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2013年6月27日 (木)

岩波茂雄の「内村鑑三」論(後)

   信仰なき私が受けた人間的感化



  私は先生の力瘤を入れられた基督の再臨を始めとして純福音なるもの

を遂に体得する事が出来ず、トルストイ(*下の写真)の所謂「信仰なき

処人生なし」境地は僅に想像するに止まり、遂に信仰生活には入るこ

とが出来なかつた。

                           Photo
                           Photo_2

  先生にとつて私は救はれざる徒輩である。先生を悲しましめし者の一人

であつたであろう。信仰なき私に先生の偉大性が分る筈がない。 

  だが私は先生の常に忌嫌つてやまなかつた先生の人間的感化を受け

たことは事実である。

  神の国の福(さいわ)ひは遂に分からなかつたとしても此の世の栄の詰

らない事はしみじみ教えられた。永遠なるものと泡沫の如く消え行くものと

の区別も教へられた。

 

  真理や正義や真実は何物にもまして尊重すべきものたる事を教へ

られた。 

  民衆を眩惑する外面的の事柄よりも密室に於ける一人の祈りが遥かに

事業である事を力強く教へられた。 

  社交のつまらなくて自然を友とする事と典籍に親しむ事の楽しさを教へ

られた。 

 今日私が宴会などに余り出席せず交際を極度に縮小しようと心掛けて

ゐるのも先生の影響であろう。

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  先生にとつて私は憐れむべき迷児に過ぎなかつたであろうが、私にとつ

て先生は非常なる感化を及ぼして下さつた恩師であつた。 

  今の仕事も自分は其の成立を予期しなかつたが、老後の思ひ出にもと

仮初(かりそめ)に始めたのである。
 

  世は我れを容れず、我れは世に従はず、結局その仕事は破綻に終るだ

ろうときめこんでゐた。 

  それで東海の辺りに地を卜(ぼく)し(・・・居所を決めて)、朝夕絶愛する

不二を友とする晴耕雨読の生活に、安住の境地を想定し、自分の最も

尊重する独立、自由、誠実を守ることが出来なかつたら何時でもこの境涯

を放擲して憧憬の生活に入る考であつた。

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  然るにこの田園生活はその儘となつて荀且(じゅんかつ)に始めし一市民

としての商売生活が継続されて、今日に至つては此の生活に多少とも

社会的意義を感ずる様になつた(*下の写真は、第二次世界大戦後の

岩波書店)
 
Photo_6

  複雑な社会に於て商売を営むに頑鈍愚直で押通し、懸引(かけひき)を

商売の生命とする時代に於て断然これを排撃し、古本の正札販売を敢行

したり、出版をするやうになつてからは出来る限り低廉の定価を付し組合

の実行に先立ち定価販売を断行し、習俗に媚びず世間に阿(おもね)らず

主義を頑張り所信に生きて来た事は、先生の感化、特にその独立の精神

に負ふ所少くないであろうと考へられる。(*下の写真は、「岩波文庫)

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 滅びざる或るものの厳存




  国歩艱難の現時に於て私は、国賊と言はれ、非国民と罵られ、偽善者

と侮られた先生を想ふの情特に切なるものがある。 

  先生に人間的弱点がなかつたとは思はない。誤解される素質を多分に

有つて居られたかのやうにも思はれる。されど鹿の渓水を慕ふ如く真理

を愛慕すること先生の如き人が何処にかある。 

  正義を尊重し家国日本を熱愛し真実に生きたる先生の如き人が何処に

かある。


 あの恐ろしい鋭い風貌の中に先生は極めて正直な心と限りなき情愛と

包蔵せられた。信仰人としての先生は暴風怒涛の如く強烈無比の戦士

であると共に、日常人としての先生は臆病と思はれるほど弱く、一片の

花片を手にしても涙ぐむほど優しい人であつた。 

  先生は衆と共に平和協調の世界に安住するを楽しむといふより、迫害

の裡に孤高の戦を続けて益々その本質を発揮する闘士であつた。

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  敬虔なるもの、荘厳なるもの、高貴なるもの、謙虚なるもの、熱切なる

ものとして、先生の祈りの如きを私は外に知らない。 

  砕けたる魂、悔いたる心を以て、跪いて神の前に先生が祈られる時、

懐疑不信の私の如き者にすら、宇宙には万古に亙りて滅びざる或

もの厳存を感得せしむるものがあつた。

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  思ふに今日の日本程正義や真実から懸け離れて居る社会はまたと

あるまい。 

 忠君愛国を唱ふる者はざらにある。思想善導の学者も何処にも転が

って居る。 

  だが、先憂後楽、真に国を憂ひ義を慕ふ者はない。これが現代日本の

憂患である。
 

 私は先生の如き種類の国賊、非国民、偽善者が出て、価値の転倒を

なし、真理の何者たるかを示して一世を指導し、日本の現状を救つて呉

れることを祈つて止まない。  【了】

 (原題「内村先生」『追想集  内村鑑三先生』)より

 

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