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« 日蓮上人(完) | トップページ | 日露戦争より余が受けし利益(内村鑑三)〔前〕 »

2013年4月19日 (金)

余が非戦論者となりし由来(内村鑑三)

   私も武士の家に生まれた者でありまして、戦争は、私にとりましては、

祖先伝来の職業であります。 

  それでありますから、私が幼少の時より聞いたり、読んだりしたことは、

大抵は、戦争に関することでありました。 

  源平盛衰記、平家物語、太閤記、はては川中島軍記というように、戦争

に関わる書を多く読んだ結果として、私もついこの頃まで、戦争が悪いと

いうことが、どうしても分からず、基督教を信じて以来、すでに三十三、

四年にわたりしも、私も可戦論者の一人でありました。

 

  現に、日清戦争の時においては、今とは違い、欧文を取って、日本の

正義を世界に向かって訴えようとするが如きものは、極々少数でありまし

た故に、ヨセばよろしいのに、私は、私の廻らぬ鉄筆を揮(ふる)いまして、

「日清戦争の義」を草して、これを世に公にした次第であります。 

  カーライルの『クロムウェル伝』を、聖書に次ぐ書と看做しました私は、

正義は、この世においては、剣を以て決行すべきものであるとのみ思い

ました(*下の写真は、日清戦争における日本軍歩兵による一斉射撃)

                     Photo

  然るに、近頃に至りまして、戦争に関する私の考えは全く一変しました。 

私は永い間、米国にいるクェーカー派の私の友人の言に逆らって可戦説

を維持して来ました。

 

  然るに、この二、三年前頃より、終に彼らに降参を申し込まねばならなく

なりました。 

 或る人は、これが為に「変説」を以て私を責めますが、ドーモ致し方があ

りません。 

  私は、戦争問題に関しましては、実に変説いたしました。西洋の諺にも

「智者は変ずる」ということがありますから、私の如き愚かなる者も、もし

充分なる理由がありますれば、かかる問題に関しては、説を変じてもよろ

しかろうと思います。



  ところで、何が私を終に非戦論者となしたかというに、それには大分理由

があります。 

 私は、ここでは、その主なるものだけを述べようと思います。

 

  一、私を非戦論者にしたものの中で最も有力なるものは、申すまでもなく

聖書であります。殊に新約聖書であります。 

  私は、段々とこの研究を続けて、終に争闘なるもののすべての種類を、

避くべきもの、嫌うべきものであることを覚るに至りました。

                        Photo_3

  新約聖書の此句彼語(このくかのご)を個々に捉えないで、その全体の

精神を汲み取りまして、戦争は、たとえ国際間のものでありとするも、これ

を正しいものとすることは出来なくなりました。 

  十字架の福音が、ある場合においては、戦争を可(よ)しとするとは、

私には、如何にしても思われなくなりました。

 

  二、私をして殆ど極端なる非戦論者とならしめし第二の原因は、私の

生涯の実験であります。私は、三、四年前に、或る人たちの激烈なる攻撃

に遭いました。 

 その時、或る友人の勧告に従いまして、私は我慢して無抵抗主義を取り

ました結果、私は大いに心に平和を得、私の事業は、その人たちの攻撃に

由り、さしたる損害を被ることなく、それと同時に、多くの新しい友人の起こ

り来たりて、私を助けてくれるのを実験しました。

 

  私は、その時に、争闘が如何に愚かにして、如何に醜きものであるかを、

しみじみと実験しました。私は、確かに信じて疑いません。 

  私が、もしその時に、怨を以て怨に報い、暴を以て暴に応じましたならば、 

多少の愉快を感じましたろうが、私の事業は全く廃れ、今の私は、最も憐

れな者であったろうと思います。

 

  ロマ書十二章にあるパウロの教訓を充分に覚りましたのは、実にその時

でありました。 

  この事は、もちろん私事でありまするが、しかし、私は、それに由って、

すべての争闘が愚にして、かつ醜なることを覚りました。 

  何人(なにびと)でも、おのれ自ら無抵抗主義の利益を実験したる者は、

必ず彼の国に対しても同一の主義の実行を勧めるであろうと思います。



  三、私をして非戦論者とならしめし第三の動力は、過去十年間の世界

歴史であります。日清戦争の結果は、私にツクヅクと、戦争が害あって利

のないことを教えました。

 

  その目的たる朝鮮の独立は、却って危うくせられ、戦勝国たる日本の

道徳は、非常に腐敗し、敵国を征服し得しも、故古河市兵衛氏(*足尾

銅山の経営者:下の肖像画、その下は、旧古河庭園)如き国内の荒乱

者は、少しもこれを制御することができなくなりました。 

  これは、私が生国なる日本において見た戦争(しかも戦勝の)結果で

あります。
                        Photo_4

                         Photo_5


 もし、それ米国における米西戦争の結果を想いますれば、これよりも、

さらに甚だしいものがあります。 

  米西戦争によって、米国の国是は、全く一変しました。自由国の米国は、

今や明白なる圧制国とならんとしつつあります。 

  現役兵、わずかに二万を以て足れりとし来たりし米国は、今や世界第一

武装国(=軍事大国)とならんと企てつつあります。 

  而して、米国人のこの思想の変化に連れて来た彼らの社会の腐敗堕落

いうものは、実に言語に堪えない程であります。

  (*下の写真は、ハバナで爆沈したアメリカ海軍の軍艦メイン号

       ・・・・真実は、アメリカによる「自作自演」だった。)      

          Photo_2

  私は、私の第二の故国と思い来たりし米国の今日の堕落を見て、言い

尽せぬ悲嘆を感じる者であります。 

  而して、この堕落を来たしました最も直接なる原因は、言うまでなく米西

戦争であります。



  四、私を非戦論者になした第四の機関は、米国マサチューセッツ州スプ

リングフィールド市において発行せらるる The  Springfield  Republican と

いう新聞あります。私は白状します。私は、過去二十年間、この新聞の

愛読者であります。

 

  かくも永く私が読み続けた新聞は勿論、日本にもありません。

私の世界智識の大部分は、この新聞の紙面から来たものであります。

之を読んで、頭脳(あたま)が転倒するような思いは少しもありません。

  常に平静で常に道理的で、実に世界稀有の思想の清涼剤であると思い

ます。而して、この新聞は平和主義者であります。

 

  絶対的非戦論者というわけではありませんが、しかし、常に疑いの眼を

以て、総ての戦争を見る者であります。 彼(=同紙の主幹)は、常に英国

帝国主義の主導者なるチャムバーレン氏(*下の写真)の反対者であり

ます。  
                       Photo

  而して、この新聞を二十年間読み続けまして、私も終に、その平和主義

に化せられました。その紙上において、世界的に有名な平和主義者の名論

説を読みまして、私の好戦的論城は終に、全く壊されました。

  或る人がこの新聞を評して、「共感化力に新約聖書のそれに似たるもの

あり」と言いましたが、実に、その通りであります。

 

  『スプリングフィールド共和国』は、その二十年間の説教の結果、終に

私をも、その信者の中に加えました。 

  この外にも、まだ私を非戦論者になした勢力はありましょう。しかし、この

四つのものが、その重要なるものであります。

 

  殊に、近頃、私をして非戦論に関する私の確信を固めしめましたものは、

哲学者故スペンサー氏の戦争に関する意見であります。氏の戦争論に

ついては、他日、別に御話しいたしたく思います。

 

  私は、終に非戦論者となりました。しかし、非戦論とは、ただ戦争を非とし、

これに反対するというばかりではありません。

  非戦論の積極的半面は、言うまでもなく、平和の回復、並びにその再構築

であります。 

 私は、神に祈り、神もし許し給はば、国民の輿論に逆らって、此時に際して

非戦論を唱えた賠償として、微力ながらも、出来得るだけの力を尽くして、

平和回復の期を早め、敵国との好意交換の基を作りたく思います。 

  ドウゾ本誌読者諸君においても、このために御祈り下さらんことを願います。 

   【了】  (『聖書之研究』明治三十七年九月)

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