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2013年4月27日 (土)

非戦論の原理〔2 〕(内村鑑三)

     歴史に於ける戦争


 しかるに、人はさらに言います。若し、天然が平和を教えるとするも、

人類の歴史は、戦争の必要を説いて止まない、戦争なくして興った国は

ない、人類の歴史は、実に戦争の歴史であると。

 

  成程、戦争に由て国は興りました。しかし、其滅ぶのも、また戦争に由り

ます。戦争は、もともとは破壊性のものであります。 

  ゆえに、他を破壊すると同時に、自己(おのれ)をも破壊します。戦争を

以て、他を破壊しておきながら、己れは破壊を免れんとするは、出来るよ

うで出来ません。

 

  基督教の聖書では、「剣を採る者は、剣にて滅ぶべし」と教え、仏教の

教典では、「呪詛諸毒薬、還着於本人」と説いております。 

 是れは、神の法律(おきて)であると同時に、また天然の法則であります。 

而して、歴史在りて以来、此法則に洩れた人も国も無いと思います。 

  和漢西洋いずれの国の歴史を見ましても、此法則の働きは、有々と顕わ

れております。



  而して、其理由は、探るに難くありません。戦争は、勢力の消耗でありま

す。負ければ勢力を補わんとし、勝てばさらに進んで消耗の途を設けんとす。 

  人も国も戦争の方面に発達膨張して、終に立つ能わざるに至ります。 

古きは、アッシリア、バビロニア、マケドニア、ローマ(*下の写真)の滅びた

るのも、全く是れがためであります。

              Photo

  国費の大部分は、戦争の方面に注がれ、才能の大部分もまた同一の

方面に使用され、人物という人物、天才という天才が生産的ではなくて

消費的な軍事一方に引かれて、国は其根本において衰え、甚だしきに

至っては、終に亡ぶに至ります。

 

  国の宝は、第一に其人物であります。而して、戦時に於いては、之を

戦場に消費し、平時に在っては、之を兵営の中に囲い置いて、国は発達

せんとするも得ません。 

  誠にギリシャ(*下の写真)が亡びたのは、全く連続せる戦争の結果に

由る人物欠乏が、其最大原因であったとのことであります。 

            Photo_8

  一時は大詩人、大哲学者、大美術家、大政治家を続出して止まざりし

ギリシャが、今日の如くに衰えしは、全く戦争に由て人物を消費し尽くした

からであると言います。

 

 実に而(こ)うであろうと思います。ローマの滅亡も、また同一の理由を以

説明することができます。

  一時は世界の半を握りしスペイン(*下の写真:セビリアのスペイン広場)

が三百年後の今日、世界の第三等国とまで下りましたのも、全く引き続く

戦争に由て、国の第一の宝たる人材を消費し去ったからであります。 

          Photo_2

  フランス(*下の写真)が、今や其第一等国の地位を失わんとしつつある

のも、また同一の原因に由るのであります。 

          Photo_3

  国民の精華は悉く軍人と成り、其屑のみが残って教師となり、文人となり、

美術家となり、実業家となるのであります。それで、国の衰えない理由

(わけ)はありません。 

  社会の道徳の日々衰え行くは、決して怪しむに足りません。 

徳性涵養の任に当る教育家宗教家の殆どすべてが、国民の滓(かす)

であるからであります。 

  聖賢君子の為すべき業が小人愚物に委ねられるからであります。 

軍人たるは貴くして宗教家たるは卑しき国に、道徳が盛んになる筈はあり

ません。

 

  戦争に由て国家は顕揚されますが、それと同時に国力は減退します。 

而して、顕揚が虚栄となり、減退が空乏と成って終に亡国となるのであり

ます。

  天然に於けるが如く歴史に於ても、之を見ずして広く見て御覧なさい。短

く見ずして、永く見て御覧なさい。

 

  戦争が、決して国を興し国を保つ途(みち)でない事が分かります。

戦争で興った国で亡びない国は、未だかつてありません。唯、時日の

問題であります。 

  同一の原因は、同一の結果で終わります。剣を以て興った国は、剣と

其悪結果とに由て亡びます。



  世に、剣を以て興らず、また剣を以て維持されない一つの国があります。

それは、猶太(ユダ)国であります。牧人アブラハム(*下は、愛息イサクを、

生贄に捧げようとするアブラハム、神の使いにより制止される。)の家より

出で、連綿として四千年後の今日に至ります。 

            Photo_4

  其王政時代に於いて、また其マカビー家執権の時に、武を以て隣国を

圧したことがありましたけれども、それは国民としては、至って僅かな間

でありました。

 

  猶太(ユダヤ)人は、主として無抵抗主義の民であります。迫害せられ

るのが、彼等の特性であります。ユダヤ人の歴史は、戦争史ではなくして

迫害史であります。 

  遠くは、紀元前三百年頃、シリヤ王アンチオカス・エビフハネスの虐待

凌辱する所となりし以来、近くは露国キシネフに於いて、彼らの多数が

虐殺されしまで、ユダヤ人に、迫害の絶えたことはありません。

 

  しかるに、彼らは、之に対して一剣を磨かずにいまして、彼らは、唯あし

らわれるがままに、己が身を任しました。 

  もし腕力の勝敗が、民の興亡を決するものでありますならば、ユダヤ人

は、すでに此世より絶たれたのであります。しかし、事実は、どうでありま

すか?



  アブラハムが初めてカルデヤを出た時には、未だアッシリアも興らず、

バビロニアも立たず、エジプトは隆盛の極に居り、ギリシャやローマも、

未だ時の胎内に在った時でありました。 

  然るに世紀は変わり、紀元は改まりて、是等の国民は衰え、興きては

亡びましたけれども、常に変わらないのは、いやしめられる無抵抗主義の

ユダヤ人であります。

 

  ローマは滅びても、ユダヤは滅びませんでした。 

欧州に国は興り、国は衰えましたけれども、依然たるは、やはりユダヤ人

であります。 

  而して、其数、今や一千一百万以上、世界各国至る所に散在し、其財産

を握り、其思想を左右し、其哲学と美術に貢献し、実に敬すべき一大勢力

であります。

 

  世界第一等の人物を産出すること多きユダヤ人の如きはありません。 

哲学者としてはスピノザを出し、音楽家としてはメンデルスゾーンを出し、

政治家としてはデズレリーを出し、新聞記者としてはブローヴイッツを出し、

其他数を切れません(*下の肖像画は、スピノザ、メンデルスゾーン、

デズレリー)

                          Photo_5


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            Photo_7


  もし文明世界よりユダヤ人を除いたならば、其最良最善最美のものは

なくなります。民として継続することの長きことユダヤ人に及ぶものはあり

ません。 

  世界第一等の人物を産出することの多きユダヤ人に及ぶものはありま

せん。 

 すべての点に於いて(勿論、軍事を除き)勢力の充溢することユダヤ人

に及ぶものはありません。

 

  ユダヤ人は、ロシア人が亡びた後も、尚存(のこ)ります。 

ユダヤ人は英人、仏人、独逸人が消え去った後にも、尚、栄えます。 

  而して、此民が特に無抵抗主義の民であることを知って、民は戦争に

由て存在するものではないことが最も明らかに分かります。 【つづく】 

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