて、原発稼

働が推進されているのです。黒幕は言うまでもなく米国です」と。

 

  この峻厳なる現実は、どんなに強調されても、強調し過ぎるということは

ない。 

 それに、広島・長崎の原爆、あるいは、それらに先行する名古屋市周辺

域での「人工地震」以来、アメリカにとって、日本人は、単なる「モルモッ

ト」に過ぎないのではあるまいか。

 

 

   重大情報隠蔽の真実




  東日本大震災が起こって2年4ヵ月が経った今日でも、福島原発の放射

能事故の原因や、その全容は、依然不明のままである。 

  むしろ、その内容については、特に重大な情報が隠蔽されている。

植草氏は、本著の中で、2つの重要な事実を、次のように述べている。

少し長い引用になるが、どうか、ご了承いただきたい。

 

  「ひとつは地震発生翌日、すなわち2011年3月12日のNHK正午の

ニュースでの出来事です。当時、ニュースを伝えるアナウンサーは、

次のようにニュース原稿を読みました。 

 

  『・・・・そして、原子力発電所に関する情報です。原子力安全保安院な

どによりますと、福島第一原子力発電所1号機では、原子炉を冷やす

水の高さが下がり、午前11時20分現在で、核燃料棒を束ねた燃料集合

体が水面の上、最大で90センチほど露出する危険な状態になったという

ことです。

 

  このため消火用に貯めていた水など、およそ2万7000リットルを仮設

のポンプを使うなどして原子炉の中に流しこみ、水の高さをあげるため

の作業を行っているということです。この情報を繰り返します』

 

  この朗読のあと、約7秒の沈黙がありました。すると、アナウンサーの

横から「ちょっとね、いまの原稿使っちゃいけないんだって」という声が入

りました。
 
  その後でアナウンサーが読み上げたのは、次の原稿でした。
 

  『改めて原発に関する情報です。福島県にある福島第一原子力発電

所の1号機では、原子炉が入った格納容器の圧力が高まっているため、

東京電力が容器内の空気を外部に放出する作業を始めましたが、格納

容器のすぐ近くにある弁を開く現場の放射線が強いことから、作業をいっ

たん中断し、今後の対応を検討しています』

  アナウンサーは、『この情報を繰り返します』といったにもかかわらず、

その情報を繰り返し読み上げなかったのです。 

  その理由を、横にいたディレクターがはっきり伝えてくれました。 

『ちょっとね、いまの原稿使っちゃいけないんだって』」

  この最後の言葉は、よく話題になるが、多分、後世まで残るのではない

だろうか。 

 いや、むしろ残さなければならないと思うのだ。それに、植草氏も言わ

れる通り、まさに「天網恢恢疎にして漏らさず」なのである。

 

 同氏はまた、次のように続ける。

  「もうひとつの重大な事実があります。これはNHKのキャスターを務め

ていた堀潤さんが、震災から2年後の2013年3月11日のツイッターで明

らかにしました。

 

  堀さんはツイッターに次の記述を載せました。 

  『震災から2年。原発事故発生のあの日私たちNHKはSPEEDIの存在

を知りながら”精度の信頼性に欠ける”とした文部科学省の方針に沿って、

自らデータを報道することを取りやめた。 

  国民の生命、財産を守る公共放送の役割を果さなかった。私たちの

不作為を徹底的に反省し謝罪しなければならない』 

  堀さんは、きわめて重大な事実を暴露しました。内部告発と言ってもよ

いでしょう。 

 堀さんは、NHKの職員でありながら、正義感を持って情報を発信し続け

ました。

  そのためにキャスターの職を解かれ、米国留学というかたちで島流し

の扱いを受けます。 

  それでもひるむことなく脱原発の考えに基づいて活動を続けたために、

結局、NHKを退職することになったのでした」と。

 

  周知の如く、堀氏が自らの職責を賭して告発したのは、当時の菅政権

”放射能大量被曝の事実”を、隠蔽したことだった。

  植草氏は断ずる。「国民に開示すべき情報を政府が人為的に隠蔽し、

その結果多数の住民が放射能大量被曝の犠牲者になったということで

あるなら、政府の刑事責任を追及する必要も生じてきます」と。

 

  当時の菅政権は、まさに正当に裁かれるべき犯罪者集団である。

無実の人が、冤罪によって「有罪」となり、このような国家的規模の犯罪

者たちが、公にヘラヘラと出しゃばっている日本は、まさに、官民あげて

“犯罪国家”と言えよう。 

  検察、警察、裁判所の腐敗・堕落を見れば、そんなこと、一目瞭然で

はないか。





  国民を切り捨てた冷酷な政府




  植草氏の言によれば、日本の法律は、一般国民の被曝上限値を、

年間1ミリシーベルトと定めている。 

  ところが原発事故後には、この上限値を一気に20ミリシーベルトに引き

上げた。 

  しかも、その数値を成人住民だけでなく、放射能に対する耐性が弱い

子どもに対してまで適用し、現在もこの状態が続いている。

 

  植草氏は、内心、正当な怒りを感じつつ、次のように記す。 

  「年間20ミリシーベルトの被曝量というのは、1年に400回も胸のレント

ゲン写真を撮影するのに該当する数値です。

  日本のどこに、いや、世界のどこに自分の子どもに年間400回の胸の

レントゲン撮影を認める親がいるでしょうか。

 

  法律で、年間1ミリシーベルトを上限とすると定めておきながら、事故

後にそれを一気に20倍に引き上げて、子どもにまでそれを適用する

いうのは犯罪行為であると言わざるをえません」と。

 

  まことに、その通りだ。この正論は、全国民に熟読玩味してほしいと思う。 

 なぜなら、このような事実の裏側に「国民主権」に対する明らかな侵食

が見られるからだ。われわれは、決して「冷酷な政府」の言い成りになる

必要はないと思うのだ。



  植草氏の次の言葉にも注目したい。彼は言う。
 

  「原発の構造は、現代の戦争の構造と共通していると思います。 

戦争を指揮する者、戦争によって利益を得る者は、戦争の前線に立つ

ことは絶対にありません。 

  戦争の前線で命を落とすのは、名もなき兵士と罪のない市民に限られ

ているのです」と。

 

  植草氏は、常に「罪のない市民」の立場に立っている。それゆえ、彼は、

この20年余り、歴代政権の経済的愚策を諌め、かつ批判してきたのだ。 

  原発も「消費税増税」も、また迫りくる“戦争の準備”も、根っ子の深い所

では、まったく同じなのである。 

  その点では、「アメリカ」従属の安倍政権は、”宗主国“同様、「悪徳原

理主義」とでも言えよう。今回の「原発再稼働」は、まさに、その確たる

証左とも言えるものだ。 

 

   シロアリ官僚に食い尽される 

 

  今日の日本を見ていると、私は、旧ソ連の没落期を思い出す。まさに、

官僚だけが焼け太り、悪しき官僚主義の絶頂。―

 国民、あるいは市民の、政府や政治に対する信頼は地に堕ちていた。

当時のソ連の官僚も、今日の日本の官僚同様、まさに、唯我独尊の

”シロアリ官僚”だった。



  植草氏は、冷静に述べる。
 

  「財政収支のバランスをとり、政府の借金が際限なく膨らむ事態を避け

なければならないのは当たり前のことです。ただ、その前にやらなければ

ならないことがあります。

 

  私は、過去20年にわたってこのことを言い続けてきました。それは、

官僚の特権的な利権を根絶することです。 

  具体的には『天下り』と『わたり』を根絶することです」と。

 

  つまり、同氏によれば、「日本の行財政改革の最大のテーマは、官僚

利権、天下りとわたりの根絶」ということになる。 

  日本の官僚の問題について、これ以上に端的な言葉はないであろう。

 

  大企業の、多くの経営者や投資家もそうであろうが、官僚も結局、“守銭

奴”である。 

  私は、政治とは、畢竟、「“金の亡者”たちとの戦い」だと考えている。 

官僚は、どんなにわが身を取り繕おうと、結局、金の亡者なのではある

まいか。 

 無論、学者の中にも、斑目(まだらめ)春樹氏のように、”すべてが、

カネ、カネ、カネ”の金の亡者が多くいるのが現状だ。 

 

  財政危機の構造

 

  植草氏の言によれば、日本社会の中核には「官僚機構の肥大化」と

「官僚機構と大資本との癒着」とう2つの問題が広がっている。

  同氏は言う。

 

  「2012年12月の総選挙の結果、民主党政権が消えて、元の木阿弥政

権と言うべき安倍政権が誕生しました。 

  そしてすぐに巨大利権満載の補正予算が編成され、いま、財務省を

中心とする霞が関官庁は沸き立っています。 

  この情勢が続くなら、もはやシロアリ退治の目標は永遠に実現するこ

とはないでしょう。 

 日本は霞が関のシロアリ、外国資本のハゲタカ、強欲資本主義のハイ

エナに食いあらされてしまうことになります。・・・・

 

  小さな政府という言葉が意味する内容はひと通りではありません。 

大きく分けると3つの側面があります。 

  第1は、政府支出の無駄を排除するかどうかという側面。第2は、結果

における平等を重視するかどうか。第3は、景気対策をするかしないか、

です。

 

  結論から言うと、私は政府支出の無駄の側面では小さな政府、結果に

おける平等と景気対策の側面では、ある程度大きな政府が望ましいと

考えます。・・・・

 

  競争を促し、効率を良くすることを否定する必要はありませんが、政府

のより重要な役割として、人々の生活最低保障ラインを確実にすること

を最優先すべきでしょう。・・・・

 

  官僚利権を温存してシロアリ王国を築く一方で、力の弱い個人は市場

原理で淘汰されて当然だとの方針を断じて認めるわけにはいきません」と。 

  以上に、植草氏の庶民の生活重視の”血の通った”経済理念が垣間見

られる。



 
  天下りとわたりの現実

 

  改めて再認識すべき「天下り」と「わたり」の実態について、同氏は、

明快に説明する。 

  「シロアリが大利権を吸い尽くす、天下りの構造には3つの類型があり

ます。『官から官』、『官から民』、そして『検・警・裁から民』、の3類型

です」と。

 

  また、植草氏は、次の点を明確に指摘する。 

  「『政治とカネ』の問題が騒がれてきましたが、その本丸は企業献金で

す。 

  企業は見返りがないのに政治にお金を出せません。株主から背任行

為だと咎められてしまうからです。逆に言うと、企業は何らかの見返りを

求めて政治献金します。 

 根本のところに賄賂の構造があるのが企業献金です。・・・・

 

  犯罪があったのに無罪放免にする、犯罪がないのに逮捕・拘留する。

これらが実質的に警察と検察のひとつで決められてしまっています。 

  これこそが、巨大天下り利権の源泉、原動力になります。これが天下り

問題のひとつの核心と言ってもよいかも知れません」と。 

  非常に説得力のある、実に判り易い説明だ。

 

  それでは、この種の官僚の問題、まさに「シロアリ」問題を解決する方途

について、植草氏は、次のように語る。 

  「第1に、国家公務員採用における、大卒採用の一本化です。大卒採用

を一本化して、入省してからの勤務実態に応じて人事を行えばよいのです。 

  第2に、官僚の天下りを制度、規則として全面禁止することです。 

  第3に、公務員の役職の名称を変えることです。『官』という言葉がよく

ありません。 

 官僚は公務『員』ですから、すべての名称を『官』から『員』」変えるでき

です」と。



  以上は、植草氏が常々、語っておられることだが、実に痛快なアイデア

ではないか! 

 まさに、これらを実現できてこそ、真の「民主国家」であると言えよう。 

まさに、「官主国家」日本を、一日も早く卒業しなければならないのだ。

 

  著者は、本章(第5章)の最後に、塩野七生さんの言葉を引用しながら、

こう結んでいる。 

  「危機を打破するためには、私たち主権者が自分の頭でものを考え、

すべてのものを一度疑ってみる必要があると思います。塩野七生さんが

著書の中で、『ルネサンスとは、ひと言で言えば、すべてを疑うこと』と書

かれています。 

  すべてを疑い、自分の目で見て、自分の頭で考えることが何より大事だ

思います」と。

 

 すべてを信じ易い日本人には、“疑うこと”は、あるいは不得手なのかも

知れない。だが、”疑う”ということは、“自ら考える”ということでもあると

思う。 

  私は若い頃、ある著名な文化人類学者から、「人間は、生きている間に、

自分の脳の9分の1しか使わないんだよ」と聞いたことがある。 

「 随分と勿体ないことをしているね」という彼の言だった。

 

  われわれは、自らの脳を、もっともっと使って(=自分で考えて)、人や

社会のために役立てるべきだと思うのだ。

 ちょうど、植草氏が日々、そうしておれるように。・・・ 【つづく】

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

2013年7月11日 (木)

植草一秀氏こそは、現代日本人を導く偉大なる預言者(3 )

   TPP    失われる主権



   米国の米国による米国のためのTPP

 

  本章(第三章)のサブタイトルの一つに、「『言葉の軽さ』が日本政治

劣化の最大の理由」というのがある。 

  「TPP」問題を含め、安倍政権を簡単に要約すると、このサブタイトル

の言葉が、一番相応しいように思う。

 

  兎に角、安倍氏の言葉は、発音が不明瞭な上に、耐えられないほど

“軽い”。それに、まったく心に響かない。 

  正直、響かないばかりか、それは、まやかしと虚言のオンパレードだ。 

テレビに出てくる同氏の顔を視ると、私は、直ぐチャンネルを変える。他の

チャンネルも同じ場面だと、つい消してしまう。だが、これは、決して私だけ

ではないと思うのだ。



  とりわけ、日本の大問題「TPP」に対する彼のまやかしは、日本国民を、

奈落の底に落とす最たるものと言えよう。 

  このような実質「詐欺師」が総理である日本は、喜劇を超えて、まさに

悲劇でさえある。

 

  本章の冒頭にある「米国の米国による米国のためのTPP」というサブタ

イトル名こそ、日本が参加を予定しているTPPの本質を穿ったものだと言

える。

  この場合の「米国」という言葉は、実質”1%の強欲資本主義者たち”とも

考えられよう。

 

  植草氏の言葉にもある通り、「日本がTPPに参加する場合、失うものは

無限大ですが得るものはほとんどないと言ってよい」ものだ。 

  そのようなものに参加すること自体が、明らかな売国」行為である。 

だが、安倍氏を始め自・公政権は、それを、臆面もなく実行しようとしてい

る。 

  まさに、彼らが、自主的な「政治主体」ではなく、「1%の人々」の捨て駒

に過ぎないことの証左である。この間のことについて、植草氏は、次のよ

うに語る。



  「そもそもTPPについては、安倍さん率いる自民党は国民に対してすで

に裏切りとも言える対応をしています。 

  自民党議員の多くは2012年12月の総選挙で、TPP断固反対を訴えて

当選しました。 

 当時の自民党選挙用ポスターを見ると『 ウソつかない。TPP断固反対。

ブレない。日本を耕す!!  自民党 』 の文字が大きく掲げられていました。

 (*このスローガンは今日、次のように改めるべきだろう。『ウソしか

言わない。TPP断固賛成。ブレは十八番〔おはこ〕。日本を壊す!!

自民党』  と。)

 

  その自民党が選挙からわずか3ヵ月後にTPP交渉参加方針を決定した

のは、主権者に対する背信行為です。 

  シロアリ官僚を退治せずに消費税を増税することはないと断言しておき

ながら、消費税増税を決めて総スカンを喰らった野田さん同様、安倍さん

の裏切りも厳しく糾弾されるべきでした。

 

  ところが、安倍さんは屁理屈をこねまわして自己を正当化し、御用メデ

ィアは安倍批判をまったく展開しませんでした。 

  そのために、主権者裏切りのTPP参加が堂々とまかり通ってしまって

いるのです」と。

 

  確かに、昨年末の衆議院選挙では、自民党による党ぐるみでの嘘と

虚言が、国民をたぶらかし、それが、圧倒的勝利へと繋がった。

  そのような「不正選挙」交じりの汚れた勝利に、正当性などは無い。

 

  だが、この不正選挙を含めた米・官・業・政・電の悪行や事の“真実”は、

多くの国民の前には届いていない。まさに、御用メディアが、国民の覚醒

を阻害しているためである。

 

  しかし、このままでは、国民は、奈落の底に落ちるしかない。それを平然

と看過するなら、そのような人は、もはや日本人ではない。人間でさえない

だろう。 

 

  いわゆる「1%の人々」の悪辣さや邪悪さは、歴史と共に磨きをかけて、

もはや“悪魔”の領域のものである。それに対抗するには、日本国民が

覚醒し、相互に連帯するしかない。 

  特に、TPPに関しては、アメリカを含め、メキシコ、ニュージーランド、

オーストラリアなどの「99%(=一般)の人々」との情報交換や協調・連帯

さえ求められよう。



  ところで、「米国の対日経済支配の戦略」という見出し、あるいはサブ

タイトルにおいて、植草氏は、次のように訴える。 

  「さらに言えば、TPPは単なる『関税撤廃協定』ではありません。TPP

には21もの協議分野があり、関税はそのひとつの分野に過ぎないのです。 

  『TPPの毒』ははるかに広い範囲にわたって日本経済に影響しますし、

同時に、日本の国家主権を奪い取る側面を併せ持つ、恐ろしい仕組み

なのです」と。

 

  これは、すでに心ある多くの日本国民が深く認識していることであろう。

だが、日本の「国家主権」が奪われることに関して、警戒し過ぎるという

ことは、決してない。

 

  よく言われることだが、TPPは、「トロイの木馬」のようなものである。 

古代、「トロイの木馬」で、トロイは、滅んだ。これは、単なる神話ではなく、

歴史的な事実である。 

  日本は、TPPへの参加で、亡国の危機に瀕している。心ある人々が感

じているごとく、TPPは、日本を滅ぼす「トロイの木馬」なのである。

 

  なぜなら、安倍自民党による参加の本質は、国際金融資本に、日本を

丸投げする“国家転覆行為”だからである。言うなれば、明らかな売国行

である。 

  これに易々と与する政党や国民は、まさに売国奴以外の何者でもない

と思うのだ。



  「日本を貪ろうとする米国の野望」について、植草氏は、次のように記す。
 

「米国の狙いは2つです。ひとつは、21世紀の世界の成長センターになる

アジア地域の経済成長の果実を取り込むための重要な足がかりを得るこ

と。とりわけ、最大の関心は中国の経済成長の果実を取り逃がさないこと

です。

  2つ目は、その前段階の重要課題として、日本における米国資本の活動

を拡大させることです。日本を収奪のターゲットにすることが米国のTPP

基本戦略のもうひとつの核心なのです。・・・・

 

  米国にとって、TPPの直接の第一の標的が日本であることは間違いあ

りません。 

 日本を含むTPPに参加予定の12ヵ国の経済規模を見ると、米国が67%、

日本が23%と、日米両国で9割を占めています。日本が参加しなければ、

米国にとってTPPはほとんど意味がないわけです」と。

 

 

   
  日本を破壊する最終兵器  ISDS
 

 

  すでに、心ある日本人にとっては既知のことかも知れないが、TPPに

潜む“重大問題”について、著者は、われわれに強く警告する。植草氏は

言う。

 

  「日本から利益を奪い尽くすためにアメリカがTPPで用いる最大の武器、

それがISDS(Investor  State  Dispute  Settlement  )という条項です。 

  ISDSとは、ある外国資本が日本に投資したにもかかわらず期待した

利益を得られないような場合に、『日本の制度に原因がある』として世界

銀行傘下にある裁定機関に訴えた時に、この裁定機関の判断が強制力

を持つという仕組みです。

 

  TPP参加国はこの裁定機関の判断に従わなければなりません。

つまり、裁定機関が政府に損害賠償金の支払いを命じれば、これにも従

わなければなりません。 

 つまり、国家の上により強い強制権力が生まれることになるわけです。

これは大変なことです。

 

  日本の主権者は日本国内の問題でありながら、最終決定権を海外の

裁定機関に奪われてしまいます。 

  TPPに加わると、このISDS条項によって、制度や規制の変更が日本

の外から強制されて、日本政府が抗弁できなくなるからです。 

  これはまさに現代版の不平等条約、治外法権と言っても過言

ではありません」と。

 

  こんな理不尽なことはない。これでは、初めから、まるで「植民地」ではな

か。だが、TPPに参加すれば、これが現実となる。 

  資本家などといっても、元は詐欺師や盗賊のようなものだ。自らの

ルールや土俵で、相手に無理難題を吹っ掛け、相手が出来なければ、

戦争その他の手段を使って、相手の富を簒奪する。

 そうすることによって、彼らは、今まで巨大な富を蓄積してきた。 

このパターンは、今後も変わらないことだろう。

 

  これらの生え抜きの詐欺師や盗賊たちに対して、日本の政治家や

官僚は、余りにもナイーブだ。ナイーブといえば聞こえはよいが、余りに

も無知、無力である。 

  それが、植草氏の言う「すでに完全降伏状態の日米事前協議」へと

繋がる。

 

   植草氏によれば、昨年末の衆院選の際、TPPに対する慎重な姿勢を

公約として示し、次の6つの事柄を主権者に約束している。同氏は、言う。 

  「6つの公約とは、①聖域なき関税撤廃を前提とするかぎりTPP交渉に

参加しない、②自由貿易の理念に反する工業製品の数値目標を受け入

れない、③国民皆保険制度を守る、④食の安全・安心の基準を守る、

⑤国の主権を損なうISDS条項に合意しない、⑥政府調達・金融サービ

スなどでわが国の特性を踏まえるというものでした。

 

  安倍さんがこの約束を完全に守るのならば主権者を騙すことにはなり

ません。 

 ただ、この約束をすべて守る場合、「日本はTPPに参加しない」という

結論にしかたどり着かないと思います。

 

  なぜなら、TPPの最も重要な核心はISDS条項にありますこの条項

がなければ、各国の制度や規制を変更する強制力を得ることができなく

なるからです」と。

 

  まことに、その通りだと思う。だが、その後、安倍氏は、この最も大事な

「ISDS条項」について言及しなくなった。完璧に避けていると思える。 

  特に、今年の3月15日以降は、以上の6つの公約のうち、「TPP交渉で

聖域なき関税撤廃を前提としない」と「国民皆保険制度を維持する」とい

う2点について触れるのみである。それらさえ、安倍氏は、常に逃げ道を

用意し、詭弁を弄する有様だ。

 

  つまり、すべてがその場凌ぎで、国民を愚弄し、騙す視点しか存在しない。 

例えば、植草氏が言及していることに、「聖域なき関税撤廃」の問題があ

る。同氏は言う。

 

  「安倍さんは『聖域なき関税撤廃を前提とするかぎりTPP交渉には参加

しない』と明言して選挙に臨みました。 

  主権者はその言葉を『聖域なき関税撤廃は受け入れない』という意味

で受け止めたはずです。

 

  ところが安倍さんは、『私が約束したのは“前提としない”という点だけで、

結果として聖域が認められないTPPに日本が参加しても、それは公約違

反ではない』と言っているに等しいわけです」と。

 

  植草氏の明晰な分析通りに理解するならば、この安倍氏の言行は、

逃げ口上、屁理屈、詭弁その他、様々なマイナス用語が成り立つだろう。 

  こんな言葉や考えで、国民の理解や信頼が得られるわけがないではな

いか!

 

  そのような腰のすわらない安倍氏や日本政府を見透かすように、アメリ

カは、すでに無理難題を吹っ掛けてきたようだ。植草氏の言葉は、刮目

すべきものだ。 彼は言う。 

  「ところが、2ヵ月後(*2月22日から見て)の日米事前協議では次の3つ

の重要事項が決定されています。①米国の日本車輸入関税の撤廃を

TPP交渉の他のいかなる製品に猶予された最長期間よりもさらに長くな

る一方、日本政府は日本に輸出される米国車の認証方法を簡素化して

輸入台数を2倍にする。 

②日本政府はかんぽ生命の新規保険商品を認可しない。 

③日本の農産物輸入関税については何も決めない。・・・・

 

  いずれにせよ、事前協議で日本が得たものはゼロ、今後の交渉の過程

で米国の譲歩を引き出すための切り札は2枚ともすでに切ってしまった。 

  しかも、切り札を切ったのではなく、自分から一方的に投げ出したとま

で文書に書かれる始末です。

 

  残念ながら、これがTPPの実態、日本政府のTPP交渉の実態です。 

いくら『私はお約束します。日本の主権は断固として守ります』との声を

張り上げても、現実がこの言葉の真逆であるなら、美しい言葉には何の

意味もないことになります。 

  誠意のない空虚なきれいごとに過ぎないのです」と。

 

   ここで、改めて「『言葉の軽さ』が日本政治劣化の最大の理由」という

植草氏の言葉を思い出す。 

  言葉には、本来〝言霊“と言って、聖なる魂が宿っている、と古人は考

えた。 

 また、「武士に二言は無い」といって、かつては、言葉は限りなく重いも

のだった。

 

  だが、たとえ時代は変わろうと、言葉を通して感じられる信頼や信用は

大事だと思う。言葉を軽んじる者は、自らを軽んじる者だ。決して信頼、

信用される人間とはならない。政治に信用や信頼がなけれが、政治も

社会も死滅してしまう。しかし、そうなってはいけないと思うのだ。





  農業、医療、保険が危ない!

 

  植草氏は、次のように断ずる。「米国が狙いを定めている特に重要な

分野が3つあると思います。農業、医療、そして保険の分野です」と。

 

  同氏によれば、TPP参加は日本農業だけでなく社会全体に壊滅的な

影響をもたらす危険を強く伴っている。 

  植草氏が、他の箇所で、TPPを「現代版マンハッタン計画における核爆

弾級の経済兵器」と看做すのも、そのような影響力の巨大さに基づいて

いよう。 とりわけ、日本の農業に関して、彼は、次のような語る。

 

  「実は、米国を中心とする外国資本は、日本農業の潜在的な競争力に

強い関心を寄せています。ここから果実を得るために、株式会社による

農業参入と農地取得の全面解禁を強く求めています。

 

  『農地法を改正して外国資本が農地を取得できるように制度を変える』、 

『株式会社形態での農業の参入を認める』など、こうした制度改正を日本

政府に実行させて、外国資本が日本の農業を乗っ取ろうと計画している

のです」と。

 

  確かに、農林水産業といった第一次産業こそが、産業や国民生活の

根幹である。これが、外国任せの形になってはいけない。

 植草氏は、続ける。 

  「何度でも言いますが、日本の農業や漁業を強い産業に生まれ変わら

せることは重要ですし、また必要ではあるのですが、これを農業、漁業の

外資への開放に直結させてはなりません。日本の農業、漁業は日本の 

主権者が守らなくてはならないのですと。

 

  同氏の指摘によれば、「米国資本の大きな狙いは、実は大きな成長力

のある支配権を日本から奪い去る点にある」のだ。 

  この強欲な搾取者たちの手から、あくまで日本の農・林・水産業を守らな

ければならないと思うのだ。

 

 

  国民医療制度の崩壊



  植草氏はまた、次のように確言する。「TPP加盟の最大の問題点、

それは日本の数少ない優良な仕組みである公的医療保険制度が崩壊

してしまう危険が大きいことです」と。 

  この崩壊後、あるいは、その崩壊過程において生じるのが、”「医療格

差社会」の誕生”である。

 

  米国は、日本をTPPに引き込み、日本に”混合診療”を導入させようと

する。植草氏の分析では、大体次のようになる。

  「日本で混合診療が採用されることになれば、いざ重病を患った時に

十分な医療を受けるために、民間の医療保険制度に加入する人々は

確実に増えます。

 

  月額100万円もの医療費を支払い続ける財力を持つ個人などほとんど

存在しないからです。

  このため、公的医療保険に加えて民間の医療保険商品を購入しなけ

ればならなくなります。当然ながら、充実した保障を得るには、かなり高

額の保険料を支払わなければならなくなるでしょう。

 

  この民間医療保険商品を手掛ける業者の代表が米国の保険会社です。

米国が混合診療の解禁など、日本の医療分野の自由化を強く求めてい

るのは、米国で最大の政治力を持つと言われる保険業界が背後に存在

するからなんです」と。

 

  それゆえ、次のようなことになる。 

  「米国の巨大資本は、日本の医療を自由化して、医療行為、医薬品、

医療機器、そして民間医療保険という4つの分野で巨大な利益を得よう

と考えています。 

  そのためにも、日本のTPP参加を強く求めているのです」と。

 

   
 
金融・保険事業の破壊

 

  著者の言によれば、米国が照準を定めている第3の分野は金融・保険

である。植草氏は、次のように解説する。 

  「米国がとりわけ執着してきたのは、郵政公社から生命保険事業を引き

継いで設立された現在の『かんぽ生命』について、これを日本政府から完

全に切り離し(現状は、政府が全株式を保有する日本郵政株式会社の

子会社)、完全民間会社にすることです。

  今回のTPP日米事前協議でも、米国は日本政府がかんぽ生命の新規

事業を認めないよう、猛烈な圧力をかけて、結局、その確約を日本政府

から取り付けてしまったのです。*皆さん、この事、知ってましたか?

私は、知りませんでした。)

 

  米国の保険会社が、たとえば民間医療保険商品を日本で販売する際に、

もっとも手強い敵となるのがかんぽ生命です。 

  政府がバックについていることで日本の市民は安心してかんぽ生命の

保険に加入しますが、かんぽ生命が政府と無関係の存在になれば、資金

を大きく移動するだろうと考えているわけです。 

  かつては100兆円もの契約残高があった保険ですから、巨大なビジネ

スチャンスだと米国資本は狙いを定めているのでしょう。・・・・

 

  もうひとつ米国保険業界が目をつけているのが、日本の共済事業の

分野です。 

 農協系の金融機関にはJAバンクとJA共済の2つがあります。農協系

の銀行と保険会社です。

 

 共済事業は非営利で、組合員の利益増進のために損害保険と生命保

険の両方を取り扱っています。農協系の共済以外にも、労働組合系の全

労協、生活協同組合系のコープ共済など、数多くの共済事業が存在しま

す。 

  これらの事業は非営利であるために、保険加入者に有利な商品が提供

されています。

 

 しかし、日本で保険ビジネスを拡大させようとしている米国資本にとって

は、日本の共済制度はどうにもならない邪魔な存在です。 

  そこで、米国資本は日本をTPPに引き入れて、日本の共済制度は外国

保険会社に損害を与える制度だとクレームをつけることで、日本の共済制

度を廃止に誘導しようと考えているのです。 

  この策略を実現するための最強の武器こそ、ISDS条項であることは言

うまでもありません」と。

 

  このようなことが明白だというのに、それでも、日本政府は、TPPに参

加しようというのであろうか?  それは、まさに狂気の沙汰である。

 

  この点に関して、われわれは、植草氏の言葉に、大いに耳を傾けなけ

ればならない。どんなに傾けても、傾け過ぎるということはないであろう。
 
  とりわけ、TPPに関する、次の植草氏の言葉は、肝に銘ずるべきだと

思う。彼は言う。

 

  「TPPの当面の核心は米国が日本を食ってしまうことです。TPPに参

加するということは、結局、日本が米国の植民地になることを受け入

れるのと同じことだと思います。

 

  敗戦から68年の時間が経過するなかで、日本を占領した米軍はまだ

日本から撤退していません。実質的な占領状態が維持されているとも

言えるわけです。

  この状況下で日本がTPPに参加するのは、軍事的な意味だけでなく、

経済的にも日本が米国による占領状態に移行することだと言ってもよい

でしょう」と。

 

  自ら好んで、他国の植民地になろうという国が、世界のどこにあろうか! 

だが、これを、日本政府は、嬉々として実行しようとしてい

る。 

  こんな酷い政府を、国民は、心から認め、協力しようとしているのだ。 

これ程の愚かしい事が、この世に二つとあろうか! 

  こんなことでは、われわれは、子子孫孫はおろか、ご先祖さまにも申し

訳が立つ訳が無いではないか!  【つづく】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

2013年7月 9日 (火)

植草一秀氏こそは、現代日本人を導く偉大なる預言者(2)

  植草氏の基本スタンスは、『日本国憲法』の三大

基本原則重視に有り

 今日の日本国民は、『日本国憲法』と、その精神によって守られている。 

とりわけ、「平和主義」、「基本的人権の尊重」、「国民主権」という三大

基本原則が、その根幹を成している。

 

  だが、今や、その根幹が脅かされている。それを脅かす主体は、もちろ

ん安倍自民党である。加えて、彼らを背後で操るアメリカの強欲資本主

義者たちである。 

  その危険性を、日本において、誰よりも深く、かつ強く認識しているのが、

植草氏であると言えよう。

  同氏を「現代日本人を導く偉大なる預言者」と記すのは、まさに、こ

一点にある。また、そのことを、私は、決して大袈裟だとは思わない。 

  つまり、彼こそは、類い稀なる現代のトランペッター(*この場合は、

宗教界で言う「危機を、警告する者」の意)である。

 

  彼は、『日本国憲法』の三大基本原則を、あくまで死守する立場から、

今日の政治経済の問題点を、縦横無尽に提示し、かつ論証してみせる。 

  まず、今後「引き起こされるインフレ」と、「繰り返される3度目の悪夢」に

ついて、同氏は、実に明快に説明する。

 

 

  引き起こされるインフレ 

 

  「奈落への招待状」という、些か刺激的なサブタイトルが、今後の日本

の命運、及び日本人の運命を、非常に端的に表現している。 

  では、この「奈落への招待状」は、具体的には、一体、何を意味する

のか? 

 それは、実は、今回の「参院選の投票用紙」のことである。これについ

ては、後述したい。

 

  植草氏によれば、「安倍政権は、外国資本の日本での経済活動拡大を

念頭に置いて今回の成長政策を検討している。 

  つまり、外国資本を軸とする大資本が日本経済のなかで活動を拡大で

きる環境を整えようとしている」のである。

 

  端的に言えば、「1%の人々の、1%の人々による、1%の人々のため

の政治経済」が、安倍政権(=自公政治)の寄って立つ存在基盤だと言

える。 この本質を明確に把握することが、まず何より大切であろう。 

 「米・官・業・政・電」という悪徳ペンタゴンなるものは、まさに、それを

実行する行動主体である。

 

  この視点を、鳥瞰図的に、あるいは俯瞰する形で正しく把握していれば、

安倍政権の今後の在り方を理解することは、比較的に容易である。 

  つまり、換言すれば、すべては、最初に「1%の人々によるアジェンダ

有りき」なのである。 

 無論、そこには、日本国民の幸せや福祉、それに平和、人権、国民主

権などという発想は無い。むしろ、それらは、彼らの「1%の政治」実現の

ための阻害要因に過ぎないのだ。

 

  それゆえ、インフレ→大増税大不況→原発再稼働→TPP→格差の拡大

・極大化→憲法改変(=改悪)→日中戦争などが、時に時系列的に、ある

いは重層的な形で現出する。

 

  この日本破壊(=日本の永久的植民地化)こそ、安倍政権(あるいは、

他の従米政党)に与えられた「アジェンダ」なのである。

  「目標」というより、“初めに結果有りき”の具体的アジェンダは、何より、

日本を“戦争のできる国”にすることである。

 

  それによって、日本の自衛隊(のちの国防軍)をアメリカの従属部隊とし

て、中国と戦争させ、巨大な戦争需要を惹起させることで、巨額の負債を

チャラにしようというものである。 

  そのための憲法改悪であり、中国敵視、ひいては新「日中戦争」であろう。 

安倍・自公政権は、その「アジェンダ」遂行のための、単なる捨て駒の一つ

に過ぎない。かつて、菅政権や野田政権が、そうであったように。・・・・ 

   唯、以上の素描は、本著に由るものというより、あくまで、私の主観で

あることを断わっておかなければならない。

  ところで、植草氏は、何より正義と公平、公正さを求める。それは、人物

評価などにも見られる。例えば、白川方明(まさあき)氏と黒田東彦(はる

ひこ)氏について、同氏は言う。 

  「マスメディアは一時期、白川前総裁がボンクラ総裁で黒田新総裁が

白馬の騎士であるかのような報道をしました。しかし、この評価はまったく

の間違いだと思います。 

  本当の評価は10年、20年の時間は経過しないと分かりません。金融政

策の評価とはそういうものです。 

  そして筆者の判断を先に示すなら、白川前総裁のスタンスが正しく、

新体制の日銀が着手した政策運営は巨大なリスクを伴っているということ

になります。これは極めて重大なアベノリスクのひとつです」と。

 

  思うに、白川前総裁が最も恐れた事は、”日銀資産の劣化”だったので

はあるまいか。 

 だが、黒田氏は、その最も大事な点には、まったく頓着していない。

その意味では、彼は、決して経済的な視点ではない。むしろ、恐ろしく

“政治的”だ。

 

 腹蔵なく言えば、私は、“黒田氏は、狂っている!”と感じる。安倍氏も、

正直、狂っているので、狂っている者同士、互いに”正気”だと感じ合っ

ているのかも知れない。 

 今の日本は、二人の狂人によって運転されている”暴走列車”のよう

なものではなかろうか。乗り込んでいる国民こそ、いい迷惑である。 

 なぜなら、この“暴走列車”、早晩、脱線・転覆する運命にあるからだ。

 

  ところで、植草氏の見立てによれば、「アベノミクスの第1の矢とされる

『異次元の金融緩和政策』は、重大な副作用を伴う、激烈な麻薬のよう

なもの」である。 

  この”重大な副作用”という言葉の意味するものは、限りなく大きいだ

ろう。 

 例えば、日銀資産の劣化→日本国債の暴落→ハイパーインフレなど、

苛酷な経済危機や社会的混乱が予想される。

  それゆえ、同氏によれば、特に気をつけなければならないのは、この7

月に参院選が行なわれたあと、2016年の夏まで国政選挙が一切行われ

ない“空白の3年間”が生まれるかも知れないという点である。 

  この3年という時間は、日本の国の姿を根底から書き換えてしまうのに

充分な時間だ。 

 つまり、来たる参院選の投票用紙が、もしかすると「奈落への招待状」

に姿を変えてしまうかも知れないのである。しかし、これは、決して大袈裟

な言葉とは思えない。

 

  このような悲劇が予想される今日、植草氏は、自らの立場を、次のよう

に言明する。 

  「金融政策運営の評価について、私は常に是々非々の姿勢で臨んで

います。そして、常に適正な政策提言を示してきたと自負しています。 

  現在のような経済低迷の局面で、日銀が金融緩和を維持するのは当然

です。 

 しかし、安倍さんが強く唱える日本銀行の独立性抑制と、日銀による

『非伝統的金融手段』発動には賛成できません。 

  この2つは日本銀行がまさに命懸けで守らなければならないもっとも

大切な砦、レゾンデートル(=存在理由・存在価値)だと思うからです」と。

 

  確かに、安倍氏の日銀に対する発想は、いわゆる”戦時下”のものだ。

裏を返せば、”容易に戦争を行なうため”に、最も便利な手段である。

まさに“初めに戦争ありき”なのである(*因みに、これも、当方の考え)



  また、すべての責任を日銀に押しつけ、“日銀を再び財布にしようと企む

財務省”の悪辣さの原点(あるいは、その行動理由)は、植草氏によれば、

次の三点にある。 

  第一は、財務官僚の覆い難い権力意識。 

  第二は、財政当局は常に、思いのまま、自由になる「財布」を求める傾向

があるため。 

  第三は、日銀を財務省の支配下に置き、日銀にインフレを誘導させ、政府

の借金を棒引きさせようと画策しているため、である。

 

  加えて、「アベノミクス」の裏側には、日銀と財務省との間の激しい権力闘

争の側面があることを見落とすことができない、というのが植草氏の考察で

ある。 

  著者の詳細な分析によれば、日本経済の長期低迷に責任を負う第一の

存在は日銀ではなく、大蔵省、いまの財務省なのである。彼は言う。 

  バブル崩壊当初の政策対応の遅れ、バブル崩壊に伴う不良債権処理の 

先送り、バブル崩壊後の日本経済回復期における超緊縮財政政策の強硬 

実施が、バブル崩壊後の日本経済長期低迷をもたらした主因である。  

  大蔵省・財務省の経済政策運営能力の欠如こそが、日本経済の長期低 

迷、日本の失われた20年の主犯なのだ。 

 

  大蔵省こそが、「デフレ」を生み出した責任を問われるべき存在で、これ 

を日本銀行の責任にしてしまおうとの工作は、不正で不当なものだと言わ 

ざるを得ない。 

  以上の分析、及び指摘は、極めて重要だと思う。心ある明晰な人々は、

上記に、衷心から首肯できよう。
 

 

  そのような次第で、国民は、この財務省の在り方こそ監視・注目しなけ

ればならない。なぜなら、経済に関して無能な彼らは、悪知恵だけは発達

しているのだから。 

  とりわけ“日銀資産が劣化していく恐怖”は、今後、決して半端なもので

はないだろう。

 

  何事においても、「信用」「信頼」こそが大事である。しかし、今まで比較

的信頼・信用されてきた日本の国債が、その信用を無くしてしまえば、

まったくの紙切れになってしまう。そこでは、まさに“日本売り”が始まる。

まさにIMFの介入と、それによる日本支配が現実のものとなる。

 

  しかし、激しいインフレを熱望する財務省や大企業が政治に益々幅を

利かす今日、塗炭の苦しみを味わうのは国民、とりわけ貧しい方々や

年金生活者、高齢者、障害を持った方々である。 

  その点、植草氏の考えや視点は正しく、限りなく弱者への慈愛に満ちて

いる。彼は言う。 

  「大事なことは人々の雇用であり、所得であり、生活です。インフレ率が

上昇すること自体に価値があるわけではありません」と。 

  また、同氏は、次のようにまとめる。 

  「経済を良くすることこそが大事なのであって、インフレ率を引き上げる

ことが大事なのではありません。アベノミクスの第1の矢には、一番大事

な、根本の部分が正しく捉えられていなところに大きな問題があるので

す」と。

 

  今日の経済政策に関して、これ以上の至言はないであろう。だが、

残念なことに、安倍氏以下、殆どの日本人が、この警告にまったく耳を

傾けていないのである。 

 

   大増税大不況  繰り返される3度目の悪夢




  「仏の顔も三度まで」という言葉がある。「顔を逆なでするような無法な

ことを三度もされると、仏様のように温厚な人であっても、ついには腹を

立てる」というものである。

 

  この20年余り、歴代総理や財務省官僚の無能、無策、不法、傲慢、独善

などを、いやと言うほど見て来た植草氏にとっても、まさに「仏の顔も三度

まで」であろう。 

  だが、同氏にとっては、そのような堪忍、寛容の問題はともかくとして、

唯、今後の国民生活の“地獄の有様”が問題なのである。 

  しかし、国民だけに犠牲を強いて、恬として恥じない小泉・竹中両氏は、

必ずや正当に批判・糾弾されなければならない。それが十全に出来るの

は、植草氏を置いて、他にはいないであろう。



  同氏は「間違いだらけだった小泉政権の経済政策」のサブタイトルの

中で、次のように論述する。

  「小泉・竹中政権は金融恐慌を引き起こすとの脅しをかけて株価を暴落

させ、最後には銀行を救済して株価を大反発させるシナリオを描き、それ

を実行したのだと思われるのです。裏で糸を引いたのは米国。

 小泉・竹中政権は外資に巨大な利得を供与するために、米国の支配者

の指令に従って、この政策運営を実行したのだと私は理解しています。

・・・・

 

 その(=りそな銀行救済の)裏側に巨大な謀略事案が潜んでいる疑い

が濃厚で、そのために金融行政の歴史に大きな汚点を残したことは、

極めて重大な責任を問われるべきことだと思います。 

  ところが、日本のメディアは真実を伝えず、小泉政権が金融行政で成功 

を収めたかのような虚偽に満ちた報道を展開したのです。

  小泉政権が日本経済を破壊し、株価を大暴落させた過程で、国民は辛

酸をなめさせられました。失業、倒産、経済苦による自死の苦しみが日本

を覆い尽くしたのです」と。

 この確言は、今後も、日本の子子孫孫、決して忘れてはいけない言葉だ

と思うのだ。



  私に言わせれば、安倍氏は「詐欺師」そのものである。だが、これは、

心無き財務官僚についても言えよう。 

  中でも、植草氏によれば、「日本の財政が、1000兆円もの債務を抱え、

極めて危機である」という彼らの主張は、消費税を上げるための、全くの

虚言である。

 

  同氏は言う。「日本の財務省は『日本の政府債務が1000兆円もある』

という話を強くアピールしています。国民の側でも本格的な高齢化社会

がやってくるのに財政が破綻したら大変だとの危機意識が強まっていま

す。 

  財政収支を改善し、持続可能な財政の構造を確立することは確かに

大事なことですが、だからと言って財務省が日本の財政危機を煽り、優先

順位を崩して庶民大増税に突き進むのは明らかに間違っています。・・・・

 

  主要国の政府債務のGDP比は平均すれば80%程度、ギリシャやイタリ

アのような国でも120~170%の水準で、日本の数字が最悪などと喧伝さ

れています。 

  しかし、非常に重要な点が見落とされています。それは、日本政府の

場合、負債が大きい一方で、実は資産規模も膨大ということです。

 

  国民経済計算という、政府が発表している基本統計があります。この

統計が日本政府の負債と資産を集計して公表しています。

  これを見ると、日本政府は負債とほぼ同規模の資産を保有しているこ

とが分かります。正確に言うと2011年末の段階で、資産が負債をわずか

に上回っています。 

  個人で1億円借金があると言ったら、それは大変だと皆口を揃えます

が、そのあとで、実は預金も1億円あると言えば、それなら心配ないねと

いう話になるのと同じです。・・・

 

  にもかかわらず財務省が財政危機を煽っているのは、ただひとつの

目的のためです。言うまでもありません。庶民に巨大な消費税増税を押し 

付けるためなのです」と。

 

  それゆえ、同氏は、こう訴える「財政危機だから消費税増税はやむを 

えないなどという『つくり話』に騙されてはいけません」と。

  植草氏が、「大増税大不況 繰り返される3度目の悪夢」の彼方に予見

するのは、弱肉強食社会の到来である。それは、超格差社会の出現でも

ある。

 

  その一つのキッカケとなるのが「消費税増税」である。だが、同氏に

よれば、この消費税には、構造的欠陥がある。彼は言う。 

  「消費税の重大な構造的欠陥とは、消費税の負担者が消費者ではなく、

零細事業者になるケースがあるということです。

 

  増税の際に、増税分を販売価格に転嫁できない零細事業者は、消費者

が負担するはずの消費税を肩代わりさせられてしまいます。零細事業者

の税負担が著しく過大になってしまうのです。・・・・

 

  消費税は所得税と違い、租税負担の能力に応じて税率が異なる仕組み

でないため、とくに所得の少ない人の生活を圧迫してしまう欠陥があり

ます。 

  格差が拡大する経済環境のなかで消費税だけに巨大な負担を求める

と、経済的に立場の弱い人々の生活を破壊してしまうのは間違いありま

せん」と。

 

  この消費税の構造的欠陥の問題は、決して小さな問題ではない。むしろ、

零細事業者や社会的弱者の生殺与奪の力さえ持っていよう。 

  単に強者の為の安易な政治など、もはや真の「政治」などではない。

だが、残念なことに、今後の日本は、圧制と強圧、それに冷血と搾取のみ

が幅を利かす酷薄な社会となろう。

 このような状況に、植草氏は、正面から疑問を呈する。彼は言う。

 

  「安倍政権の再登場は、日本がいま再び、強者のための政治の方向に

回帰していることを意味しています。 

  不思議なのは、決して強者とは言えない立場の人々が、この強者のた 

めの政治を支持してしまっているように見えることです。 

  強者のための政治を支持して自分の生活を失う道を選択するのが賢

明とは思えません」と。 

  この言葉の真の重みを、より多くの人々に知ってもらいたいと思う。 

「TPP」に関しては、稿を改めたい。  【つづく】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2013年7月 8日 (月)

植草一秀氏こそは、現代日本人を導く偉大なる預言者(1)

  同氏の新著『アベノリスク』を読んで



  旧約聖書の時代、ユダヤの民は、神が遣わした預言者によって導か

れた。その主要な預言者の中に、エゼキエル、イザヤ、ダニエル、エレ

ミアなどがいる。

  だが、これは、遠い昔の異国での話に過ぎないのだろうか?  私は、

決してそうは思わない。

 つまり、国家が存亡の危機に瀕する時、自らの保身や名望をかなぐり

捨て、ひたすら同胞に、目前の”危機”を警告する勇者が出現する。

  今日の日本でも、われわれを導くために、“永遠の存在(あるいは、

Something Great )”から託された「預言者」が存在しよう。

  植草一秀氏こそは、その代表的な“存在”だと思う。


  同氏の新著『アベノリスク(*下の写真)を読んだ。

本著こそ、まさに日本国民にとって、今最も必要、かつ大切な警世の書

思うのだ。

             Photo_5

   本書に関しては、すでに神州の泉・高橋博彦氏が7月5日、ご自分の

ブログで、実に秀抜な書評をしておられる。その精緻な内容を、是非、

ご精読いただきたい。

 
   それゆえ、「屋上屋を架す」感が否めないが、私なりに書評・解説を試

みたいと思う。

 

 ところで、書物の本質、あるいは、その最大の主張は、時として、書き出

しの一行目において、具現化される。

  本著の「まえがき」の冒頭、植草氏は、万感の思いと限りなき危機意識を

持って、次のように記す「日本が溶け始めています」と。

  そして、彼は、こう続ける。「放射能と同じで、危険は目に見えませんが、

深刻なリスクが迫っています。確実に、そして、急激にメルトダウンを始めて

いるのです」と。

 そう、まさに、その通りだと思う。だが残念なことに、一体、どれだけの

日本国民が、この“真実”に気づいているだろうか?

  その実質は、甚だ心もとないものだ。

  それゆえ、著者は、こう書かざるを得なくなる。

「世間ではアベノミクスを絶賛するメディアの報道が目白押しですが、主権

者の大半は安倍政権の本当の怖さにほとんど気がついていません」と。

 これは、まさに至言だ。それゆえ、著者は”安倍政権の本当の怖さ”を、

「7つのアベノリスク」という内容で、平明に解説、かつ詳述する。

  それも、決して上から目線で語るのではなく、読者と同じ目線で、解かり

易く、かつ語りかけるような記述になっている。その文体は、単なる「です・

ます」体を超え、真実”を読者と共感すべく、強い決意に満ちている。

  そんな中にも、著者の真摯さと真剣さが伝わってくる。

  著者は言う。

  「日本がメルトダウンしてしまう、本当の危機は参院選のあとになって

姿を現すことになるでしょう。それは、日本政治の決定権が対米従属の

国会多数勢力に握られ、日本の命運を左右する重要問題が独裁的に

決定されてしまう非常事態を意味します」と。

  この言葉が、本著の帯の言葉「日本の本当の地獄は参院選後に始まる」

に行き着く。

 だが、これは、決して、単なる脅しではない。むしろ“真実”そのものな

のだ。



  ところで、この「七つのアベノリスク」とは、次のようなものである。

  一、引き起こされるインフレ

  二、大増税大不況   繰り返される3度目の悪夢

  三、TPP 失われる主権

  四、活断層の上の原発再稼働

  五、シロアリ官僚に食い尽される

  六、改変される憲法

  七、創作される戦争

   
  この中でも、植草氏が、最も重きを置いているのが「TPP」と「憲法改変」

である。これについて、同氏は言う。

  「7つのアベノリスクのなかでも、実体としての日本の骨格を解体するほ

ど強烈なマグニチュードを保持しているのがTPP、国のかたちを根幹から

書き換えてしまう破壊力を持つのが憲法改変です。日本が日本でなくなっ

てしまう究極のリスクです」と。

  本書は、まことに全国民必読の書である。なぜなら、今日の日本の危機

を明確に把握するための最良・最善の書であるからだ。

  その意味で、本著はまた、ナポレオン時代におけるフィフテの『ドイツ国

民に告ぐ』や、アメリカ独立戦争時におけるトマス・ペインの『コモン・セン

ス』と並び得る迫真の“抵抗の書”でもある。今日、これほど価値のある

名著が、一体、日本のどこにあろうか!

  先述した如く、本著は、全国民に、是非読んで頂きたい快著である。

そして、同著は、これからの「危機の時代」を生きる上で、我らの道標

(みちしるべ)となる座右の書とすべき名著でもある。

 その具体的内容については、次に譲りたい。  【つづく】

2013年7月 6日 (土)

海老名弾正の「内村鑑三」観(後 )

  宣教師と日本基督教の独立



  内村君が悲境にあつた頃、熊本の英学校でひそかに教鞭を取ツテ

(ママ)呉れた事がある(明治二十六年のことである―本書の編者註)。 

  その学校は私が建てた学校である。併し私に相談した訳ではない。

その帰りに須磨に夏期学校があつた時である。

 

  熊本の英学校といふのは当時蔵原惟廓君がやつてをつたが、学校に

問題があつた。それは宣教師と蔵原君との衝突であつた。 

  私は宣教師を迎へた方で、宣教師に半分、蔵原君に半分の態度を取つ

てゐた。

 内村君が言ふのに、「海老名君、学校は蔵原君に一任だよ、あれは一所

懸命やつてゐるから、あれにやらせるより外ないよ」と。斯くして私が内村

君の勧告を採用した―兎に角私を決心せしめたといふことがある。

    (*下の写真中、中列・中央部に坐っているのが、当時の内村鑑三と

    蔵原惟郭・・・「内村鑑三記念文庫デジタルアーカイブ」より拝借)

         Photo_6


  また内村君が新潟の北越学館に館長になる意味で行つたことがある

(明治二十一年のことである―本書の編者註)。 

  それはスカッドルといふ宣教師が(これは私に縁もある人であるが)私に

来て呉れと言つた。 

  私は其の時既に熊本に行く決心をしてゐた。新潟に行けば待遇も好し、

併し熊本に行くことは逆境に行くのであることを承知していてゐたが私は

断つた。 

  「それなら誰がいゝだろう」と言ふので、「内村君をお頼みなさい」と勧

た。 

 そして内村君が行つて呉れたのである。併し一年かそこいらで衝突を

した。



  内村君は早くから宣教師と衝突を始めてゐた。併し私はしなかつた。

併しどつちも遂に衝突をしてしまつた。 

  内村君のは独立主義であつて、日本主義が入つてゐる、多く入つている。

札幌独立教会(*下の絵。写真は今日の同教会)を立てたのは其れである。

其のために非常な犠牲を払つた。 

              Photo

        Photo_2

  書物などを売り払つて財政を助けた。あの当時の決心は偉いもの、実に

大きなものである。内村君がした様にすれば、何処の教会も既に自給に

なつてゐた筈である。

 

  私も宣教師と衝突した。内村君のは独立問題、私のは少し違ふ。それは

神学問題。 

 宣教師は思想上に於て日本人を征服した、日本人の自由の思想を拒ん

だ。 

  そこで日本人の思想の自由を解放し、思想の独立を得るために経済的

独立を企てたのである。私は寧ろ宣教師と協力を主張する者である、其の

点では本多庸一君とウマを合はせることが出来る。

 

  併し乍ら内村君とは独立の点では一緒になつた。ナショナリズム(国家

主義)は内村君にもあつたのである。 

  たゞ内村君は先年(明治二十四年のことである―本書の編者註)第一高

等学校で不敬事件を惹き起した意味で忠君愛国の人でないやうに見られ

たのは不幸であつた。 

  内村君は好い加減の事は出来ない人であつた。それを見ないで形式的

の(ママ)の見方で人を定めるのは非常な間違ひである。併しそんな人達

が帝大にゐた。内村君の如き人を黜(しりぞ)けたのは非常な間違ひであ

つた。

           Photo_3


   一言弁解して置き度い。内村君は所謂何も忘れる人であつたろうが、此

の事だけは終りまで忘れず、骨身に沁みて腹を立て、立腹が癒えなかつた。

  我々に非常に強い、深い大なるナショナリスチックの一面があつた。内村

君は教会主義に公に反対した。併しナショナリズムには反対出来ない。

非常なる気分(ママ)を持つてをつた方である。其の辺が共鳴する処であつ

た。内村君は私の大切なところは取つておいたと見える。

 

  大正十五年六月、内村君は京都同志社に態々(わざわざ)私に会ひに

来て呉れた。 

 会うて直ぐ何と言ふかといふと、 

  「海老名君、君と俺が死んでしまつたら武士的基督教は無くなるよ」 

  其の言葉は私は其の時初めてきいた様な訳である。私の基督教の中に

如何に武士的精神が生かされてゐるか、内村君はよくそれを知つてゐて

呉れた。

  其の時、私は、
 

「然(そ)ういふ処もあるが、特別に悲観する程でもなかろうテ」 

といふ話をしたと思ふ。また内村君が、 

「外国宣教師をたゝかないではならない」 

と言うたので、 

  「それはいかんテ、今日では同情してやらんといかんよ、宣教師はもう死

んでをる、死者に鞭(むちう)つ様な事はしてはいけない、我々は彼等をオ

ナラブル(=公平、かつ丁重)に葬式をしてやらなくてはならないよ」と私は

言うた。 

  「ウンさうなつたか」 

 
  「さうだ、これは叩いてはいかんよ、お互に骨折れたが、一面の目的は達

した様だ」 

  「ウンさうなつたか、それでは叩けない」 

  「同情して往かうよ」

   と言うたことであつた(*下の写真は、後年の海老名弾正)

 

            Photo_4


 

 
  国を思う精神




  内村君は随分誤解された。一番大切なものに誤解された。兄弟達に

誤解された、非常に誤解された。これはまことに気の毒にたへない。 

  随分後年(のち)まで持つてゐた悲劇である。帝大の学者に誤解され、

所謂忠君愛国の旗を挙げてゐる人々に誤解され、其の上兄弟にまで誤解

されたのである。

 

  これはまことに気の毒なことである。これは内村君の如き人は謂はば

直情径行の処がある、非常に利口な人であるけれども好い加減にして置

けないからであると思ふ。私も違つた方面で誤解されたところが尠(すくな)

くなかつた。

 

  以上の如く内村君と私とは大分離れた処もあり違つた処もあるが、要す

るに国を思ふの精神が衷心から一つであつた。神を慕うて行く精神が一つ

泉から湧いてゐる。内村君と私は同根でありました。 

  明治十六年に上野の奥の崖の上で親しく話した時の精神が断ゆることな

く続いてゐました。これは最後に完うせられた処のことと見てをります。

【了】 

   (原題「内村君と私との精神的関係」『追想集 内村鑑三先生』)より

 

 

 

2013年7月 5日 (金)

海老名弾正の「内村鑑三」論(中)

  土堤の崖の上での語らい


  併しまた或る処がある、非常に一つ合つた処がある。それは神学思想

や何かではない。我々はどつちも愛国者であつた。考の形式は違つて

ゐても、愛国の精神余程よく通うてゐた。

 

  もう一つはどつちも宗教家、どつちも神を敬ひ神を慕ふ者である。此の

ハートになつて来ると同じやう。同じ型から打ち出されたやうになつて来る。 

  心情の同じ泉から湧いて来た様に、同情同感になつたものである。そこ

に非常に同情相憐み同気相牽くといふ処があつた。



  私が始めて内村君と出会うたといふことは、明治十六年東京に全国基

督信徒大親睦会が開かれた時であつた。 

  その時私も演説をしたが内村君の演説は非常に興味を惹いた。

その題は「空の鳥と野の百合」といふのであつた。

                    Photo

  さすが科学者の声、未だ爾(さ)ういふ題を掲げて演説をしたものはなか

つた。

 

  題そのものがアトラクチーブ(=魅力的)である、そして話に一種ファス

シネーチングの(=魅惑的で、うっとりさせるような)ところがあつた。 

  その演説をきいて私は親しく思ひ、これは友として親しむ可き人であると

いふ感想が覚えず湧いて来た。

 

  其の日か其の翌日か覚えてゐないが、或は上野の奥の方で親睦会が

あつたので、又其処に集(よ)つたであろうと思ふ。 

  我々はそれより更に奥に行つて今の日暮里ステーション(*下の写真は、

今日の日暮里駅)の上に狭い経(みち)を避けて、武蔵野原(*その下の

写真)の一部を眺めつゝ、暫く休んで草の上に足を投げ出して話をした。

           Photo_2

       
                   Photo_3

        Photo_5


  其の時はよく覚えてゐないが、結局、信仰をもつて日本の社会を教化し

て行くと云ふ話であつただけは確かである。私は其の時以来、内村君を

決して忘れたことはない

           

  其の後、其の年の秋であつたらと思ふが、私は上州安中の教会(*下の

写真は、今日の安中教会)の牧師をしてをつたが、内村君が安中に来た

ことがある。

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           Photo_8


  安中に来たとき内村君は面白い話をした。それは雑誌か新聞にあつた

話であつたかも知らないが、それは斯ういふ筋の話であつた、「二人の

友達がをつた、何でも火事か何か起つて大騒ぎが起つて来た、二人は

びつくりした、どうかして此処を飛び出さなければならない、一人のものは

遁げ穴を探してあつちにぶつかりこつちにぶつかり頭を打つたり手に怪我

をしたりして大騒ぎをしてをつた、一人はじつと坐つて遁げ穴を考へてゐた、

さうして兎に角しまひに二人とも外に出た」と。

 

  其の時に何だか内村君の心もちが読めた心地がした。 

俺はぶつかつて出て行く、お前はぶつからないで出て行く、どつちがよい

か判らないが兎に角さうである。内村君は爾(さ)う思つてをるなと私は思

つた。

 

  あれから内村君は伊香保の方に行つたと私は思ふ。内村君は幾多の

家庭悲劇を持ってをつた人である。丁度やつと遁げ穴が見つかつて出た

人の様な生活をされた。 

  それに比べると私の如きは一度婚姻して別れることもなく五十年の金婚

式を挙げるといふ様な訳である。

 

 悲劇の中の宗教的経験 

 

  また札幌時代のことを言つたのであつたと思ふが、内村君は私に

「海老名君、思つて呉れ給へ、同じ処に下宿してゐる者が夜になると

皆女を連れて来る、その中で自分は一人で勉強してゐるのだ、察して

呉れ」と言つたことがある。

 

  さういふ処を離れて身を潔くすることはやさしい、併し其の中にゐて

一人勉強してゐたといふのは偉い。私などは然(そ)ういふ経験はない。

内村君はさういふ処を通つてゐる。これは余り人の知らない事であろう

と思ふ。



  爾(さ)ういふ様な違つた処があつた。内村君はその悲劇の中に言ふ

可からざる宗教的経験を持つてをられたと思ふ。 

  十字架がキリストのハートでありブラッドである。たゞ其処に、あすこに、

寄り縋(すが)つて行くといふ、それが内村君の心髄であつたらうと思ふ。

 

  私から見るとさうは行かぬ、同情はするが、ハートを重んずるが、それ

が身代わりとは取れない。倫理的、哲学的、歴史的に考へる。 

  内村君は単純にハートで考へる。その辺のところが違つてゐた。然し

我々が如何にハートの処に於いてトッチする(*いわゆる「タッチ」のこと。

互いに“触れ合う”、あるいは“気心が知れ合う”という意味か。)処があつ

たかといふと、斯ういふ事があつた。

 

  内村君から見ると私は異端者、正反対の者。然るに其の当時、福音同

盟会といふのがあつて、それから私を除名し破門するといふ。 

  其の時内村君は非常に私に同情し、「私はお前に同情する、議論では

ない、ハートである」と言うて私に同情して呉れたことがある。

  いろいろ面白いことがある。嘗て留岡幸助君の家庭学校に集つて皆

胸襟を開いて語り合つたことがある。

  植村君は其の時ゐなかつた。内村君が私の方に向つて「お前ら

(熊本の連中を意味する)の基督教はナショナリズム(国家主義)だ。

植村(横浜の連中をいふ)のはエクレシアスチシズム(教会主義)だ。

俺(札幌を意味する)などはスプリチュアリズム(精神主義若しくは信仰

主義)だ」と斯う言うた。

 

  そこで私が「君、そんな事を言つちやいかんよ、それは自惚だ。植村

も精神主義さ、我々も精神主義さ、精神主義を君一人モノポライズ(独占)

するのは怪しからん。 

 精神主義は皆コモン(共通)である、君のはインディヴィヂュアリズム

(個人主義)といふのだ」と言つたら、廻りのものはどつと笑って「さうだ」と

肯定した(*下の写真は、壮年期の海老名弾正)

              Photo_9

   内村君もこれには閉口したらしい。内村君は考が簡単である。内村君

は多少自惚れてをつたのであろう。

  内村君とは考へ方が一様になつたり変つたりして来てゐる。併し私と

は直接に喧嘩をしたことはない。私は内村君と喧嘩する気になれない。

内村君から見れば、海老名は喧嘩をしないだろう、腹を立てまいと考へ

たのであろう。しさうになるが喧嘩をしない。 

  私の方からは喧嘩をしようとした事はない、内村君は非常に腹を立て

るが、腹の中で泣いてゐた様な人である。



  内村君は基督の再来を主唱した。これは哲学者、神学者、歴史家の声

でない、サイエンチスト(科学者)の声である。 

  サイエンチストの頭脳(あたま)は単純である。聖書の中にあるものより

貴いものはないと考へる。さう考へれば内村君の言ふ通りで内村君は

正しい。

 

  聖書には沢山さう書いてある。併しもう少し方面を広くして考へる者には

それは受け取れない、それは時代思想であつて永久的のものではないと

いふのが私の立場である。 

  他の人であつたならば私を悪魔の様に思うたであろう。私の方からは

幼稚に見える。

 

 併し内村君は私から見れば諒とする処がある。内村君も私に喰つて

掛からなかつた。 

 私の心事を汲み取つて呉れた。私は感情を悪くして喧嘩腰になれんのだ。

内村君の方も然うであろう。

  それに就いて思ひ出すのは、明治二十四年の秋、私は「キリスト崇拝」

という論文を『六号雑誌(*下の写真)に出した。大分長いものであつた。

           Photo_10

  私は書き方が下手糞であつたが、一大論文と見られ、評判があつた。

好い評判があつた。 

  その時分内村君と会うた時に内村君が、「俺が書けばあれは半分で

あれだけの事は書ける」と言つた。

  私は「ウン、さうか」と言つて聞いてゐただけであつたが、内村君の

頭脳(あたま)は科学者の頭脳で簡単で、哲学者や神学者とは違つて

ゐた、その事があとでよく考へて見るとよく判つた。あとからそれを解した

のであつた。  【つづく】



 

 

 

 

 

 

 

2013年7月 4日 (木)

海老名弾正の「内村鑑三」観(前)

  武士的基督教

 

  上州の空風

  大正六年の夏、御殿場の東山荘(*下の写真)で、内村君も避暑してを

り、私も避暑してをつたことがあつた。 

              Photo

  そして親しく会うて、種々(いろいろ)音楽のレコードを聴かせられたこと

があつた。

 其の折に内村君が言うたことに、「内村と海老名とは切つても切れない

縁があるものと見える、内村の名の出てくる処にはきつと海老名の名が

ある、海老名の名の出て来る処にはきつと内村の名がある、いつでもど

つちか一方が書かれると必ず他の方も出て来る、まことに切つても切れ

ない縁がある」と(*下の写真は、若き日の海老名弾正)

                Photo_2

  それは何も彼も爾(さ)ういふ訳ではないけれども、如何に内村と海老名

とは一種の切り離されない関係があつたかを語つてゐる。 

  それは二人が特別に親しい訳合ひで同気相求め同情相牽くといふ様に

性質を同じうしてゐたからではない。 

  却つて反対な性格であつた為に、対照するに都合が好かつたものと

見える。



  其の各々の生れ故郷を考へて見れば、内村君は群馬県高崎の上州人

である。 

 こゝは一口に言へば山国である。高崎は北、南、悉く連山に囲まれてゐ

る、それも余り遠くない。 

  ただ東の一方が拡がり武蔵の原まで来る訳合ひだ。海は見ようと思つ

ても見ることは出来ない。

 

  山は悉く有名な嶮岨(けんそ)な山であつて、西に妙義山、北から東にか

けて榛名、赤城の山々である。 (*下の写真は、上が榛名山、下が

赤城山)

           Photo_3



          Photo_4


  南の方に御荷鉾(ミカボ)山がある、相当に高い山であるが見たところ然

(そ)う高くはない。 (*下の写真は、東西の御荷鉾山 )

                      Photo_5


 川も平地の川でなく、何れも急流である。その中最も大きいのは利根川。 

  内村君は利根川には少年の折に行つたか行かなかつたかは知らないが、

余り遠くない。あの辺は急流である。 

  直ぐ傍に流れてゐるのが碓氷峠から流れて来る碓氷川。これも忽ちにし

て水が出るといふ様な山の川であつたから、人が流されることもなかつた

ではない。川が悉く急流であつて、山は峨々たる岩山であつた。これは一体、

上州人の気風を表はしたものである。此の天然であるが、内村君も丁度

上州の山川の様な性格をもつてをられた。

 

  また風、天気なども、非常に静穏であるかと思ふと、急に風立つて来るこ

とがある。 

 或は赤城颪(おろし)、浅間颪、榛名から吹きまくる風。これを上州の

空風(からつかぜ)といふ。朝は静かでも午から急に風立つて来る。 

  夜中に雨が降り出してこれは明日は如何かと思ふと朝になるとすつかり

霽(は)れてゐるといふ様な急激な変化をする。 

   斯ういふ中に育つた内村君は上州人の気分を最も多く持つてをつた所

の人であつた。 

 

  私は、海老名は、平地に生れ平地に育つた。有明湾に沿うた柳川(*

下の写真。二枚のうち下の方は、「柳川さげもん祭り:デジタル写真館」

より拝借)に育つた。 

                       Photo_6
         Photo_7


 山は遠方に大きな山を望むことが出来た。西には肥前の多良山、南に

は島原の温泉街、此の二つが最も大いなる山であつて朝に夕に興味をも

つて遥かに此の山々を見たものである。 

  遠方から見たのであるから岩や樹は分らない。曖々たる姿を見るだけで

ある。

 

 東北は山であつたが悉く遠く、一番近い処が二里位、遠い処は七里も

八里もある。 

 たゞ北の方に一つの大きな土堤を築いてゐる様に見えるくらゐである。

冬に、それを北山といつて、雪が積るのを見て寒さを知つた。 

  いつたい坂がない。十まで坂を登つたことがない。一番高い処は橋で

あつた。老人は橋を越えることを怖れた。

 

  有明湾(*下の写真)は広いが静かである。大風の時に波をあげ何処

其処の土堤を壊つたなどといふ話をきかせられた位のものであつた。 

  其の湾から南、温泉岳の南に広い海があることはきかせられてゐたが、

有明湾の静かな水を見て育つたに過ぎない。            

Photo_8


  私は平地に育ち比較的に静かな海に接したをつたのであつた。また

気候からいふと中々雨が多かつた。春雨が長かつた。 

  梅雨は一箇月も降り続いた。雨の降る前には二日も三日も降る催ほし

がある。 

 今日降るか今日降るかと思つても降らずに、五日も続くことがある。降り

出すと一日では済まぬ。これが上州とは非常な相違。 

  風は冬に西風が吹く。一年か二年に一回、大風が吹く。これは上州に

はない。私は此の気分と気質を多少受けてをつただろうと思ふ所がある。 

 

  内村君が海老名は決して腹を立てないと言つた。其の怒らないのが善い

ことにも悪いことにも言つた様であるが、内村君は怒り易い。それが上州の

空みたいなものである。私は有明湾の様である。

 

  内村君はガンガンと来る、併し直ぐ霽(は)れる。まことに淡白である。 

所が私は然うは行かぬ。怒れば長引く。直ぐ忘れることが出来ぬことが

ある。これが対照するには宜かつたかも知れぬ。

  学問の仕方も違つてゐた。内村君は科学者で科学もナチュラルサイエ

ンス(自然科学)の方をやつたが、科学には明らかに自分に自負心もあ

つた。そして頭脳(あたま)は簡単で明瞭であつた。


  私の方は神学をやつた者である。そして其れと近い哲学思想があつた。

或は歴史の方に考が及ぶ。内村君とは考へ方が違つた。

  爾(さ)ういふ処があるので、内村君と私とはウマが合ふといふとか何と

かいふのではない。あらゆる事に於て違つてゐた。どうも二人の議論を

対照しても、気象を比べても違つてゐた。

  対照する者から見て之は面白かつたであろう。丁度山水の様なもので

ある。内村君の山も富士山でなく赤城山位であつたろう。私の海も太平洋

でなく有明湾位なもの。併し兎に角、山と海との対照が描き出されたもの

である。 【つづく】
 

 

 

 

 

 

2013年7月 2日 (火)

長與善郎の「内村鑑三」観(後)

  「さういふ君と僕とのこの間に神がある」

  しかし神を信ずることが出来ず、神を信ぜずにクリスチャン面をして先生

を瞞ましてゐるわけには行かず、そのことを打ちあけに或る日一人で先生

を訪ねた。

 

  先生と話を交はしたのは後にも先きにもそれ一度だけであるが、「君は

さういふが、さういふ君と僕とのこの間に神があるぢやないか」といふ返事

に又当惑した。さうかも知れないが、その「在る」ことがどうして判るか。

 

  それが判らないから訊きに来たのだと云ひたくて、云ひ得ず、話はそれ

から当時の学習院々長乃木大将(*下の写真)のことに及び、僕がその

軍国主義教育を非難し、人間としてはいゝ所があるかも知れないが、と

いふと「いゝ所あるんですとも!」と強く答へられたのにも一寸驚いたこと。

          Photo_8

  おそらく僕程不純な弟子はなかろうとはよく思つたことだつたが、そんな

風にして柏木へは約一年余りも矛盾を感じつゝ通つた。            

  しかし竟(つい)に自分ばかりか先生をも瞞ましてゐることに忍びず、

はつきり手紙に書いて、それまでの礼を述べるとゝもに脱退を声明し、

先生からも存外穏やかな返事を頂いて、それきり絶縁となつたこと。

 

  先生はよく愛弟子に裏切られて去られて、哀しまれることを聞いてゐた

ので、そのことはお気の毒と感じたこともそれまでぐづぐづしてゐた一つ

の理由だつた。

 

  又後年あの「神」の存在についての先生の答へを思ひ出して、結局

「あれは正しい答だつた。さういふ信仰上の体験は要するに冷暖自知より

ないのだから」とも書いた。

 

懐疑的理屈の嫌悪 

 

  しかし僕自身のことについてはこれ以上語るに足らないが、先生もあの

頃はもう余りにも大家となつて弟子が多くなりすぎ、高い所から説教を押し

つけられるだけで、個人的に近づき難くなつてゐたこと。

 

  又先生は多くの信仰者と同じく、懐疑的な理屈ぽい者を嫌はれたので、

文科系の者は好かれず、それは何故かなどゝ訊く「傲慢さ」をもたない工科

とか理科とか、軍人とかの単純素朴で、所謂ハムブルな(=謙遜な)者を

愛されたゝめ、さういふ羊の皮を被つたやうな無邪気で「可愛気のある」

やうに見えるコケットがその周囲に集まつてゐる空気も、僕には叶わな

かつた。甘えるやうなおべつかつかひを鋭くない先生は割に愛されたやう

に思ふ。

 

  藤井武氏(*下の写真:1888~1930)は一人ちがつてゐたが、何分いつ

も五十人位の多勢で僕はだれともつき合はなかつた。

            Photo_11
              Photo_12

  しかしさういふ中に立派な本物もゐたことーその多くは先生から別れた。

―を後になつて知つた次第だつた。



  一九一○年トルストイが死んだ時、先生はそのことを説教中に言及し、

「何といつても・・・・」相当な人だつたといふ風に語られ、リンカーン(*下

の肖像画:1809~1865 )については「どこまで偉いか判らない程」と讃美

された。これも僕には不服だつた。

                                Photo_13

  リンカーンは西郷南洲(*下の肖像画:1828~1877 )よりはえらいかも

知れないが、それこそ「何といつても」政治家ではないかといふ気持だつた。

                           Photo_14

  リンカーンはもともと政治家志願の有りふれた政治家とは経歴からいつ

ても類を異にする立派な人だと今では尊敬してはゐるが、トルストイのや

うな複雑な人間性の矛盾に深刻に悩んだ人の方が(その思想には異議

はあつても)ぼくらにはもつとぴつたりくることは如何ともし難い。 

  馬鹿な者が崇拝するので毛嫌ひしてゐた南洲も僕の思つてゐたやうな

人ではなかつたことを、これも後に知つた。 

 

  つまり、乃木大将の人となりを好まれたらしい先生自身、乃木大将型の

性格があり、一面学者―殊に史学者としても一家を成せる秀才だつたと

思はれるが、その胸奥には十九世紀ロマンチック的な詩魂があり、筆の

立つたことが、その人気―といふと語弊があるがーの一因をなしてゐた

ともいへさうな気がする。

 

  勿論信仰の情熱が根本ではあつても、乃木大将が天皇をカミとして

忠誠の情を詩に託したのと一脈通ずる所のあることが当時の青年をひき

つけたやうに思へる。 

  しかし僕の行つた頃の先生はもう神田青年会館などで、世界の文学

に触れつゝ、それに絡ませて伝道された魅力は示されなかつた。

 

  神の存在を信じられず、それについて問ひにくる者は、その青年の立場

になつて、その暗中模索の気持を察しつゝ、弁証的に説いて納得の行くや

うに導くといふやうな思想は先生にはなかつた。

                      Photo_15

  思想家型といふよりは詩人型に近く、従つて文章も巧く、詩を作られた

かどうかは知らないが、「余は日本に属し、日本は世界に属し、世界は

基督に属し、而してすべては神に」といふ英文(*上の写真)の文句を

モットーとされ、墓碑にも記されてゐることも、その文才を示してゐる。 

  しかし、「何といつても」尊敬すべき人にちがひない。  【了】

  (原題「貧しい追憶」『回想の内村鑑三』)より

 

 

 

 

 

2013年7月 1日 (月)

長與善郎の「内村鑑三」観(前)

  内村先生と神を信じない私

   兄に連れられて


  内村さんについては、今でも尊敬してゐるし、あれだけの人も滅多に

出るものではないとも思つてゐる。 

  そのくせ、その内村さんについてのぼくの追憶は決して豊かでなく、朧で、

しかもそれは既に再三書いてしまつたので、もう殆んど種切れである。

 

  今までに記さなかつたことゝいへば、過日渡米の折、アマースト大学を

訪れ、そこの若い総長であるコール氏が、この春、僕とすれちがひに日本

に来訪した折、日本で内村鑑三の名がかくもあまねく、それに反して新島

襄はそれ程ポピュラーでないことに一驚した。

 

  といふのはこの二人の基督教伝道者はともにそのアーマスト大学の卒

業生であり、在学の時代は一寸ちがふが、先輩の新島襄は多分日本最

初のミッション・スクールである同志社大学(*下の写真は、今日の同志社

大学)の創設者であつたといふので、その写真が幾人かの何か功労者の

写真に混つて、講堂にかゝつてゐる。

                       Photo

  そんなわけでか新島襄の名はアメリカに割合よく知られてゐるのに、

内村さんの名を知る者はそれ程多くないらしいからである。 

  もつとも内村さんには有名な「余は如何にして基督信徒となりし乎」の

英文著書もあることであるから、総長コール氏自身はその名くらゐは知

つてゐたかも知れないが、ぼくなども新島さんといふ名は疾うから聞いて

ゐたし、その大らかな温容にも写真では親しんでゐる。

 

  が、それ位のことにすぎないといふ理由はいふまでもなく、内村さんに

は多くの著書があるのに、新島さんには著書といふものがあるのか、

ないのか、もしあるとしても到底その点では内村さんの足許にも及ぶまい。 

  説教はいくらしてもその影響はそのとき聴いた者だけの範囲に止まるが、

筆の力といふものは、そう思へば大きい。

                           Photo_7


  ぼくが清沢満之(*下の写真:1863~1903)とか、綱島粱川(*1873~

1907:その下の写真)とかいふ人の著書と併せて、内村さんのものを読み、

強い刺激をうけたのは、何でもたしか学校では一級下の上田操といふ友

だちからすゝめられたか、何かしたのが、キッカケではなかつたかと記憶

する。

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            Photo_3

  上田は学習院では秀才の方で、後年西田幾多郎(*下の写真:1870~

1945の女婿となり、永く判事を勤めた男で、今でもつき合つてゐるが、

内村さんとは一寸方角ちがひの美術の方で、ドイツ新理想画派とよばれ

たアルノルド・ベックリン(*下の肖像画:1827~1901)の画集に初めて僕

が接し、驚嘆、興奮して、これ又芸術の方へ導かれる一つの大きなショック

となつたのも、上田から借りたその画集(キュンストラース・モノグラフィエン

一冊)に負ふ所が少くない。

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  何か精神的な求道心といふものはあつたとしても、もともとクリスチャン

になれる柄でなく、内村さんの忠実なお弟子になれよう筈もなかつたに

拘はらず、その門をくゞつたのは、たしか二十一くらゐのときだつたが、

それは僕が最初読むことをすゝめたすぐ上の兄の岩永裕吉が、たまたま

一高での同僚に、新渡戸門下である内村信者のグループがゐたことから、

忽ちその一人として内村さんのお弟子となり、今度は僕がその兄から、

まあ会つてみろ、君のことはもう先生に話してある、といはれて、つれて 

行かれたこと。

 

  僕はお弟子入りのつもりはなく、たゞ尊敬する人だから、会へば何か得

る所はあろうといふ位の気持で行つて見た所、先生の方では兄と同様入

門しに来たものときめてとつてしまはれたのに、当惑した。 

  それでも内村さんの人の感じは他の者とはまるでちがふ甚だ好いもの

だつたし、自分がクリスチャンでないことにも別に確たる自信はなく、信者

になれるたちとは思はないながらも、もし内村さんと深く接し続けてゐる

中に自然にさういふ気持になり、又それが明かに自分のためにいいこと

であるなら信者になつていゝといつた、或る意味で利を愉しむやうな気持

で毎日曜柏木へ通いつゞけた。 【つづく】 (*下の写真は、長與善郎:

1888~1961)

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