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2013年3月14日 (木)

二宮尊徳(9 )

  尊徳は、右(あるいは、上)のような皮肉を、まじめに語りはしたものの、

それが実行に移されようとは考えてもいない。難民の救助は、彼一流の

簡明さで遂行された。

 

  すなわち、彼の行なうすべての事業に通じる特徴―敏速、勤勉、苦しむ

人々への強い同情「自然」と、その恵み深い法則とに対する”信頼”

裏打ちされた救済法である。 

  苦しむ農民に対しては、穀物と金銭とを貸し付け、その返済は五年以

内に、穀物をもって分割払いすればよいことにした。

 

  この方法によって、四万三百九十人の難民が救われたが、彼らはこの

約束を、忠実に、喜んで守り、契約期間の終わりまでに、負債を返還せぬ

者は一人もいなかったという! 

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  この事実こそは、救助された純真な農民と、彼らを信じて、この救助を

提供した当局者、その雙方の名誉のために、特筆大書すべきことでは

あるまいか!



  「自然」と繋がれている者は、急がないし、また現在のためにのみ事業

を計画しない。 

 言わば「自然」の流れの中に身を置いて「自然」を助け、また強め、

それによって、彼もまた助けられ、前進させられるのだ。

 

  宇宙を後盾とする彼は、事業の大きさに驚かない。尊徳はつねに、こう

言っていた

  ”すべて”の物事には、自然の道筋が備わっている。 

  それゆえ、われわれは、自然の道を探り出し、それに自分を順応させて

行かねばならぬ。そうすることによって、われわれは、山を平らにし、海を

乾(ほ)し、この大地そのものを、われらの目的のために役立たせることが

できる。



  あるとき、彼は、利根川下流の大きな沼沢地の干拓につき、仕方書を

提出するよう、幕府から命ぜられた。 

  このような大事業が完成したとするならば、それは三つの大目的が叶え

られることであって、公衆の受ける利益は測り知れない。
                     
                  
 Photo_5

 
   まず第一は、浅く、かつ毒気の立ち上る沼沢地が、何千エーカーという

肥えた土地に生まれ変わることであり、 

  第二は、洪水の際、あふれた水を放流させて、この地域の年ごとに蒙る

損害を、大幅に除くことであり、 

  第三は、利根川と江戸湾との間に、新しく、短い水路を開くことである。

          Photo_10

  切り開くべき距離は、沼沢地と江戸湾との間の十マイル(=16km)と、

沼沢地の主要部分である二つの沼を繋ぐ五マイル、合計十五マイルで

あって、泥土の丘と砂地とを掘り割る仕事であった。 

  この試みは、これまでにも、一再ならず、なされたが、とうてい不可能な

事として、見捨てられていたものだ。

 

  しかし、この事業はなお、これを完成にまで運ぶことのできる、ある傑出

した頭脳の持ち主―日本のレセップスを待ち受けていたのである。

  この巨大な事業に対する尊徳の報告書は、やや、謎めいているが、

しかしそれは、同様の大工事の失敗に終わる急所を突いていた。 

  できるとも言えるし、できないとも言えますと、その報告書は言う。

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  自然な、また、唯一の可能な水路を選び、それに従って行くならば、成功

しましょう。 

 だが、総じて、人間の性として、このような水路に従うことを好みませぬ

ゆえに、その場合は、成功せぬものと思います。 

  私は、運河の掘られる地方の道徳的腐敗の状況を知っておりますが、

”これこそ”は、まず第一に「仁術」をもって正さねばならぬことであって、 

仕事に着手する前の必要欠くべからざる準備は、これであります。 

  このような民を工事に動員して、金銭を与えても、それは、彼らの間の

悪習を募らせるばかりであって、彼らによって遂げられる仕事の量は、

微々たるものに違いありません。

  私の観察したところによれば、この事業は、金銭をもってしても、強制

をもってしても、成功の見込みの薄いもののように思われます。 

  強い報恩の念に動かされた人々が一致団結してのみ、初めてこれを

完成させることができます。 

  それゆえ、政府は、住民に「仁術」を施し、寡婦を慰め、孤児を保護し、

現在の敗徳(=背徳)の民を徳行の人となさねばなりません。 

  ひとたび彼らの内なる誠実を呼び覚ますことができたならば、山をくずし

岩を砕くことも心のままでありましょう。 

  この方法は、廻り遠いように見えますが、最も速い、最も効果の挙がる

方法であります。 

  植物の花や実は、すべてその根の中に隠されているではありませんか? 

道徳が第一であって、次が事業であります。事業を道徳の前に置いては

なりませぬ。

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  今日の読者諸氏は、このような夢想的な計画を受け付けなかった当時

の政府に共感されるかも知れない。 

  しかし、「パナマ疑獄事件」を目前に見て、この巨大な事業の失敗の原因

が主として道徳的なものであったことを見落とす人があるであろうか? 

  あれは、決して財政上から失敗したものではなかった。コロンとパナマ

との両市を盗人の巣窟と化し去った黄金は、今もなお、ちり、あくたのよう

に、むなしく、かの地に埋もれている。 

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  そして、二つの大洋の間の距離は、この地峡の土を、最初のシャベル

すくい取ったときに比べて、実際上、少しも縮まってはいないのである。 

  (*今では、アメリカの黄金により、われらの予言に“反して”運河は開通

した。黄金主義の力は大なるかな!)  【つづく】

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