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2013年3月 8日 (金)

二宮尊徳(6 )

    4.個人的な援助

 ここで、その後、尊徳がその生国に対して行なった社会的な貢献を語る

のが順序であるが、その前にちょっと、彼が、悩める人々の求めに応じて

与えた友愛の援助について語らせてもらいたい。 

  彼は、自分自身、全く独立独行の人であったので、勤勉と誠実とをもって

当たれば、独立と自尊とを、かち得られぬことはないと信じていた。


                             Photo_2



  宇宙(*下の写真)は、絶え間なく動き、われらの周囲の万物は、一刻も

休まずに生長 している。 

  人間が、この絶え間ない生長の法則に従って、働き続けるならば、たとえ

貧乏になりたいと思っても、なれるものではない、というのが、彼の信念だ

った。

                     Photo_3

               Photo_6

   あるとき、貧に迫った農夫の群れが、領主の失政に不満を唱え、先祖

伝来の家を捨てて、まさに他郷へ去ろうとして、尊徳のもとに、導きと教え

を求めて来たことがある。尊徳は、彼らに、この信念を語ったのち、 

  鋤(すき)を一ちょうずつ、君たちにあげよう。君たちが、私のやり方を採用

して、この先、それを守り続けて行くならば、君たちは必ず、荒れた田畑を 

楽園と変え、借金をすべて返済し、他国に行って幸福を求めなくても、その 

国の中で、再び豊かな暮らしを楽しむことができるようになるだろう、 

と言った。

                  Photo_4

   農夫らは、この言葉に従い、一人ずつ、聖人の手から鋤を受け
取り、

教えられたとおり、真剣に働いた。そして、数年の後には、彼らが失

たものをすべて取り返したばかりか、それ以上の富をさえ、得たので

ある。 

〔神の造りたもうたこの宇宙にあって、われらにかしずく、やさしい大地と、 

われらを恵む慈悲深い天とに囲まれた人間は、わずか「鋤一ちょう」を持っ 

て、その生涯の出発点に立って、幸福と独立とを、かち取ることができる。  

  尊徳は、こうして出発して、あの通りの立派な人物となった。世の人々は 

なぜ、その通りにしないのか?  そして、われわれもまた、なぜ、その通りに 

しないのであるか?〕



  次は、村人の信望を全く失った、ある名主の話である。尊徳のもとに知恵

を借りに来た彼に対し、この聖人が与えた答えは、簡単きわまるものであっ

た。 

 「自己を愛する心が、あなたのうちに強いからです。利己主義は、獣の性

(さが)であり、利己的な人間は獣類です。 

  村の者に信頼されたいと思ったら、あなたは、自分を捨て、持ち物のすべ

てを村人に施さなければなりません。」(*下の写真は、名主の屋敷のイメ

ージ)

 Photo_8
       

   「それには、どのようにすればよろしいのでしょうか?」

と、名主はたずねた。

  それに対して、尊徳は答える。 

  「あなたの土地や、家や、衣類など、持ち物のすべてを売り、その代金の

すべてを村に寄付し、自分というものを全く捨てて、村のために尽くすことで

す。」


  しかし、人間の本来の性(さが)として、このような、厳しい行為を、たやす

く実行できるものではない。名主は、心を決めるまでに数日の猶予をもらい

たいと言った。 

  そして、これは、自分にとって余りに大きすぎる犠牲だとつぶやくのを聞

いて、尊徳は、次のように答えた。 

 「察するところ、あなたは、家族が飢えるのを恐れておられるのでしょう。

しかし、”あなた”が、”あなたの”分を尽くされるのに対し、それをあなたに

勧めた私が、”私の”分を尽くさないということがありましょうか?」

 

   尊徳のもとを辞した名主が、教えられた通りを実行すると、村人の信望

は、たちまち彼の上に集まった。 

  彼の一時的な窮乏は、尊敬する師が、自分の蓄えの中から補填してく

れたが、今度は、村人が彼を見捨ててはおかなかった。 

  村の者すべてが、この名主を後援するようになり、まもなく彼は、前にも

まさる富者となったのである。 

 〔報いを目的とした犠牲などは、あり得ない。しかし、犠牲なしで報いを得 

るということもまた考えられない。〕



  次は、藤澤の町に住む一人の米商人の話である。彼は、飢饉の年に、

高い値で米を買って、相当の財産を作ったが、その後、家族の上に不幸

が続いて、まさに破産せんばかりの状態となった。

                             Photo_5
 

  この人の親類の一人が、尊徳の親しい友人であったところから、彼らは、

失われた財産を回復するために、この聖人の知恵を借りようとした。

  私利を目的とする相談に乗ることを、ひどく嫌う尊徳は、この要求を拒み

続けていたが、あまり、せがまれるので、やむなく、その要求に応じること

とし、この男を道徳的に診断した結果、その災難の原因は一つしかない

ことを、直ちに見抜いた。 

  今、あなたの手もとに残っている財産のすべてを、慈善のために使い、

裸一貫から出直すことです、 

と尊徳は教えた。

 

  彼の目から見れば、不正手段で得た財産は、財産と呼ばれるべきもので

はない。 

  「自然」の正当な法則に従うことにより「自然」の手から直接に授けられ

たものだけが、自分のものなのである。 

  この男の財産は、本来、彼のものではなかったから、彼はそれを失ったの

だ。 

 彼の手もとに残っている財産とても、同じく「不潔」なものであるから、その

財産を基として、事をなすことは許されない。  【つづく】

 

 

 

 

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