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2013年4月20日 (土)

日露戦争より余が受けし利益(内村鑑三)〔前〕

  私は今は非戦主義者であります。かつては、オリバー・クロムウェルを

私の理想に最も近き人として仰ぎし私は今や、戦争の罪悪と害毒を唱え

て止まざる者であります。 

 私は、戦争は、キリスト降世二千年後の今日、文明国の間に在るべから

ざるものと信ずるものであります。

 

  それゆえに、私は日露戦争に最初から反対しました。私は第一に宗教、

倫理、道徳の上から反対しました。第二に、両国の利益の上から反対し

ました。第三に、日本国の国是の上から反対しました。而して、徹頭徹尾、

反対を表しましたこの戦争に対して、私は、何の熱心をも注ぐことはできま

せんでした(*下の絵は、日本海海戦時の三笠艦上における東郷平八郎)

                   Photo

  私は勿論、日本国民の一人として、私の守るべき普通の義務は守った積

りであります。 

 しかしながら、私はほとんど惟(ひと)り泣き通して、この戦争時期を通過

しました。 

  私は、この戦争は、決して良き事を此国(このくに)にもたらすものではな

いと信じました。 

 私は、その結果たるや日清戦争のそれと多く異なる所なきを信じて疑い

せんでした。

 

  私は、甚だ驕慢なる申分かは知れませんが、日本国民が此戦争に熱狂

するのを見て、我が最愛の友が放蕩遊堕に身を持ち崩しつつあるのを目

撃して居るような感が致しました。

 

  此戦争に対して斯かる態度をとりました私は、之より、何の利益をも望

む権利を持ちません。私に内閣諸公のように授爵陛(?)位の希望がない

のみならず、普通の祝勝会に参加して、その快楽を頒(わか)つの権利も

ありません。 

  私は、日露戦争の結果は、その大となく小となく、之を私の身より辞退す

べきであります。蒔かぬ種は生えません。賛成を表せざりし日露戦争より、

私は何の実(み)をも刈り取ることはできません。 

 

  しかしながら、奇なることには、私も、此戦争より、或る利益を得ました。

然り、多くの利益を得ました。是れは勿論、日本の政府、または社会から

得た利益ではありません。是れはまた、私が得んと欲して得た利益では

ありません。 

  是れは私に、自然に臨んだ利益であります。非戦論者として私が受け

ても恥ずかしくない利益であります。 

  凡ての事は神の旨に依りて召されたる者の為に悉く働きを為とは申し

ますものの、非戦主義者に戦争の利益が及ぶとは、最も奇態なることであ

ります。

 

 一、私は、第一に此戦争において、活ける人類の歴史を目撃しました。

而して、人類の歴史とは、その根元に遡りますれば、国民の上に顕われ

たる神の裁判であります。神は有るといい、無いといいますのは、之を

私人の経歴に就いて見るからであります。

 

  之を国民の運命に就いて見て、神の存在は疑うべからざる事実であり

ます。或る人がかつて「歴史は、神の摂理を大書した書である」と言いまし

たが、実にその通りであります。 

  摂理は、人事という人事には、その大なる者にも小なる者にもあります。 

しかしながら、走りながらも明白に読むことの出来るような大文字を以て

記されたる神の摂理論は、国民の歴史であります。 

  而して、日露戦争は、ことさらに明白に此理論を私に示してくれました。 

 

  神の摂理論といえば、如何にも困難(むずかし)いようでありますが、

しかし、その原理は、至って単純なものであります。 

  世界歴史の法則とも称すべきものは、僅かに是れであります。すなわち、

驕慢は滅亡に先立ち、誇る心は、傾跌(たおれ)に先立つ(箴言十六章

十八節)、是れは、智者ソロモン(*下の肖像画)の言であると記されて

います。

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  しかし、史学の始祖ヘロドトス(*下の肖像画)の言に依れば、是れで

あります。即ち、 

   神の意は、すべて高く聳(そび)えるものは斬り倒すにあり、神は、神以

外の者の己(おのれ)を高くするを許さず。
                                                                                          
 

Photo_3   

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   是れ、彼(ヘロドトス)が、その『大世界史』の劈頭に掲げし標語でありま

て、彼の著わした歴史はすべて、単純なるこの原理を証明せんためで

あったとのことであります。 

  高ぶる者は仆れ、謙遜(へりくだ)る者は起こる、是れが、

歴史の原則であります。 

 東洋史といい、西洋史といい、歴史という歴史は、凡て悉く此簡単なる

原則に依って支配せらるるものであると思います。

 

 
  日露戦争とても、その源を遡れば、何でもありません。この原則の表顕

であります。 

 南山、得利寺、旅順、遼陽、沙河、奉天、対馬海峡における露国の敗北

は、高ぶりたる者が低くせられんがためでありました。 

  史家ヘロドトスの言を以て言いますれば、東洋に独り高く聳えんとせし露

国を斬り倒さんがためでありました。

 

  露西亜人は高ぶりました。彼は、道理と節制の境を越えて他国の領地を

侵さんとしました。故に、彼は神に罰せられました。彼は倒されました。 

  雨降り大水出で、嵐吹きて其当たりたれば、その傾覆は大なりでありまし

た。(マタイ伝七章二十八節) 

 

  此事は、全世界の人が認めた事実であります。殊に日本人が認めた

事実であります。而して、私もまた、之を認めて正義のために悦びました。 

  しかしながら、神は公平の神であります。彼は、高ぶる者は、何れの国民

たるに拘わらずして、之を罰し給います。

 

  彼は、高ぶりたる露西亜人を引き下げ給いました。彼はまた、日本人の

罪をも罰し給いました。 

  エホバはまた、罰すべき者をば必ず許すことを為さず(出エジプト記

三十四章七節)、日本人なればとて、高ぶる時には罰せられます。 

 

  彼なればとて道理と節制の境を越えて栄華の空中楼閣を築きし時には、

その楼閣は、たちまちにして取り崩されました。 

  償金七十億を夢み、バイカル湖東全部を想像せし時に、ポーツマス条約

(*下は、会談風景と、日本の全権・小村寿太郎外務大臣)の一撃は下り

て、連戦連勝に由って天の高きにまで引き上げられし日本国は、地の低きに

まで引き下げられました。

               Photo_4

        Photo_5


  しかも、頼るに頼りし米国の地に於て、世界環視の下に於て我等は、此

屈辱を受けました。
 
  しかし、止むを得ません。歴史の原則が働いたのであります。神の摂理

が行なわれたのであります。公平なる神が公平に裁判(さば)き給うたの

であります。 

  日本人なればとて、天則の束縛より離るることは出来ません。日本人は、

終に高ぶりました。故に傾跌(たお)れました。 

 

  かくて、日露戦争は、其供すべき大教訓を人類に伝えました。而して神

の正義が行なわれまして、戦争は其終わりを告げました。而して、私は、

其進行を日々の新聞紙に於いて読んで、活けるヘロドトスより其歴史談

を聞く心地が致しました。 

 神は終に欺くべからず。外交に於いて巧みなる露国は、軍事に於いて

敗れました。軍事に於いて巧みなる日本は外交に於いて敗れました。

 

  我にも智慧あり、と神は宣べ給いました。彼は、何かの方法を以て其

聖意を遂げ給います。彼は実(まこと)に罰すべき者をば、必ず赦すことを

為し給いません。 

  此活ける歴史を目撃するのは、私にとり、精神上の利益でありました。

勿論、私の普通の情に訴えまして、私の国の勝つのを見るは喜ばしくあ

りまして、負けるのは見るのは悲しくありました。

  しかしながら、正義は私情を以て律すべきではありません。正義の遂行

は、全人類(我国をも含む)のために利益であります。

 

  故に、私は、私のヨリ高き情、即ち信仰に訴えまして、米国ポーツマスに

於ける日本国の失敗を聞いて、反(かえっ)て、神に感謝しました。  

  【つづく】

 

 

 



 







 

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