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« 日露戦争より余が受けし利益(内村鑑三)〔前〕 | トップページ | 非戦論の原理〔1〕(内村鑑三) »

2013年4月22日 (月)

日露戦争より余が受けし利益(内村鑑三)〔後〕

  二、日露戦争に由て、私は一層深く戦争の非を悟りました。戦捷(=勝)

国に在って連戦連捷(れんしょう)を目撃しまして、私は再び元の可戦論者

に化せられませんでした。 

  否(いな)、戦勝の害毒の戦敗のそれに劣らぬことを目前に示されました

私は、益々固い非戦論者となりました。

 

  捷(しょう)報至る毎に、国民は抃舞雀躍(べんぶじゃくやく)しつつある間

に、その内心に如何なる変化が起こりつつあるかを思いまして、私は自ら

進んで、其狂気の群に加わることは出来ませんでした。 

  日露戦争は、我国民の中に残留せし僅かばかりの誠実の念を根こそぎ

取りさらいました。既に非常に不真面目なりし民は、更に一層不真面目に

なりました。

 

  其新聞紙の如き、一つとして真事実を伝える者なく、味方の非(=秘)事

と言えば、悉く之を蔽い、敵国の非事と言えば、針小を棒大にして語るを

歓び、真理其物を貴ぶの念は全く失せて、虚を以てするも実を以てするも 、

ただ単に同胞の敵愾心(てきがいしん)を盛んにして戦場に於いて敵に勝

たしめんとのみ努めました。戦争最中の新聞紙は、真理を外にして勝利を

のみ、是れ求むるものでありました(*下の絵は、「203高地」)

                 Photo_2

 私は、信じて疑いません。戦争二十箇月間日本国に、一箇の新聞紙も

りませんでしたことを、即ち事実を報道し、吾人をして公平な判断を下さし

むるに足る一箇の新聞紙のありませんでしたことを。戦争は吾人を不道理

なる、不真面目な民となしました。

 

  而して、若し民の道徳に何か価値(ねうち)があるとしますならば―而して、

私は、無上の価値があると信じまする―かくて、道徳的に蒙りし国民の損害

は、戦争に由て獲(え)し僅かばかりの土地や権利を以て、到底償うことの

出来るものではないと思います。



  而して、真理を貴ぶの念が失せたのみではありません。人命を貴ぶの念

までが失せました。常には人命の貴重を唱えて止まざる民は、戦争に由て

人の生命の牛馬の生命と較べてみて左程に貴いものではないように思うに

至りました。

                            Photo_8

  敵の死傷二十万と聞けば歓びの余り、我死傷五万との報に接しても、

一滴の涙を注がざるに至りました。我死傷五万とよ! 

  五万の家庭は、あるいは其夫を、あるいは其父を、あるいは其子弟を失っ

たのであります。五万の家庭より、悲鳴の声は揚がりつつあるのであります。

 

  然るに、之を悲しむ者とては一人も無く、祝杯は全国至る所に於いて挙げ

られ、感謝の祈祷は、各教会に於いて捧げられたのであります。人命の

貴尊も何もあったものではありません。同胞の愛も何も有ったものではあ

りません。

 

  同胞の屍は山を築き、其血は流れて何を為しましても、それは深く国民の

問う所ではありませんでした。 

  「戦いに勝てり」、「敵を敗れり」、此事を聞いて、同胞の苦痛はすべて忘

れ去られました。戦争は、人を不道理になすのみならず、彼を不人情にな

します。

 

  戦争に由て、人は敵を悪(にく)むのみならず、同胞をも省みざるに至り

ます。 

 人情を無視(なみ)し、社会を其根底に於いて破壊するものにして戦争

如きはありません。戦争は、実に人を禽獣化するものであります。



  戦争は、戦争を止めるためであると言います。「武」の字は、戈を止める

意味であると言います。しかしながら、戦争は実際、戦争を止めません。

否な、戦争は、戦争を作ります。日清戦争は、日露戦争を生みました。

日露戦争は、また何(ど)んな戦争を生むか分かりません。

                 Photo_7
 
  戦争に由て、兵備は少しも減ぜられません。否な、戦争終わる毎に、

軍備は益々拡張されます。戦争は、戦争のために戦われるのでありまして、

平和のための戦争などは、嘗て一回もあったことはありません。 

  日清戦争は、其名は東洋平和のためでありました。然るに、此戦争は、

更に大なる日露戦争を生みました。日露戦争は、また其名は東洋平和の

ためでありました。

 

 しかし、これまた、更に更に大なる東洋平和のための戦争を生むので

あろうと思います。戦争は飽き足らざる野獣であります。 彼は人間の血を

飲めば飲む程、更に飲まんと欲する者であります。

  而して、国家は、かかる野獣を養いて、年に月に其生血を飲まれつつあ

るのであります。愚の極とは、実に此事ではありませんか。

 

  日露戦争は、決して戦争の利益を示しません。その獲(え)し所は、逆に

費やせし所を償うに足りません。日露戦争の獲し所と同じく空名誉でありま

す。是れは、智者が努めて獲んと欲する所のものではありません。 二十億

の富を消費し、二十五万の生命を傷つけて、獲し所は、僅かに国威宣揚で

あります。

 

  而して、是れでも戦争は好いものであるというのでありますか。これでも、

非戦争論は、非なりというのでありますか。 

  非戦争論を証明するものは戦争其物なりとは、私共が戦争最中に度々

言ったことであります。日清戦争の非なる説明は、下関条約と三国干渉と

であります。

 

  日露戦争の非なる説明は、ポーツマス条約であります。ポーツマス条約! 

ポーツマス条約! (*下の写真)

  願わくは、此屈辱が、再び臥薪嘗胆の愚を演ぜしむることなく、反(かえっ)

て、戦争廃止を援(たす)くる有力なる声とならんことを。 

           Photo_4

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  三、日露戦争に由て、私は多くの友人を失いました。しかし、それと同時に

また、多くの新たなる友人を得ました。此戦争は、私にとり、友人の真偽を

分かつ為の好箇の試験石でありました。

 

  詩人カウパーは言いました。「心に何の苦痛を感ずることなくして、虫一匹

を踏み殺す者を、余は余の友人名簿の中に留めず」と。まして戦争を狂喜

する者をやです。 

  良心の呵責を感ずることなくして同胞の屠殺に賛成する者は、其名を我

が友人名簿の中に留め置くべきではありません。彼は生類の敵のみならず、

人類の敵であります。

 

  彼の廃娼論または禁酒論の如きは抱腹絶倒と称すべきであります。

酒を飲んでは悪い、しかし人を殺しても宜しい、姦淫を犯しては悪い、

しかし血を流しても宜しい、孤児は憐れむべしである、しかし幾万の孤児

を作りても宜しいと、世に多くの矛盾はありまするが、しかし慈善家の主戦

論の如きはありません。 

  若し戦争が可(よ)いと言いますならば、慈善は全く之を廃しするが可(よ)

かろうと思います。

 

  しかし、酒は人を殺すものなりとの理由を以て禁酒論を唱える人が、

人を殺すを以て目的とする戦争に大賛成をするとは何の事やら、私には

少しも分かりません。 

  私は今より後、かかる人とは慈善または救済について一切共に語るまい

と決心しました。



  殊に基督信者の最大多数が戦争の謳歌者であったことを見まして、

私は一層深く今の基督教界なるものの我が活動の区域でないことを覚り

した。 

  平和の君を救主と仰ぐと称する今の基督信者は平和の熱愛者ではあり

ません。 

 今や平和の主張者は基督教会の内には少なくて、反(かえっ)て其外に

於いて多くあります。

 

  哲学者スペンサー、文豪フレデリック・ハリソン、同じくモノキュアー

・コンウェーのような人が殆ど劇烈なる戦争廃止論者でありまして、

大監督とか小監督とか称しまして、基督教会の牛耳を握る者は、大抵は

熱心なる主戦論者であります。是れは、実に奇態なる現象であります。 

 

  今より百三、四十年前に、米国にトマス・ペーンという人(*下の肖像画)

がいました。

 此人は、当時の基督教会に反対し、『道理の書』なる書を著わして、今に

至るも、誰も彼の本名を以て彼を呼ぶ者なく、只「無神論者の巨魁トム・

ペーン」としてのみ、彼の名は基督教会に知られています。

                          Photo_3

  しかしながら、此人が米国に於ける最始の非戦論者であったことが、

今に至って分かりました。彼は、無神論者ではありませんでした。 

  彼は無教会信者であったのであります。彼は、即ち彼の在世当時の

基督教会なるものが人道の維持者でないことを知りまして、之に反対した

のであります。

 

  「トマス・ペーン」は、教会の柔和なる服従者ではありませんでした。 

しかし、彼は、人道の勇敢なる戦士でありました。基督教会が腐敗した

ことで、神は、近世の最大慈善事業たる戦争廃止運動を教会より奪って、

之を教会以外の人に賜ったのではあるまいかと思います。今日の基督

教会の恥辱にして此名誉剥奪の如きはあるまいと思います。



  かくて、日露戦争は、多くの新しき友人を私に紹介しました。私は、平和

の名に由て多くの未知の人と親交を結びに至りました。平和の神は、平和

主義を以て私をして多くの人と平和を結ばし給いました。

 

  私には今や全世界に二種の人があるのみであります。 

即ち、戦争を好む人と戦争を嫌う人のみであります。 

  前者は、仮に彼が基督信者であろうが、あるまいが、慈善家であろうが、

あるまいが、私の友ではありません。

 

  之に反して後者は、仮に彼が不可思議論者であろうが、或いは甚だしき

に至って無神論者であろうが、私の尊敬する友人であります。 

  戦争の如き世界の大問題は、実にかかる性質を備えるものではあるまい

かと思います。 

  即ち、之に由て人類を両別し、平和の子供と戦争の子供と、白き羊と黒き

狼とを判別すべき性質を備えるものではないかと思います。 

  而して、日露戦争は、私にとりましては、友人の精錬所でありました。 

之に由て純金と金漬(かねかす・・・「メッキ」の意か)とは、明白に両分され

ました。 

  是れ私にとりましては実に大なる利益であります。



  此外にもまだ私が此戦争より受けた利益は大分あります。
 

しかし、以上の三つが其最も大なるものであります。 

  しかしながら、是等の利益がありたればとて戦争は勿論決して善いことで

あるとは言われません。 

  しかも、人が罪を犯して罪の罪たるを知りたればとて罪は善い事である

と言われないと同じであります。

 

  しかしながら、凡ての事は、神を愛する者には悉く働きて益と為すとあり

ますれば、近世の最大惨事とも称すべき日露戦争もまた多くの人に多くの

利益を与えしならんと信じます。 

  しかし、其利益の余りに高価なるが故に、私はかかる恩沢に浴するの

機会が、再び私に供せられんことを祈ります。  【了】 

 (『新希望』明治三十八年十一月)

 

 

 

 

 

 

 



 

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