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« 心から怒れ! 君が、真の日本人なら!!(TPPに関して) | トップページ | 二宮尊徳(8 ) »

2013年3月11日 (月)

二宮尊徳(7 )

  この男のような強欲な人間が、このような徹底した改革を行なおうと

すれば、心中に長い苦しい闘争があるのは当然のことだ。 

  しかし、尊徳という道徳的医師の名声はあまりに高く、その処方の

効能は疑うべからずである。

 

  そこで、男は、友人、親戚の驚き、また(こう言ってもよいだろう)、

あきれる中で、尊徳の教えを実行した。

  すなわち、手もとに残った七百両の大金を、町の人々に施して、自分

は船頭になったのである。

  これは、少年時代からの手慣れのわざで、彼が「裸一貫」で始めること

のできる唯一の職業であった。

                        Photo

                      Photo_2


  男の側のこのような決意が、彼自身を始めとして、町の人々の上に、

どれほど大きな道徳的感化を与えたかは、たやすく推測することができる。 

  彼の強欲に対する反感は、すべての人の心から消え、彼の不幸を喜ぶ

人々は、今は彼の助け手と変わり、彼が自ら舟を漕いだ期間は、ごくわ

ずかであった。 

  彼の上には、幸運がほほえみ始めた。しかも今度は、町の人々すべて

の好意が、彼の上にある。 こうして、彼の後半生は、前半生にもまさって

繁栄したという。

 

  ただ残念なことには、年がすすむとともに、彼は再び強欲となり、その

晩年は、貧困のうちに過ごしたということである。 

  孔子の書にも、次のように、記されているではないか?

  不幸も幸福も、向こうから来るものではない”みな、人が招くの

である”と。



  われらの尊徳先生は、たやすく人を近づけなかった。どのような身分の

人が訪問しても、「仕事に追われていますので」という、例の東洋風の口

実によって、門前で追い返されてしまう。 

  よほど、しつこく頼み込んで初めて、彼に話を聞いてもらうことができるの

だった。

 

 訪問者の忍耐が足りない場合、先生は、こう言うのが常であった。

「まだ、私が、この人を助ける時機ではない」と。 

  あるとき、一人の僧侶が、遠路はるばる先生のもとをたずねて、檀家の

人々の救済につき、先生の教えを仰ごうとした。

 

  彼は、例の面会謝絶の言葉で追い払われたが、しかし、すぐれて忍耐

強い人だったので、先生宅の前の地面に衣をひろげ、三日三晩、そこに

座り続けた。 

  難行と不屈さとをもってすれば、先生の心も動いて、自分の話に耳を傾

けてくれるだろうと思ったのである(*写真は、イメージ)

               Photo_5

  しかるに尊徳は、「乞食坊主」が、彼の門近くに、「犬のように」座ってい

ると聞いて激怒し、直ちにそこを立ちのいて「人々の霊魂のために、祈り、

かつ断食せよ」と、僧に命じた。

 

  こうした取り扱いを何度か受けたのち、彼は初めて信頼されて、迎え入

れられ、数年の後には、尊徳から、金銭と、知恵と、友情とを、自由に与え

られる身となったという。 

  彼の友情を得るのは、非常に高価であったが、ひとたび獲得すれば、

これほど貴重で、長続きするものはなかったのである。

 

  しかしながら、不正直で、不誠実な人に対しては、彼の力も及ばなかった。

宇宙と、その法則とにそむいているこれらの人々を、不幸と堕落とから救う

力は、さすがの尊徳にもなかった。もちろん、他の何びとも、そんな力は持

ち合わせていない。

  彼らに対しては、尊徳はまず「天地の理」を説く。そして、彼らが、それに

従うのを見定めてから初めて、彼らが絶対に必要とする人間的援助を与

えるようにした。

  きゅうりを植えて、きゅうりの実(*写真)以外のものを収穫しようとしては

ならぬ。 人は、その植えたものを刈り取らねばならぬ。 

                      Photo_3

  不幸を幸福に変えることのできるものは誠実のみ。政略の類は何の役 

にも立たない。 

  一人の人間の心は、大宇宙の中にあって、極めて微々たる存在にすぎ 

ないが、その誠実は、天地をも動かすことができる。 

  義務は、その結果いかんにかかわらず、義務として、なさなければなら 

ぬ。

  これらは、彼の残した教えの一部である。彼は、こうした教訓を与えるこ

とによって、彼に教えと救いを求める、多くの悩める霊魂を救い上げた。

  このようにして、彼は「自然」と人間の間に立ち「自然」が、かくも惜し

みなく人間に示す道理の道を、おのれのよこしまな心ゆえに見失っている

人々を「自然」との本来の関係に引き戻したのである。

                 Photo_4


  そしてこれは、われわれの同族、われわれと血を同じくする者から生ま

れた福音である。

  このような福音に比べるとき、近来、わが国に押し寄せて来た「西洋」の

知恵とは、そもそも何ものであろうか!   【つづく】

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