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2013年2月14日 (木)

西郷隆盛(完)

   彼の書いた評論のうち、「富の生産」と題するものの一部を、ここに取り

上げてみよう。

 

    『左伝』の中に、徳こそ富の源であると、記されている。徳が高ければ、

  富はおのずから集まるが、徳が衰えれば、それに応じて富も減る。 

     その理由は、国土を豊かにし国民に平和を与えることによって初めて

 富を得ることが できるからだ。 

      小人は自己の利益を目指すが、偉人は国民の利益を願う。前者は、

  その利己主義のゆえに衰え、公共心に富むゆえに栄える。 

      心をどこに置くかによって、繁栄と衰微、富と貧、興隆と衰亡との差が

   生じるのである。 このゆえに、われわれは、常に警戒に務めなければな

    らない。 

       俗に、取ることによって富を得、与えることによって富を失うというが、

   これは、大きな誤りである!

 

       そのことは、農事について考えてみると、よくわかる。 

    けちな農夫は、穀物の種を惜しんで、わずかしか、まかず、その後は座し

   て秋の収穫を待つから、得るところは、ただ飢えのみであるが、良い農夫   

    は、良い種をまき、これを丹精して育て上げるから、穀物は彼の手に余る  

    ほど豊かに実るのである。 

       集めることにのみ心を用いる者は、刈り取ることを知って種をまくことを

    知らぬ農夫のような者であるに反し、賢い人は、いそしんで種をまくから、 

    求めずとも、豊かな実りを刈り取ることができる。

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        徳を修めようと努める人には、おのずから富が集まる。それゆえ、世の

    人の言う「損」とは、ほんとうの「損」ではなく、また「得」も、ほんとうの「得」 

  ではない。 

         昔の賢人は、人々を恵み、これに与えることこそ「得」であり、彼らから

   取り立てることを「損」と考えた。今とは全く反対である。 

         ああ、この賢人の道にそむく方法によって、人々に、富と、うるおいを

   与えようとすることが、賢明な道であろうか? 

 

         損得の法(真の)に反して、国家を富まそうと計ることこそ、愚かと言

   わるべきではなかろうか? 

         賢人は、慈善を施すために節約し、おのれの苦難を忘れて、人々の

   苦難をのみ思い煩うから、富は泉のわくように生じ、雨のように下る恵み

   に、人々は、うるおう ことができる。

         これもみな、賢人が、徳と富との正しい関係を知り、徳の結果なる富を

   求めず、富の源なる徳を求めたがゆえである。



  「古めかしい経済学だ」と、近代ベンタム主義者(功利主義者)の言う声が

聞こえる。 

  しかし、これは、ソロモンの経済学であり、また、ソロモンよりも大いなる者

経済学であって、宇宙が過去幾世紀を経て、なお存在していると同様、

決して古びることのないものである。

 

       施し散らして、増す者あり、与うべきを惜しみて、かえりて貧しきに至る

   者あり、まず神の国と、その義とを求めよ。さらば、これらのものは、みな、

   なんじらに加えらるべし。


  西郷の評論は、これらの聖書の言葉の適切な注解ではあるまいか?


  わが国の歴史上、最も偉大な名を二つ、挙げよとすれば、私は少しもため

らわずに、太閤秀吉(*下の肖像画)と西郷との名を挙げる。

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  この両者とも、大陸征服の大望を抱き、全世界を、その活動の場と考えて

いた。 

  そして両者とも、彼らの国人とは比較にならぬほど偉大であったが、この

両者の偉大さは全く異質のものであった。

 

  太閤の偉大さは、ナポレオン(*下の肖像画)のそれに、やや類するもの

ではなかったかと思う。 

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  ナポレオンに、はっきりと現われている山師的な要素は、わずかながら

太閤にもあった。 

  太閤の偉大さは天才的なものであって、彼は、生まれながらに優秀な

頭脳に恵まれ、労せずして偉大となり得たのであるが、西郷は、それと

違った。

 

  西郷の偉大さはクロムウェル(*下の肖像画)的であって、彼は、単に

清教徒主義を知らぬばかりに清教徒たり得なかったのだと、私は思う。 

                            Photo_3

  西郷の場合は、意志の力が大いに、ものを言ったのである。―
 

すなわち、同じ偉大さでも、これは道徳的な偉大さであって、偉大さの

で最高のものである。 

  彼は、正しい道徳的基盤の上に国家を再建しようと努

め、これに、やや成功したのであった。 

 

  〔さきにも述べたように、彼は、武士の中の最後にして最大のものであり、

「輝く明けの明星」であった。この明星は、もと来た道である夜を照らすとと

に、彼が道しるべをした昼に、光を投げ与える。もし混迷と争乱とが、われ

を再び暁闇につきもどすようなことがあったとしたら、その時、再びわれら

照らすのは、この星であろう。

 

  彼を殺しながら、彼によって建てられた社会に生きているわれわれにとり、

彼の名は、彼の道徳性のゆえに尊い。新日本は“道徳の産物”であった。 

  明治維新は、卑劣な精神や、下等な必要性から生み出されたものではなく、

また私利私欲から生じたものではない。

 

  われわれは、これらの事実を永久にわれらの心にとどめ、これを世界に

向かって告げようではないか。 

  ルーテルのドイツに、クロムウェルのイギリスに、ワシントンのアメリカに、

この事を理解させよう。

 

  天が、その子であり、その崇拝者である西郷をつかわして、新日本を創造

したのである。

  日本人がクリスチャンで”ない”からといって、こうした言い方をしては悪い

理由が、どこにあろう?

 

  天よ、みそなわしたまえ、彼らは「経札を幅広くし、その衣のふさを大いに

し」十字架を携え、白の法衣を着て、クリスチャンである人々に、クリスチャン

と呼ばれることを好むのです。 

  しかし、クロムウェル、ルーテル、ワシントンら、彼らの偉大なる先人は、

彼らを、その名では呼ばないだろう。

 

  ”正義に基づいて建てられた国家こそ、キリスト教国家と呼ばるべきでは

あるまいか?” 

  そして、その時、日本に対する不当な取り扱いは、初めて影をひそめるで

あろう。西郷の日本は、異教徒たる恥辱に甘んじるべきではない。

 

  西郷よ、起きよ。クロムウェルよ、起きよ。すべて正義を愛する先人よ、

起きて、地球のこの一角に正義の行なわれるのを見よ!〕  【了】

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