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2013年6月17日 (月)

内村鑑三(30)

    六  コスモスをのぞむ

  再臨運動

   欧州の戦乱


  鑑三の後半生に展開された最大の運動は、一九一八(大正七)年に開始

される再臨運動である。 

  キリストの再臨を待望するこの運動は、直接には、一九一六(大正五)年

八月、米国の親友D・C・ベルから送られてきた『日曜学校時報(サンディ・

スクール・タイムズ)』の一記事を読んでひき起こされたものだ。

 

  しかしながら再臨思想そのものなら、そうとう以前から鑑三は知っていた。 

それが鑑三の信仰のなかでリアルなかたちをとり、火を点ぜられたのが再

臨運動といってよい。それまでの道程をみよう。

 

  一九一四(大正三)年七月二八日、第一次世界大戦の勃発をみた。その

二十日ほど前、鑑三は、現世のことと非戦につき論じたものを集めた『宗教

と現世』を刊行したところだった(*下の写真は、第一次戦争下の前線

基地での兵士たち)

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  その本の序文で鑑三は、非戦を唱えるかどうかは宗教の真偽を見分け

る唯一の試金石であるとさえ言っている。 

  オーストリアとセルビアとの間で始まった戦火は、またたく間に全ヨーロッ

パに拡大された。交戦諸国はいずれも、いわゆるキリスト教国である。

 

  そうなると、鑑三に言わせれば、戦争をするキリスト教国のキリスト教は、

みな虚偽の宗教にほかならない。 

  『聖書之研究』に掲載した「欧州の戦乱と基督教」のなかで鑑三は、この

たびの戦争は、ヨーロッパ諸国の「国土の強奪心」より起こったものであり、

神と聖書の教えに反する行為であること、神はこれによっていわゆるキリ

スト教国をさばき、虚偽のキリスト教を滅ぼさんとしていると述べている。

 

 

浄土信仰 

 

  戦争に狂奔するヨーロッパ諸国のキリスト教にあいそをつかせたのとは

対照的に、このころよりにわかに鑑三は、日本の法然や親鸞(*下の肖像

画は法然と親鸞)の信仰に親しみをみせる。

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  法然については、ルツの死後まもなく、パウロ(*下の肖像画)と同じよう

人物として述べている。

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 もともと臆病であり柔和な人間であったパウロと法然が、ともに来世の信

をえたことにより、見違えるほど剛毅の人となったとみる。この後も「我

が信仰の友」や「我が信仰の祖先」を通じて、しきりと、法然や親鸞の信仰

を讃えるようになる。

 

  鑑三が、この時期に、法然や親鸞の浄土系の信仰に、とくに親しみをみ

せたのは、ひとつにはルツの死後、急速にたかまった永世や来世への関

によっている。 

  それとならび、米国における排日法への反発と第一次世界大戦の勃発

による欧米のキリスト教国への絶望があった。

 

  ヨーロッパの戦乱は、鑑三にはキリスト信徒に、その「信仰の独立」

ながす声と聞こえたのだった。日本に、源信、法然、親鸞の信仰がある

以上、信仰のことでは、必ずしも欧米人に学ぶ必要はないのだと言いきっ

ている。

 

 

  近代人批判






  日本の浄土系信仰への接近とあわせ、この大正初期の鑑三に顕著に

目立ち始める思想は「近代人」への批判である。「近代人」を鑑三は、

このように定義している。 

「近代人は自己中心の人である。自己の発達、自己の修養、自己の実

現と、自己、自己、自己、何事も自己である」(「近代人」)

 

  鑑三は「近代人」を、自我は発達しているが自己中心の人とみる。

そのような「近代人」は何によってもたらされたのか。 

  第一次世界大戦との関連で、それは近代文明であるとして、こういう。 

  「人類の最善、これを称して文明と謂う。曰く政治、経済、殖産、工業と、

而(しか)して、その竟(おわ)る所は戦争なり。 

  国民は文明に進むと称して実は孜々(しし)として戦争の準備を為しつつ

あるに過ぎず。 

  神を目的とせざる労働の結果はすべてかくの如し。空の空なり。砲煙と

なりて消失す。 

 文明を最善と称するは誤称なり。徒労と称すべし。文明は人を欺く砂漠

の蜃気楼(ミラージ)たるに過ぎず」(「文明=砲煙」)

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  ナショナリズムにもとづく、欧米文明と「近代人」批判のうえでは、鑑三も

日本主義者や国粋主義者と変わりない。これは、大正期にみられた多くの

宗教的ユートピア運動にも共通する。

 

  ところが、それらの運動が、しだいに日本主義運動に捲き込まれていっ

たのに反し、鑑三には、歯止めが効いていた。 

  その歯止めとなったのが、神への信仰である。その神は、ただ人の

手によってつくられたにすぎないものは、国家でも制度でも人間の地位

でも、それを絶対化することをすべて否定する存在だった。

 

  「文明の最後」と題した講演のなかで、「人類が神の援助に依らずして

自分の智慧と能力(ちから)とに由りて自分の安全と幸福とを計る事、其事

が文明である」と言っている。 

  すなわち、神を目的とせず神に導かれないところが、近代文明の特徴

であり、その近代文明の生み落とした「駄々っ子」が「近代人」とされるのだ。

 

   神に導かれない文明は、自己中心の「近代人」を育て、自己中心的な

「近代人」の国土拡張の野心により世界大戦はひき起こされた。戦争は

神なき人間主義文明の所産とみる。 

  やがて、鑑三は、このような文明が、自然の桜の木を枯らせていることを、

上野の山に花見に出かけて嘆いている。

 

  人間が自分のことしか考えない文明が、他を傷つけ、自然をむしばんで

いることに、きびしい警告を発しはじめる。 

  では、神に導かれる文明が世界の進歩をもたらすのかというと、必ずし

もそうではなかった。若き日に、はじめてキリスト教国アメリカを見たとき、

鑑三は、その腐敗した光景に幻滅し、一度は、キリスト教とキリスト教国

の文明とをわけて考えようとした。

 

  しかし、アマスト大学での歴史の講義で、モースから教えられた「歴史は

人類進歩の記録である」との言葉が示すように、人類の歴史は神の導き

により、一進一退をくり返しながらも徐々に進歩に向かいつつあるとの、

救済史的な進歩史観を長年、保ちつづけてきたのだった。 

  ところが、ルツの死と第一次世界大戦の勃発は、たとえ神の導きがある

にせよ、この世での人の手による理想世界の実現の希望を消失させた。

 

 

   再臨信仰

 

  ことに近代に起こったものは、すべて悪いものと映じ、近代の新しい学問

である聖書の自由な研究には一時かなり傾きかかっていた鑑三であった

が、それも、この時期にはふたたび、以前の保守的な、かたい見方に、

たちかえりををみせている。こうして鑑三の心には、再臨信仰を受け入れ

る準備が、ほとんど用意を終えていたといえるのである。

 

  一九一六年の夏、ベルより送られてきた『日曜学校時報』には、C・G・

トランプルの書いた「キリストの再臨は果して実際的問題ならざる乎」とい

う一文が載っていた。 

鑑三の、再臨信仰はこれによって目を見開かされたという。

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  ところで、トランプルのこの論文は、とりたてて新味のあるものでもなけ

れば、すぐれたものでもない。なんの変哲もないとすら言うことのできる

文章である。 

  つまり、鑑三の心内が熟しきっていて、なにかで火をつければ、それで

もう充分発火するような状態にあったとみてよい。

 

  翌一九一七年には、第一次世界大戦への米国の参戦があった。この

ことは、わずかに残していたキリスト教国アメリカによる平和回復の望み

を微塵にうちくだくことになった。 

  もはや、人類の歴史が、同じ人類の世のつづく流れのなかで好転をみる

ことは絶望的となった。人類の歴史を変えるのは、その歴史が質的に変わ

る時を待つしかない。

 

  そのように質的に変わる時とは、聖書によれば、あのキリストがもう一度

人の世に来ることによって開幕を告げると記されている。 いまはその時を

待望するしかない、鑑三はこう信じた。

  一九一七(大正六)年十月三一日、東京キリスト教青年会館で、鑑三は、

ルター研究家の村田勤、佐藤繫彦とともに宗教改革四百年記念講演会を

開いた。

 

  同じ会場で同じ日の昼には、井深梶之助、海老名弾正、小崎弘道らの

宗教改革記念会がおこなわれたが、夜に開かれた鑑三たちの会合の方

が、はるかに盛会だった。

 

  これによって鑑三は、自分にある使命の降ろされているのを確信したと

いえるだろう。 

  日本にも宗教改革の時が訪れようとしていること、そのために立ち上が

る時であると決意を固めたのだ。  【つづく】

 

 

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