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2013年5月 2日 (木)

内村鑑三(1)

    〔皆さんへ〕

 

  皆さん、お早うございます。 

  お元気でしょうか?

 

    これからの日本は、益々暗く、かつ厳しくなっていくかと思います。 

  そんな中で、一つの手本、或いは道標(みちしるべ)となるのは、 

  一つに、人間の”生きざま”のような気がいたします。

 

     今日、植草一秀先生の思想と行動こそは、 

 その最たる模範であり、かつ道標でありましょう。

 

    ところが、ほぼ百年前の日本にも、 

 われわれの貴重なお手本が存在しました。 

   その代表的な人物が、内村鑑三(1861~1930)ではないでしょうか。

 

   しかし、極めて残念なことに、彼は、一部の人々には知られていても、 

 殆どの日本人には、余り知られていないような気がいたします。

                         Photo

   情報が氾濫する今日、全く塵かガラクタのような人物や情報が持て囃

 され、真“宝物”が埋もれていたり、或いは、実に粗末に取り扱われて

 います。まことに倒錯した世の中です。

 

   それゆえ、たとえ、すでに過去の人とはいえ、私は、真の“宝物”を掘り

 起こし、多くの方々と共に、その”価値”を、深く味わいたいと存じます。 

   その一環として、今まで取り扱って来ました内村鑑三自身が、一体どんな

 人物だったのかを、皆様にお伝えしたいと思うのです。

 

  そのための良き導き手として、鈴木範久著『内村鑑三』(岩波新書  287)

 があります。 私自身、とても参考になった良書です。 

   同著の「はじめに」におきまして、著者の鈴木先生は、こう記していらっし

 ゃいます。
  

≪初秋の裏山を歩いていたら、もうリンドウのつぼみが、落葉の蔭から

鮮やかな紫色の顔をのぞかせていた。リンドウは、内村鑑三のもっとも

好んだ秋の花である。

                   Photo_2

                          Photo_3


  内村鑑三の名を聞くと、なんとなく近寄りがたく、いかめしい人物が想像

されるかもしれないが、実は、野や山に咲く一輪の草花にも目をとめて呼

びかける人だった。


  若き日に学んだアマスト大学を去る日の前夜、自分の部屋に戻ってきた

鑑三は、三羽のツバメが室内に迷い込んでいるのを発見した。外は暗く

天気は荒れていた。

 

  ツバメは、戻ってきた鑑三を見て、いっそうおびえて飛び廻ったので、

戸外へ出すのは不安だったが、神の加護を祈って、そっとツバメを窓から

放ったこともある。

                             Photo

  本書は、そんな鑑三のささやかな小伝である。ドラマに富んだ生涯の

おもな出来事については、紙数の許すかぎり盛り込むことにつとめたが、

七○年にわたる一生と思想の全体は、とうてい述べ尽くすことはできない。

                        Photo_7

  せいぜい心がけたことは、鑑三を、思想界、宗教界のいわゆる英雄や

教祖のようには描きたくなかったことである。

  そうかといって、いたずらに突き放すこともせず、迷いや悩みにもできる

だけ分け入りながら客観的叙述を目ざした。



  近代日本の歩みをかえりみるとき、「立身出世」、「忠君愛国」、「富国

強兵」、「殖産興業(*下の絵)などの標語が、盛んにふりかざされた。 

  このことは、たとえば、どれだけ「忠君愛国」や「富国強兵」に尽くしたか

との出来高で人間の価値をはかる見方を生んだ。 

  その出来高には見せかけとごまかしの混ざることがおおかった。

            Photo_6

  このような旗印と人間の評価とが、近代の日本にもたらした悲惨な被害

は、戦争や公害をはじめ数かぎりない。さらに悪いことには、そうした被害

の犠牲となって苦しむのは、常に出来高をあげることの困難な弱い立場の

人々だった。

  鑑三という人間は「忠君愛国」や「富国強兵」への出来高を尺度に人間を

はかることに、もっとも疑問を抱き、信仰の立場から、これとは反対の人間

観を強く唱えた人である。

 

  現代社会は、産業界のみならず広く教育などの分野にまで、あいかわらず

根強い成績主義、行為主義が幅をきかせ、強まっている。 

  鑑三の思想が、今日ほど痛切に要求される時代はない。≫

                    Photo_5


    最初に、リンドウやツバメのエピソードから起筆された鈴木先生ご自身

  が内村同様、深く、かつ豊かな感性の持主であることが察せられます。 

    また、最後にありました「鑑三の思想が、今日ほど痛切に要求され

  時代はない」とのお言葉が、ほぼ三十年前のものだとしましても、今で

 も、じゅうぶん通用しましょう。

 

   いや、むしろ、「福島原発問題」などが厳存する今日ほど、この言葉は、

 強く生きた言葉だと申せましょう。 

   その内容につきましては、次回に譲りたいと存じます。  【つづく】

 

 

   

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